煌月

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:26
煌月
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:28


国籍のよくわからない老婆が、角ばったグラスを置いていった。
後藤はそれを一息で飲み干した。
そして、顔を元の位置に戻し、木枠の窓の外を眺めた。
道路の向こうにある風化しかけた日本家屋が、タクシーに遮られた。

街模様に影響されない空に、真昼の月が浮かんでいる。

寂れた背の低い町並みを押しつぶすように、再開発を終えようとするビル群がそびえている。
市井は、それを見つめている。
持っていた強さが柔らかくなり、その表情に浮かんでいる。
「この辺、ずいぶん変わったなぁ……」
「そうかな」
「うん、こんなにたくさんビルなかっただろ」
「そういやそうかも」
「でも、この店は残ってるんだな」
「教えてもらったんだよ」
いちーちゃんに、とは言えなかった。
後藤の主語のない話に、市井はよくわからないといった顔をしたが、すぐに、ああ、と頷いた。
「そういや、わたしがここ教えたんだっけな」
「そうだよ」
「ごとーが来てたから潰れなかったのかな、ここ」
折り重なるような住宅に覆われた、路地の奥にあるこの店は、いつ来ても客がいない。
市井はモーニング娘。時代、空き時間ができるとよくこの店に来ていた。

「そういえば、大丈夫だった?」
メニューをめくりながら、市井が聞いた。
「なにが?」
「あ、時間。忙しいんじゃないのかな、って」
「最近はそうでもないよ。そこそこ」
「そっか」
「うん、だから大丈夫」
ごとーはいいの? 市井がメニューを指で叩いた。
「わたしはもう決まってるから」
そう言った後藤は今日、一度もメニューを開いていない。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:29



「ハロプロで誰が一番バカなのかを決めます!」
それなりに暇で、中途半端な時間の使い道がわからず、
絵を描く気にもならず、詩を書くのが億劫になってしまった。
飯田は血迷ってしまったのだ。
「そんな感じの企画、どっかで見たことありまーす」
田中が手をピシッと手を上げて言ったが、無視された。
小春ちゃん来てないことも教えてあげようと思ってたのに、と田中は泣きたくなった。
泣いたらかっこ悪いから、飯田さんにはぜぇ〜ったい教えてやらん、と拗ねてみた。

遠慮がちに手を挙げた、Berryz工房の熊井友理奈。
「あのー、わたしバカじゃないと思うんですけど……」
ゆりバカじゃん、そう言いたげなBerryz工房の菅谷梨沙子が居心地悪そうに下を向いている。
最近、言っていいことと悪いことがわかるようになってきた。
その隣では、椅子の上で背筋を伸ばして正座した桃子が目をぱちくりさせている。
萩原舞ちゃんが眠たそうに目をぱちくりさせている。
みうなが涎を垂らしている。

飯田は、後方でふんぞりかえってる辻が気になって仕方がない。
「でね、みんなに集まってもらったのはね、」
「うっせーよ、圭織」
こんな暴言吐くのはのんちゃんしかいない、飯田は辻を見る。
案の定、うしろのほうでそっくり返ってタバコチョコを咥えて飯田を睨んでいた。
「のんはよー、もうとっくにかわいい時期はすぎてんだよ、今はもう綺麗になったんだよ」
飯田がきししと微笑む。
前だったら、咥えてられなくてもしゃもしゃ食べてたのに。あれ? まあいいや。
「はい! のんちゃんワンポイント!」
「なんでだよ!」
「だって、今日はかわいいとかそういうんじゃなくて、バカを決めるんだもん」
「そうですよ、辻さん。ちゃんと話は聞かないと」
優勝候補バカである友理奈にたしなめられた辻は、泣きそうな顔になる。

4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:29



「ねえひとみちゃん、ホント久々じゃない? 二人で買い物なんて」
「なんだよそれ、ひとみちゃんって」
「いいじゃん、なんで変なとこでつっこむのよ」
石川は人の少ないセンター街をどんどん進んでいく。
大人な趣味の吉澤が着そうなコートがほしい。
そう頼んで買い物に付き合ってもらった。
石川の中にはまだ、おしゃれで大人っぽかった頃の吉澤が生きている。

吉澤はふらふらとその後を追う。
案内して、って言っといて勝手に先歩くなよ、そう思いながら。
「つーかさー、この時間じゃ店開いてないって」
ポケットに手をつっこんだ吉澤が駆け足で石川に近づく。
「そうなの?」
「そうなの? じゃねーって。まだ10時前だもん、服屋とか11時くらいからだろ」
「よっちゃんの行くとこはそうなんだ」
「わたしのがどうのとか、関係ねーから」
じゃあしょうがないね、ごく自然な動作で吉澤の腕を取った石川が、道を逸れる。
「こっちのほうに喫茶店があったはず」
「つーかさ、こっちじゃないんだけど、店」
「そうなの? じゃあ、どこなのよぉ」
「表参道の奥」
「全然ちがうじゃーん」
「そうだよ、二本くらい道ずれてんだよ」
「なんで言わないのよぉ!」
「石川が勝手に渋谷を待ち合わせにしたんだろ?」
「そうだけど、よっちゃんが渋谷って言ったんじゃん。あの辺ならパスタ屋あったのにぃ」
「らへん、っつったんだよ」
「まあいいや。よっちゃんの行くとこは11時開店なんだから。どこ入っても一緒でしょ?」
喫茶店でお茶しよ? そう石川が吉澤の腕を引き、跳ねるように歩く。
「いいんだけどさー、とりあえずカフェって言えよ、カフェって」

5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:29



加護は怒っていた。
なんでDEF.DIVAのPVがテレビでフルで流れるの?
それに風船に追いかけられるって、あいぼんのアイデアやん。
あれは風船に追いかけられるんじゃなくて、風船を持って追いかけられてるんだよ、
そう紺野に教えてもらっても、加護のかつてないほどの怒りは収まりそうになかった。

それは目覚めても同じだった。
起きだしてすぐ、舌を打った。
なんであいぼん渾身のネタをパクるねん。

「あ、あいぼん起きてたんだ」
眠いのか、ぼやーっとした紺野が半分眠ったまま声をかけた。
そして、鍋に残った豆乳をお玉ですくって啜った。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:29

昨夜、加護と紺野と小川の三人は豆乳鍋をしていた。
紺野念願の鍋で、わざわざ京都から豆乳鍋キットを取り寄せたくらいだ。
豆乳で煮た豆腐を食べていたところ、加護がぽそっと漏らした。
「のんが最近あんま食べないんやけど、食べたくて仕方なくなるものってないかなぁ」

そんな加護の一言を合図に三人、頭を抱えてしまう。
食べたくないなんて瞬間、たった十年そこそこの人生ではあるが、一度もなかった。
いつもなんでも食べたい、と紺野。
うちは梨沙子ちゃんを食べたいわ、と加護。
どうしようもない意見しか出てこなくてプレッシャーのかかった小川。
「あ、あれいいんじゃない? 美味しんぼのなんか」

「あれ、道重ちゃんってこのあたりじゃなかった?」
小川を無視した加護は言うと同時に、電話をかけていた。
「あ、もしもし道重ちゃん? 今さ、こんこん家で飲んでるんだけどさ、来ない?」
来るわけないじゃん、それに飲んでねーよ。ちょっとムッとした感じの小川が言った。
ていうかさ、あいぼんの作った天つゆ、佃煮の味しない? 加護作の天ぷらを食べる紺野が言った。
「そんなこと言わんといて、おいでよぉ。さゆよりふかふかの肉まんパーティーだよ?」
残念そうに電話を耳から外した加護が、二人に言う。
「さゆみ今、ジャージでかわいくないから嫌ですぅ、だってさ」

だが、加護が紺野に携帯を渡してすべてが変わった。
「あ、もしもしさゆ? アルマジロあるよ」
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:30

15分後、道重は真剣な面持ちで箸先のアルマジロを見つめていた。
さっきこんこんスッポンって言ってたやん、加護はそんなことを考えていた。
つーか誰かさゆのジャージにつっこめよ、なにあの変な黄色、小川はそんなことを考えていた。

夢にまでみたアルマジロがついに! 道重は興奮のあまり、鼻血を出してしまった。
紺野は、道重のお母さんが持たせてくれたという芋焼酎の瓶を見つめすぎて瞳孔が開いている。

「ねえ、あいぼん。肉まん食べたくない?」
「そう? じゃあ、行く?」
小川が立ち上がり、帽子を被りながら言った。
「こんこん、さゆ、わたしたちコンビニ行ってくるから」
動きを見せない二人を残して、二人は出て行った。

ティッシュを鼻に詰めた道重が、放心したように固まっている。
紺野は思い切って焼酎の封を切り、ちょっとだけ注いで飲んでみた。
初めて体験する強烈な刺激と共に、濃厚な芋の薫りが口中に広がり、鼻に抜けた。
こんなにおいしい芋の調理法があったんだ、
その時、あさ美の弾ける音がした。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:30

紺野は大きくあくびすると、ゆるくうねった髪をわしゃわしゃ掻き混ぜた。
「おはよう、今何時?」
「10時過ぎかな」
「え? え? え? やばいじゃん!」
あまりの焦りように、紺野の目がまんまるになり、動きが早くなった。
「ハロモニ遅れちゃう!」
立ち上がり、思い出した。
「あ、リハなくなったんだ」

そんな紺野を、加護はにこにこと眺めている。
「とりあえず服着なよ」
紺野は服を着ていない。

9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:30



「恋をしちゃいました」の着メロが響いた。
すかさず梨沙子が取った。
「ダメじゃない梨沙子ちゃん、それはかおりんの携帯よ」
飯田が梨沙子の掴んだ携帯に手を触れたが、それ以上は力をこめられない。
よくわからないが楽しそうな笑みを浮かべた梨沙子が、ただただ頷いている。
「だめよ梨沙子ちゃん、電話は声を出さないと伝わらないのよ」
意味なくオロオロした飯田が、電話口に入らないような小声で梨沙子に言う。

「パニックになってるだけじゃね?」
辻が隣にいる田中に耳打ちした。
だが、田中は別のところが気になって仕方がない。
「のんちゃん、あれ、恋になればいいな、の部分だよ?」
「はぁ? なんでよ、音は同じだべ」
「違うんですって!」
「あれ、違ったっけ?」
「そうだよ、全然違うよ、恋をしちゃいました、と、恋になればいいな、は」
やけにこだわる田中に、いくら辻でもおかしいなと気付く
「あ、もしかしてれいな、恋しちゃってる?」
「してません」
「ああ、してんだ」
「なんでわかると?」
「鼻がほくほくしてる」
「お願いですから言わないでください。モーニングやめさせられちゃいます」
狂おしいくらい真剣な顔で言った。
だが、花の年頃、恋の浮かれ。
小鼻がほかほかとふくらんでいる。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:31

「それよりのんちゃん、小春ちゃん来てないんだけど。あの子バカなのに」
飯田にも聞こえるんじゃないかと散々迷った挙句、
田中は手をがっちり組んで辻の耳元に囁いた。
「そうなの?」
「うん、大変じゃない?」
「そうか?」
「うん、大変だよ」
辻は、田中が目をキラキラさせてる理由がよくわからない。
「で、れいなは誰に恋してるのよ」
「だから、してませんって!」
「あれれれ?」
疑いの眼差しで見つめると、田中はくすぐったそうに笑ってごまかした。

「のんちゃん、れいな。勝手におしゃべりしない」
懐かしい感覚に心地よい陶酔を思い出した飯田が、目にかかった髪を指で払った。
「それでは第一問。梨沙子ちゃんが発表します。そぞろ歩き!」
突然わけのわからないことを振られた梨沙子は、放心したように口を開けている。

11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:31




♪ ゴー! ゴー! レッツゴー!

  あいぽぉどー

  ゴー! ゴー! レッツゴー!

  バイセイコー

  ゴー! ゴー! レッツゴー!

  くっすみこはるぅ モーニングむっすめー


これが初めてのお給料よ、そう母親に騙されて六ヶ月目の初任給。
小春はそれでiPodと自転車を買った。
給料が全部なくなった。
なんで一日で全部使っちゃうの、と怒られた。

それとは関係ないが、小春は自転車で仕事に行こうと思った。
すごいねー、と誰かに褒めてもらえそうな気がしたからだ。

12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:32



市井がカルティエのケースから煙草を取り出し、100円ライターで火をつけた。
「体によくないよ」
「子供のいるところでは吸わないから」
窓に向かって煙を吐き出した。
「そうじゃなくて」
「じゃあ、なに?」
「え、あ、……べつにいいや」
灰を落とした市井が笑う。
「なんかごとー、変わったような、全然かわってないような……」
「まだ三年だよ」
ちゃんと会って話したのは、後藤がモーニング娘。を卒業した時が最後だった。
「もう三年だよ」
灰皿に置かれた薄荷の細長い煙草の先から煙が薄くたなびいている。

後藤は最近、長い短いの時間感覚がよくわからない。

13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:32



高橋と藤本が話してる。
「iPodってさー、パソコンないと使えないんやってぇ」
「は? そんなことも知らなかったの?」
「でも、あれやで美貴ちゃん、あいちゅーんってソフトがあるのは知らんかったやろぉ」
「知ってるよ。だって美貴、持ってるもん」
「あいちゅーんやで、あいちゅーん」
高橋は疑いないキラキラした目で藤本を見つめる。
微かにたじろいだ藤本だったが、そういうのはあまり関係ないと思った。
「なに、愛ちゅんとか、すずめだとか、そういうこと言わせたいの?」
藤本は面倒そうに高橋を睨んでいるのだが、高橋は嬉しそうに笑っている。

そんな二人を、新垣が不安げに見ている。
なんでこの二人はこんな早くに来てるんだろう、リハなくなったの知らないのかな、
でもそうならなんでみんな来てないことに疑問を持たないんだろう。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:32

「そういや美貴ちゃん知ってた?」
「知ってた」
「うっそだあ! 知らんくせにぃ」
「知ってるから、いい」
しっしっ、と手で高橋を追い払おうとする。
「あのね、ここだけの話なんやけど、品川の水族館に泳ぐパンダいるらしいよ」
「うそぉおお!」
興味津々といった藤本が身を乗り出した。
高橋はけらけら笑い、うそ、と言った。
なんだよそれよー! 藤本が椅子を蹴り上げた。
それを見た高橋が、また笑う。

新垣はわけもなく叫びたくなった。
愛ちゃーん!
が、叫べなかった。
嫉妬している自分をどことなく自覚しているからだ。

15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:32



ハロモニ。つまんないやん、完成度とかの問題やないやん、リハの必要ないやん。
前回の収録、コントしか出てないのにそう呟いた岡田。
それがきっかけだった。
出演者もスタッフもみんな、番組に携わる人すべてが思っていたことが言葉になった。
そこからは早かった。
13時間でリハなしでの撮りを行うことが決定した。
この能無しども、やればできるんじゃん、小春がそう道重に言わされた。
みんな、憑き物が落ちたようなすっきりした気分になった。

そんな歴史的快挙の先陣を切った岡田は、楽屋で暇そうに座っている。
「リハないの、冗談やなかったんやな」
「でもさ、わたしたち、リハあってもなくてもそんな変わんなくない?」
三好が隣に座った。
「それよりな、絵梨香ちゃん。道端にうんこ落ちてるやろ?」
「へ?」
「だから、うんこぉ」
「関西弁でうんこって言われると、なんか変な感じがする」
「でな、道端にうんこあるやろ、あれって犬のうんこか、猫のうんこか、区別つく?」
「どうだろ、トイレ入った瞬間、石川さんがどの個室使ったのかはわかるけど」
「つーかなんでウチの膝なでてんの?」
「なんか落ち着くから」
「なにそれ」
当たり前のように岡田の膝に手を置いて和んでいる三好。
岡田は、そんな三好を石川を見るような目で見ている。

16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:33



梨沙子がさめざめと泣いている。
梨沙子以外の全員が、力なく床に倒れている。
さっきのは一体なんだったのだろう。

そぞろ歩きってなに?
そこからスタートした梨沙子のそぞろ歩きには凄まじい破壊力があった。

17 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:33



小春は絶好調。
渋滞で詰まった首都高の車をゴボウ抜き。
車よりも速い小春。
小春が一位。
誰にも負けない、負ける気がしない。
神速の女、久住小春。
上を見てるから、隣でびゅんびゅん走る車なんか見えやしない。

そんな小春の視界に、苦手なあいつ、矢島舞美。
息を弾ませ、恍惚の顔をした矢島が走ってる。
ランナーズハイではない。
「舞美ちゃーん、ファイトー!」
隣にはジンジャーに乗ったキッズのまいちゃんがいるから。

ああ、どうしよう。
小春の顔が不安げに揺れる。
矢島は話しかけてくれるけど、勢い込んでいるから苦手だ。

迷っている間に矢島はどんどん近づいてくる。
「ええーい!」
道わかんなくなっちゃうかもしれないけど、思いきって道を折れてみた。
矢島危機からの脱出。
ふぅっ、短く息を吐いた。
もしかして今の小春、でゅーく皿家みたいじゃねぇ?
意味はないが、ちょっと都会っぽく心の中で呟いてみた。
小春の中で、でゅーく皿家は東京の象徴だ。

18 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:33



「ほら、こんこん、もう泣かないの」
加護が紺野の裸の肩を撫でる。
「な? とりあえず服着てさ」

泣き続けている紺野は、喉をひくひく引き攣らせている。
「だって、だってさ、あいぼん服着てないって言うし、裸だし、なんも覚えてないし、おっぱい見られちゃったし」
「そんなん前から見たことあるから、ライブの着替えのときとか」
「ちがうもん」
「ちがうかー?」
「うん、ちがう。それにさゆのほっぺに怒っちゃたし、麻琴は厭きれて帰っちゃったし……」
「だからそれ嘘だって言ったやん」
「ううん、いいの。慰めてくれなくても」
涙がぽろぽろぽろぽろ止まらない。
おもしろがんなきゃよかった、加護は本気で後悔している。

19 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:34



「いつだったかな、もう忘れちゃったけど、ごとーが入ったばっかの頃だよ。
ごとーがすげー嬉しそうにが来てさ、いちーちゃんこれ見て、ゲーセンで取ったの! って。
あ、そうだ、たしか娘。入って初めて休みもらったとかそんな感じだったかな。
それでゲーセン行って、金のメダルが混ざってたとかってこれ、あたしにくれたんだよ。
この前、部屋の整理してたら古い荷物の中から出てきた」

市井がコトンとテーブルにコインを落とした。
「やめてよ」
後藤が恥ずかしそうに笑う。
そして、胡桃の入ったパンを小さくちぎり、口に入れた。
「これ見つけたとき、なんでこんなもの残してたのか思い出せなくてさー。急に思い出したんだよ、ごとーのこと」
「それで会おうって思ったの?」
「そんなすぐ時間取れるとも思わなかったから、まずは電話しとけーって」
そう話すときの市井の仕草に無邪気さを見つけた後藤は、昔の市井と重ね合わせてみた。
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:34

老婆の腕が伸びてきて、湯気のたった野菜の盛られた皿が置かれた。
戸惑う市井の顔も見ずに、久しぶりに来てくれたから、と呟いた。
後藤は、その様子をポーっと眺めている。
太陽が雲に遮られ、店内に薄く影が差した。

「なんでこんなもの、急に」
「なんでだろうな、懐かしくなっちゃったのかな」
「それこそやめてよ」
「そうか?」
後藤がコインを手に取り、すぐにテーブルに戻した。
「そうだよ」

真昼の月は、いつの間にか雲間に消えている。

21 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:34



石川が白い丸テーブルにつっぷす。
「暇ねぇ」
道往く人は足早に流れていく。
ああ、と吉澤がのけぞり、大きく伸びをした。
ベーグルを齧り、面倒そうに租借する。

「やっぱさー、ジャズやんない?」
「会長に言えよ」
「楽しいからさー、青春だよ、青春」
「やんない」
「ジャズやんべ?」
「だからやんねって」
「ムースポッキーでジャズやろうよぉ」
「エコモニでいいっしょ」
「そんなのつまんないぃ!」
吉澤の顔が歪む。
今にも泣き出しそうな道重が立っていた。
その隣で、修羅場の予感になぜかにこにこしている亀井も。

最近、時間の使い方がどうのと言い出した道重。
収録前に買い物しようと亀井を誘った。
今日、会うなり興奮気味に昨夜の紺野について語る道重に、亀井はあっけに取られていた。
そして、そのうち嫌になった。
道重の話の中に、忙しい、というフレーズがやたらと入っていることに気付いたのだ。
わざわざ言うことじゃないじゃん、忙しいって言う自分に安心してる人みたいでうざい、と亀井は思った。
同時に、そんなさゆもかわいい、とも思った。

そんな道重が泣きそうな顔をしている。
「ばかあ!」
両こぶしを握り締めて叫んだ。
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:34

今の言い方れいなっぽいな、亀井がそんなことを考えている間に、道重は走り出していた。
「待って、違うの!」
弾かれたように石川が走り出した。
青春っぽいじゃん、吉澤がふっと頬を歪めて笑った。

取り残されたような形の吉澤と亀井。
目が合うと、亀井が甘えるような顔で微笑んだ。
「行きましょ? 吉澤さん」
「ああ、そうだね」
二人とも仕事までには来ますよ、そう言って吉澤の腕をひっぱった。
「いや、無理あるから。両手ふさがってるし」
吉澤は、石川の分まで荷物を持ってる。
「たまにはいいじゃないですか。ね?」
いっつも藤本さんが邪魔だし、そう心の中で呟き亀井は強引に腕を組む。
たまにか? よくこんなことある気がするけど。吉澤は首を傾げ、亀井の速度に合わせて歩く。

23 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:35



「太陽が真上にあるとき、スタジオは品川駅の逆側だから……」
汗で前髪が額に張り付いた小春は、わざわざ声に出して確認してみた。
こうすれば迷わないわよ、そう新垣に教えてもらったのだ。
頭の中だけでは、うまく情報を処理できない。
「でもあれ? 太陽が真上にないぞ?」
午前中の太陽は、真上にはない。

くねくねと感覚に任せて自転車を走らせているうちに、道がわからなくなってしまった。
「どうしよう、困ったな。とりあえず電源切っちゃえ」
携帯の電源を切った。
これで誰にも何も邪魔されない。

はぁ、はぁ……
無駄に声を出して息を吐きながら、小春は自転車を走らせる。
そして、感触でそれを見つけた。

24 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:35



梨沙子が泣き止まない。
一度悲しくなってしまうと、それがまた新たな悲しみを引き寄せて、どんどん悲しくなってしまうのだ。
よくわからないけど、そぞろ歩きでみんな倒れてしまった。
どうして? 小さな疑問が爆発的に膨れ上がり、センシティブな梨沙子の心では受け止めきれなくなった。
梨沙子はそれに恐怖だ。
疑問が恐怖に変化し、恐怖は涙を呼び起こし、涙は悲しみに着地する。
悲しみよ、こんにちは。

倒れていた面々は回復しているというのに、梨沙子は泣き続けている。
一人だと悲しくて泣いてしまうし、慰められても甘えて泣いてしまう。

「梨沙子ちゃん、もういいのよ、泣かなくて」
飯田が梨沙子を抱き寄せる。
堰を切ったように、梨沙子が声をあげて泣き出した。

「のんちゃん! のんちゃん!」
傍らでは、田中が起き上がれない辻を揺すっている。
辻はぐったりと口を半開きにして、肩を震わせている。
急激な体重の減少に、体が弱りきっているのだ。

「の、の、……のん…の…の、のんち……」
梨沙子の背中を撫でていた飯田が笑う。
「うんちがどうしたの?」
一瞬泣き止んだ。
ん? 飯田は優しい顔で梨沙子に安心を伝えようとする。
うんちじゃないのに。伝わらなかったことが悲しい。
梨沙子はただただ首を振るばかり。
25 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:35

友理奈は何もすることがなくて直立している。
普通の表情なのに、うっすら笑っているように見える。
本物のバカに見える。

息も絶え絶えに、辻が言葉を吐き出す。
「……れいな?」
「なに? なに、のんちゃん」
田中の顔はくしゃくしゃになっている。
「れいなの好きな人ってだれ?」
「はぁ?」
「漫画の主人公とかだったら殺すぞ……」
苦しそうに辻が言った。
なんでわかんの? 田中の表情が凍りつく。
が、すぐに持ち直した。
「ち、ちが、ちがう! 主人公じゃないもん、脇役ですぅ!」
やっぱりかわいい強がりだった、辻が安心して目を閉じる。

「目を閉じるにはまだ早いわよ、のんちゃん」
梨沙子を肩車した飯田が厳しい顔をして辻の前に立った。
バカや子供は高いところが好き、梨沙子はすっかりご機嫌でキャッキャ飯田の頭をもじゃもじゃしている。
客のいないところでの梨沙子には気負いがない。
でもちょっと恥ずかしそう。
26 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:35

「のん、眠いからもう寝る。最近、あんま寝てないんだ」
そう目を閉じ、全身の力を抜いた。
「寝るにはまだ早いわよ。ここから第二ラウンド、梨沙子ちゃんのクレナイの蝶があるんだから!」
「もうマジうっさい」
「悪い子ね、のんちゃんは。でもね、どんなに悪くてものんちゃんは、わたしのかわいいのんちゃんなのよ?」
そう飯田が屈もうとすると、肩に乗った梨沙子が揺れた。
ぬほおぉぁ、不思議な声を出した。
「あら梨沙子ちゃん、こんにちは」
「あ、かおりんさん、こんにちは」
「梨沙子ちゃんは一体わたしに乗ってなにをしているのかしら?」
「しょーくー」
抑揚なく言った。

なにそれ? パッと目を開けた辻が起き上がる。
「あ、のんちゃん……」
なんだよそれ、そんなので起きるんだ、そう気の抜けた田中。
梨沙子はただニコニコしている。


嫌な間。
梨沙子はもったいぶる。
注目を浴びたがらないくせに、かまわれたがり。
27 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:36

「なに? その、しょーくー、って」
辻が聞くも、梨沙子は答えない。

「あ、わかった! 食パンの耳って意味でしょ!」
素っ頓狂に声を裏返らせて友理奈が叫んだ。
が、梨沙子の笑顔は崩れない。
違うようだ。

いつもならすぐバラしちゃうのに、今日は粘るわね。
飯田が目を上向け、優しい気持ちで梨沙子を見た。
その飯田の表情、視線の歪さに恐れ慄いた田中が泣き出した。

「じゃあいいや」
付き合いきれずに辻が不貞寝。

ばか、それじゃあダメなのよ、のんちゃん、
梨沙子ちゃんが得意気に、意味なんてありませぇ〜ん、って憎たらしく言うのがかわいいのに!

28 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:36



「つーかいちーちゃん、こんなもの渡すために来たの?」
「いや、すぐに会えるとは思ってなかったからさ」
曖昧に笑った市井が、後藤を窺う。
後藤は後藤で心ひそかに満足して、冷めたにんじんをフォークで突き刺した。

「もういらないかな、これ」
市井がテーブルのコインを指先で叩く。
「そうだね、いらないかも」
「だよな。もう、あれだもんな」
「うん、あれだよ」
あれだよ、そう笑いあいながら、二人はそっと席を立った。

太陽を覆っていた雲が晴れ、ビルの窓々がいくつもの光の筋を放射する。
そのひとつが、斜めに降りてコインに落ちた。
光がきらりとコインは跳ねて、どこまでの空高く伸びていく。

真昼の月が光っている。
それは、太陽の光を受けているのか、太陽に光を返しているのか、
もう誰にもわからない。


29 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:36



国籍のよくわからない老婆が、角ばったグラスを置いていった。
小春はそれを一息で飲み干し、もう一杯ください! と元気よく言った。
「えーっと、なにがあるのかな」
真剣な目つきでメニューをぱらぱらめくる。

「なんだろう、このメダル」
悩むのに飽きた小春は、陽光が跳ねるテーブルのコインに気付いた。
小春はその煌きに息を呑み、からだごと吸い込まれるような錯覚を覚えた。
先ほどの老婆がどこにいるのか、確認した。
「もらちゃおう」
こっそりポケットに忍ばせた。

青空では、月が白く輝いている。




30 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:36




 
31 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:36



 
32 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 00:37
 

 

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