時々かけそばを食べる少女
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/01(火) 23:58
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時々かけそばを食べる少女
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:00
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かけそばを注文してからわずか30秒。
本当に注文を聞いてから作ったのか?という早さで
2杯のかけそばが出てきた。
それは見るからに美味しくはなさそうだったけれど
それでも空腹の私たちはゴクリと生唾を飲み込んだ。
「桃子ちゃん本当に奢ってくれるの?」
私はもちろん。と微笑んだ。
梨沙子は疑わしそうに私を見ながらそばを口にした。
疑うのも無理は無い。私が奢るなんて滅多に無い事だから。
ちゅるちゅるとそばが梨沙子の口の中に吸い込まれてゆく。
食べた。間違いなく食べた。
それを確認してから私は梨沙子にさりげなく言った。
「でさあ。かわりにって言うか、これからもお菓子係よろしくね」
ピタリと梨沙子の箸の動きが止まった。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:02
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「・・・・やっぱり。最近なんか梨沙子ばっかり買ってない?」
梨沙子が不満そうに口を尖らす。
確かに最近は梨沙子がお菓子担当みたいになっている。
前はそうじゃなかった。舞波が居たからだ。
舞波が買ってきたお菓子なら遠慮無く好きなだけ食べられた。
世間では役に立ってないと言われてたけど舞波は役に立っていたのだ。
でも今はもう舞波は居ない。
芸能活動に厳しい私立中学に入学してしまい
ベリの活動が出来なくなってしまったのだ。
舞波は悩んだ挙句ベリーズ工房を卒業、芸能界を引退した。
いまさら後悔しても遅いけど舞波がもしも公立の中学に行っていたら
今でもベリのメンバーとして頑張っていただろう。
私はそばが伸びるのも気にしないで舞波の事を思った。
決してそばが伸びた方が沢山食べられる。とかそういう事は考えないで。
「ねえねえ、梨沙子ね。最近すっごくお腹空くの。なんでだろう?」
梨沙子が私の腕を突っつく。考え事をしているのに鬱陶しい。
私は面倒なので普通に答えた。
「多分成長期なんだよ。梨沙子は小学生のくせに大きすぎだよ」
梨沙子の身長は中学生の私や佐紀ちゃんを大幅に越えていた。
それに・・・・。私はじっと梨沙子の胸元を見た。
「えへへ。おっぱいおっぱい」
梨沙子はアホみたいな笑顔で笑った。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:04
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スタジオに戻るとみんなが一生懸命踊っていた。
来週のコンサートに向けてリハーサルしているのだ。
入り口で私たちが見ているのに誰も気付いていない。
みんな集中して練習しているのだろう。
「みんな偉いね。ちゃんと頑張ってて賢い賢い」
梨沙子が他人事のように言った。
「梨沙子もちゃんとしなきゃ。舞波っちはもう居ないんだよ。
前は舞波っちが居たから手を抜いても目立たなかったけどさあ」
「そう言えばそうだね。よく見たら舞波ちゃん居ないね」
梨沙子が昼間から寝ぼけた事を言っている。
私までつられてなんだか眠たくなってきた。
春ってどうしてこんな眠たくなるんだろう?
「梨沙子ちょっと楽屋で寝よっか?眠くない?」
「うん。おそば食べてから眠たい。お昼寝しよ」
スタジオに少し入った所にマネージャーが立っていた。
メンバーの動きをじっと見ている。
私が横に立って指先で背中を突付くとようやく気付いた。
「どうしたの桃子ちゃん。長いおトイレだったね」
「うん。えっと梨沙子ちゃんのお腹の具合がなんだか悪いんで
ちょっと楽屋まで連れて行て寝かせてきます」
私は優等生ぶった口調で言った。もちろん嘘だ。
マネージャーは「あ、じゃあヨロシクね」とあっさり信じた。
「あ。こらー待って!桃ちゃんさぼっちゃ駄目だよ」
まずい。佐紀がこっちを見て叫んでいる。またお説教される。
いくらキャプテンとはいえ同級生に怒られるのは嫌だ。
私は梨沙子の手を引っ張ってスタジオから慌てて逃げた。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:06
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楽屋につくと座布団を枕にして寝転がった。
蛍光灯がチカチカしていて眩しい。
「変だなあ。昨日、9時に寝たのに・・・・・」
梨沙子はそう言ったきり黙った。
私もそれに答える間もなくあっと言う間に眠ってしまっていた。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:06
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「こら!早くふたりとも起きて!時間だよ」
佐紀の声で目が覚めた。目を開けるとやけに慌ただしい雰囲気だ。
スタッフが忙しく動き回っている。
何処からか地鳴りのような音がする。なんだか気持ち悪い。
「え?なあにこの音?もしかして地震?」
「なに寝ぼけてるの桃ちゃん。もう握手会始まっちゃうよ」
雅だ。相変わらず子供のくせに大人っぽい顔だ。
それにしても何言ってるんだ?今から握手会?
って事はこの地鳴りみたいな音は握手会に来たファンの人の声援か。
道理で気持ち悪いと思った。
声援をよく聞くと「桃子ぉ」とか「雅ちゃーん」と叫んでいるみたいだ。
私ほどじゃないけど梨沙子もなかなか人気があるみたいだ。
どうでもいいけどなんで私は呼び捨てで雅は「ちゃん」付けなんだろう?
あれ?私は雅の顔を見直した。
何時の間にか雅がまた茶髪になっていた。
やっと黒髪の雅に慣れてきたのに。何か妙な感じがする。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:07
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「早く早く。ももちしっかりしてよ。はいガムでも食べて。
眠気が覚めるガムだよ。はい梨沙子も」
私は言葉を失った。目の前には舞波が居た。
前歯がきらりと光っていた。
「ま、舞波っち。なんでこんな所に居るの?」
「なんでって・・・・酷いよ。私だってベリの一員なのに・・・・」
舞波が悲しそうな顔をしたので慌てて謝った。
そこで私はようやく気付いた。
珍しく舞波の事を考えたせいで舞波の夢を見ているんだ。
これは夢だ。私はほっぺたをつねった。痛かった。
横でまだ寝ぼけまなこの梨沙子のほっぺたもつねった。
「もお。桃子ちゃん痛いよ。何するの」
あれ?夢じゃないのか?
とにかくもうすぐ握手会が始まるみたいだし
とりあえず握手するしか無さそうだ。
「あ、もう出なきゃ。いくよみんな!」
佐紀がキャプテンらしく激を飛ばす。
みんなやる気が無さそうに「おー」と答える。
みんな握手会なんて嫌なのだ。
だいたい得体の知れない男の人と握手なんて
普通の乙女には耐えられない。
でも仕方ない。これも仕事だ。
「行くよ梨沙子。ほら嫌そうな顔しないで」
「だってぇ・・・・・」
私は梨沙子の手を引いて会場へ向かった。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:09
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握手会はなんとか無事終わった。
「はあ。疲れた。桃ちゃんは元気だね」
茉麻が大きい身体に似合わない情けない声を出した。
みんな疲弊しきっていたけど私だけ元気だった。
これまでの握手会で鍛えに鍛えたからこの程度は余裕だ。
でも最近みんなもヲタに耐性が出来てきてたのに変だなあ。
気のせいかなんだか倒れこんだ茉麻が小さく見える。
「あれ?」
そこでやっと気付いた。壁に貼ってあるポスターが
少し前のシングル『恋の呪縛』のやつだ。
恋の呪縛の時は確か握手会が無かったはずだ。
なんで今頃しているのだろう?
せわしなく後片付けしているスタッフの人を捕まえて聞いてみた。
「もしかして恋の呪縛のシングルが売れ残ってるんですか?
だから在庫処理で今頃握手会をしているんですか?」
私の質問にスタッフの人は変な顔をした。
「え?この前発売になったばかりだけど凄く売れてるよ。
キャッチーだし多分今までで一番売れると思うよ」
「え?あ、そうですか。ありがとうございます」
「本当は冬休みには握手会はしない予定だったんだけどね。
急に握手会ありになったんだよ」
それだけ言うとスタッフの人は忙しそうに何処かへ行った。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:11
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なんか変な感じだ。少し頭を整理したい。
どこか落ち着ける場所は・・・・・トイレだ。
夢の中でトイレに行くとマズイ事になるんだけど
この際、そんな事は言ってられない。
「梨沙子トイレ行かない?」
「うん。いくいく」
梨沙子は子犬のように嬉しそうについて来た。
「変だね。なんで新曲の握手会じゃないんだろ?」
梨沙子が私と同じ疑問を口にした。
「やっぱり梨沙子も変だと思う?舞波っちが居るし」
「うん。なんで舞波ちゃんベリのメンバーになれたんだろうね」
「・・・・・そうだね。じゃあまたね」
梨沙子と別れてトイレの個室で座って考えてみた。
携帯の日にちは12月22日。しかも2004年の。
今は2006年の春だからほぼ1年前。
正確には1年と3ヶ月くらいか。
なんか変な感じだ。状況が理解出来ない。
夢なのか?でもこんなリアルな夢は見た事が無い。
まるで現実みたいだ。まるで過去にワープしたみたいな。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:13
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そうかわかった。私たちは未来から来たんだ。
そうとしか考えられない。
ありえない事かも知れないけどやっとこの状況を理解した。
私はトイレから飛び出た。梨沙子が待っていた。
「遅いよ桃子ちゃん。てっきり・・・」
「梨沙子。よく聞いて。どうやら桃子たち未来から来たみたい」
「みらい?何それ?」
梨沙子が口をあんぐり開けて静止したので他の言い方を考えた。
「自分の身体を見て気付いた事ない?」
「・・・・・・あ。おっぱいが少ない」
「そう。今の記憶があるのに昔の梨沙子に戻ってるでしょ?
卒業したはずの舞波っちが居るし。雅ちゃんは茶髪だし。
つまり私たちはドラえもんになってるの」
「あーそーか。ドラえもんだ。わーい」
絶対に理解していない。
まあいい。梨沙子にこれ以上説明しても混乱させるだけだ。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:15
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「あれ?どうしたのももち。なかなか戻って来ないから心配したよ」
舞波だ。手には難しそうな参考書を持っている。
「舞波っちそれって?」
「え?ああ。もうすぐ受験だから勉強しなきゃ」
そうか。この世界ではまだ舞波は受験前か。
だからってトイレにまで持ってこないでも良さそうだけど。
そう言えば舞波に中学受験するって最初に聞かされた時
「ふーん桃には関係ない話だね」って冷たく言ってしまった。
そうしたら舞波がごめん。って言って
いつも以上に暗い顔になってしまったんだ。
本当は我が家の経済事情としては私立なんてもっての他だし
私の学力じゃ私立は無理って意味だったのに。
もし舞波が私立中学に合格しなかったらベリを辞めずに済んだ。
もしあの時点で芸能活動禁止の学校だと知っていたら
無理にでも受験させなかったのに。
そんな事を考えていたらはっと考えが浮かんだ。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:16
-
「ねえ。舞波っち。一緒に勉強しようよ」
私がそう言うと舞波はもの凄く驚いた顔をした。
まあ仕方無いかも知れない。
私が「勉強する」なんて自分から口に出すなんて滅多に無い事だ。
「みや、暇だったら勉強する?」と言って
移動中、雅が暇そうにしていたから私の宿題をさせた事があったけど。
「駄目?やっぱ舞波っちも忙しいよね」
「ううん。いいよ。来て」
舞波は満面の笑みで言った。OKみたいだ。
「じゃあ今晩舞波っちの部屋に行くね。それじゃ」
胸が高鳴る。緊張感で汗ばむ。
でも舞波を卒業させない方法はこれしかないんだ。
簡単だ。舞波の受験を失敗させればいいんだ。
そうすれば舞波が卒業する理由はなくなる。完璧だ。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:17
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「ね。わかった?3桁でも足し算は足し算なんだよ」
「あーそっか。舞波ちゃん賢いね」
梨沙子が嬉しそうに足し算をしていた。
明らかに答えが間違っていたけどそれは黙っておこう。
珍しく梨沙子が勉強をする気になってるんだから。
「ももちは出来た?」
「え?うん。まあ」
私は申し訳無さそうに舞波に見せた。
「あー違うよ。しっかりしてよ。これ6年で習う問題だよ」
私は舞波の解説を黙ってきいた。
情けない。本当は舞波が1歳下でそれでも情けないのに
私は未来から来たから2歳差になってるのだ。
とりあえず舞波の説明をぼんやり聞きながらお菓子を黙々と食べた。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:18
- 眠くなったので舞波の部屋で川の字になって寝た。
ベッドは狭かったけど3人で何とか寝れた。
茉麻が居たらこうはいかなかっただろう。
梨沙子の寝息が聞こえる。疲れていたのかすぐに眠ったみたいだ。
「ごめんね。今日舞波っち勉強出来なかったでしょ?」
私は出来るだけ申し訳無さそうに言った。
があまり申し訳無さそうに聞こえなかった。こういう時、声質が変だと困る。
「ううん。まだ時間があるから1日くらい平気だよ」
平気だよ。と舞波は言うけれどもう年末だ。
年明けすぐに受験するはずだから時間なんてもうないはずだ。
「本当に大丈夫?テスト難しいんでしょ?」
「本当に大丈夫だって。それに・・・・今日楽しかったよ。
ももちとはベリの活動中は遊ぶけどこういう感じで
普段遊んだりしてないからすごく楽しかった」
「・・・・・良かった。また遊ぼうね」
舞波に受験失敗させるために。
これも舞波の為だ。仕方ないのだ。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:19
-
次の日も舞波の家に遊びに行った。
舞波は嫌な顔もしないで出迎えてくれた。
しばらく真面目に勉強したけど飽きたので
梨沙子と遊んだ。舞波なんかそっちのけで。
最初はしりとりとか古今東西とかをしていたけど
梨沙子があまりにもアホ過ぎて続かないのでカラオケ大会になった。
梨沙子と交代で歌っていたら舞波が声をかけてきた。
「ねえさっきの歌なあに?スッペシャルなんとかだーって」
しまった。まだ録音してないんだ。
「舞波ちゃんもう忘れたの?恋の呪縛の次の新曲だよ」
梨沙子はそう言うとフリ付きで歌いだした。
舞波の顔が引きつってる。まずい。舞波はまだ知らないんだ。
「舞波っち。違うんだって。これつんくさんがあのその」
考えがまとまらない。
未来から来た事がバレたら多分大変な事になるはずだ。
時空警察が私たちを捕まえにくるかも知れない。
今でも無いはずの握手会があったり変化が起こっているのだ。
なんとかごまかさないと。えっとあの。
駄目だ良い言い訳が浮かばない。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:21
-
「・・・・そっか・・・・・次の曲私はパート無しかあ。
だからレコーディングに呼ばれなかったんだね。あはは」
舞波が虚ろな顔で呟いた。
「う、うん。つんくさん今回は受験を優先させるって言ってたね。
梨沙子、ねえ確かそう言ってたよね」
「え?そうだっけ?覚えてなーい。いたたた」
梨沙子の腕をつねった。梨沙子の白い肌が赤くなる。
「あ、そろそろ帰らなきゃ。じゃあね舞波っちバイバイ」
「あっちょっとももち待ってよ」
私は一方的に別れを告げて逃げた。
舞波は追いかけてこなかった。
「桃子ちゃん痛いよ。なんでつねるの?」
梨沙子が手を引く私の背中に不満をぶつける。
「梨沙子よーく聞いて。この世界では舞波っちはまだ
スペジェネをまだ知らないの」
「え?なんで?舞波っち勉強しすぎで忘れちゃったの?」
駄目だ。梨沙子に今の状況を理解させるのは難しそうだ。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:23
-
私は立ち止まって梨沙子にわかる説明を考えた。
「あのね。舞波っちは馬鹿になったの。
だから中学の試験をやり直しする事になったの。わかる?」
梨沙子はコクンとうなずいた。
「でもね。合格したらまたベリを辞めなきゃ駄目でしょ?
だから本当は不合格にならなきゃ駄目なの。わかる?」
梨沙子の口が半分開いた。どうやら難しくなってきたみたいだ。
「とにかく舞波っちにベリを卒業させる訳にはいかないから。
なんとか頑張って舞波っちの合格を阻止しよう」
「えっと・・・・桃子ちゃん質問。なんで舞波ちゃんを辞めさせたらいけないの?
だって舞波ちゃんベリに必要なの?」
「ん・・・え?」
言葉に詰まった。確かにそうだ。
そこまでして舞波をベリに戻す必要なんてあるのだろうか?
歌もダンスも顔もお喋りも芸能人としてアイドルとして必要な
全ての能力を決定的に欠けた存在。
それが舞波なのだ。
現実の通り舞波は普通の中学生になるべきじゃないのか?
それが舞波にとって一番幸せじゃないのか?
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:24
-
「ね。舞波ちゃんは要らない子なんだよ」
否定出来なかった。
けど私は不思議と舞波が辞めさせたくなかった。
「だ、だって舞波っちが居ないとお菓子がほら・・・」
私がそう言うと梨沙子はポンと手を叩いた。
「あっそうかあ。これからも舞波ちゃんにお菓子買って貰わないと
梨沙子のお小遣い無くなっちゃうよ」
「じゃあ舞波っちの受験の邪魔を協力してね」
「うん」
良かった。なんとか理解して貰えたみたいだ。
私はほっと溜息をついた。
これから年末まで大忙しになりそうだ。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:25
-
本当にこんな忙しい冬休みは初めてだった。
ベリのレッスン、ハローのコンサートのリハーサル。
そして舞波の受験の邪魔。とにかく忙しかった。
私や梨沙子も大変だったけど舞波はそれ以上みたいだ。
遅くまで私たちと遊んだ後もひとりで勉強しているらしかった。
「舞波っち。寝たほうがいいよ。無理は身体に毒だよ」
私が悪魔のように囁いても舞波は寝ないで参考書に向かった。
気がつくともうクリスマスだった。
「ねえ、舞波っち。クリスマスくらい遊ぼうよ」
「いい。勉強するから」
「わかった。遊ぶ気になったらこっちにおいでよ」
部屋の隅っこに居る舞波を気にしながら
梨沙子が家から持ってきたシャンパンをグラスに注ぐ。
「ハッピークリスマス」「ハッピークリスマス」
何がめでたいのかわからないけどとりあえず乾杯した。
なんというか苦いサイダーだ。あんまり美味しくない。
梨沙子はけろりとしていたけど私は1杯で顔が真っ赤になった。
「ういー未成年なのに駄目だよ梨沙子」
「桃子ちゃんも未成年じゃん」
そう言ってきゃはははと笑った。なんとなく面白かった。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:27
-
お酒を飲んだせいか眠くなってきた。
ふと時計を見るとまだ夜の9時だった。21時だ。
「誰もが夢見た大恋愛♪みんなに自慢したい♪」
反射的に私は歌いだしていた。
「お家じゃ素直な優等生♪本当は違うのに♪」
梨沙子も続けて歌う。
結局ふたりで1番の最後まで歌ってしまった。
「何その曲?」
さすがに気になったのか舞波がこっちに来た。
「何って21時までのシンデレラだよーん」
「舞波ちゃんのソロパートはいつも通りありませーん。うひひ」
「来年の夏に発売だよー」
「こら。未来から来たってバレたら駄目なんだって」
「あー忘れてたあ」
私たちはそう言ってへらへらと笑った。
どうもこれが酔っているという状態らしい。
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:29
-
「へえ、未来から来たんだ。梨沙子ちゃん本当に?」
そう訊ねる舞波の顔は笑ってなかった。
「本当だよ。ね、桃子ちゃん。梨沙子は巨乳になるんだよ」
「あははは。冗談だよ舞波っち。こら梨沙子いい加減にしなさい」
梨沙子の耳を引っ張った。
ここはどうにかして冗談で押し通すしかない。
「未来から来たなんてそんな漫画みたいな話ある訳ないよね。あはは」
火を消そうとする私を無視するように舞波がぼそっと呟いた。
「ねえもしかして未来だと私、ベリをクビになってる?」
一気に酔いが覚めた。
「え?なんて舞波っち」
「やっぱり。私は来年にはベリには居ない運命なんだね」
舞波は私のグラスにシャンパンを入れて一気に飲んだ。
「どうせ私には才能なんてないんだ。わかってた。
ふたりはジャンケンぴょんをすぐマスターできたけど
私なんか全然出来ない。ピリリだって私より加護さんの方が上手だし」
やばい。今日のリハーサルを見たら誰だって私が簡単に
ミニモニ。ジャンケンぴょんをマスターしたように見えるだろう。
本当は未来の世界で一度やっていただけなのに。
たださえ舞波はダンスが苦手なのに
これ以上負い目を持たせると受験に関係なく
ベリを辞めてしまうかも知れない。
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:30
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「違うよ舞波っち・・・・」
「何が違うの?私とじゃ格が違うっていうの?」
こんなケンカ腰の舞波を見るのは初めてだ。
酔っているせいもあるだろうが受験前のプレッシャーが
舞波の心を蝕んでいるのだろう。
「じゃあさ。ダンスの特訓しようよ。立って」
私は立ち上がって舞波の手を引いた。
「舞波っちには勉強を教えて貰ったから桃子が踊りを教えるよ。
舞波っちは踊りは苦手かも知れないけど練習したらなんとかなるよ。ね」
これだけ言っても舞波は立ち上がらなかった。
もしかして座りすぎて足が痺れているのだろうか?
「舞波っちどうしたの?私に教わるのは嫌?」
「あの・・・・先に聞くけどいくら?私のお小遣いで足りる?」
舞波の不安げな声を聞いて隣で梨沙子が大笑いしている。
私も思わず苦笑いした。
「もう。そんな心配しないで。タダだよ。舞波っちにはいつもお菓子貰ってるし。
それに舞波っちは桃の友達だもん」
「・・・・ありがとうももち。私、頑張るから」
私たちは固く握手をした。
「じゃあ回転するところ練習しよっか?舞波っちあそこ苦手でしょ?」
舞波は私と梨沙子が輪唱する『くるくるまわってハイポーズ』に合わせてまわった。
45回転目で吐いた。
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:33
-
紅白歌合戦が終わった。相変わらず面白くなかった。
その頃、私たちはホテルに居た。
今年はもう終わりだけど1月3日からもう初舞台だ。
私はもうハロプロ紅白コンサートを経験しているから余裕だけど
他の人は大変だろう。
あれから舞波の家で毎日のように踊りの練習をした。
舞波のダンスは飛躍的に向上したとは言えなかったけど
それなりに見れるようになった。
かわりに勉強の方はあまり進んでいないみたいだった。
計算通りだ。これなら舞波の受験は失敗だろう。
私は思わずにやりと笑った。
舞波の部屋に行こうと部屋の外に出たら
梨沙子がちょうどうろうろしていた。
「何してるの?」
「ねえ、桃子ちゃん眠くない?」
いつも眠そうだけど今日の梨沙子は本当に眠そうだった。
「ちゃんと寝なきゃ。寝不足は美容の大敵だよ。
気をつけないとネットで劣化したって言われちゃうよ」
「うん。でもなんかいつもと違う眠気だよ」
そう言われると私もなんだか眠くなってきた。
どこかで感じた事のある眠気だ。思い出した。
未来からタイムスリップした時に感じた眠気だ。
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:35
-
「梨沙子寝ちゃ駄目だよ」
私は梨沙子のほっぺたをつねった。
「桃子ちゃんいだだだだ」
「早く梨沙子も桃のほっぺたをつねって」
互いの頬をつまみ合う。痛い。力の加減を知らないのか。
腹が立ったので強く握ると梨沙子も反撃してくる。
我慢できなくなって手を離すと梨沙子の手を離した。
どっちも涙目になってしまったけどなんとか眠気は収まった。
「梨沙子気をつけて。眠ったら元の世界に戻っちゃうよ。
お年玉貰ってないのに帰りたくないでしょ?」
梨沙子はコクンとうなずいた。
「今から舞波っちのお部屋に行くけど来る?」
「いかない。みやのお部屋に行ってくる」
梨沙子はそう言ってふらふらと歩いて行った。
まだ帰れない。舞波の受験を失敗させるまでは。
- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:35
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舞波の部屋に行くと黙々と勉強をしていた。
「こんばんうっひー。舞波っち調子はどう?」
「まあまあ。今年ももう終わっちゃうね」
舞波は私を見ないで言った。相変わらずテンションが低い。
「そうだね。早いもんだね」
沈黙が流れる。車通りが少ないせいか
なんだか雪が降ったみたいに街が静かだ。
「ももち・・・・話があるんだけど」
「何?」
舞波はシャーペンを置くとこっちを向いて言った
「ももち。今まで本当にありがとう。
私、決めたから。春になったらベリを卒業する事にしたから」
「え?舞波っち何言ってるの?卒業?」
私はアホみたいに言葉を失った。
- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:37
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「もし受験が成功しても失敗してもベリを卒業するよ。
きっと私には勉強のほうが向いてるからいつか立派な歴史・・・」
「駄目だって!舞波っちが卒業したらお菓子が・・・・。
お菓子はどうしたらいいの?ねえ舞波っち!」
私は気が動転していた。
舞波が卒業する事になるのはわかっていた。
でも改めて聞くと認める事が出来なかった。
自然と涙が出てきた。
「ちょっと・・・・お菓子って。自分で買えばいいでしょ」
違う。それじゃ違うんだ。
舞波の買ってきたお菓子を好き勝手に食べたいんだ。
舞波の選んだお菓子を不味いと貶しながら食べるのが楽しかったんだ。
「舞波っち・・・・好きだよ」
私はようやく気付いた。
私はお菓子が好きだと思っていたけど違った。
舞波の買ってきたお菓子が好きなんだ。
- 27 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:38
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「舞波っちが辞めるなら桃もベリをやめるから。
お願い舞波っち辞めるなんて言わないでよ」
舞波が困ったような顔でうつむいている。
無茶苦茶だと分かっている。でもそう言わずには居られなかった。
「ちょっと桃子ちゃん辞めないでよ」
「・・・・・梨沙子・・・・聞いてたの」
梨沙子は私に抱きついた。
「舞波ちゃんは辞めてもいいけど桃子ちゃんはだめ。
ねえ桃子ちゃんキスしてよ」
梨沙子が甘えてくる。顔をすりすりしてくる。
多分、雅が佐紀と部屋でいちゃついてるのを見たんだろう。
私は強引に梨沙子を引き剥がして頭を小突いた。
「梨沙子。ややこしいから舞波っちは辞めていい。とか言わないで」
「だってぇ。どうせそうなるの桃子ちゃんも知ってるし」
「・・・・やっぱり未来から来たって本当だったんだねももち。詳しく教えて」
舞波が真剣な顔でこっちを見ていた。
仕方ないので話す事にした。
- 28 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:40
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寝ていたらタイムスリップした事。原因は不明な事。
近い将来、雅の顎が伸びる事。佐紀の身長が伸びない事。
私が相変わらず大人気な事を話した。
「そうなんだ。未来から来たかあ。なんか不思議だね」
舞波は呆けた顔で私の話を聞いた。
「あ。ねえ、もっと過去には行けないの?」
舞波が思い出したように身を乗り出して聞いてきた。
「わかんないけど行ってどうするの?」
「清少納言とか見たくない?」
私は別に。と答えた。舞波が悲しそうな顔をした。
「で、私が辞めてベリはどうなったの?大丈夫?うまくいってるの?」
私は答える事は出来なかった。
全然影響なんてないよ。むしろ穴が無くなったよ。
とは本当でもさすがに言えなかった。
「あはは。ももちのその顔だと大丈夫みたいだね。安心したよ」
舞波は複雑そうな顔で笑った。
- 29 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:41
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「で、いつまでこっちに居るの?」
「たぶん眠いからそろそろ元の世界に戻っちゃうよ」
「そっか。寂しくなるね。もうお別れかあ。じゃあこれ帰り道で食べて」
舞波の手にはお徳用サイズのチョコの袋があった。
私はありがとうと言ってチョコを受けとった。
舞波はいつだってこんな風にお菓子を買ってくれた。
ずっとお菓子を買ってくれるものだと思っていた。
でももう買ってくれないんだ。悲しかった。
- 30 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:42
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そうこうしているとだんだん眠くなってきた。
私はまだ耐えられそうだったけど梨沙子がもう限界だ。
さっきからアクビを連発している。
「ねえ梨沙子、歌でも歌う?21時のシンデレラとか。
舞波っち実はこれって舞波っちの卒業ソングなんだよ」
私と梨沙子で21時までのシンデレラを歌った。
梨沙子はどうか知らないけど私は今までで一番心を込めて歌った。
歌い終わると舞波が拍手してくれた。
そしてご褒美にキャラメルをくれた。早速食べた。
「良い歌詞だよね。『このままずっと一緒に居たい』かあ。
どうしてつんくさんって私たちの気持ちがわかるんだろうね」
「え?梨沙子は別に舞波ちゃんぐぐぐ」
梨沙子が余計な事を言いそうになったので慌てて口を封じた。
「舞波っち。桃もそう思うよ。ね、梨沙子もそう思うでしょ?」
「あ、うん。じゃあ梨沙子もそう思う。
でも舞波ちゃんが辞めてくれたお陰でこの曲が出来たんぐぐう」
「こらまた余計な事言って!」
「ぎゃ。痛いよ桃子ちゃん!」
眠気が覚めるように3発ほど殴ってみた。
梨沙子は「なんでぶつの」と言って拗ねた。
- 31 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:44
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「ごめんね舞波っち。梨沙子ってほんと馬鹿だよね」
「ううん気にしないで。本当だもん。私が辞めなきゃこの曲作れないもんね。
それだけでベリのメンバーになれて良かった気がするよ」
うつむいた舞波の顔が光った。
卒業コンサートでも泣かなかった舞波が少しだけ泣いた。
気がしたけど歯が光っただけだった。
「ねえ舞波っち・・・・」
「あ、もう0時だから年越しそばでも食べようか?
ももちお腹空いてるでしょ?お菓子と一緒に買ってきたから」
舞波が立ち上がってポットのほうに向かった。
遠くのほうで金属音が聞こえる。除夜の鐘だ。
「なんか聞いてたら眠くなるね」
「うん。梨沙子眠たい。少し寝ようよ」
そうだ。明日は早起きしてお賽銭を拾いに行かないといけない。
目を閉じた。一気に意識が飛んだ。
- 32 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:45
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目を開けると楽屋だった。
携帯を見る。元の時間だ。帰ってきたんだ。
いや最初から夢だったのかも知れない。
横で梨沙子がぐうすか眠っていた。
「こら!今から全体練習だから早く来て!」
いきなり怒られた。佐紀だ。
なかなか戻って来ないから呼びに来たのだろう。
「ねえ舞波っちは?」
「もう桃ちゃん寝ぼけてるの?とっくの昔に卒業したし」
佐紀はそれだけ言うとさっさと楽屋から出て行った。
- 33 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:46
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やっぱり舞波は卒業したのか。そりゃそうだ。
それにしても変な夢だったな。
「おーい梨沙子。起きないと舞波っちになるよ」
梨沙子は飛び起きた。
「うーん。変な夢見ちゃった。舞波ちゃんがまだ卒業してないの」
梨沙子も同じ夢を見たのか?ひょっとして・・・・・。
私は慌てて自分の手荷物を探った。
バッグの中にはお徳用サイズのチョコレートの袋が入ってあった。
舞波だ。舞波がくれたチョコだ。
「夢じゃなかったんだよ梨沙子。ほら見て」
私はチョコの袋を梨沙子に手渡した。
- 34 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:47
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梨沙子は寝ぼけまなこで袋を見た。
「桃子ちゃん駄目だよ。賞味期限切れちゃってる」
確かに半年ほど賞味期限が切れていた。
「どうする?食べる?」
「いらない。お腹壊しちゃうもん」
「それもそうだね」
下手投げで投げたチョコの袋は放物線を描いてゴミ箱に吸い込まれた。
「じゃあ行こっかあ」
「うん」
私たちはスタジオへ駆け足で向かった。
- 35 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:48
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糸
- 36 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:48
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冬
- 37 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/02(水) 00:49
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終
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