37 Lu:na
- 1 名前:37 Lu:na 投稿日:2005/06/19(日) 23:11
- 37 Lu:na
- 2 名前:37 Lu:na 投稿日:2005/06/19(日) 23:12
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三日月がきれいな夜だった。
飲みかけのペットボトルを取りに通路を小走りで駆け抜ける。
頭の中ではスタジオに戻るまでのタイムスケジュールが、
漏らすことなく秒単位で決められていた。
「10秒で楽屋について、5秒でペットボトルを取って、3分間ロッカーの間に挟まれて…」
予定通り、完璧にこなしていく私。
ペットボトルもすぐに発見し、ロッカーと壁の間に体を埋める。
自然と緩まる口元。きっと世界中の誰よりもだらしない顔をしているけれど、
誰よりも幸せだ。
今の私は紺野さんよりも確実に完璧だった。
でも隙間エクスタシーが残り5秒を迎えたところで、私の予定は大きく狂った。
楽屋のドアが開き、入ってきたのはれいなだった。
- 3 名前:37 Lu:na 投稿日:2005/06/19(日) 23:13
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ここにいればきっと気づかれることはないだろう。
時間が押してしまうのが気がかりだったが、息を殺してれいなが去るのを待つ。
話す気は全く起きなかったし、予定に組み込めていいはずがなかった。
れいなは自らのバックを漁っている。何かを探しているらしい。
なかなか見つからないのか、首を傾げては何度も手を動かして探す。
早くしてよ、エリック亀造なしじゃ収録が進まないじゃない、
とそろそろ愚痴を零したくなってきた時、れいなはそれを発見した。
携帯に差し込むSDカードのようなもの。一体なんでそんなものを。
なんて疑問よりも、そんなもののためにこれだけ時間を使いやがったのか、
一緒に写メ撮ってくれるメンバーなんているのかよこの友達虚弱体質、
という怒りが私を支配していた。
でも次の瞬間、怒りは完全に驚きへと変わる。
- 4 名前:37 Lu:na 投稿日:2005/06/19(日) 23:13
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まるでパカッ、と音が鳴ったみたいに。
れいなの右首の皮膚が外れた。形を整えたまま、血が出ることもなく、
代わりに出てきたのは謎の差込口だった。れいなは満足げに笑うと、
「うぇ!?」
先程のカードを首へと差し込む。思わず声が出てしまった。
意味が分からない。れいなの体は一体どうなってるんだ。
もしかして、これって漫画とかでよくあるような、現実ではありえない、あれ?
「絵里……見たと?」
怖いくらいの笑顔で、れいなは振り返る。
まずい、このままでは私とれいなの娘。内権力図が完全に逆転してしまう。
でも相手がもし本当にロボットか何かなら、私に勝つ術はない。
……考えてる暇があったら行けー!
渾身の右ストレートはやけにあっさり顔面に決まると、
れいなはそのまま地面に平伏した。
- 5 名前:37 Lu:na 投稿日:2005/06/19(日) 23:14
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◇ ◇ ◇
「いきなりなにするたい」
「ごめん」
拍子抜けもいいところ。人間みたいにタオルに顔を当てて不機嫌そうに拗ねている。
蓋をしっかりと閉められた首筋はやっぱりどう見ても人間のもので。
でもためしに左の首を触るとまたパカッと取れ、
携帯の充電用の差込口みたいなものが出てきたから、怖くなって蓋を閉めた。
「能力的に普通の人間となんら変わらないなんて、意味ないじゃん」
「ばってん、そうせんと死んでたとー。仕方ないっちゃ」
その昔、交通事故で生死の狭間を彷徨ったれいなは、
遠い親戚の胡散臭い発明家だかに体をいじくり回されてなんとか生き延びたものの、
サイボーグ化された上に特筆した能力はゼロ、
記憶容量が都合上カードを利用してそれを補わなければいけなくなったらしい。
そんでもって、一番痛手だったのが、
「だかられいなって胸が」
「うっさい!」
「さゆがロボットなら納得行くのに」
さゆなら完璧具合とか自己愛の深さから納得が行くだけに、
れいなが、というのはイマイチ納得行かなかった。
- 6 名前:37 Lu:na 投稿日:2005/06/19(日) 23:14
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能力的に私が上だと分かった時点でもう私に怖いものなんてない。
むしろみんなにこのことばらすと、首のカバー外すよと脅すことで、
以前よりも更に安泰の地にたどり着くことに成功した。6期で敵はもう藤本さんだけだ。
「充電とかは必要なの?」
「そげなもんいらん。あるけど満月の夜、月の光を浴びさえすれば充電完了たい」
「エコだね」
「れいなこそがエコモニばい」
「サイボーグ自体がエコとは思えない」
「絵里ばり性格悪とー」
「みんなに言ってもいいんだよ?」
「………」
体を縮めて黙ってしまうれいな。面白い、面白すぎる。
ものすごく楽しい遊び道具を手に入れたような気がした。
「れいな、今まで冷たくしたりしてごめんね」
「……絵里?」
「これからはいっぱいれいなで遊ぶね!」
「で、って。で、って」
「で、っていう」
れいな、怒るならそこは高橋さんに怒って。
- 7 名前:37 Lu:na 投稿日:2005/06/19(日) 23:15
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◇ ◇ ◇
れいなサイボーグ発覚後、私はれいなを言いように遊びまくった。
ネットではぶられいなからパシられいなへと流行が移り変わっているらしい。
「はい、これ」
「………なにと、これは」
「メモリーカード」
「知っとる、そげな意味やなくて」
「買い物頼もうと思って♪」
「…………貸すと」
れいなは溜息をついてカードを受け取ると、右の首筋の蓋を開き、差し込む。
蓋を閉めると、れいなは小さく頷いた。
「OK」
準備ができたらしい。私は思わずニヤリと笑ってしまった。
れいなの表情が曇る。でも私は止めれなかった。
「スコーンチーズ味、プリングルス緑二箱、生茶三本、イエモンの「球根」一枚、
おーいお茶一本、ベーグル二つ、チーズ蒸しパン三つ」
「今なんか違うの一つ混じって」
「いえもんだって」
「イエモン違いと!コンビニで売ってなか!」
「蓋取るよ?」
「行ってきます」
- 8 名前:37 Lu:na 投稿日:2005/06/19(日) 23:16
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三時間後、れいなは疲れ果てた表情で帰ってきた。
いくつもコンビニ袋を持っていて、なぜか一つだけCDショップの袋を持っていた。
「こ、これ……」
「うん、うん、うん、うん……正解」
「当然たい、れいなの記憶力は完璧ばい!」
「カードの力だろ?カ・ー・ド・の」
「すみませんでした亀井さん」
面白すぎる。でも絵里っていつの間にこんな悪い子になっちゃったんだろう。
もう絵里ったら悪い子。
「差し入れでーす」
楽屋に戻ってみんなにお菓子を配る。みんな表情がすごく明るくなった。
「亀井気が利くー」
「ありがとうございます!これベーグルです」
「サンキュー」
「え、絵里…」
「なーにれいな?」
「なんでもありません亀井様」
れいなはそう言い残すとそそくさと楽屋を後にした。
窓の外から見える景色はもう真っ暗で、だけど満月が輝いていて。
- 9 名前:37 Lu:na 投稿日:2005/06/19(日) 23:16
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「あ」
「絵里どうしたの?」
「ちょっと外の空気吸ってくる」
「さゆも」
「ごめん、一人で行くね」
ごめんね、ともう一度言って、手と手のしわを合わせて幸せ。
さゆは少しだけ寂しそうな顔で頷く。なんだか罪悪感。
でも私はれいなが気になって、こっそりと追いかけた。きっと今から充電だ。
れいなはゆっくりとした足取りで建物の外へ出ると、空を見上げた。
私は自動ドアが閉じないうちに駆け足でそれを追い、すぐに距離をとった。
雲ひとつない夜空に輝く満月は、はっきりとその形を私達に示していて、
周りで光る星達を完全に脇役にした。黄色く光って、誰よりも輝いて。
れいなは目を閉じた。ただこうやって立っているだけで、充電?
なにか面白いものを期待していただけに、物凄く損をした気分。
後でどうこのお返しをしてあげようか、思いを馳せていると、
- 10 名前:37 Lu:na 投稿日:2005/06/19(日) 23:17
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思わず息を呑んだ。
月の光がれいなを包み込むと、れいなの体は淡い光を帯びた。
月のそれとおんなじ、黄色い光。
最初は僅かなものだったけれど、段々と輝きを増していって、
「…………」
不覚にもれいなのことを美しいと思ってしまった。
空の上に浮かぶあの主役と同じように、
周りのもの全てを、私さえも脇役にして、誰よりも輝いていた。
夜空のスポットライトを浴びて輝くれいなの周りには、
上で輝くそれと同じように、周りに星屑たちを携えて、ピカピカと光った。
瞳を閉じているれいなだけど、ほんのり笑顔なのがすぐに分かった。
そしてその笑顔がとてつもなく輝いていることも、すぐに。
とても幻想的で、眩しくて、写真に収めたくなるような情景だった。
気づくと自然と溜息が漏れて、私はれいなの釘付けになっていた。
やがてれいなの体を纏っていた光が消えると、ゆっくりと目を開け、笑った。
- 11 名前:37 Lu:na 投稿日:2005/06/19(日) 23:17
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「あ、絵里」
「れいな……なに今の」
「ああ、充電中れなの体光ると。そういう仕様ばい」
攻めの言葉も、からかいの言葉も、何も思いつかなかった。
見惚れてしまって、心を奪われてしまって。
どこをどういじればいいのか、思いつかなかった。
嘘でも気持ち悪いだなんて言えない。それは自分を否定することと同じように思えた。
「太陽じゃダメなの?」
「んー、ソーラーと同じ奴ばってん、
そんな頻繁に電池いらないから月なだけやし」
「そっか………」
会話が途切れる。かけるべき言葉が分からなかった。
いつも見下して虐めてこき使っていただけに、動けなくなるくらいの衝撃を受けていた。
「絵里」
「なに」
「楽屋に戻ると」
そうだね、とだけなんとか口に出すと、言われるがままに笑顔のれいなに着いていく。
………ま、今日は大目に見てやろう。捨て台詞を心の奥底で吐いた。
- 12 名前:37 Lu:na 投稿日:2005/06/19(日) 23:18
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◇ ◇ ◇
その日から私はれいなのことをあまりいじれなくなっていた。
一時でも心を奪われてしまった自分がなんだか悔しくて、
いじったりこき使ったりすることが一種の負け犬の遠吠えに思えてしまって。
カードを使って暗記ゲームくらいしかやらなくなっていた。
でもふとしたきっかけで、
私の中でたまっていた原因不明のフラストレーションが大爆発を起こした。
なんてことはないのだけれど、たった一言で。
「絵里」
「なに?」
「ご飯買いに一緒にコンビニ行くと」
「…………れいな?いつからそんなにえらくなったのかな?」
「え、絵里!?」
私と一緒にコンビニに行くのはさゆと相場で決まってる。
そのポジションに入ろうなんざれいなには百年早い。
普段ならいじるくらいで済んだけれど、私はストレスが溜まっていた。
- 13 名前:37 Lu:na 投稿日:2005/06/19(日) 23:18
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「じゃあれいな」
「は、はい亀井さん」
「富士山ってコンビニあるかな?」
「………なにする気と?」
「れいなはサイボーグしばたより有能だから自動車にだって追いつけるだろうなー早いなー」
「…………勘弁してください」
富士山はやりすぎということもあって、結局違う区のコンビニまでれいなと走った。
私は自転車だけど。
「明日満月だから平気でしょ、今日雲ってるけど」
「はぁ……はぁ……」
「れいな、聞いてるー?」
「はぁ、その前に、はぁ、力尽き…」
「ほら粘って粘ってー。紺野さんに勝つんでしょ〜?」
「そんなこと一度も言ってなか…」
こんな風にいじめても、なんだか全然楽しくなかった。
昔なら、何も知らなかった頃ならこのくらいなにも思わない、むしろ快感だったのに。
なんだか胸を悶々としたものが覆っていて、気持ちが悪い。
適当なところで自転車を止めると、許して帰り道二人で歩いた。
- 14 名前:37 Lu:na 投稿日:2005/06/19(日) 23:19
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◇ ◇ ◇
その次の日の仕事は朝から夜までフルで入っていた。
ハロモニの収録を一気に終えた後も、雑誌のグラビアだったりレコーディングだったり、
どうして一日に詰め込んでいるのか疑問で仕方がなかった。落ち目なのに。
夜、労働法って何?な私達はダンスレッスンを深夜まで続けていた。
れいなの動きが悪い。昨日のランニングが効きすぎたのかもしれない。
タイミングを見て外に出て充電しないとまずいかもしれない。
でも電池が切れたられいなは一体どうなってしまうのだろう?
そう思った矢先だった。
「れいな!」
ダンス中突然れいなが倒れたのは。
大きな音を立てて地面へと落ち、横にいた私は血の気が引くのを覚えた。
体を落として、肩を揺する。何度も、何度も。
「れいな!れいな!」
何度もその名前を叫ぶ。
みんな突然のことに驚きを隠せないのか、その場で動けずにいる。
- 15 名前:37 Lu:na 投稿日:2005/06/19(日) 23:19
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外に出れば満月がある。満月の光さえ浴びれば。
私はれいなの体を持ち上げると、負ぶった。
私の力では重すぎたけれど、そんなことを言っているような状況ではなかった。
「亀井!どーすんの!?」
吉澤さんの言葉も無視してれいなの体を部屋の外へと運ぶ。
答えている余裕もなければ、説明する時間もなかった。
早く充電しないと、れいなは止まってしまう。きっと。
どうなってしまうかなんて分からないけれど、きっと止まる。
重力が倍になったみたいな感覚に足をもたつかせながらも、階段を降りる。
今にも前のめりに倒れて転げ落ちそうだったけれど、必死に耐えた。
とにかく今は急がないと、一刻の猶予も許されない。
力を振り絞って階段を降り終えると、フロントを駆け抜ける。自動ドアが開いた。
「着いた!」
足の乳酸が溜まっているのがすぐに理解できたけれど、無理矢理に前へ進む。
外へと出ると、空を見上げた。
- 16 名前:37 Lu:na 投稿日:2005/06/19(日) 23:20
-
「………………嘘」
夜空は今にも雨を降らせそうな黒い雲に支配されて、月もそれに覆われていた。
満月の光が、全く届かない。
気を失っているれいなの体は当然光を帯びることはなかった。
「………………うぅっ」
自分の無力さに涙が出てきた。
私のせいでれいなは体力を酷使して、ギリギリの状態だったのだ。
私のせいで、れいなは死ぬんだ。私のせいで。
そう思うと涙が止まらなかった。
力が抜けて、なんとか背負っていたれいなをコンクリートの上に落としてしまった。
「………れいなぁ…」
落ちた弾みに首筋の蓋が外れる。カードの差込口が顔を覗かせた。
ゆっくりとしゃがむと、蓋をはめ込んでその首筋を撫でた。
「ごめん………れいなごめん…………」
首を何度も何度も撫でる。優しく、優しく。涙が瞳から零れ落ちると、
れいなにぽたりと雨が降った。
ぽつ…………ぽつ……ぽつ……ぽつぽつ…。
- 17 名前:37 Lu:na 投稿日:2005/06/19(日) 23:21
-
「…………」
雨だった。私の涙と一緒に空から舞い降りた雨粒は、
私の涙が加速するのに比例して一気に降り注いだ。土砂降りとなる。
「……れいな」
なんとか持ち上げて、建物入り口まで身を寄せる。
屋根のあるところまで到着すると、慌てて追いかけてきた吉澤さんが現われた。
その姿は歪んだ視界の上ではろくに確認できなかったけれど。
「亀井!大丈夫か!?」
れいなをゆっくりと降ろす。その時にまた蓋が外れそうになって、
慌てて左の首筋を手で覆った。
吉澤さんに目線を合わせながら蓋を閉じようと試みる。
目は吉澤さんを見ていても、涙でなんにも見えなかった。
- 18 名前:37 Lu:na 投稿日:2005/06/19(日) 23:21
-
「………………………」
蓋が閉じず、視線が首筋へと持っていく。
はめ込むと、あることを思い出し、言った。
「吉澤さん」
「なに!?」
「お金貸してください」
「………は?」
「財布、今持ってないんです」
「亀井何言って」
「早く!!」
「……っ!」
状況は飲み込めないからだろう。吉澤さんは不満げにだけど財布を私に投げた。
私はそれを受け取ると、走った。
「亀井!」
「れいなは絶対そのままにしててください!絶対!」
答える暇はなかった。時間はない。本当に時間がない。
れいなの命が尽きてしまう前に。
- 19 名前:37 Lu:na 投稿日:2005/06/19(日) 23:21
-
体がいくら濡れても気にならなかった。これ以上、心が濡れないように走った。
目指す場所は、決まっていた。
吉澤さんの財布を握る手が強まる。体力の許す限り、ひたすらに全力疾走した。
全員ずぶ濡れになった。髪の毛が顔に張り付いた。
シャツも体にへばりついたし、水溜りを踏んで靴も水浸しになった。
それでも走った。走って走って、私はコンビニへと飛び込んだ。
「いらっしゃいませー………お客さん、大丈夫ですか?」
自動ドアを駆け抜け店内に一歩目を繰り出した時、
足を滑らせてカウンター前で豪快に転んだ。全身が痛む。
私は目的のものを掴むと、カウンターの前に落とすように置いた。
「これください!」
「………こんなにいるんですか?」
「いいから!!」
袋にそれを入れてもらうと、財布の中からお札を全部取り出して置き、走った。
「たりません!」
それは吉澤さんのせいだ。私のせいじゃない。多分。
- 20 名前:37 Lu:na 投稿日:2005/06/19(日) 23:22
-
ダンスレッスンのスタジオに戻ってくると吉澤さんが驚いた顔を見せた。
私は到着した瞬間呼吸困難で死にそうな気分になったけれど、
目の前に本当に死にそうなれいながいるから耐えた。
「亀井、どうしたの?おい、亀井!」
「ごめんなさい、今は急いでるんです!」
吉澤さんの言葉も聞かずれいなを運んで室内に入る。
フロントを通り抜けると、一階の空き部屋に入り、鍵をかけた。
誰かに見られたらまずい。
れいなの左首に装着されている蓋を外すと、携帯用充電器が差し込めそうな穴が出てきた。
記憶違いじゃなくて良かった。ホッとする暇もなく、続いてコンビニ袋の中身を全部出す。
店内にあったありったけの乾電池と、店に売られていた携帯用充電器。
首筋に差し込むと、ぴったりとはまった。
「やった……」
単三乾電池を二本詰め込むと、充電を開始。
十秒もしないうちにれいなの体から音がした。きっと合図だ。
電池を入れ替える。かなり長い戦いになりそうだった。
- 21 名前:37 Lu:na 投稿日:2005/06/19(日) 23:23
-
◇ ◇ ◇
気づくと夜空から雲は消え、青空へと移り変わっていた。
最後の一本を交換し終えると、私は体を床へと落とした。あとは祈るだけ。
手を組んで、目を閉じた。れいなが動き出すことを。それだけを。
他にはなにもいらなかった。これに対する見返りも、何も。
「…………れいな……動いてよ……」
「………………」
「れいな………れいな………」
その名前を何度も呟く。頼むから死なないで、口には決して出さずに祈る。
どうしてこれほどまでにれいなのことを思えるのか、自分でも不思議だった。
れいなの手を強く握って、唱える。
「れいな」
「……………絵里?」
声が聞こえた瞬間、私は体を起こして視線をすぐにそっちへと向けた。
れいなは目をうっすらと開いて、半開きの口をなんとか動かそうとしている。
状況を飲み込めていないのか、少し眠そうだ。
「れいな!」
私は我慢できず、れいなの体を起こして抱きしめた。
- 22 名前:37 投稿日:2005/06/19(日) 23:23
-
「絵里…………これは?」
首筋に刺さった充電器を指差す。
でもれいなは私が答える前に全てを理解したみたいだった。
転がっている無数の乾電池を目に。私はぎゅっと抱きしめた。
「ごめん……れいなごめん!絵里のせいで、絵里のせいで」
「………絵里」
本当にゆっくりとした口調だったけれど、確かにれいなは私の名前を呼んでくれた。
耳元から声が聞こえてくる。
少しくすぐったかったけれど、気にならなかった。
「絵里のせいで、死にそうになって……本当に」
「ありがとう」
「………え?」
「れなのためにこげんがんばってくれて……絵里、ありがとう」
「れいな………」
あんなにひどいことをした私に、れいなはありがとうと言った。
罵倒されて嫌われて、相手にされなくなっても仕方ないようなことをしたはずなのに、
それが私は不思議で仕方がなかった。でも、嬉しかった。
- 23 名前:37 Lu:na 投稿日:2005/06/19(日) 23:24
-
◇ ◇ ◇
過労という名目の元、れいなは次の満月まで自宅静養、
充電を終えると仕事に無事復帰した。前よりも元気になって帰ってきた。
「亀井、そろそろこの間の金返して」
「絵里ー」
「なにれいな」
「ご飯食べにコンビニ行くとー」
「いいよー」
「さゆも行くー」
「……おーい」
三人で仲良く楽屋を出る。ゆっくりとした足取りで進んだ。
「最近亀ちゃんれいなと仲良くなったよね」
「どうしたんだろうね、心境の変化かな?」
「この間れいなが倒れた時は驚いたよね、心配してて」
「れいなが倒れたのより驚いちゃったよあたし」
紺野さんと新垣さんのそんな声が聞こえてきたけれど、見逃すことにした。
- 24 名前:37 Lu:na 投稿日:2005/06/19(日) 23:25
-
二人が言った通り、確かに私はれいなと仲良くなったと思う。
れいなが止まった時は罪悪感以外の感情は何もないと思ったけれど、
それも少し違ったみたいだ。
「二人とも何食べるー?」
「さゆはパン食べるの」
「れなはカルビ丼たい」
「れいな少しは女の子っぽいもの食べたら?」
「そんなのれなの勝手とー!」
れいなも昔ならこんな発言、きっとできなかったんじゃないかと、今になって思う。
思えば私はれいなのことをちゃんと見てあげようとしていなかった。
遊び道具だったり、パシリだったり、人としてちゃんと見てなかった気がする。
サイボーグだけど。
「月が綺麗なの」
「そろそろ満月かな?」
「あと二日後ばい」
「れな詳しいねー、どうしてそんなの知ってるの?」
「……勘!勘たい!」
空の上には綺麗な月が、ちょっと欠けた状態で浮かんでいた。
それはなんだか前までの私の心のように見えて、気づくと私は笑っていた。
- 25 名前:37 Lu:na 投稿日:2005/06/19(日) 23:26
- fin
- 26 名前:Max 投稿日:Over Max Thread
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もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。
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