33 繰り返す出会い
- 1 名前:繰り返す出会い 投稿日:2005/06/19(日) 22:04
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33 繰り返す出会い
- 2 名前:繰り返す出会い 投稿日:2005/06/19(日) 22:07
- 同じ場所で毎日、欠けていく月を眺めるのが
今日で五回目という夜だった。
「ねぇ…あなた、捨てられたの?」
ぼんやりとした輪郭と、淡い光を放つ月に覆いかぶさるように
あたしを覗き込んだのは、まだ幼さの残る、一人の少女。
あたしが何も言えずにいると、きょろきょろと辺りを見回し
「捨てられて、一人なの?」
彼女はもう一度、そう言った。
「私と、一緒だね」
「あなたも、ロボットなの?」
あたしの言葉に少女は振り返り、可笑しそうに唇の端を吊り上げ
「ううん。私は、人間。でも、私も一人なの」
「人間だよー」と彼女は歌うように、そう言った。
- 3 名前:繰り返す出会い 投稿日:2005/06/19(日) 22:08
- 「名前は?」
「………」
名前……何だろう。
名前とか、ここの前にはどこにいたのか、とか。
自分に関するデータは一つもない。
それを告げると、少女は少し困ったような顔をして
あたしの身体をじっと見つめた。
その視線の先、丁度、あたしの肩の辺り「07」と記された
小さな番号を指差して
「何、これ?」
「…多分、製造番号……」
少女は「うーん…」と少しわざとらしく指をあごに当てながら
何か考え込むように小さく唸る。
やがて、何を思いついたのか、ぱぁっと嬉しそうに笑い
「れいな」
「え?」
「れいな、あなたの名前」
- 4 名前:繰り返す出会い 投稿日:2005/06/19(日) 22:09
- れいな。
初めて、今、付けられた名前なのに
何故か、どこか懐かしい感じがする。
少女の方を見て「れいな」と呟くと
彼女は嬉しそうに目を細め「うん」と頷いてくれた。
少女は、さゆみ、という名前だった。
あたしとは全然違う、その、上品そうな身なりから考えて
上流家庭の子女である事は、間違いないと思った。
考える、といっても、予め入っていたデータと
照らし合わせただけなのだけど。
「フリョウヒン」
本来あるはずのない許容量の限界。
千体に一体の割合で製造されるという、出来損ない。
あたしは、まさしくそれだった。
新しい想い出を作るたびに
古い想い出が、消えていく。
充電池と一緒で、許容できる容量はだんだんと短くなっていく。
今は、たぶん、三日程度の事しか覚えていられない。
誰かが思い出させてくれれば、記憶は戻るのだろうけど。
- 5 名前:繰り返す出会い 投稿日:2005/06/19(日) 22:10
- だから、あたしは捨てられた。
最初にインプットされた情報は、絶対に消える事はない。
それが、どんなにくだらない情報でも。
あたしにとって、それはとても辛い事だった。
小さな鳥を見て「雀」と呟く事はできるけど
大切だったはずの人を見て、名前を呼ぶ事ができないのだから。
「れいなにはさ、大切な人がいたんだ?」
その話をさゆにした時、さゆは心なしか悲しそうな顔をして
そう言った。あたしは、彼女はきっと同情してくれて
いるんだろうと思って、大して気にも留めなかった。
「うん、すっごい大切な人がいた。
でも、もう、何も覚えてない…」
誰の事を、あたしは大切に思っていたのだろう。
「そっか………」
- 6 名前:繰り返す出会い 投稿日:2005/06/19(日) 22:11
- それからしばらく、どちらも何も言わなかった。
月が、だんだんと傾いていく。
先に沈黙を破ったのは、さゆだった。
「…私さ、前にれいなに“私も一人”って言ったよね」
「……うん」
「でね、少し、自分の事、話そうかなって……」
そう前置きして、さゆは、ゆっくりと、自分の話を始めた。
「私ね…自分で言うのもあれなんだけど
街のすごいお金持ちの家で生まれたの。
でね、お父さんとお母さんは、私が一人っ子だったから
すごく、可愛がってくれたの……」
何の問題もない、普通の家庭。
けれど、いつまでも“可愛いさゆみ”ではいられなかった。
「私の親ね、何て言うんだろう…すごい、過保護だったの」
- 7 名前:繰り返す出会い 投稿日:2005/06/19(日) 22:13
- 友達と遊びに行くのも、目的地まで送り迎え
学校に行くのも
近所に買い物に行くのも
全部“親が一緒”
「そんなんで、友達なんてできる分けないよね。
最初は何人かいたんだけど…
そのうち、みんな離れて行っちゃった……」
そんな娘を思ってなのだろう。
両親は、さゆみに一体のロボットをプレゼントした。
「護衛ロボット、だったらしいんだけどね。
その子がいれば安心だからって…」
同い年の設定という事で、さゆみとそのロボットは
すぐに仲良くなった。
一緒に一つの部屋で過ごし、休日には一緒に遊びに行った。
「毎日、楽しかった…でも、そのロボットには欠陥があったの」
- 8 名前:繰り返す出会い 投稿日:2005/06/19(日) 22:13
- そのロボット、あたしと似てる―――
そう思ったけれど、特に口を出す事はしなかった。
さゆの話は、続く。
「でね、その欠陥が見つかるのと同じ頃に
新しいロボットができたの。
両親はね、欠陥のあるそのロボットよりも
新しいロボットを、私に買い与えようとした」
ロボットは、二体も要らない
欠陥のある不良品なんて、要らない
どちらが処分されるかなんて、考えなくても分かる事だった。
- 9 名前:繰り返す出会い 投稿日:2005/06/19(日) 22:15
- 「ねぇ、れいな。今度、街に行かない?」
「へ?」
どれくらいの間があったのだろう。
その、明るい調子のさゆの声に、思わず間抜けな声を上げた。
「うーん…別に良いけど…」
「じゃあ、決まりね」
そう言って、「指切りしよー」と小指をあたしの前に出す。
「指切り…?」
「うん!」
ゆーびきーりげんまんっ…と、あたしとさゆの小さな歌声が
モノだらけのゴミ捨て場に響く。
誰かと指切りをしたのは、随分久しぶりの気がする。
何も覚えていないから、何とも言えないけど…
「「…のーます。指切った!!」」
- 10 名前:繰り返す出会い 投稿日:2005/06/19(日) 22:17
- それから、あたしもさゆも特に何もする事がなく
ただ、ぼんやりと空を眺めたり、夜が明けてからは
近くを流れる小川に遊びに行ったりと
気ままな時間を過ごしていた。
あたしたちの間には、何故か会話がなく、それでも
互いの顔を見て笑い合うだけで、相手の言いたい事が
きちんと伝わってくる。そんな気がした。
「……」
ふと、小川に足を入れて気持ちよさそうにしているさゆを
見たとき、あたしは妙な気分に襲われた。
それは、何度も味わった、その悪夢。
―――あたし、この子と、いつ会ったっけ…
いつの間にか、一緒にいるのが当たり前になっていた、さゆ。
だけど…あたしたちは、いつ出会ったんだろう…
- 11 名前:繰り返す出会い 投稿日:2005/06/19(日) 22:19
- さゆが「街に行こう」と言ったのは
それから三日後の、月が綺麗な夜だった。
「前に約束したでしょ?街、行こう?」
一瞬、何の事だろう、と思った。
さゆと、いつ、約束なんて交わしたんだろう。
でも、まさかそれを口に出すわけには行かず
「うん」とだけ返した。
「じゃあ、明日は早く起きないとね」
「そうだね」
そんな会話を交わしてから、さゆはすぐに寝入ってしまった。
「さゆ、ごめん……」
眠るさゆの髪を、右手で優しく梳く。
「約束、覚えてないよ……」
徐々に、記憶がなくなっていく。
誰かに思い出させてもらいたい。
失くした記憶、全部戻して欲しい。
でも、一体、誰が思い出させてくれると言うのだろう…
- 12 名前:繰り返す出会い 投稿日:2005/06/19(日) 22:20
- 月が沈み、日が昇る。
当たり前のことなんだけど、あたしはこれを見るたびに
すごく不安な気持ちになる。
日が昇ったときには、また一つ、記憶が消えていくから。
「れいな!早く!」
「ちょっ…待ってよ、さゆ…」
スタスタと山を降りて行くさゆと、その後ろをのろのろと
付いて行くあたし。
山道は、歩きなれない。
「れいな!あそこ、あそこ行こうよ!!」
散々街中を歩き回り、そろそろ夕方、という時
さゆが、一軒の店を指差した。
いかにも女の子らしい店で、正直あたしの好みでは
なかったのだけど、さゆが行きたいなら、とあたしは
「いいよ」と頷いた。
- 13 名前:繰り返す出会い 投稿日:2005/06/19(日) 22:21
- 店に一歩入ると、さゆは嬉しそうに広い店内を見て周り始めた。
―――何だろう、この感じ……
何故か、始めてきた感じがしなかった。
でも、どんなにデータを調べてみても
ここにやってきた記憶はない。
「………」
ここで、誰かと、何かをした。
そんな感じがするのに、誰と、何をしたのかが、分からない。
視線をさゆからずらすと、二人の少女が目に映った。
「え……?」
何だろう。
何だかとても、懐かしいその光景。
一人が、手にしたネックレスを、もう一人の
首に合わせ、何か満足したように微笑んでいる。
もう一人の方は、嬉しそうに頷き、二人は楽しそうに笑い合う。
どこかで見た事のあるような、その光景。
- 14 名前:繰り返す出会い 投稿日:2005/06/19(日) 22:22
- 「れいな?」
その声に我に返ると、いつの間にか側にやって来ていたさゆが
不安そうな瞳であたしを見つめていた。
「何でもないよ」
そう答えると、さゆはなおも不安そうな顔をしつつも
「これ、あげる」と言って
小さな袋を差し出した。
「え?あたしに?」
「うん」
ありがとう、と言ってそれを受け取る。
「開けていいの?」
さゆみが頷いたのを確認して
あたしはその袋の口に張られていた可愛らしいシールを
丁寧に剥がした。
「………これ…」
「うん、れいなにプレゼント」
袋から出てきたのは、シルバーのネックレス。
先端に、小さな十字架のついたそれは
確かに、あたし好みのもの。
- 15 名前:繰り返す出会い 投稿日:2005/06/19(日) 22:24
- 「さゆ、よく分かったね。あたしの好きそうなもの」
「だって………」
何かを言いかけて、さゆは、そのまま小さく俯いてしまった。
「さゆ?どうしたの?」
話しかけてみても、さゆは何も言わない。
だんだん心配になってきたあたしは、とりあえず、さゆを
店の外へと連れ出した。
「ねぇ、さゆ?どうしたの?あたし、何か言った?」
あたしの問いに、さゆは大きく首を振り「違う」と呟いた。
「じゃあ、どうして…」
「………ずっと、れいなが欲しがっていたやつだから…」
―――……え?
「前に、れいなが“これ、欲しい”って言ったやつだから…」
「れいなの誕生日にあげるねって、約束したやつだから……」
そう言ったさゆの目尻には、涙が溜まっていて。
さゆはそれを止めようとしているのか
乱暴に服の袖で目を擦った。
「あたしが………欲しいって言った…?」
- 16 名前:繰り返す出会い 投稿日:2005/06/19(日) 22:25
- どうして、忘れていたんだろう。
あの日、あたしはさゆを学校に迎えに行った帰りに
この店に寄った。
「ねぇ、れいな。これ可愛くない?」
「うーん……あたしの趣味じゃない……」
もぅ、と頬を膨らませる彼女を尻目に
近場に合ったネックレスを何となく眺めていた。
その時に、丁度あたしの目に入った
小さな十字架のついたネックレス。
そう。今、さゆがくれたばかりの、そのネックレス。
「これ、欲しいなぁ……」
「……これ?」
あたしの声を聞いたらしいさゆが、隣にやってきて覗き込む。
「うーん……でも、お金ないからいいや」
その時、あたしはたまたま財布を持っていなくて。
そうしたらさゆが
「私が買ってあげる。でも、れいなの誕生日にね?」
そう、言ってくれたんだ――――――
- 17 名前:繰り返す出会い 投稿日:2005/06/19(日) 22:28
- 「あの直後だったよ、新しいロボットが来たの……」
彼女の名前は、確か「絵里」と言った。
あたしとさゆと絵里は、すぐに仲良くなった。
絵里はあたしより、ずっと人間に近くて
それが、時々もどかしく感じたりもした。
あたしたちは『親友同士』だったんだと思う。
あたしに「処分」が決まるまでは……
「私は、れいなに欠陥があっても構わないって思っていた」
「………知ってたんだ…欠陥の事」
さゆは、こく、と小さく頷く。
「全部、知ってた。れいなが私の事、忘れているのも。
全部、分かってた」
「だけど、会いたかった。だから、れいなを探しに来たの…
れいなとの約束、破りたくなかったから………」
- 18 名前:繰り返す出会い 投稿日:2005/06/19(日) 22:30
- それに…とさゆみは続ける。
「れいなが、私との時間を忘れても
私が、また創ってあげる。そう思ったから…」
再び溢れ始める、さゆの涙。
今度はそれを拭う事はせず、それは静かに彼女の頬を伝った。
あたしは、何も言えなかった。
何で、忘れていたんだろう。
こんなに大切な、さゆとの約束を。
「でも、良かった。約束、守れたから……」
無理矢理にも見える笑顔を浮べて、さゆが言う。
あぁ……と思った。
何となく、続きの言葉が予想できた。
「私、帰るよ。お母さんとか、心配してるだろうし…
あと、絵里も……きっと、心配してる」
「絵里は…元気?」
「うん。でも、たまに“れいながいないと、寂しいね”って」
「そっか……」
思い出した。
全部じゃないけれど、さゆの事、絵里の事。
ちゃんと、思い出した。
- 19 名前:繰り返す出会い 投稿日:2005/06/19(日) 22:31
- あたしは、さゆの頬に手を伸ばし、その涙の跡を優しく擦る。
「さよなら、だね……」
自分でも考えられないほど、穏やかな声。
「うん…」
「これ、ありがとう。大切にするね」
「うん…」
うん、としか言わないさゆだったけど、その気持ちは
何となく理解できた。
あたしの勝手な勘違いなのかもしれないけど。
きっと、あたしの抱いている気持ちと同じだと思うから。
「れいな…」
「何?」
やっと顔を上げたさゆは、また、涙を流しそうだったけれど
それを必死で抑えるかのように、ゆっくりと笑い
小指を出す。あたしも、自分の小指をそれに絡めた。
「また、会いに行く。れいなが私のこと忘れてても
また“初めまして”って言うから。それと……」
「誕生日、おめでとう」
- 20 名前:繰り返す出会い 投稿日:2005/06/19(日) 22:32
- 同じ場所で、毎日、何となく欠けていく月を眺めるのが
今日で何度目になるのか分からない夜だった。
あたしは、いつものように寝転びながら、そっと
首に掛かったネックレスをさする。
これを誰に貰ったのか、もう、覚えていない。
でも、この感触を味わうたびに
悲しいような、切ないような、嬉しいような
そんな、不思議な気持ちになる。
「ねぇ…」
隣にいるロボットに声をかける。
彼女は、つい昨日の晩、ここにやってきた新入りで
ここに来る前に強制的にリセットされているのか
何一つ、データを持っていない。
彼女が何故、ここに来たのかは分からないけど
最近、彼女と同じ型のロボットの不法投棄が
やけに目立つようになってきた。
きっと、また、新しい型のロボットが出たんだろう。
- 21 名前:繰り返す出会い 投稿日:2005/06/19(日) 22:35
- 「ねぇ……」
もう一度、声をかけてみるけど返事はない。
あたしは、話しかけるのを諦め、再び、空に視線を戻した。
どこからか、サクサクと誰かが近付いてくる音がする。
でも、また人間が何か捨てに来たのだと思って気にしなかった。
それが、何故かあたしの頭の上で止まった時。
「ねぇ…あなたたち、捨てられたの?」
ぼんやりとした輪郭と、淡い光を放つ月に
覆いかぶさるようにして
あたしを覗き込んだのは、まだ幼さの残る、一人の少女。
「名前は?」
名前なんか、覚えていない。
隣のロボットを見ると、彼女も小さく首を振っている。
少女は困ったように首を傾げると、あたしたちをじっと見つめ
やがて、何を思いついたのか、ぱぁっと嬉しそうに笑い
「じゃあ、れいなと絵里。私は、さゆみっていうの」
「初めまして。れいな、絵里」
―――あたしたちは、出会った…
- 22 名前:繰り返す出会い 投稿日:2005/06/19(日) 22:36
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- 23 名前:繰り返す出会い 投稿日:2005/06/19(日) 22:36
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- 24 名前:繰り返す出会い 投稿日:2005/06/19(日) 22:36
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- 25 名前:繰り返す出会い 投稿日:2005/06/19(日) 22:37
- 田中さんの誕生日って11月だよね…
……まぁ、いいか。
- 26 名前:Max 投稿日:Over Max Thread
- このスレッドは最大記事数を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。
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