39 機械仕掛けのカナリア
- 1 名前:39 機械仕掛けのカナリア 投稿日:2005/06/19(日) 23:51
- 39 機械仕掛けのカナリア
- 2 名前:39 機械仕掛けのカナリア 投稿日:2005/06/19(日) 23:53
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蒸し暑くて寝苦しい夜だった。
それでもエアコンを点けて寝るわけにはいかない。
何故ならそれは喉に悪いからであり、そして明日はシャッフルの収録があるからだった。
あたしはか細く風を送ってくれる扇風機を頼りに、なんとか寝ようとぐるぐる唸りながら
寝返りを打つ。自分の体温を吸い取った枕やシーツがこの上なくうっとおしい。
暗闇にすっかり慣れてしまった目がカーテンの模様を意味もなく捉える。
限りなく無音に近い空間では自分自身の呼吸さえうるさく感じ、枕元の携帯から鳴るはず
の無いカチコチと時を刻む音が聞こえてくるような気がする。
あたしは五分が十分に十分が三十分へと引き伸ばされた耐え難い体感時間をやりすごし、
意識を闇の泥の中へ沈めていった。
ooO〇○〇Ooo
- 3 名前:39 機械仕掛けのカナリア 投稿日:2005/06/19(日) 23:53
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夢の中で観覧車に乗っている気がした。
そう確かMemory 青春の光のDVDを収録する時に乗ったんだっけ。
あたしは窓から夜景を見ながら、自分を追いかけるカメラを思い出し何となく口ずさんで
みる。すると観覧車はゆらりと回り始めた。遠い街の明かりがゆっくりと流れていく。
娘。に入ってから、一曲全部自分だけで、しかもハモリも付けて歌うなんて初めてのこと
だった。なんだかとても贅沢な気分がして、いつも以上に気合をいれて練習して歌詞カー
ドを真っ黒にしたっけ。
懐かしさに思わず頬が緩んだが、今こうして声に出して歌ってみると、その時に感じたは
ずの達成感や満足感がすっぽりと抜け落ちていていることに気づいた。
その時は確かに我ながら結構うまく歌えたと思ったはずなのに何故か今全然満足できない。
もっともっとうまく、人の心を揺さぶるような歌を歌えるようになりたい。
あたしは焦燥感のようなものを抱きながら、観覧車を回し続けた。
- 4 名前:39 機械仕掛けのカナリア 投稿日:2005/06/19(日) 23:53
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気づくと隣に後藤さんが座っていた。
「一人で歌うのは楽しい?」
「ハイ、楽しいです……でも色々頑張らなきゃいけないから難しいですね」
「そうだよねえ……でもヤリガイはあるでしょ」
「それはもう凄いありますね。皆で一フレーズずつちまちまと歌ってるのとは全然違いま
すよ」
「あたしもね、たまに皆で歌ってた頃のこと今でも思い出すよ」
「それってどんな感じですか?」
「うーんなんかねパァーッとしてなんか凄い勢いがあって自分の番なんかあっという間に
過ぎちゃってそれでももっと歌いたくってねなんかね」
後藤さんは一息つくと、意味深な笑みを浮かべてさらに言葉を継いだ。
「れいなちゃんなら歌えると思うよ」
そう言って後藤さんはあたしの歌に合わせてきた。
観覧車の揺れはあたし達のハーモニーに合わせて微妙に変化し、少しずつ速度を上げたか
と思うと、やがて窓から見える光は流れて光線のようになりそれから緩やかに溶け落ちて、
あたしはこのまま甘くとろけてバターみたいになってしまえばいいと思った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
- 5 名前:39 機械仕掛けのカナリア 投稿日:2005/06/19(日) 23:53
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メリーゴーランドの前にいた。
あたしは目の前で回るそれをただ見ていた。
ふとエレジーズのメンバーが乗っていることに気づいて、激しく手を振った。
彼女らもあたしの前を通り過ぎる時に、満面の笑みで手を振りかえしてくれる。
ついで、セクシーオトナジャンが、そしてプリプリピンクの面々が次々と造りものの馬に
乗って現れては消えていく。
皆一様にキラキラと輝いていて力に満ち溢れた表情をしていた。
自分も早くあそこへ行かなければいけない、そう思ってあたしは前に一歩足を踏み出した。
すると、メリーゴーランドの中心部の柱から棒状のものが水平に突き出ており、
それを押しながら歩いている人達がいることに気づいた。
苦しそうに顔を歪めていることからその行動は大変な重労働であると判る。
どうやらその労働者の人選は非シャッフルのメンバーから行われているようで、目の前を
吉澤さんが五期の面々がそしてさゆが重い足取りで現れるのを見て、ぼうっとしていたあ
たしはたまらずさゆの側へ駆け寄ろうとする。
- 6 名前:39 機械仕掛けのカナリア 投稿日:2005/06/19(日) 23:54
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「ダメっ」
予想以上に強い口調で咎められてあたしは心臓をドクンと揺らす。
「れいなは乗らなきゃダメだよ。ホラ、れいな早く乗って」
急かされているあたしは何がなんだかよくわからない。
うろたえてジタバタと子供のように地団駄を踏む。
そんなあたしをじっと見つめるさゆの顔は、汗水にまみれて薄汚れていても十分すぎるほ
ど綺麗で、あたしは押し黙ったまま立ち尽くしていた。
「れいなならわかってるでしょう」
どこかで何かが割れる音がしたような気がした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
- 7 名前:39 機械仕掛けのカナリア 投稿日:2005/06/19(日) 23:54
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あまりに長くて端が見えないテーブルがある。
そこには鉄製の吹き竿が等間隔で置かれていて、先端の熱せられたガラスがひとりでに膨
らみ様々な球形を形成していく。
ある程度形を成したものはグラス口の部分うっすらとキズが入って、まるで切り落とされ
るのを待っているみたいだった。
あたしは手にしたヤスリを使って、グラスの口を片端からパキンパキンとへし折っていく。
切り離されたグラスは落ちていき床に叩きつけられるが、割れはせず、代わりに一声澄ん
だ音を響かせて消えていった。
あたしはその音色がもっと聞きたくなって、グラスを落とす速度を上げていく。
- 8 名前:39 機械仕掛けのカナリア 投稿日:2005/06/19(日) 23:54
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しばらく進むと、向かい側から誰かがやってくるのが見えた。
目を凝らすと、同じようにグラスを斬首しながらやってくるのは絵里だとわかる。
絵里はあたしの姿を認めると唇を吊り上げて笑い、ゆっくりとこちらへ進んでくる。
ほどなくして、あたしと絵里は最後のグラスを前に差し向かいになった。
最後のグラスは今までのより一回り以上も大きい特殊サイズの物で、そう易々とは落ちて
くれなそうだった。
「れいななら出来るよ」
どうやら見守ることに決めたらしい絵里があたしの心を読んだようにそっと呟いた。
あたしは絵里に目で軽く合図してから、最後のグラスを支えている吹き竿へと力一杯ヤス
リを振り下ろし―――
◇◆◇◆◇◆◇◆
- 9 名前:39 機械仕掛けのカナリア 投稿日:2005/06/19(日) 23:55
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ゴトン、と目の前にガラスの皿に盛られた大量の肉が置かれる。
「れなっちはさあ、最近えりちょんやさゆさゆとどうなの」
のんちゃんがトングで焼肉をこれでもかと焼き転がしながら、唐突に聞いてきた。
「どうなのってそりゃまあフツーですけど」
「それはつまりフツーにあんまふれあいがないってことだよね」
「いやっ別にそんなことないと思うっちゃけど」
「ふうん、じゃあさ一緒に遊びにいったりとかした?」
「いや別に」
「お泊り会とかは?」
「特には」
「ほらーダメじゃんもー、同期なんだからさーもっとベタベタ絡まないとー」
「なんかあんまそういうの得意じゃないんですよれいなは」
「もーれなっちったらクールなんだからぁ」
「でものんちゃんだってあいぼんとあんまり絡んでないんじゃない?」
「そんなことないよあいぼんとのんは一心同体みたいなもんだもん」
言いながらのんちゃんは焼けた肉をどんどん皿に盛っていく。
あたしの皿もあっという間に焼肉様で埋まっていく。
「今日はのんのオゴリだかんね、死ぬほど食べちゃっていいよ」
- 10 名前:39 機械仕掛けのカナリア 投稿日:2005/06/19(日) 23:55
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あたしは感激の言葉を並べてから、ウーロン茶を追加した。
一口すするとまだまだイケルかなっていう気になる。
ちょっとほっとしたところで、あたしは自分でもあまり思っても無かったことを口にした。
「のんちゃんはさ、初めてステージに立った時のこと覚えてる?」
「えー覚えてるよ? なんで?」
「いやほら最近入った小春ちゃん、どう思ったのかなって」
「やっぱさーあれってなんかうまく言えないけどさ、もう何だかメチャクチャ眩しくてう
るさくてワーってなってキラキラしていてよくわかんないうちに終わっちゃうけどさ、や
っぱもー一生の思い出だよね」
「うん、れなもそう思う。今でもよくわかんないうちに終わっちゃうこともあるけど」
「ウッソ、れいなって何年目? 二年経ったっけ? うわー何か初々しいなー」
「だって結構怖がりだし、ステージに出る時だっていつもドキドキで足ガクガクしてるし」
「でもれいなはちゃんと出来てるじゃん、らいじょうぶだよ」
「今らいじょうぶって聞こえたとよ?」
「ちゃんとだいじょうぶって言ったよー」
「言ってないー」
「言ったとー」
「言ってないー」
「言ったとー」
「言ってないー」
◇◆◇◆◇◆◇◆
- 11 名前:39 機械仕掛けのカナリア 投稿日:2005/06/19(日) 23:55
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「れいなさあ、十九歳はオバサンって言ってなかったっけ?」
「いやっそれは言ったかもしんないけど、今ではハタチなんてあっという間だって思って
ると」
「そうやって歳を取っていくんだよねえ」
あたしと美貴ねえはバッチリキュートなビキニでゆらゆらと波間に揺れていた。
常夏の島ハワイにて、撮影やらなんちゃらはいつの間に終わったのか周りにはいつもみた
いにやいやいうるさいスタッフが一人もいない。
「美貴ねえはさ、ハタチなって何か変わった?」
「んーどうだろー、あんまねー何も考えてないからなー……ねえ、れいなはさあどんなオ
トナになりたいの?」
「うーん……」
あたしは十五になってみて二十歳という年齢はそう遠い未来のことでないと知った。
だからといって、自分がそこに辿り着いた時のことを思い浮かべられるかというとそうで
もない。美貴ねえと一緒でなってみれば特に変わらないよと言うのかもしれない。
でもそれはイヤだった。オトナになれば何かもっと違う自分に成れるはず、いや成るんだ。
- 12 名前:39 機械仕掛けのカナリア 投稿日:2005/06/19(日) 23:55
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「何か今とは違う自分に成りたいかな。想像もつかないような」
「それって、今の自分が嫌いとかそういうこと? れいなってあんましそういう風には見
えないんだけどなあ」
「別にヤなわけじゃないけどなんか進みたいんですよ。ここじゃないどこかへっていうか、
何だろうなんか出来るようになりたいっていうか」
「れいなならまっすぐ進めるでしょ」
「いやー悩みますってこれでも。多感なお年頃なんですから」
「えーどんなのどんなのミキにも教えてー」
「そんな鼻の穴膨らませて聞くような人には教えませーんだ」
「えーれいなのケチーいけずー」
「あ、あれ見て? 何だろう、ホラあの鳥凄くキレイじゃない?」
「えーどれどれ」
「ホラあれだって、あの辺に飛んでて今こっちに来てるの、そこそこああもう」
あたしはぴょんぴょん跳ねながら大きく手を伸ばし、優雅に空を舞う鳥を掴もうとするよ
うに手を何度も開いたり閉じたりした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
- 13 名前:39 機械仕掛けのカナリア 投稿日:2005/06/19(日) 23:56
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手の中には精巧な機械仕掛けのカナリアがあった。
背中に小さなねじ巻きがある以外はどこから見ても本物そっくりに見える。
あたしはそっとそのねじを巻いて、ゆっくりと手を離した。
カナリアはまるで生きてるかのように首を二度三度小刻みに振ると、やおら嘴を開いて歌
いだした。
カナリアの歌は完璧だった。
それはよく知っている曲のようでもあり、全然聞いたことのない曲のようでもあった。
新鮮で懐かしくどのフレーズもすっと体の中に沁みこんでくる。
あたしは心底惹きこまれ、そして打ちのめされていく自分を感じた。
どうやったらこんなに心に響く歌を歌うことが出来るのだろう。
- 14 名前:39 機械仕掛けのカナリア 投稿日:2005/06/19(日) 23:56
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歌は唐突に止まった。
ねじが切れたのだろうと、あたしははもう一度カナリアのねじを巻こうとする。
ギチッといやな音がして、それからいくら巻いても全く手ごたえがなくなってしまった。
壊れた。
壊れてしまった、あたしが壊した。
もうあの完璧な歌は二度と聞けないんだ。
絶対やってはいけないと言われていたことをやってしまったような気がした。
何か冷えたものが胸のあたりから腹のほうへと降りていって、足元がぐらぐらする。
わんわんと頭の中で声がする。
- 15 名前:39 機械仕掛けのカナリア 投稿日:2005/06/19(日) 23:56
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れいななら歌える
れいなならわかってる
れいななら出来るよ
れいななら大丈夫
れいなならまっすぐ進める
れいななら
れいななら
れいななら
れいななら
れいななら
デキナイ。
- 16 名前:39 機械仕掛けのカナリア 投稿日:2005/06/19(日) 23:57
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デキナイ。デキナイ。デキナイ。デキナイデキナイデキナイデキネーって言ってんだろ。
絶対無理。超無理。マジで無理無茶無謀。やれねーって。
意味わかんないし辛いし楽しくないし疲れたし眠いしお腹減ったしダルイしダサイしサイ
テーサイアクチョーウンコファッキンジャップのクルクルパーのクレイジーのクソッタレ
のクズのだいたいあたしは集中力がいつも足りなくてひとつの事が長続きしなくて飽きっ
ぽくて中途半端でいつもいつも投げ出してばかりでそんなちゃらんぽらんで出来るわけな
いじゃん出来るのは血反吐を吐いて死ぬような努力をした奴かもしくは神に愛されたみた
いに才能に満ち溢れた奴だけなんだそうだあたしには才能なんか無かったたまたまちょっ
と人よりうまく歌えるだけで生まれながらに絶対音感なんか持っちゃってる奴らなんかと
は次元が全く違うんだうぬぼれていてバカみたいだそうだ別にバカでもいいじゃんヘラヘ
ラ笑って過ごしてればイヤなことなんかテキトーに過ぎてくってだいたいアレだよね人の
ことをカンドーさせようとか自分のこと良く見てもらおうとかそーいうのがそもそもダメ
だろ自己マンだろもっと出来る奴ってのはさ違うっしょ何かを超越して眉一つ動かさずパ
ッパとやるっしょそれこそ機械みたいに一ミクロンのズレもなく始まりから終わりまでき
っちりと決まったルートでそれはもう無我の境地そう全ては無に何もかも忘れて無心に帰
ってああ昔まだ自分が幼かった頃はこんなこと考えなかった考えなくても良かった何も無
いところへ帰りたい帰りたいよなんつっててんで甘ちゃんなこと考えている自分に反吐が
出る嘔吐リバースオエッゲロゲロ何浸ってんのそれこそバカっつうかドバカじゃないあー
もうヤダヤダ死にたいよ別に死にたくないけどつうか死ねないしというより言ってみただ
けハハッバーカバーカ死ねいいから死ね何も言わず死ね全部死ねよクソがチクショウふざ
けんなバカあたしの何がわかるっていうんだあたしにだって何もわからない自分のことな
んてこれっぽっちもわかりゃしない意味なんかない誰も教えてくれない学校では本当に大
事なことは何一つ学ぶことなんてできない泣きたくても泣けない泣き方なんてわからない
泣けばいいのかも泣いていいのかもわからないあうあう言ってオロオロ彷徨って口をパク
パクさせて押し込まれた餌を丸呑みするしか能が無い雛のようにちっぽけで無力で矮小で
ミジメで無理に自分を哀れんでいる自分が余計に哀れでちょっとどこか離れた視点で自分
を見ていることに自覚的な自分自身がもう本当にどうしようもなくイヤでイヤでたまらな
くて体中に沸き起こった破壊衝動をすべてにあたしはカナリアを力一杯地面に叩きつけた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
- 17 名前:39 機械仕掛けのカナリア 投稿日:2005/06/19(日) 23:57
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石臼を回す。できるだけ早く回す。
じゃないと乾いてしまうから。
ひき潰す。すり潰す。こねくりまわす。バラバラにする。コナゴナにする。
半分の半分の半分の半分にする。
芥子粒にする。
最小単位の分子だか原子だかにする。
さらに砕く。
原と子になる。
それも割る。とにかく分ける。
ありとあらゆる手段を駆使する。
そして何も無くなる。
質量保存の法則なんかクソクラエだ。
虚無そして絶無。
あたしは消えた。
××が×。××も××。×××××、××××××。
××××?
×××××……
◇◆◇◆◇◆◇◆
- 18 名前:39 機械仕掛けのカナリア 投稿日:2005/06/19(日) 23:57
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「もーれいなは困ったヤツだねえ」
「ほんとだよー」
バラバラになったあたしはどこからともなくかき集められたらしい。
何も無くなったはずなのに今ここにこうしてあるというのはいかにも不思議だ。
「おーいれいな起きろー」
「早く起きないとおしおきだぞー」
あたしはそっと目を開けると、真っ白な天使のような絵里とさゆが立っていてあたしを見
下ろしていた。
なんだよそれ、と突っ込もうとした自分の格好も同じであることに気づいて、ここは昔三
人で撮影に行ったことのある沖縄なんだと思った。
肌にまとわりつくようなこもった熱気や明るすぎる日差しが、寝ているあたしを許してく
れない。あたしは草むらに寝転んでいた身をゆっくりと起こした。
気持ち心配そうな絵里とさゆを尻目に、あたしは自分の中に荒れ狂った黒い衝動について
考えを巡らせてみようと思ったがバカらしくなったので止めた。
きっと何か疲れてテンパっていたのだろう。景気付けに何か歌ってみようとエレジーズの
サビの部分を口ずさんでみようとする。
- 19 名前:39 機械仕掛けのカナリア 投稿日:2005/06/19(日) 23:57
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声がうまく出ない。
口だけがバカみたいにパクパクと開く。
歌い方を忘れるなんてあり得ないが、実際声が出ないのだからしょうがない。
体が自然と震えてしまう。
機械仕掛けのカナリアはねじを巻かれたから歌うことができた。
あたしはどうすれば歌うことが出来る?
完璧じゃなくても、低音が出なくて高音ばっかりでも、今あたしは自分の声で歌が歌いた
かった。歌えなくて悔しかった。何も考えずに涙が溢れてくる。こんな格好で泣いてるな
んてかなり恥ずかしいけどそんなことは一切気にならなかった。
泣き出したら止まらなくなって、あたしは必死でしゃくりあげた。
しばらくそっとしておいてくれた二人は、突然あたしの肩にそっと手を置いた。
手で触れられただけなのに何故か痛かった。でもこれは嬉しい痛みだ。長いこと忘れてし
まっていた大事なことを心の奥から引っ張り出されるようなそんな痛み。
涙でぐずぐずになった顔を拭いながらあたしは顔を上げる。
二人はそっと微笑んでいてそれからゆっくりとうなずいた。
- 20 名前:39 機械仕掛けのカナリア 投稿日:2005/06/19(日) 23:58
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そしてあたしは歌うべき歌を歌った。
歌わなくてはならなかった。
俄然強めに歌うんだ。
だって絵里とさゆがあたしのねじを巻いてくれたのだから。
言葉やメロディは自然と体の中から溢れ出てきた。
いつしか絵里とさゆも一緒になって歌っていた。
それは多分完璧には程遠いものだったと思う。
それでもあたしは十分に満たされたのだ。
だってこんなに光が満ち溢れて―――
ooO〇○〇Ooo
- 21 名前:39 機械仕掛けのカナリア 投稿日:2005/06/19(日) 23:59
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耳元に携帯の振動が伝わってきて、朝が来たと知った。
ベッドから身を起こした時、あまりに膨大なイメージが脳裏をかすめて、あたしは思わず
よろけてふらふらした。
何だか凄く長くてボリュームのある夢を見ていた気がする。
途切れ途切れの場面の破片しか思い出せないけれど、全体としては何だかイイ夢だったん
じゃないかと思う。不思議と気力が充実しているのを感じる。
それで、勢いよく飛び起きて、姿見で今日の振りのチェックをする。
大丈夫、ちゃんと頭に入っている。
それからいつもどおりシャワーを軽く浴びて、いつもどおりパッパと支度をして軽くパン
を食べながら急いで家を飛び出る。
昨日は大雨だったのに今日はうって変わっていい天気だ。
よおしと気合を入れてからあたしはゆっくりと歩き出した。
- 22 名前:39 機械仕掛けのカナリア 投稿日:2005/06/19(日) 23:59
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- 23 名前:39 機械仕掛けのカナリア 投稿日:2005/06/19(日) 23:59
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- 24 名前:39 機械仕掛けのカナリア 投稿日:2005/06/19(日) 23:59
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