ノーセンス

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 22:32


ノーセンス

2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 22:34
私はこの仕事に就いてから何度か分からない深い溜め息を吐き出した。
私達の周りには作業用の人型ロボット数十体が友好的には見えない
雰囲気で佇んでいる。
無論彼らは自分の意思で動くような性能を備え付けていないと思われる、
ただ悪い人間に足止め程度に利用されているだけの木偶人形だ。
それくらい今のご時世ではそう珍しくない出来事なので想像はつくし、
彼らに罪はないということは十分に承知している。


けれど目の前に電動ノコギリや青白く輝くレーザーが掲げられて
おまけに相手が単純行動しかできないロボットだとすれば、私達の行動の
選択肢はあまり多くはないことも事実だった。
そして私の教育係から上司に繰り上がった人は少ない選択肢の中から
いつも一番乱暴で原始的でとても野蛮で最凶最悪なものを選ぶ。





私の上司は体を一回転させて辺りを見回してから片手を腰に当てると
顔を顰めた。
「ロボット三原則って知らないの?」
と溜め息混じりのその台詞は完全にこの状況を呆れて言っている言葉だと
思われるのに、私には内心どこか楽しんでいるように聞こえた。
そして私の心も体も置き去りにしてリアルタイムの地獄絵図が
目の前に広がった。


3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 22:39
西暦21XX
機械と人間が共存する、そんな話がまだ夢物語だった頃から時は随分と
過ぎて今や生活を共にするのが当たり前になった時代。
作業用ロボットから人間と見分けがつかないほど精巧に造られた
家庭型ロボットまでその種類は幅広く、世の中には人間と比例するように
多種多様のロボット達で溢れていた。
近代の目覚しい科学技術の発展により回路の複雑さが増すにつれて
処理能力や機動性が格段に向上し、ロボットは人間と対等ではないものの
道具から友達や家族などという関係により近づいていた。
それは第二の人類といってもあまり過言ではないのかもしれない。


けれど知能や運動性能などが上がればそれを悪い方に使う輩も突然現われる、
近年その数が急増して国では手が回らないのが現状だった。
それによって結成されたのが警察機関の中でもロボット関連の犯罪を
専門で扱う特殊部隊、通称MMと呼ばれる私の今所属しているところだ。


ちなみにPeople checking a machine of misanthropyというのが正式名で、
訳すと「人間嫌いの機械を取り締まる者達」という何とも微妙な感じになる。
なぜ英語なのかというとただ格好が良いだそうからで、名付け親はちょっと頭のイカれた
金髪親父なのでその真意は測れない。
ちなみに日本人特有の略語精神のために適当に頭文字をとってMMになった。
本来は犯罪に関わったロボットの捕獲や調査、また指示した主犯の人間の逮捕を主に
している部隊らしいのだが、何かの間違いなのかある人の研修中は破壊している
場面しか見ていない気がする。


4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 22:41
ようやく警察学校を卒業して,念願のMMに内定が決まって心弾んでいた私を
一気に絶望の淵に叩き落としてくれたのが、現場に到着するや速効で
破壊活動に勤しんでいる藤本美貴こと、私の上司に任命された人だった。
MMに配属された同期は私を含めて四人いたけれど、その四人全員が
絶対組みたくない人NO1に選んだという曰く付きの人だ。
でも見た目は怖いし話しかけても冷たいし態度はいやにでかいし、
そんな人と仕事したいとはとてもじゃないけど思えない。
けれど私が結局貧乏くじを引いてしまい研修中の教育係から
直属の上司になってしまった。



MMに配属されても最初の一ヶ月は研修期間で4人の地区部長のところを
一週間交代のローテーションで回っていく、そして一ヵ月後に
適性や能力などが考慮されて本配属が決定する。
でも研修のときから藤本さんは犯罪に加担したロボットを片っ端から
全て破壊していた。
今は本配属が決まってから一週間と少し経ったけれど今のところ
最後まで五体満足のロボットは一体も見たことがない。
でも藤本さんは全力でロボット達と戦っているというわけではなく、
いつも子ども同士が戯れてするケンカのような軽い動きで遊ぶように
破壊していた。


5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 22:45
ロボット達の首は宙を舞って石ころみたいに地面に転がり、手や足は
引き千切られて飛び散る、そして体は貫かれて中からコードや回路が
外に引き摺り出される。
それはまるで蟻と人間が戦っているくらいの歴然とした戦力差で、
初めてそれを見た私はただ呆然とその場に立っているのが精一杯だった。
体を貫かれたロボットは人間が動脈を切られたように黒い血潮を
空高く吹き上げると、地面や壁が黒く染めると鼻につく独特の油の
匂いが辺りに充満する。
そして全て破壊し尽くした藤本さんはようやく立ち止まると後頭部と
手首の辺りから白い蒸気のようなものが吹き出る。
それから顔についた油を軽く息を吐き出してから面倒くさそうに
手の甲で拭う。



人間が虫を引き千切るところを見たら気分が悪いように、藤本さんが行う
一連の光景は見ていて良い気分にはなれなかった。
初めてその場面を見たとき私は膝をついてその場に崩れ落ちながら、
とても疑問に思っていた根本的な事を質問した。
「おぇ・・・なんで・・こん・・なこと・・するん・・・ですか?」
今にも胃から逆流してしまいそうな液体を何とか押さえ込みながら、
苦しさに耐えて声を詰まらせつつ何とか言葉にすることができた。


藤本さんはその質問に最初は不機嫌そうに顔を顰めていたけど、
すぐに口端を少しだけ上げて笑いながら教えてくれた。
「あん?そんなの機械がこの世の中で一番嫌いだからに決まってんじゃん。」
その顏は今まで見たことがないくらい端正で綺麗な人だという
印象を私に与えたけれど、同時に全身に鳥肌がたって体が大きく震えるくらい
怖い人だという印象も抱かせた。


6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 22:49
藤本さんの元で本研修が始まってから二週間目。



藤本さんは飽きずに全てのロボットを破壊し終えると軽く溜め息を吐き出してから、
顔に飛び散った油を眉を顰めながら拭っている。
でもそれから黒く染まった自分の全身を見て少し悲しそうに笑う、
ということに最近気がついた。
その様子がとても気にはなるけれど私は気を緩めると口から溢れてしまいそうな
昼食のカレーを治めるので精一杯だった。
さすがに見慣れてきたので吐くことはなくなったけれど、気分が悪くなるのは
相変わらずで呆れ顔の藤本さんに背中を擦ってもらうのが日課だった。




「ガキん子まめ・・・・・・お前この仕事向いてないよ。」
ようやく吐き気が止まって少し落ち着きを取り戻した頃、藤本さんが何の躊躇もなく
いつもの冷めた口調で不意にそう切り出してきた。
私はその声に口を拭ってから首だけ後ろに向けると目を細めた不機嫌そうな顔が
視界に入る。

「あの、ガ、ガキ・・・・何とかってなんですか?」
「あんたのあだ名。」
本題よりもまずその聞き慣れない変な言葉が気になって聞いてみると、
軽く舌打ちしながらも藤本さんはちゃんと質問に答えてくれた。

「あだ名つけるセンスないですね。」
心身共に楽になるように大きく息を吐き出してから少し勢いをつけて立ち上がると、
私はかなり怖かったけど強引に笑顔を作って試しに言い返してみた。

「人の話聞けよ。ガキん子まめ、お前この仕事には向いてないって。
だからさっさと辞めな!」
藤本さんは苛ついた様子を隠しもしないで乱暴に頭を掻いてから、
軽く睨みを利かせて荒い口調で先程と同じことを言った。
そしてついでに先程にはなかった結論まで付け加えられている。


7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 22:52
その顏と言葉に怖気づきながらも私は元から大して持ち合わせていない
勇気を気合いで絞り出すと勢い任せて強気な言葉で反論する。
「や、辞めませんよ!っていうかそんな簡単に諦められるくらいなら
最初からMMなんて入りません!それだけは絶対に無理ですから!!」
子どもの頃から憧れていた仕事にやっと就けたのに今更手放すなんて考えられない。
例え藤本さんが力づくで実力行使に出たとしても死んでもしがみついて絶対に辞めない、
それだけは相手が誰であってもはっきりと口に出せる。
私はそんな自分の想いを胸に詰め込んで藤本さんの目をまっすぐ見つめた。



すると意外なことに折れたのは私ではなく藤本さんの方だった。
「ふん・・・・・好きにしな。」
悔しそうに一瞬顔を歪めると吐き捨てるように言いながら背を向けて歩き出す。
最初は怖くて近寄り難い人だと思っていたけど、一緒にいるうちに実は結構優しい
ということが最近分かり始めた。

藤本さんは不意に歩みを止めると首だけ後ろに向けて冷たい声で言い放つ。
「あっ、そうだ。この後の処理やっといて。」
どうやら最近感じ始めた優しさは砂漠で見る蜃気楼とどうやら同類だったらしい、
こういうときやっぱり私は貧乏くじを引いたんだと確信する。


8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 22:57
「はぁ・・・・・・・。」
私は色々なことが頭を過って魂まで抜け出ていきそうな深い溜め息を吐き出す。
でも本研修に入ってから自然と深い溜め息を吐き出すことが多くなった。
だけど事件後の後処理を強制的に任させることが多いので、あまり他人には
自慢できるものじゃないけど処理の速さは新人の中でも一番だという自信がある。



そして本配属から一ヶ月くらい経ったある日のこと、事件の後処理を終えると
今回の現場から割と近くにある警察病院へとやってきた。
今日はメンテナンスの日だと言っていたので藤本さんは多分ここにいるはずだった。
仕事終わりの報告は上司への義務という名目の元、少しは心配する気持ちもあって
初めて病院まで出向いた。
藤本さんがいるのは警察病院の別館で少し離れたところにあり、
そこは機械の体を持つ人を専門に扱っている場所だと聞いたことがある。


実際行ってみると銀一色のあまり大きくない小洒落た建物で、
私は少し緊張しながら入ると一畳くらいの部屋に圧迫感のある厚手の扉が
目の前に立ち塞がっている。
脇にある個人識別機で指紋と音声と角膜チェックの全てが通ると
ようやく中に入ることができた。



そして扉が開かれると突然広い部屋になっていて天井は高く吹き抜けになっている、
窓が一切ないのにも関わらず辺りの壁一面真っ白なのと照明が多いので
反射して中はかなり明るく感じられた。
それと曲は知らないけれどピアノの柔らかな音が心地良い音楽まで流れている。
閉鎖的な空間だと思っていた私は驚いて思わず挙動不信に辺りを見回してしまった。
もっと人気がなくて暗くて地味な所なのかと勝手に想像していたけれど、
一歩扉から中には入ると結構多くの人が歩き回っていてそれにも驚いた。
少し狭めのロビーではコーヒーを飲みながら寛いでいる人もいるし、
普通に子どもを連れている家族らしき人達もいたりする。
私はそんな様子に面喰らいながらもとりあえず少し遠くに見える
受付に行ってみることにした。


9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 22:59
「あの、えっと、ここに藤本美貴って人がいると思うんですが・・・・・。」
でもいざ受付に行ってみると初めてなのでどう言って良いのか戸惑ってしまい、
何とかそれらしく切り出してみたものの途中で言葉に詰まってしまった。

「藤本美貴さんですね?少々お待ち下さい・・・・・・はい、確かに
こちらにいらっしゃいますが御面会を御希望ですか?」
受付の綺麗なお姉さんは優しく微笑みながら名前の再度確認をして
パソコンで打ち込んで調べてくれた。
そして再び顔を上げると優しい微笑みは変わらずに今度は逆に質問される。

「えっ?は、はい!ご希望してます!」
私は一瞬言葉の意味が分からなかったけれどすぐに理解して慌てて答える。
でも変に焦ってしまったせいで言葉がおかしくなってしまった。

「はい、かしこまりました。ただ藤本さんは先程定期メンテナンスが終わりまして
現在はまだ意識が戻ってないようですがいかが致しますか?」
受付のお姉さんは口元を手で押さえて少し笑いを堪えると、軽く息を吐いてから
何事もなかったかのように業務を続ける。

「・・・・・それでも構いません。」
「では右から3番目エレベーターに乗って頂いて4階でお降り下さい。」
私は呆れるほど馬鹿な自分が恥ずかしくて耳たぶが段々と熱を持つのを感じながら
視線を少し俯けて答えた。
すると受付のお姉さんはまた優しく柔らかい声で答えてくれたので、
顔を上げると手のひらで場所を示してくれていた。


10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 23:03
藤本さんはある事件によって大怪我を負ってしまい、そのとき全身火だるまで
手や足はそれによって機能しなくなり失ってしまったらしい。
そんな状態で生きる為にはもう全身を機械化するしか方法がなかった、
というか仮に機械化しても命が助かるかどうか分からないような手術だった。
それでもやっぱり息を吹き返したのは単に藤本さんの図太い生命力あってのものだと思う。
今も普通に現役で働いているけれど顔の一部と脳以外の全てを機械で補っている。
でも顔も皮膚が火傷でかなり爛れてしまったので実際は他人の細胞から移植したもので、
本当に一切いじっていないのは脳だけらしい。
なぜ私がそんなことを知っているかというと、初めて会ったときに
藤本さん自身から全て教えてもらったからだった。
MMの中で唯一機械の体だという自分の事を色々と詮索されるのが嫌だからという理由で、
初対面の人には自分からこの話を言うようにしているらしい。
それを聞いたときどう言い返したらいいか戸惑っていると、藤本さんは軽く鼻で笑ってから
何も言わずに私に背を向けてその場から去っていった。
でもその後ろ姿は気のせいかもしれないけれどどこか寂しそうで少し小さく見えた。






私がそんなことを回想しているとエレベーターは目的の階に到着していて、
我に返ると慌てて半分閉まりかけたドアに無理矢理体を捻じ込んで何とか降りた。
そして辺りを見回して誰もいないことを確認すると軽く咳払いしてから
ただ一つしかない入り口を目指して歩き出す。
そして特別医療ルームの扉の前に着くとこの建物に入るときよりは
簡単な個人認識の確認をしてから中に入った。



藤本さんはガラスの向こうでお米のような形をした銀色のカプセルの中で
静かに眠っていて、上を覆っているものが半透明だったので中を見ることができた。
薄茶色の肩まである柔らかな髪にバランス良く整っている小さな顔、
少し釣り上がり気味な大きな半月型の瞳に小高い鼻と艶のある柔らかそうな桃色の唇。
ロボットを片っ端から破壊しないで適当に笑っていれば、きっと中堅アイドルぐらいには
なれそうなのに勿体ない人だと改めて思う。
でも目を閉じているその姿は皮肉にも近頃発売された最新鋭の技術を詰め込んで
作られた人型ロボットに似ていた。
TVのCMでしか見たことないけどその顏も動作も本当に人間そのもので
その辺のアイドルより群を抜く可愛さだった。



なぜかそのとき不意にあのときの藤本さんの言葉を思い出した。






11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 23:05
「あん?そんなの機械がこの世の中で一番嫌いだからに決まってんじゃん。」



それは初めて藤本さんと組んだときに聞いた台詞だったし、嘲笑うような表情をしながら
平然と言い切っていたのが強く印象に残っていた。
この言葉がその場限りで言ったものや嘘だとは私には到底思えなかった。
けれど本心かといえばそれもまた違う気がした。
確信は何一つないんだけど本当の心の底にある言葉は別にあるように思えた、
でもそれがどんな言葉なのか私には全く見当もつかない。
ただ機械が嫌いなのに自分の殆どが機械でできているというのは
一体どういう気分なのだろうと、眠っている藤本さんを見ながらそんなことを思った。






「私の他に先客がいるって言うから急いで覗きに来たんだけど・・・・・・
新垣なら納得かな。」
突然声がしたので驚いて後ろに振り向くとそこには見慣れた人が
缶コーヒーを片手にドアに寄り掛かりながら立っている。

「や、保田教官!どうしてこんなところにいるんですか?!」
全く予想もしていなかった意外な人物の登場に私は思わず大きく目を見開くと、
声を上擦らせながら言った。


12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 23:08
保田教官は私が警察学校に居たときお世話になった人で、授業中はとても真面目ですごく
厳しいけれどそれ以外のときはたまにジュースやご飯を奢ってくれた。
一見強面だから気難しそうなのかと初めは思っていたけど、悩んでいると
必ず声をかけてくれる優しい人だと気づくのは卒業が近づいてきてからだった。
でも卒業して以来会うのはこれが初めてなので学校時代に戻ったように少し緊張してきて、
つい背筋を伸ばしてすぐさま手を体の横につけた。
だけどそれは学生気分がまだ抜けてないことを表わしている気がして私は一人苦笑した。




「藤本は元教え子だからね。それに色々と気になることばっかするからさ。」
保田教官、というか学校を卒業した身としては保田さんと呼ぶべきのその人は
こちらに近づいてくると私の学生時代と変わらぬ態度に顔を少し引き釣らせて笑っていた。
でもすぐに真面目な顔になって藤本さんが眠るカプセルと私達を隔てるガラスに軽く缶を当てる。
そして軽く溜息を吐き出すと目を細めてしばらく中の様子を見ていたけれど、
突然2本あるうちの一つの缶を私の方へ放り投げてきた。


「うわっと!・・・・・あ、あの、教え子だったんですか?」
唐突なことに体の反応が遅れて危うく落としそうになったけれど、
何とか手の中に温かいそれを収めると握り締めながら会話を続けた。

「そうだよ、いくら藤本だって警察学校はちゃんと出てるって。まぁ、あの当時から
問題児扱いはされたけどね。でも理由は不明だけどなぜか私にはよく懐いてくれててさ・・・・・・
まぁ、教官からも生徒達からも敬遠されてたから本当はちょっと寂しかったのかな。」
保田さんは当時を思い出しているのかどこか遠くを見るような瞳でカプセルを見つめながら、
少しだけ昔のことを話すと最後に柔らかく微笑んだ。
そして持っていた缶コーヒーを開けて一口だけ飲んでから色々思うことがあるらしく、
深い溜め息を吐き出してまたカプセルのほうを見つめていた。


13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 23:11
私もそれに習って飲んだけど初めてだったので最初は苦くて顔を露骨に歪めてしまった、
でも思ったよりすぐに苦味や微かな酸味は口の中から消えていく。
だから別に飲めない感じでもなかったのでコーヒーも悪くないんだなと思った。
「コーヒーはちょっと早かったか。っていうか新垣が来てるって知ってたら
ジュースにしたんだけど誰だか聞かなかったからさ。」
「あっ、いや、結構飲めるみたいなんで全然大丈夫ですよ。」
「へぇー、一応砂糖が入ってるけどよく飲めるね?ふふっ、誰かさんとは大違いだ。」
「誰かさん?」
「いや、こっちの話。」
『誰かさん』というのが少し気になったけど保田さんは含み笑いしながら教えてくれなかったので、
とりあえずその場はそれ以上追求しないことにした。


それからなぜか保田さんは神妙な顔をしてこちらに近づいてくると
労う様に私の肩を叩いてから何かを納得したように一人頷きながら言った。
「真実かどうかは知らないけどさ、こっちまで噂は色々と耳に入ってきてるよ・・・・・・なんでも
極悪超人コンビなんだって?」
「極悪超人は一人だけです!」
ありえないというか信じられないような誤解されているので私は即答で否定した。

「あははは!!ゴメンゴメン!・・・・・でも藤本はそんなに悪い奴じゃないよ?
そりゃ確かにたまに顔がすごく恐いときがあるし、言葉にはあんまりオブラートかけないし、
素っ気ない態度取ることがとてつもなく多いけど、きっと新垣が思ってるよりは
全然良い奴だからさ。」
保田さんは腹を抱えて笑いながら痛いくらい私の背中を何回か叩いて軽く謝ると、
少し考え込んでから藤本さんの長所らしい部分を教えてくれた。

どんな言葉を返していいのか分からなかったので素直な感想を述べおくことにした。
「それ全くフォローになってないと思うんですけど。」
「時間はかかると思うけどいつか絶対に新垣にも分かるよ、藤本の良いところが。」
「はぁ・・・・・・まぁ、できるだけ早めに分かるよう願いたいですね。」
保田さんは揺るぎない確信があるのか笑顔で自信満々で言うけれど、
私はいまいち納得がいかなくてとりあえず軽く頷いておいた。


14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 23:21
すると保田さんはそんな様子を見かねてか顎を軽く掻きながら顔を少し顰めた。
「って言われても納得いかないか。それじゃ少し昔の話でもしようかな・・・・・・
新垣は藤本が全身を機械化した理由は知ってんだっけ?」
と軽く苦笑しながら何の意図があるのか唐突に話題を切り替えてこちらに振ってきた。

「えっ?は、はい。確かビル火災の人命救助の際に負ったって
本人から直接聞いてますけど。」
私はなぜそんな話をするのか分からなかったけれどとりあえず質問に答えた。


保田さんは私の答えを聞くと軽く溜め息を吐いてからガラス向こうの
藤本さんを横目で見る、でもすぐに視線をこちらに戻すと徐に話し始める。
「まぁ、かなり端折ると確かにそうなんだけどね。でも詳しく言うと人命救助したときは
まだ全身を機械化する程の重症じゃなかったんだよ。ちなみにMMに来たのは
その事故のときにお偉いさんを無視して小さい女の子を優先して助けたかららしいよ。」
軽く余談を挟むとそのときは保田さんも少し呆れた顔して笑っていた。



別に機械化しているからといって悪いことではない。
体の一部を機械で補っている人、通称サイボーグと呼ばれる人々は
年も性別も関係なくこの世の中では普通にどこにでもいる。
事故や天性的に失ったものを機械で補うことが非難される時代ではないし、
最善の選択として広く万民に受け入れられている。
といっても全身を機械で補っている人は手術が難しいからなのかあまり聞いたことがない。
とにかく機械化していてもどの業種にも優れた人はいるし、特に身体機能が重要である
警察はエリートにサイボーグの人が多い。
ということからも多分全身を機械化したからといって出世に響くわけではないらしい。



「藤本も性格と態度はあれだけど仕事はできたからそれなりに本庁だって
期待してたらしいよ、でもその偉いハゲオヤジが救出された後に警察に
圧力かけてきてさ、それで左遷ってわけじゃないけどMMに配属されたってわけ。」
保田さんはそう言って首を軽く竦めると手のひらを私のほうに向けてひどく呆れた顔をする。



15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 23:23
警察の権力主義ってところはかなりの昔から変わってないらしくて
そこについては私も言う言葉はなくただ呆れるしかない。
でも藤本さんが出世を目指しているタイプでは絶対ないと思うし、
その件に関しては結構割り切っているように傍からは見える。
何にしたってMMに来たってことはそんな考えは捨てるしかない。
別に階級も待遇もそんなに悪くはないところだけれど、エリート街道からは
かなり外れてしまうのは周知の事実だった。



「へぇ〜、そうだったんですか。」
いかにも藤本さんらしい理由ですけどね、という言葉がその後に
いていたけれど口にするのはさすがに言い過ぎな気がして胸の奥にしまっておいた。

「余談で少し話が逸れたね、本当に話したかったのは大怪我を負った原因だったのに。
藤本が全身を機械化することになったのは全ての人命が救助されたビルの中に
再度強引に突入したからだよ。」
私の目をまっすぐ見つめて言った保田さんの言葉の意味が分からなかった。

「えっ?全ての人命は助けたんじゃないんですか?」
と引っ掛かっている言葉を聞き間違いかと思って確かめるように問い返した。

すると保田さんは寂しそうな笑みを浮かべると軽く頷いてから真実を教えてくれた。
「人間は全て助け出されたよ・・・・・でもロボットがいたんだ。
メイドロボットらしかったんだけどね、助けた女の子に「友達を助けて」って言われて、
藤本は火傷して怪我もしてるのに無茶してビルの中に戻ったんだよ。」
言い終わると保田さんは顔を俯けて深い溜め息を吐き出した、そして私に背を向けて
ガラス越しの藤本さんを見つめていた。


16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 23:26


私は語られた事実に返す言葉もなくて藤本さんが視界に入るため顔も上げられなかった。



何も知らなくて分かってなかったのに今まで藤本さんをとても誤解していた。
きっと殆どの人が見るような蔑んだ冷たい瞳で見ていたんだと思う、
でもだから誰にでも冷たくていつも素っ気無かったのかもしれない。
機械を憎みながらもでも心の中では今でも悔やんでいる部分があるんだと思う。
推測だけど助けられなかったそのメイドロボットの事を思い出しているから、
いつもロボットを破壊し終わると悲しそうに笑うのかもしれない。
そう思えたら今まで抱いてた負の感情は私の中から嘘みたいに消えてしまって、
代わりに後悔と自分への嫌悪感と不甲斐なさが胸一杯に詰め込まれている。
でもどんな良い言葉もきっと今は陳腐にしか聞こえないだろうし、
この場に相応しい言葉なんて私がどんなに頭を働かせたって見つかるはずがなかった。




「藤本ってバカでしょ?ありえないくらい不器用でまっすぐでもう
どうしょもない奴なんだよ。」
保田さんは私に背を向けたまま呆れたような口調で悪態をつく、
でもガラスに反射して映っているその顔は優しく微笑んでいた。

「そう・・・・・ですね。」
私はとにかく無理矢理笑みを作るとお辞儀するように大きく一回頷いた、
そして無意識のうちにそんな言葉を口にしていた。


17 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 23:28
私はどこまでも続いている綺麗なお花畑を一人でのんびりと散歩していた。
爽やかな風と微かに香る花の甘い匂いに癒されながらしばらく歩いていると
不意にどこからか声が聞こえてくる。
最初は気のせいかと思ったけれど耳を澄ますと確かに誰かが何かを叫んでいるようだ。



「・・・い・・・おい・・・・・・まめ・・・・・・・・。」
耳を澄ましてみるものの遠いせいかよく聞こえなくて何を言っているのかは
よく分からなかった。
私は慌てて辺りを見回すとかなり遠くに人影らしきものが見えた、
そしてそれはゆっくりとこちらに近づいてくる。

最初は輪郭がぼやけていたけれど自慢の視力で目を凝らすとようやく姿が見えてきた。
けれどそれは私の見知った顔だった。
藤本さんがフリルのたくさんついたお嬢様系の出で立ちをしていて、
顔は柔らかな微笑みを浮かべて手を振りながら花畑を軽やかに走ってくる。


「うわっ!!」
頭が一気に覚醒して目を見開いたと同時に右腕に衝撃があったかと思うと、
体が突然横に傾いて私は椅子から転げ落ちると銀色の床とキスしてしまう。

「早く起きろっての、バカまめ!」
突然の出来事とその言葉に何事かと思ってすぐさま体を起こすと
藤本さんが不機嫌そうな仏頂面という見慣れた顔で目の前にいた。


18 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 23:31
「あっ、おはようございます。」
「あぁ、おはよ・・・・・じゃなくて!なんであんたがここにいるわけ?」
とりあえず体勢を整えて立ち上がると私は頭を下げて挨拶する、
すると藤本さんは釣られて返してくれたけどすぐに怪訝な顔をして聞きただされる。
そして今まで私が座っていた椅子に座ると背もたれに寄り掛かりながら腕を組む、
相変わらず態度がでかいところに少し腹が立つけど今日は黙っておくことにした。


「いや、なんていうか仕事の処理報告をまだしてなかったので来たんですけど。」
「っうかそんなここにメモリーチップ置いておくとか、署に戻って机に報告書でも
置いておけば済むことじゃん。」
少し心配で様子を見に来たということは何となく癪なのでそれは伏せて話すと、
藤本さんは舌で歯をなぞってから身も蓋もない言葉を返してくる。
それを聞いてやっぱり心配したなんて言わなくて良かったと心の底から思った。

本当はもっと棘のある言葉を言いたかったけれど今日だけはと堪えた。
「それは、そうなんですけど・・・・・待ってちゃいけませんでした?」
でも何か言わずにはいられなくて不貞腐れたような口調で言った。

すると藤本さんは考え込むように僅かな間だったけれど顔を俯けて口を閉ざしていた。
「別に。ただ面倒くさいことするなぁって思っただけ。」
と顔を上げると鼻で笑ってからそう言って私の額にデコピンする、
そして欠伸を噛み殺すと入り口のほうへ歩いていく。


19 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 23:33
「ま、待ってくださいよ!下のロビーで何か飲みません?奢りますから。」
このまま帰られるとちょっと困るので少し焦って引き止めるとあまり期待せずに
軽く誘ってみた。

「あん?まぁ、ちょうど喉も渇いてるし本当に奢りなら行ってあげてもいいけど。」
と藤本さんは一瞬顔を顰めたけれど頬を掻きながら奢りという言葉を思い切り強調すると、
仕方なくといった感じで誘いには乗ってくれた。

せっかく楽しい事実を確かめる好機を逃す気は全くないので私はその言葉を聞いたとき
思わず口元が緩んでしまった。
でも怪しまれないように普通にしようとすぐに口を結んだけれど、
保田さんが帰るときに言った言葉を不意に思い出してしまった。
そうしたら笑いが自然と込み上げてきて慌てて手で口を覆うとわざとらしく咳をして
その場は誤魔化した。


20 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 23:36
保田さんは藤本さんが眠っているガラスを指の関節で軽く小突いてから
体を反転させる。
「ってことであたしは学校に戻らないと行けないからこれで行くわ、そんじゃまたね。」
入り口側に立っている私の前で立ち止まると別れの言葉を言って立ち去ろうとする、
でも最後に軽く掻き乱すように頭を撫でてくれた。


頭を撫でられるなんて本当に久しぶりの事で恥ずかしいけど悪くないなと思った。
「はい!近いうちに遊びにでも必ず参るでございます!!」
私は照れくさそうに笑いながらも姿勢を正すとわざと敬礼までして
はっきりとした声で答えた。
だけど上手く敬語が使えなくて口から出たのは何とも不思議な言葉だった。


それでも保田さんは優しく目を細めると穏やかな笑顔で受け止めてくれる。
「うん、いつでも来な。そうだ、もし藤本が起きるまでいるならこれで飲み物でも買ってあげて。」
とズボンのポケットから小銭を取り出すとそれを適当に私の手に乗せて握らせる。


あの話を聞かなかったら適等に様子を見て帰ろうと思っていたけど、
今はちゃんと顔を見て話したくて手の中の硬貨を握り締めてから小さく頷いた。
「飲み物ってコーヒーでいいんですか?」
藤本さんの好みが全く分からないから私は普通に質問したのだけど、
返ってきた言葉は予想外というか妄想の域に入ったものだった。


「いや、言ってもいいのかな?その・・・・・藤本はさ、一階ロビーにある自販機の
カフェオレを砂糖とクリームMAXにしたやつしか飲まないから。」
保田さんの言葉にMMに入れると分かったときと同じくらいの衝撃を受けた私は
即行でそれを心に刻み込んだ。
でもそのときかなり前になるけど少し気になった「誰かさん」と濁した言葉の意味と
それが誰を指して言った言葉なのか分かった。


21 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 23:38


それとは別にもう一つ、何の変哲もないけどなぜか印象深くて心に刻んだ言葉がある。




「ねぇ、新垣・・・・・藤本が人として残ってる部分はどこだか知ってる?」
保田さんはドアから半分以上出た体をなぜか突然引っ込めると私のほうに向ける、
そして軽く息を吐くと少し笑いながらもまっすぐな視線で私を捉えると柔らかい口調で言った。


私は唐突なその質問に戸惑いながらも答えを知っていたので迷うことなく言葉を返した。
「脳じゃないんですか?あと顔も多少使ってるって聞きましたけど。」
藤本さん本人がそう言っていたんだから多分間違ってないはずだと思う。

けれどそれを聞いた保田さんは何だか不満げな様子だった。
「それはそれで正解なんだけどね。まぁ、ちょっと質問するには早かったか。」
と顎を擦りながらどこか残念そうな感じで言うと苦笑いしながら一人で納得して頷いている。
私は答えが知りたかったけど引き止めるのも悪い気がしたので釣られたように笑ってその場は
何も言わなかった。


22 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 23:39
「おーい。着いたけど降りないの?」
少し苛立ったその言葉で私は回想からようやく我に返って顔を上げると、
藤本さんがエレベーターの扉を片手で押さえながら舌打ちをしているのが見えた。

「えっ?あっ、あぁ、すいません!降ります、降ります!!」
私は何度も頭を下げて早口で謝りながらすぐに大股で飛び越えるように降りる。
すると藤本さんは不機嫌そうに鼻を鳴らしてから背を向けてロビーに向かって歩き出す。
何だかんだ言いながらちゃんと降りるまで待っててくれるところはちょっと優しいなと思って、
慌てて後を追いながらその意外に小さな背中を見つめて軽く笑った。




でも藤本さんはロビーの一角に偉そうに座っているのでどこにいるかすぐに分かった。
「それじゃ飲み物買ってきますね。」
「あぁ。ってか何買ってくるか分かってんの?」
「そんなわざと抹茶オレとかいちご牛乳とか買ったりしませんよ。」
「まぁ、それならいいけど・・・・・。」
とりあえず一度藤本さんのところに言って買いに行くことを告げると、
少し不安そうだったけれど私の一存に任せてくれた。
というか買うものはもう既に決まってるんですけどねと思って内心ほくそ笑みながら
なるべく顔に出さないように頑張った。



23 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 23:42
それから保田さんに言われた通りに紙コップの自販機で牛乳屋さんのカフェオレを
砂糖とクリームをMAXに調節してからボタンを押した。
ちなみに自分はコーヒーを少し砂糖多めにしたものを買った。
そして今にも腹を抱えて笑い出したい衝動を堪えて本人の前までそれを持っていく。

でも椅子に偉そうに踏ん反り返るようにして座っている姿を見たときは
そのギャップで本当に吹き出してしまいそうで危なかった。
「か,買ってきました。」
震える声を何とか抑えながらなるべく平静を装って私は紙コップを差し出す。

「あぁ、あんがと。ん?ん?」
藤本さんは手を伸ばしてそれを受け取る、でも口元まで持っていくと
匂いで分かったらしく手を止めると少し目を見開いて私を見上げる。


「藤本さんが寝てるときに実は保田さんが来てたんですよ、それで色々と教えて貰ったんです。
例えばカフェオレに砂糖とクリームを・・・・・・。」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!ちょっと待った!それ以上言ったらマジで殺す。」
藤本さんは突然勢いよく立ち上がると私の言葉を大声で遮ってから殺気立った目で睨むと
荒い息を吐き出しながら低い声で言った。
署内に言い触らして遊ぼうかと思ったのに本気で殺されるのでそっちの計画は失敗に終った。


24 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 23:45
「はぁ、あの人は何考えてんだか・・・・・・。」
藤本さんは小声でそう呟くと脱力したように椅子に座ってしばらく項垂れていた。

私はそんな落ち込んでいる様子を見兼ねて諭すように良い話を語ろうと口を開く。
「えっと、人は誰しも弱点があるんですよ。だから人って字はこう支え合ってるわけで。」
「全然意味分からないし。っうかまめは何飲んでんの?」
けれど藤本さんが相変わらず人の話を聞かずに突っ込みを入れるので
話は中断させられる、そして逆にこちらの紙コップを指差されて聞いてくる。


でもそれはこっちにとっては待ってましたという感じの言葉だった。
「えっ?コーヒーですよ。保田さんに貰って今日初めて飲んだんですけど何かハマっちゃって。」
私は見せつけるように一口飲んでから少し傾けて紙コップを差し出すと、
爽やかな笑顔を浮かべながら平然と言った。

「はぁ・・・・・何かムカツク、死ね。」
「そこまで言わなくても言いじゃないですか。」
藤本さんは軽く溜め息を吐き出すと露骨に顔を顰めて暴言を言い放つ、その言い過ぎの言葉に
私は思わずすぐさま反論する。

「でもまぁいいや。別に知られて死ぬようなもんでもないし。」
と藤本さんは鼻を鳴らすと開き直ってカフェオレを一気飲みくらいの勢いで飲んでから
あっけらかんとした調子で言った。

「いやぁ〜、切り替わり早いですねぇ。」
私はその様子にただ呆気に取られてしまい逆に感嘆の声を上げる。

25 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 23:48
「ウジウジ悩んでも仕方ないじゃん。っうか悩んで解決するならそれって
大したことじゃなくなくない?」
藤本さんは床に置いていた足をぶらつかせながら平然とした顔つきで言った。

「なくなくなくはないと思います。だって・・・・・だって悩むってことは心に溜めるってことで、
つもりそうするのはそれが自分にとって大事だからじゃないんですか?」
私は噛みそうな言葉を流暢な滑舌で反論すると、少し考え込んでからあまり上手いとは
言えないけれど自分の思いを伝える。


すると藤本さんは一瞬だけ大きく見開いたけれどすぐに顔を深く俯けてしまったので
それからどんな表情をしていたかは分からない。
「やっぱムカつくよ、まめ。」
けれどいきなり空のコップを私の額に向かって投げつけると藤本さんは徐に立ち上がり
眉を顰めてこちらを見下げながら言った。

「ちょ、ちょっと何するんですかぁ?!」
全く理由が分からない暴挙に黙っているほど心が広くないので声を荒げて抗議する。

「ゴミはちゃんとゴミ箱に捨てなよ?」
と藤本さんは自分で投げつけたそれを指差してから忠告すると
私に背を向けて行ってしまう。
意外とエコロジストなんだなと変なところに感心しながら、言われた通りにちゃんと
紙コップをゴミ箱に捨てるともう既に入り口付近にいる藤本さんをとりあえず追いかけた。


26 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 23:50
でもその日から私達の関係は少しだけ変わったような気がする。
相変わらず藤本さんのことは怖いし態度も最悪だけど、でも前みたいに悪いところばかり探して
内心密かに詰るということはなくなった。
いつの間にかたまに垣間見える良いところを見ようとしている自分に気がついたときは
何だか嬉しかった。
藤本さんも弱みを知られたからなのか前より少しだけ優しく接してくれるようになった。




それはそれとして私達の担当する地区では強盗事件が多発していた。
元々あまり治安の良い地区ではないので犯罪は多かったけれど最近起こっている事件は
何だか今までのとは感じが違うと藤本さんも言っていた。
今まではロボットを囮にしてその間に人間が犯罪を実行するというのが定番だったのに、
最近起こっているものはロボット自身に犯罪を犯させて人間は姿を見せないというものだった。
でも確かにその方が楽だし自分が捕まる確率は低いけど使っているロボットが人間と同等の
高性能なものならともかく、作業用を少し改造したくらいでは行動に粗が目立つ。
実際建物を破壊しただけで物は盗ってないというのもあった、そのせいなのかこの頃は
多数の場所を一斉に襲うという数打ちゃ当たる戦法に変わってきた。


そして藤本さんは犯行現場に行くとロボットを片っ端から破壊している、
本当は捕まえて調べれば犯人が何かしら細工しているはずだから
手掛かりが掴めそうなのにそういうことを一切しない。
私にしてみれば犯人も藤本さんもどっちも同レベルのバカだと思う。
でもそんなこと言ったら本当に殺されるので口が裂けても言えるはずがなかった。



27 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 23:52

そしてその日も現場に行ってロボットを破壊する藤本さんを複雑な心境で見つめていた。




藤本さんが横に手を振ればロボットの首をへし折れるし縦に手を振れば頭が潰れる。
回し蹴りをすれば体は真っ二つに切られて地面に落ちる、こんなところを見たら誰だって
悪魔だ狂犬だって言いたくなる気持ちは分からなくない。
だけど本当は憎しみだけで戦ってるわけじゃないと知っている私は
そんな風にはもう思えなかった。
何だか雨の中で必死に吠えている子犬みたいに思える。
前は見ていると気持ち悪くなる地獄の光景だったのにそのときは胸が締め付けられるほど
切なくなる光景だった。
最後の一体を足で踏み潰して行動停止にするとやっぱり藤本さんは黒く染まっていた。
そしてやっぱり少し悲しそうに笑いながら短く溜め息を吐き出すと顔についた油を拭おうとする、
私は何だかいても立ってもいられなくて思わず駆け寄った。

「ん?どうしたまめ?ここにいるとかなり汚れるよ。」
「汚れたって大丈夫です・・・・・だって部下なんですから上司にばっか汚させるわけには
いかないですから。」
初めて黒い池みたいになった場所に立つ藤本さんに近づくとかなり不思議そうな顔をされて
言われたけれど、私は笑いながら頷くとズボンのポケットを弄ると皺くちゃのハンカチを取り出して
黒い頬や鼻の頭を拭いてあげた。


28 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 23:55
けれど藤本さんは私の手を掴んで乱暴に振り払うとなぜか顔を急に厳しくする。
「っうか邪魔。」
と素っ気ない口調で言ってから突然肩を強く押されて勢い良く突き飛ばされた。
それと同時ぐらいに銃声が響き渡り藤本さんはゆっくりと倒れて背中を黒い油にその身を沈めた。

「えっ?」
私は呆然としたまましばらく今の状況が飲み込めずその場から動けなくて、
ただ視線は倒れたまま一向に起き上がる気配のない藤本さんを見つめていた。
それからどれくらい時が経ったのかは分からなかった、私はようやく我に返ったけれど
未だに頭と心は混乱していて現状が呑み込めずにいた。


私は擦れた声で無意識のうちに笑いながら偽りのない本音を口にした。
「はっ、ははは・・・・・何それ?」
そして人間本当に大変な事態に陥った時は笑うんだなと冷静に分析していた。
それから藤本さんが私を庇って撃たれたことを理解した。


「藤本さん!!藤本さんっ!!
私は上手く立ち上がれず手と足を使って赤ちゃんみたいに歩きながら
狂ったように叫んで藤本さんに近づく。
その体を強く揺さぶって名前をまた叫んだけれど目を閉じたまま
何の反応も示さなかった。


29 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 23:57
「いやぁ、案外あっけない最期だったね。」
何だか偉そうなその男の声が聞こえたのは私の目の前に立っているときだった。
きっとここまで来る前に何か言っていたのだとは思うけど、私の耳には一切入ってこなかったし
言葉が理解できなかったのだと思う。
ただ声が聞こえたので反射的に顔を上げると20代前半の黒髪に眼鏡をかけた
インテリ系の男が勝ち誇ったように笑っていた。


「全く僕の改造した芸術を彼女は破壊しすぎだね。最高の技術と完璧な作品、
この二つがあれば犯罪なんて簡単なことなんだよ。それを君達が邪魔するもんだから
大変だったんだよ?ロボットだってタダじゃないんだからね、お金がとてもかかる。
特にこの僕の技術は素晴らしすぎて凡人の倍のお金を使ってしまうわけだ。だから家賃を2ヶ月も・・・・・・
うっ、おほん。それはとにかくこれでもう僕の作品を壊す者はいなくなった。
そして君もこの世からいなくなる。」
少し鼻にかかった高めの声が右から入って左から抜けていく、男は自分の世界に入り込んで
しばらく恍惚としながら一人で語っていたけれど、急に咳払いしてから少し声を低くすると
冷たくて固いものを私の頭に当てる。



私は死ぬんだなと思ったけれど別に怖くはなかった。
このままこの男を捻って署に連行するのは簡単だけど、でもそうしてこのまま生き残っても
上手く生きられる自信がなかった。
心はいつまでもここから立ち上がることができずに一生囚われたまま過ごすと思う。
藤本さんも自分の体を失ったときこんな感じたったのなとふと思って視線を俯けた、
でもその答えはもう永遠に聞けないと知った。

30 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/12(土) 00:00
けれどしばらく経っても頭には何の衝撃もなく打たれる気配はなかった。
「でも君って結構可愛いね?この世から消してしまうのは少し惜しい存在かもしれないなぁ。
そう、傍にいてくれると想像力が湧き出てくるというか新たな作品に役立てそうなんだよ!
君だってこのまま若い命を散らしたくはないだろ?もし命乞いするというなら助けてあげても
いいんだけどなぁ。そしてネコ耳にメイド服着て家でご主人さ・・・・。」
「長い。」
よく分からない方向に逸れていった男の言葉は最後まで続かずに聞き慣れた声が
いきなり遮った。
さっきまで横たわっていた藤本さんのいた姿は消えて変わりにさっきまで一人の世界に入って
話していた男が代わりに倒れていた。



「話長すぎなんだよ、バカ。」
藤本さんは軽く唾を吐いてから口元を拭うと蔑んだ視線を男に向けて言った。

「えっ?えぇぇぇぇぇぇぇ!!ちょ、ちょっと死んだんじゃないんですか?」
私は意味が全く分からなくて驚きながらも近くに行ってとりあえず詰め寄った。


すると藤本さんは軽く溜め息を吐き出すと頬を掻きながら少しバツの悪そうな顔をする
「いや、全身機械化してんだから普通の銃弾ごときで死ぬわけないじゃん。
っうかそのこともこいつも分かってなかったみたいだけどね。」
そして言われてみれば納得してしまう事実を言いながら、最後に白目剥いて倒れている男を
見つめながら鼻で笑った。


31 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/12(土) 00:02
「ネタばらしすると犯行上遠隔操作している可能性があるから犯人が近くにいる
っていうのは前から分かってたし、だから派手に暴れて誘い出そうとしてたんだけどね。
でもなかなか姿を出さないからいつも違う展開にしたら案の定乗ってきてくれたってわけ。」
藤本さんは倒れている男を軽々と掴み上げて肩に担ぐとどうしてあんな真似をしたのか
教えてくれた。


でもそれを聞いたからってそうですかって簡単に納得できるはずがない。
私がありえないくらい心配したというか何事もなかったような顔をして話す藤本さんに
とても腹が立ってきた。
「あぁ、もうっ!!人がどれだけ心配したと思ってるんですか?本当に・・・・・・
本当に死んだかと思ったんですよ!」
色んな言葉が頭の中に一気に浮かんできてもう何から言っていいのか分からなくて、
でもそれがまた苛つかせて藤本さんの腕を掴んで強気に文句を言った。

「はいはい、悪うごさいました。」
と全然悪びれた様子がなかったけれど謝りながら空いてる手で頭を乱暴に撫でられる。

そんな全然誠意が感じられない態度だから許せるはずもなく、
今度は私がその手を振り払うと少し距離を置いた。
「こういうのまたやったら病院の件バラしますからね。」
「それすんごく汚ないから。っうか上司を強請っていいと思ってんの?」
「いや、今はそういう問題じゃないですから。」
あんな思いもう二度としたくないから真面目に言ってるのに藤本さんは
取り合ってくれなくて私は怒りを通り越して呆れてしまった。


32 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/12(土) 00:07
「とにかくまめ、こいつを引渡しに署まで戻るよ。」
藤本さんは男を担ぎ直すとそう言って相変わらず一人で先に歩き出す。
私は何となく辺りを見回すといつの間にか辺りは夕暮れになっていて
黒とオレンジが綺麗に混ざり合っていた。
遠くに見える沈みかけの夕日は眩しいくらい金色に輝いている。
その美しさに見惚れていると藤本さんとの距離が開くのが見えて私は急いで後を走って
追いかけると立ち止まってくれたのですぐに追いつくと隣に並んだ。



「まめ、遅すぎ。」
「っていうか藤本さんが先に行き過ぎだと思うんですけど。それに前から言おう言おうと
思ってたんですけどまめって呼び名センス0ですよね。」
「はぁ?ちょーセンスに溢れてるから。」
「そういうことにしときますから違うやつに変更してくださいよ。」
まるで泥んこ遊びした子どもみたいに服も顔も黒く汚れていてくだらないことを言い合いししながら
女の子が二人並んで歩いている。
それは傍から見たらきっとかなり異様な光景なんだろうなと客観的に思った。
でも一人は肩に男乗せてるんだから普通に思われるはずもなかった。


「それじゃ・・・・・・ニィニィ。」
「それ本気で言ってるんですか?」
藤本さんは少し考え込んでから耳を澄まさないと聞こえないくらいの小声でぼそりと呟く、
それを聞きのがさなかった私はいつも言われてるお返しに抑揚のない冷たい声で言い返した

すると藤本さんは見事なくらいあてもなく視線を彷徨わせながらかなり狼狽えていた。
「バ、バカじゃないの?冗談に決まってんじゃん!」
と鼻を鳴らして吐き捨てるように言うと誤魔化そうとして顔を少しだけ逸らす。


その仕草を見て私は保田さんの言っていたあの質問の答えが不意に分かった。
分からなかったのが不思議なくらい答えは簡単だった。
藤本さんが人間として未だ残っているのは心だ、体が固い金属に変わったって
その心は何一つ変わらず今も持っている。
それが分かったとき途端に胸が詰まって思わず目頭が熱くなった。


33 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/12(土) 00:12
「その、あぁ、ガ、ガキさんって良くない?ちょっとこれは自信あるんだけど。
ってかさ、なんで今にも泣きそうな顔してんの?」
藤本さんはまだ真剣に私のあだ名を考えていたらしく新しいものを提案してくる、
でも顔を覗き込むと怪訝そうな口調で言った。

私は一度顔を俯けてから痛いくらい強く瞳を瞑ってから目を開いて軽く拭った。
「やっぱりあだ名のセンスないんじゃないですか?」
と溜め息を軽く吐き出してから顔を上げると歯を見せて笑いながら
今まで一番良いあだ名だと思ったけど何か悔しいので言わなかった。
そして殴られそうな予感が激しくしたので逃げるようにしてその場から走り出した。



けれどふと後ろが気になって首だけ振り向けると、太陽の光で金色に輝いた藤本さんが
予想通り追いかけてくるのが見えた。
私は自分の身に漠然とした危機を感じたので気合いで何とか走るスピードを上げる。
けれど不意にさっきの藤本さんが笑っていたことに気がついた、そして笑ったところを初めて
見たということにも気がついた。
でも夢で一回見たことを思い出してあれはもしかして正夢だったのかなと
思うと可笑しくて、涙が出るほど可笑しくて目の前の金色の太陽が歪んで
さらに輝いて見えた。





END
34 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/12(土) 00:12




35 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/12(土) 00:12





36 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/12(土) 00:13


センスないですから




Converted by dat2html.pl v0.2