31 おじいちゃんとさゆ

1 名前:31 おじいちゃんとさゆ 投稿日:2005/06/19(日) 20:36

31 おじいちゃんとさゆ
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/19(日) 20:47
「さゆみは、可愛すぎるなあ」
 と嬉しそうに少し困ったよに言うのがさゆみのおじいちゃんの口癖だった。
おじいちゃんの家に遊びに行ったときには、いつも言われた。
「えへへ」
小学生の頃ははにかみ、もっと大きくなると、
「うん。いい人つかまえるね」
とさゆみが満面の笑顔で返すと、おじいちゃんはウヒャヒャと陽気に笑った。

 さゆみには兄と姉がいたが、一番おじいちゃんと仲のよかったのはさゆみ
だった。さゆみはおじいちゃんの昔の話を聞くのが好きだったし、赤黒く焼
けたしわだらけの顔と、へろへろの農協の帽子と、ごつごつした手が好きだ
った。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/19(日) 20:49
 おじいちゃんは戦争から帰ってきたあと、建具っていう家の中の木の飾り
(らんまとか格子とか)を作る仕事をはじめて、でもそれだけだと食べてい
けなかったらしくて、大工になった。そして大工として初めての作品が、さ
ゆみが育ってきた家だ。初めてのだからか、居間が北で台所が南にあったり、
玄関上がってすぐ台所だったり、少し変わった造りだ。

 おじいちゃんが家を作ってから30年は経ってるので、廊下とかも所々ギ
シギシいうようになってるし、すきま風もけっこうあるけど、さゆみはこの
家が好きだ。自分のおじいちゃんが作ってくれた家に住んでるなんてなかな
かあることじゃない。すこし自慢。さゆみのベッドはおじいちゃんのお手製だ。
これもさゆみの自慢。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/19(日) 20:51
 おじいちゃんとは一緒に住んでなかったけど、さゆみと父母兄姉5人が暮
らす家から車で5分ぐらいのところに住んでて、時々さゆみは、自転車こい
で遊びに行ったりした。

 おじいちゃんが住む小さくて古い家からちょっと離れたところに、大きな
大工小屋があって、中には木を切ったり板を削ったりする為の、すすけた緑
色の機械が何台かあった。ロボットの操縦席みたいなレバーがついてるのとか、
大きなハンドルみたいのがあるのとか、やたら大きくて、とがった鉄の円盤
がついてるのとか、いろいろあった。触ってみたい気持ちと触るのが怖いっ
て気持ちがまざってた。でも触ったら怒られるので、いつもその機械たちを
見てるだけだったけど。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/19(日) 20:52
 さゆみは中学の夏休み自由研究をいつも図工にしていた。とくに図工が得
意だったわけじゃない。おじいちゃんがなんやかんやでほとんどやってくれ
るからだ。さゆみは、こんなの作りたい、というだけで、おじいちゃんはノ
リノリで図面を引いて、その辺にあるいらない木を持ってきて、機械を動か
して、出来の良すぎる作品を作ってくれた。ちゃちゃっとつくったおじいち
ゃんの作品は、いつもだいたい学校で賞をもらったりして、さゆみは自分で
作ってないのに嬉しかったりした。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/19(日) 20:53
 さゆみも高校生になり、1年2年3年ともっと可愛くなり、3年間で3人
から付き合ってくれと言われたが、どれもピンとこず断り、適度にテニスと
勉強をして、東京の女子大に合格した。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/19(日) 20:54
 大学一年生の夏休み。

 さゆみが実家に帰って居間で扇風機にあたりながらごろりごろりしていると、
「さゆみー、味ご飯作ったからおじいちゃんとこもってってー」
と母が言った。
「はーい」
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/19(日) 20:58
 夕方の日差しはもうそれほどきつくなくて、さゆみは自転車をこぎこぎお
じいちゃんちへ向かう。軽い上り坂を走り、黒い木の壁に古い屋根瓦、そこ
によく映える赤い郵便受けのある家に着く。家の隣に黄色いショベルカーが
置いてあるのをちらりと見ながら、さゆみは少し重い玄関の戸を開けた。
「こんにちはー」

 おじいちゃんは奥からゆっくり出てくると、さゆみを確認して、いつも、
「おおさゆみ。ジュース飲むか、ジュース」
と嬉しそうにいうので、そんなに飲みたくないときでも、うん飲む、と笑っ
て答えてもらってた。
 そしてジュースをごくごく飲んでいると、
「まーた可愛くなってー」
と言うのだ。だからさゆみも、えへへと笑う。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/19(日) 20:59
「大学はどうだ」
「楽しいよー」
「いい友達はおるか」
「うんいる。いい友達いっぱい出来た」
「そうかー」
「あ、おじいちゃん。これ」
 さゆみは買い物袋に入った包みを渡す。

「お母さんが作った味ご飯」
「すまんなあ、ありがとうっていっといてくれ」
 おじいちゃんは冷蔵庫に味ご飯をおさめにいく。もう75歳のおじいち
ゃんだけど、足はしっかりしている。よく働いているからだろうか。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/19(日) 21:01
「おじいちゃん。外にショベルカーあるね」
「あれなあ」
 おじいちゃんは少年のような表情を浮かべると、
「家作ろうと思ってな」
と言った。

「家!? 誰の?」
「わしの」
「え、どこに」
「ここ」
「え、ここいま、家あるよね」
「半分だけ、壊してなあ、半分作って。残り半分も」
「そんなことできるの!?」
 おじいちゃんは嬉しそうにウヒャヒャと笑うと、
「一人でな、ゆっくりやるしな」
と言った。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/19(日) 21:02
 一人で家が作れるもんなのかも、そもそも半分壊して半分作るなんて出来
るのかもさゆみにはわからなかったけど、とにかくすごいと思って、目をき
らきらさせた。

「いつ頃できるの?」
「だいたいなあ、2年ぐらい、かかるか」
「へえー」
「わしの最後の作品だ」
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/19(日) 21:03
 最後、ときいてさゆみは少しだけさみしい気持ちになったが顔には出さな
かった。元気に見えても、まだまだ働けても75歳。大工というのは高いと
こでも作業しないといけない。おじいちゃんも自分で限界をわかってるのだ
ろう。さゆみは横にあった、木でできた水車の模型に目をやる。繊細な細工だ。

「これって、おじいちゃん、作ったんだよね」
「おう」
「すごいねー」
 おじいちゃんは顔のしわをもっと濃くしてウヒャヒャと笑った。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/19(日) 21:05
 さゆみは水車の模型を回転させながら思った。元建具師だ、こんなの朝飯
前なんだろうな。こんなに技もあって、家も一人で作れるようなおじいちゃ
んに、若さをあげたい。そうすれば今からもっともっといい家とか家具とか、
いっぱいつくってくれるのに。さゆみが大人になって住む家だってつくって
もらえるのに。でも、若さと技術は一緒についてこない。それならせめて、
できるだけ、おじいちゃんの力を生かしてあげたい。

「おじいちゃん」
「ん?」
「さゆみね、棚がほしいんだ」
「おお、そうか」
「部屋に棚がなくて」
「よしゃよしゃ、作ってやるぞ」
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/19(日) 21:06
 おじいちゃんは、どんくらいのだ、とか、何段にするか、とかいろいろ聞
いて、スーパーの買い物チラシの裏にメモしたり線引いたりしてた。東京で
買って組み立てる棚のほうが安いなんてことはわかってる。そんなもんどう
でもいい。おじいちゃんの棚がいい。

「二日もありゃあできる」
「やったあ」
 さゆみは時計を見た。夕ご飯時だ。
「じゃあ、帰る、ね」
「おう。お母さんにな、ありがとうっていっといてくれ」
「ん、わかったー」
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/19(日) 21:09
 さゆみはおじいちゃんと笑顔でバイバイをして、軽い下り坂を、自転車を
こがずにゆったり帰る。さゆみの顔に涼やかな風があたる。もう夕日が山に
ひっかかりそう。道行きを赤く染めはじめた。

――明後日、お父さんの車で棚をもらいにいこう。
――そしたら、ぜったい、すごーいありがとうって言うんだ。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/19(日) 21:10
トン
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/19(日) 21:10
トカ
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/19(日) 21:10
トン

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