41 自閉探索〜機械のカラダと機械のココロ〜

1 名前:41 自閉探索〜機械のカラダと機械のココロ〜 投稿日:2005/06/19(日) 23:57
41 自閉探索〜機械のカラダと機械のココロ〜
2 名前:41 投稿日:2005/06/19(日) 23:57
「馬鹿コラ、んなとこ覗きこんでると落ちるぞ」

私の声に、アヤは崖下に向けていた視線を戻した。
四つん這いだった姿勢を正して立ち上がると、
いつもの定位置となっている私の足元までトコトコと帰ってくる。

風は思ったよりも穏やかだ。
崖下から昇ってくる荒波が弾ける音にも、凶暴さは無い。
靴底を通して伝わってくる緑の芝生。
その感触が心地いい。
見上げた空は青く、澄んでいた。
こんな日はタバコが美味い。

「――――50年、か」
「………何が?」

私の呟きに反応してアヤが見上げてくる。
まっすぐな瞳には疑問の色。
このコにも幾分、人間らしさが出てきたと思う。
3 名前:41 投稿日:2005/06/19(日) 23:57
「戦争。アンタが生まれるだいぶ前だからねぇー……。」
「ミキタン、戦ってた?」

抑揚のない声で訊ねてくるアヤ。
……そんな話をどこから聞きつけてきたんだ、コイツは。
もっとも、犯人は一人くらいしか思い浮かばないんだけど。
このコに「その方が人間らしいじゃん」という理由で私に対するフザけた呼び方を強要した奴だろう。

「まーね。コイツらがそん時一緒に戦った仲間」

タバコの先で示したのは一つの、墓標。
アヤは何を言うでもなく、ジッと石の表面に刻まれた数行の名前を読んでいる。
「石と一緒に戦ってたの?」なんて言わなくなった辺り、やっぱりこのコは成長したんだろう。
身長も最初に見つけた時の、私の半分程度だった頃と比較して15.24cm伸びている。

夜の児童公園。
外部からじゃ目立たないけどやたらと全身傷だらけなのが気になって声をかけたのが最初。
「アナタも機械なの?」
そう言われた時は驚いた。
「アナタも……って、アンタどう見ても人間じゃない」
「違うよ。ワタシが機械だから、お母さんはワタシを嫌うんだもん。ワタシだけ嫌うんだもん」
交わした会話の内容は私のメモリーによるとこんな感じだった。
4 名前:41 投稿日:2005/06/19(日) 23:58
もちろんアヤは態度こそ出来の悪い家庭用ロボでも、本当に脳みそが機械ってわけじゃない。
要するに親の虐待で閉じこもっちゃった可哀相な女の子だった。
私も警察組織に身を置いてる人間としては見逃すわけにもいかず、
その日から一週間と経たずにアヤの親は逮捕。
動機は再婚相手がどーの前の旦那の子供のアヤはどーだと、そんな面白くもない内容だった気がする。
ついでに始末の悪いことにその後また色々あって、私がこのコの面倒を見ることになった。
で、今に到るわけだけど。
アヤは教えれば掃除でも洗濯でもそつなくこなすので、実は結構助かってたりもする。

あとちなみに私はこれでも人間だ。
カラダこそ全身が機械だけど、脳だけは有機脳のまま。
機械のカラダに人間のココロってやつだ。
軍事用の人型戦闘機。
ここ100年、戦争の第一線ではもっぱら私みたいな元人間が兵士として働かされる。
理由はハッキング技術の進歩でA・Iだと戦闘中にどーのこーの。
んなつまんない理由だったと思う。
5 名前:41 投稿日:2005/06/19(日) 23:58
「また、行くの?」

戦争に、という意味か。
成長したとは言えアヤの声には相変わらず感情がないのでどんな意図で聞いてるのか把握が利かない。

「さーね。無理矢理行かされそうではあるけど」

私みたいなタイプの純戦闘機は材料が人間だけに、倫理や人権がどーので量産が利かない。
おまけにこの50年は平和条約だかなんだかのおかげで安寧続き。
製造自体表向きは凍結してるし、戦闘の実地経験がある機体も稀少だろうし。
ま、有事の際には良くても指揮官程度は強制されるだろうね。

「断れないの?」
「断る理由もないし」
「痛くないの?」
「戦闘中は痛覚遮断してるし」
「なんで戦うの?」
「国に聞いてくれ」
「……じゃあ、なんでそのカラダになったの?」
「――――――。」

さて。
このカラダになった当時はなんか熱い意思やら意志やらあった気もするんだけど。

「なんだっけねー。よっちゃんさん?」

墓石が応えてくれる筈もない。
なんかムカつく。
ヤニが欲しくなってタバコを口元に持っていくけど、既に吸えないくらいに短くなっていた。
「そんなに吸うと気管の劣化が早まっちゃうよ〜」なんて甲高い耳に触る声まで聞こえてくる気がした。
さらに腹が立った。
そう言えば携帯灰皿忘れた。
周りは緑ばっかでポイ捨て危険。
海に投げるなんて心無いマネは出来ないので墓石の表面でにじり潰した。
6 名前:41 投稿日:2005/06/19(日) 23:58
「……いいの?」
「いいの。石川Mだから」
「M?」
「ごっちんにでも聞いてくれ」

もう一本火をつけて、空を見てみる。
アヤも同じように顔を上げた。
日は翳っている。
灰色雲が焦ったような速度で流れていく。
少し風が出てきたらしい。
波の音がやかましくなってきた。
岩に爆ぜるしぶき。
規則的な重低音が胸の奥で重々しく響いていた。
足元の芝生がざわざわと揺れだす。
大気の震えに指先が痺れた。


50年。
半世紀か。
……保った方だろう。
平和なんて、この崖みたいなモノなんだし。


――――空が、光った。

7 名前:41 投稿日:2005/06/19(日) 23:58
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8 名前:41 投稿日:2005/06/19(日) 23:59
「あーあ、しくったなー」
「喋らないで!」

ゴッチンが怒鳴った。
ミキタンはベッドの上。
半分以上が赤黒く染まった笑顔を作っている。

「あのステルス、予想以上に厄介でさ。
 ははっ、流石に50年も経つと―――っ?!」
「だから喋るな! 頭部の損傷がヤバイの!」

ゴッチンのこんな声は初めて聞いた。
いつもの何倍かの速さで手を動かしてる。
けど、ミキタンのカラダからどくどくと溢れるものは止まらない。
床が赤黒い。
オイルの粘ついた臭いが部屋全体を重くする。

「かはっ……。アヤ、アヤ? いる?」
「うん」

聞いたことのない、か細い声。
オイルが気管に入ったのか、苦しそうに咳き込んでいる。
ミキタンの顔はワタシに向いているけど、目の焦点は合ってなかった。
9 名前:41 投稿日:2005/06/19(日) 23:59
「わ……るいんだけどさ、ミキの部屋から、タバコ、取ってきてくんな……い?」
「……………。」
「さっき、海に飛び込んだ時さ、全部ダメ……に、なっちゃって、さ……。」

不思議と、ゴッチンは何も言わなかった。
ワタシがタバコの箱を持って戻って来た時には、
さっきまでミキタンの全身に繋いでいたコードや機械は外されていた。

「さっきの質問」

仰向けのまま一口吸って、煙を吐き出した後ミキタンが言った。

「?」
「ホラ、なんでこのカラダになったのか……って?」
「うん」

さっき答えてもらえなかった疑問。
機械のカラダ。
ココロは人間のままのミキタンにとって、あまり合うカラダじゃないとゴッチンは言ってた。
ココロが機械のワタシにとって、このカラダがあまり合わないのと同じように。
でも、気づいたら最初から人間のカラダだったワタシと違って、
ミキタンは自分から機械のカラダになったらしい。
戦いはあまり好きではないのに。
さっきの、相手のヒトを壊した時も泣きそうな顔だったのに。
なんで、機械のカラダを選んだんだろう。
10 名前:41 投稿日:2005/06/20(月) 00:00
「正直さ、最初になに望んでこのカラダになったかとか、今のミキと関係ないんだよね」
「?」
「その宝石がすごく欲しかった。何よりも欲しかった。だから、手に入れた。
 いっぱい、いーっぱい。犠牲も、払った」

ゴッチンが泣いている。
しとしと。しとしと。
床に水の玉が零れていく。

「けど、自分の手で握った途端にさ。ずっと、光ってた筈の宝石がさ……わかっちゃうんだよね」

―――ただの、石ころなんだ、って。

……よく、わからない。
輝いてた宝石。
みんなが欲しがったそれなのに。
ただの、石ころ?

「そう、石ころなんだ。けどね、石ころは石ころだけど、それは、大事な―――。」

それだけ言って、ミキタンは眠ってしまった。
静かに、眠ってしまった。
起きることはもうそれっきり、なかった。


タバコの先から火の粉が漏れて、床に落ちた。
11 名前:41 投稿日:2005/06/20(月) 00:00
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「なに見てるんですか?」

思い出に耽る私の意識を、田中ちゃんの声が引き戻した。
私の掌には、この国の平和と一緒に崩れたあの崖で撮った一枚の写真。

「あぁ、写真。ちょっと昔のね」
「お。変わんないですね亜弥さんは。隣にいる女の子は誰ですか?」
「ぶっぶー。そっちの女の子が私だよ」

は?
田中ちゃんは驚いた、と言わんばかりのわかりやすいリアクション。

「このカラダ、この人のなんだ」
「え? じゃあこの人って……。」

新入りでも旧世代の英雄・藤本美貴の名前くらいは知ってるらしい。
へぇとかうわぁとか感嘆の声を上げている。
今、私は戦場に居る。
あの日。
眠ってしまった美貴たんのカラダを使って、戦っている。
ごっちんは最後まで反対していたけど。
12 名前:41 投稿日:2005/06/20(月) 00:00
「私は、私の手で握ってみたいんだ。宝石みたいな、その石ころを」

ずっと前に美貴たんが手に入れた石ころを。
そう言うと、ごっちんはやれやれと肩をすくめて保管していたこのカラダを出してくれた。
眠ったままの美貴たんのカラダを。

「あの、この写真ちょっと借りてもいいですか?」
「ちょっとだよ?」

嬉しそうに、みんなの輪の中へ戻っていく田中ちゃん。
しばらくすると輪の中から感嘆の声が上がってくる。
私はひとりでそれを眺めながら、ポケットから取り出したタバコに一本火をつける。

不味そうに吸っていた美貴たんの顔が文字通り蘇る。
気管の劣化は早まるけど、なんでコレを美貴たんが好んでいたのか、今ならわかる気がする。

全身に染み渡る煙。
機械のカラダにニコチンの成分は意味がないけど。
センサーに感じる広がっていく煙の感覚は確かで、現実。
繋ぎとめるように、神経が鋭く映えて心地いい。
13 名前:41 投稿日:2005/06/20(月) 00:00
不意に遠くで音がした。
休憩時間は終わりらしい。

「全員、配置について」

短く命令して、鋭くなった神経をさらに研ぐ。
機械のカラダが軋みだす。
機械のココロはもういらない。

私は手に入れる。
そして、知りたい。
あの日よくわからなかった言葉の意味。
宝石よりも大事な、石ころの意味を。
14 名前:41 投稿日:2005/06/20(月) 00:01
おわり

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