1 THE ROOM

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/04(土) 23:44
1 THE ROOM
2 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2006/03/04(土) 23:45
汗ばんでくるほど仕事もしていないくせに
持ち場を離れると程よい高さの段差に腰をかけポケットをまさぐった。
手に当たるのはガムの包み紙だけで重みはない。
さっき休んだ時も同じことをして同じ失望を味わったはずなのに。ヨシザワは鼻で笑った。

「コハルも休みなよ」
「も、もうちょっとやってます!」

返事を掛け声に変えて仕事を続けるコハルにヨシザワは目を細めた。
この状況はさすがに自分でさえ堪えているというのにコハルは笑顔と仕事をやめない。

それは強さか。はたまた無知か。健気か純粋か。

白い大地を削っているコハルの眼差しはいつも変わらない。
今もそうだし、あの時も、あの前も。
あの瞳に現実はどう映っているのだろう。
二人しかいないというこの現実をどう受け止めているのだろう。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/04(土) 23:45
「んしょ……んしょ……うりゃ! ……よいしょっと」

言葉とスコップの威力が同調する。
岩石のように硬く、雪を欺くように白い地面には瑕疵が刻まれるだけ。
それでも声も手も休めることなくコハルを仕事を続けている。

スコップを使って地面を削る。
仕事の内容はそれだけだった。

それに何の意味があるのか? その先に何があるのか? 何も知らない。
何故我々は存在するのか? 自分達はどこから来てどこへ行くのか? そんなこと知ってどうするというのだろう。
ただただ仕事をしていればいい。
何がいいというのだろうか? 愚問だ。

「うりゃ! ……いけっ! ……ほいっ! ……どうだ! やった!」

手の平サイズのスコップを逆手に持ち振り上げること数回、コハルの手が止まった。
瞳を輝かせながら取り上げたのは片手で握れば隠れてしまうほどの小さな石だった。

「見てくださいよヨシザワさん! こんなにおっきいのが採れましたよ!」
「……おっ! すごいじゃんか」
「ハイッ!」

とびきりの笑顔に小石が少し光ったようにヨシザワには見えた。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/04(土) 23:45
顔についた粉をほろってやり、コハルを隣に座らせた。
コハルは特に輝きもしない白い石を見てずっと笑っている。

「こんなおっきなの採れたの初めてだぁ」
「コハル」
「ヨシザワさんはもっとおっきなの採ったことあるんですか?」
「コハル」
「はいぃ?」

間の抜けた言葉とまだ貼り付けたままの笑顔を向ける。
自分から呼んでおきながらコハルが自分を向いたことを確認するとヨシザワは視線を前方に放った。
ちょうどコハルが仕事をしていた辺りが目に入り、投げ捨てられてしまったスコップに双眸を止める。
ヨシザワにはスコップがひどく寂しく見えた。

「コハルはさ、寂しくない?」
「何がですか?」
「何がですかって、ホラ、みんないなくなっちゃったし……」

理不尽な洪水が起こったのは少し前のことだった。
コハルをかわいがってくれていた先輩も、ヨシザワを慕ってくれた後輩も、もういない。
ヨシザワはその洪水の前の前の洪水の時に親友を失っている。

「もうアタシ達二人だけじゃん」
「……」

視界の端にコハルが俯いたのが見えたので、ヨシザワはコハルの肩に手をかけた。
抱き寄せようとする前にコハルからヨシザワに寄っていった。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/04(土) 23:46
『宇宙からしてみれば私達は無いに等しい存在だけど、そんな私達は宇宙を頭の中で想像することができる。
これってすごいと思わない? 宇宙は私達の外にも中にもあるの。存在の大きさなんて大したことじゃないのよ』

ヨシザワがある先輩から言われて、ふとした瞬間に思い出してしまう言葉だった。
今でもその意味はよくわからないがなぜか忘れることができないでいる。

その先輩はあまり仕事もせず他の先輩によく怒られていた。
そして怒られた後、ヨシザワの元へ来て決まってこう言うのだった。

『また怒られちゃった。でも嫌いじゃないんだよなぁ』

そういってその先輩は先ほどより少し真面目に仕事をする。
ヨシザワもその先輩のことを不思議に感じていたが、嫌いじゃなかった。

その先輩が洪水に流される直前、ヨシザワの耳元で何かをつぶやいたのだが
ヨシザワもそれどころではなく轟音が鳴り響く中だったため全く聞き取ることができなかった。
しかし、流されたいったその先輩はなぜか満足そうな顔をしていた。
取り戻せないその言葉はなんだったのか。たまに眠れなくなる。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/04(土) 23:46
「ちょっと寂しいです……でも、ヨシザワさんがいます」

コハルはそう言って顔を上げた。
いつもの笑顔とは少し違う、影を落とした無邪気さがにじむ笑顔だった。

「だから大丈夫です!」

耳元で叫ばれて少しうざったい顔をするとコハルはいつもの笑顔をして手から離れていった。
コハルはたまに小さないたずらをしては同じように笑ってはしゃぎまわっていた。
そんなコハルが、ヨシザワは嫌いじゃなかった。

「もっとおっきいの採りましょうよ! ねぇヨシザワさん!」

小さな両手がヨシザワを引っ張る。
昔親友に同じように両手で引っ張られて渋々仕事を再開したことを思い出した。
そのことに微酔してから顔を上げると、コハルがやはり笑っている。

「よっしゃ! いっぱつドデカイのでも採りますか!」
「おぉ〜!」

ヨシザワが立ち上がるのと同時に拳を振り上げるコハル。
コハルが背を向けた瞬間に思いっ切り抱きしめて、脇腹に手を当てる。

「さっきのお返しだぁ!」
「うわぁ! くすぐったいぃ! キャハハハハ!」

赤黒い空の下、コハルの笑い声だけが楽しそうに跳ね回っている。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/04(土) 23:46


8 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/04(土) 23:46
「な〜んか暇だよね」
「な〜んかね」

体育座りで寄り添う二人。
互いの腕が密着するぐらい近い距離にあるからなのか、どちらも正面を向いている。
相手の体温を感じないほど長い時間こうしてきた二人にとって暇は今に始まったことではない。

「でもこれって平和ってことだよね」
「平和って、ことなのかなぁ?」

オガワは膝の前で組んだ右手の親指を気にしている。
爪の形が気に入らないのか、平和について考えているのか。
どっちにも見えてどっちにも見えないのは呆けたように口を開けているから。
平和だよぅ、とコンノはオガワの肩に頭を預けた。

「変化がないってつまんないよね」
「でもそれが平和なんじゃないの?」
「居心地はいいけど、どうなんだろうね」

人指し指の腹で親指の爪をなぞる。
軽微な痛みはやはり気に入らない爪の形に原因があるようだ。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/04(土) 23:46
「コンコンその服似合ってるよ」
「んもう何回目? そうやって褒めるの」

しかしオガワの視線の先には親指。
もういい加減見慣れたお互いの衣装を見ることなく褒める。
そんなことにも互いに慣れてしまった。

「マコトもいい感じだよその服。マトコの白い肌に同化しちゃってるもん」
「どうかしてるってなにさ」
「同化。同じに見えるってこと」

オガワは手を止めた。
それがまるで合図のようにコンノが頭を上げる。

「コンコンオレンジもいい感じだよ」
「そんな色ないよぅ」

久しぶりに顔を見合わせる。
どこか安堵して、二人は同時に笑った。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/04(土) 23:47


11 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/04(土) 23:47
月や星、雲さえない漆黒の空を仰向けに寝ながら見ているカメイとタナカ。
風も吹かず草木一本生えていない大地に大の字が二つ。

「エリ寒くない?」
「ん? いや」
「あ、そう」

大の字は繋がっていない。
少し離れているが辺りが静かなので特に声を張り上げる必要もない。

「レイナ寒いの?」
「ん〜ちょっと」
「ふ〜ん」

関心無さそうなカメイの返事にタナカは慣れていた。
結構長い付き合いだから相手のことはわかっているつもりだった。
だからカメイが次にどんな行動にでるか何となくわかっていた。

「……しょ、んしょ、んしょ」

カメイの声と体が徐々に近づいてくる。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/04(土) 23:47
手と手が触れる。
二つの大の字が新たな文字を形成しようとしている。

「レイナちょっと背中」

カメイはそう言って地面とタナカとの間に手を差し込んでいく。
背中を浮かせて差し込みやすくするとカメイは背中の下で握りこぶしを作り、進行を止めた。

「ちょっ、エリぃ」
「ンフフフフフフ」
「早くどけるっちゃ!」
「うへへへへへ」

くだらないイタズラ、というよりイタズラにもなっていない愚行を喜ぶカメイ。
そんなカメイと何故こんなに長い間一緒にいるかといえば、腰の綱のせい。
二人についている腰の綱は文字通り命綱である。
いや、命そのものであった。

カメイの手がタナカと大地の間を抜けると、手首を曲げタナカを引き寄せる。
作用反作用。二人の距離がグッと縮まる。

「ん、乗って」
「乗る?」
「のるぅ」

カメイのことはよく知っているが、これがいまだにわからない。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/04(土) 23:47
タナカはカメイの上に乗った。
二人とも天を仰ぎ、互いが互いをなぞるようにして重なり合っている。
呼吸で上下するカメイの胸をタナカは背中で感じていた。

「レイナ軽い」

そう言って脇腹からへそに向けて手を回してくる。
寒いって言ってる方が掛け布団になるのかよ、と思いながらも
背中から感じる温もりは確実に芯まで暖めてくれそうだ。

「ふんふんふふんふん、ふふんふふんふんふんふん……」

カメイの鼻歌が聞こえてきたのでタナカは耳を地面に向けた。

「それなんて歌?」
「今作った歌」

首を回したせいで耳にカメイの息がかかってくすぐったいが、田中はこれがお気に入りだったりする。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/04(土) 23:47


15 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/04(土) 23:47
「んっふふ、フ〜ジモ〜トさ〜ん♪」
「はいはい」

明らかにめんどくさそうな所為と表情をするフジモトの後ろ、満面の笑みで抱きついているミチシゲ。
足を伸ばして座っているフジモトをミチシゲは後ろから包み込むようにして密着し座る。
腰に手を回されることなんかには慣れてしまった。

「前は前向いてくれたのにぃ」
「なにそれダジャレ? 寒いよ」
「違いますぅ」

猫なで声になりそうだったので会話を止め溜め息をつくとそんなことを意に介さずミチシゲはにじり寄ってくる。
前回は対面する形で座っていたのでイヤというほど相手させられ、からかうつもりでキスしてみると
顔を真っ赤にして黙りこくってしまったことを思い出した。
きっとアレで勘違いしちゃったんだな、フジモトは思った。

「ねぇミキティ、こっち向いて♪」
「そんなんあたしに言わないでよ。ってか今ミキティっつった?」
「じょ、冗談ですよ冗談」

顔は見えないがそれでも少し嬉しそうな表情をしている事ぐらいフジモトにはわかる。
本気で怒っていないことを込めた言い方だったし、なによりミチシゲはそういう空気を読むことに
長けていることを知っているからだ。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/04(土) 23:48
なんとか触れる面積を増やそうと弾むようにして寄ってみたり背中に顔を当てたりしている。
試行錯誤の末、背中に耳を当てた状態で動きが止まった。
フジモトは妙に暖かくなった気がした。

「なにしてんの?」

フジモトの声が背中から伝わってくる。
彼女の言葉が直接自分の届けられている気がして、ミチシゲは嬉しくなった。
どうだ空気さんうらやましいだろう、とは言わない。

「フジモトさんの鼓動を聴いてます」
「ふ〜ん」

彼女の鼓動は彼女にさえ聞こえていない。
全世界の中で今自分だけがこの音を聴いている。
聴ける体勢にある。聴ける時間にある。聴ける関係にある。
フジモトの乾燥した返事がベース音に、心音がパーカスのように聞こえて心地がいい。
もっと聴きたいと強く抱きしめると、ウッ、という声がした。

「シゲさん強い強い」
「いいじゃないですか。あったかいじゃないですか」
「いやまぁあったかいけどさ、キツイ」

耳は離さずに腕の力を弱める。
藤本の呼吸が手にとるようにわかると思ったら、また妙に嬉しくなった。
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/04(土) 23:48
「シゲさん、腕太くなったね」
「そんな太くないですよ」
「いやいや右腕」

ミチシゲの右腕は筋肉質でもなければ脂肪が多いわけでもないのに、太い。
引き締まった筋も垂れ下がった振袖もないが、とにかく太い。
二人が出会う度にミチシゲの右腕は膨れ上がる様に太くなり、比例するように
左腕は枯れ枝のように細くなっていた。

「もうヤバイんじゃない?」
「なにがですか?」
「いやだってほら、その……」

フジモトが言葉を探しあぐねる。
ミチシゲの運命を二人とも知っている。
左腕の無い姿をフジモトが見ることはない。

「多分今回がさ、最後かなぁって」
「多分最後だと思います」
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/04(土) 23:48
別れ。
ミチシゲにとっては初めての経験。
だからこそその寂しさを知らないのだろう。
何度も別れを経験している藤本にとって慣れたというのは嘘にはならないが、何も感じないといえば嘘になる。
たとえいくつもの別れを知るのが運命だとしても。

「だからいいですか?」
「なにが?」
「思いっ切り甘えても」

やっぱりこいつは頭がいいな、フジモトは思った。

「好きにすれば」
「やった!」

ミチシゲは短く喜ぶと背中に頬擦りをしながら強く抱きしめた。
声を出すのを我慢して抱擁に耐える。
やはりまだ振り返ることができない。
せめてもと思い腰に回されている腕に触れ、できるだけ優しくなでる。

誰かがこいつのことを忘れても自分は覚えていよう、フジモトは思った。

背中が濡れた。
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/04(土) 23:48


20 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/04(土) 23:48
「愛ちゃ〜ん、時間あるからパフェ食べに行こ! パフェ」
「え〜どうしよっかなぁ」
「いいじゃんいいじゃん別にすることもないんでしょ?」
「今読みかけの本読もうかと思ってたところなんだけど」
「本なんか後でいいから行こ?」
「んー……」
「ほら、飴あげるから。みかんに白桃。一つの袋に二つ入ってておいしいよ♪」
「そんなん物で釣ろうったってさぁ」
「いいから行こうよぉ」
「わかったわかったって」
「よっしゃ! じゃあ早速行こ〜」
「ちょっと待って、ケータイ持ってかないと」
「財布も持ってって……愛ちゃん! この前あげたストラップつけてないじゃん!」
「あ〜あの変な動物ついたやつ?」
「変じゃな〜い! おめでたい亀と招き猫のついたストラップ!」
「後でつけるからいーじゃん。それよりパフェ食べるんでしょ?」
「ちゃんと後でつけてよ」
「ハイハイ」
「じゃあ行こう!」

「アッ!」

「今度はなに? どうしたの愛ちゃん?」

「そういえばわたし、虫歯だったんだ」
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/04(土) 23:48
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/04(土) 23:48
23 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/03/04(土) 23:48

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