26 バレエ・メカニック
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 19:57
- 26 バレエ・メカニック
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 19:58
- その機械が突然誤作動を起こしたのは20XX年1月14日の23時34分11秒。これ
はメモリーにもちゃんと記録が残されている。
普段通り、警務用に開発されたその機械は、自らの仕事に忠実に動作しよう
としただけだった。路上で通行人に対して暴力行為に及んでいた酔漢を取り
押さえ、その場で略式の量刑を算出ししかるべき公的施設へ連行していく。
それだけのことだった。
その時、取り立てて異常な出来事が起きたとは考えにくい。ただのきっかけ
にすぎなかったのだろう。その1体の機械は酔漢から反撃を受けると――証
言によれば、彼は柔道の有段者だったらしい――非常時以外には使用される
ことはない、腰部に格納されている熱線銃で酔漢を射殺した。
奇妙なのは警務機械が自身の違法行為をその場で認識していた記録が残さ
ていることで、単純な計算ミスによる誤作動とは考えにくい。とすればこれ
は、機械が開発された時点で予期されていた動作だったのだろうか? だと
するならば、その瞬間全国に数万(正確な数は不明)は配置されていた警務
機械が、同様の「叛乱」を同時多発的に起こしたことも、説明がつけられる
かもしれない。原因は分からないが。……
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 19:58
- 物憂げな午後の一時、梅雨明けしたばかりの空は晴れていて、柔らかな初夏の
日差しが空気を透き通らせていた。
菅谷梨沙子は玄関を出ると、門柱にもたれかかったままぼんやりと向かいの庭
を見つめていた。
広い庭の片隅に、一台の古びたロボットが立っている。梨沙子は小さな頃から
街の風景の中に様々な種類のロボットを見ていたが、隣の庭にあるような不格好
で妙なロボットは見たことがなかった。表面はあちこちに錆が浮いていたし、
卵形の胴体に太く短い、お椀のような形をした足がついていて、節くれ立った
両腕は長くアンバランスで、だらしなく垂れ下がっていた。頭部は単眼のカメラ
が中央につけられただけの小さなもので、外観は人間型というよりも昆虫に近い
印象があった。
梨沙子はそれが動いているのを見たことがない。恐らく、もう動かないもの
なんだろう。外見はずいぶん違っていたけど、他のたくさんいたロボットも
そうだった。みんなある時に、多分同じように止まったのだ。
隅々までキレイに手入れがされた庭の中で、どう見てもそのロボットは違和感が
あった。エメラルドグリーンの芝生は撒かれたばかりの水を浴びてキラキラと
輝いていたし、背の低い樹木も丁寧に刈り込まれていた。隣の住民は几帳面で、
毎日手入れを欠かさない。それはそのロボットについても同じだった。しかし、
それでも目に見えてそれは老朽化して、いくらメンテナンスをしてもどうしよう
もないように見えた。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 19:58
- 梨沙子がそんな光景を眺めていると、向かいの家のドアが開いて背の高い女性が
姿を現した。彼女はちらっと梨沙子を一瞥したが、特に気にとめる様子もなく、
そのまままっすぐロボットの方へ向かった。
表面を磨き、関節に油を差し、内部の機械の調節をたっぷりと時間をかけて行う。
ロボットのメンテをしているというよりも、愛する子の面倒を見ているかのよう
に、その全ての仕草には愛情が込められていた。
梨沙子はその様子を興味深げに見つめていた。もうずいぶん前から、梨沙子が
話しかけても彼女は振り向きもしてくれなくなってしまった。心血の全てをその
古びたロボットに注いでいるようにすら見えた。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 19:58
- しばらく、一本の道路を挟んで沈黙した二人の時間が流れていった。と、通りの
向こうから鈍いエンジンの音が聞こえてきた。
梨沙子が爪先を立てて音の方を窺うと、荷台に幌をかけた小型トラックがのろのろ
と走ってきていた。後部から伸びているクレーンは巨大な恐竜の化石のように
見えた。
トラックへ向けて梨沙子が手を振ると、クラクションの音で返してきた。しかし、
向かいの女性はそんな出来事にも全く関心を示すこともなく、黙々とロボット
の手入れを続けていた。
「ビックリした! こんなとこに人いたんだ!」
運転席から顔を出した少女は、やけに甲高い声で言った。梨沙子は門柱に手を
かけて背伸びすると、
「なにやってんの?」
「これ、回収してるの」
そういうと、後ろの荷台を示した。
「あたし、嗣永桃子……、ね、あなた歳いくつ?」
「えっと、11歳」
梨沙子が答えると、桃子はやけに大袈裟に驚いて見せた。
「うっそー! オトナっぽくない? 絶対15くらいだって思った!」
梨沙子はなにも言わず、ただ肩を竦めただけだった。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 19:59
-
===
暴走した機械たちの標的が「満15歳以上の人間」に限られていたのは、初期
設定の名残だろうと思われる。15歳以下の子供は、少年法によって一般的な
刑罰の対象にはならないからだ。それは偶然、そうした部分だけが不思議と
ルールとして残ったということなのか、あるいは何者によって意図的にコン
トロールされたものなのだろうか。
機械たちによる殺戮活動は、その開始と同じように不意に終結した。その瞬
間、あらゆる場所にいた全ての機械は活動を停止したのだ。それは殺戮に及
んだ警務機械だけではなく、同一のベースから開発された全ての機械に共通
していた。原因は不明。しかし、その時にはすでに、ほとんどの大人たちは
警務機械による独断的な刑の執行によって、姿を消していた。人間が生み出
した「極めて合理的な」裁判と刑執行を行う機械の恐ろしい能力は、充分に
示されていた。……
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 19:59
- 「へー、止まっちゃったロボット集めてるんだ」
梨沙子が興味深げに言うのに、桃子は遠慮なくお菓子を口に運びながら、楽しそう
に言った。
「そ。リサイクル工場に持ってくと買い取ってくれるんだ」
「工場なんてあるの? すごいね」
「親がやってたの継いだんだって……それで、なに作ってると思う?」
「分かんない」
「家事ロボット。ほら、子供ばっかになっちゃったから、そういうのけっこう
売れるらしいよ。ロボット潰してまたロボット作るって、変な感じだよね」
桃子はバカにするような口調だったが、梨沙子は、もしそんなロボットがあれば
一人暮らしには便利だろうな、なんてことを思ったりした。口には出さなかったが。
「でも、表出てなにやってたの?」
「んー……、向かいの家見てた」
「向かいの? なにかあるの?」
桃子はソファの上で背伸びして、窓の方へ目を向けるが、リビングからは向かいの
庭は見えない。
「圭織さんが住んでるから」
「誰? 友達?」
「友達っていうか、ちっちゃいころ勉強教えてもらったり」
「ちっちゃいころ?」
不思議そうな表情で、桃子が聞き返した。
「その人歳いくつなの?」
「たしか23」
「うっそ、マジで!?」
桃子はまた大袈裟な様子で言うと、身を乗り出した。
「じゃあすごくラッキーだったんだね。ロボットに殺されないですんだって」
「うーん」
梨沙子は眉を顰めると、首を傾げて、
「そういうわけでもないみたい」
「どういうこと?」
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 19:59
- 2人は表へ出ると、向かいの門の前まで歩いていった。日は沈みかけていて、
通りを横切っていく二人の影を長く長く伸ばしていた
片隅に立っている古びたロボットを見ると、桃子は思わず吹き出した。
「やだ、なにあれー」
「圭織さん、毎日ずっと、あのロボットの面倒みてあげてるんだよ」
「変わった人だね」
「そうなんだ」
梨沙子は特に否定することもなく、寂しげに言葉を継いだ。
「話しかけても全然あいてにしてくれなくなっちゃったし」
「嫌われてるんじゃないの? それって」
「違うもん」
梨沙子は頬を膨らませると桃子を睨んだ。
そして、気が進まなかったが、彼女にまつわることを話し始めた。
とは言っても、実際に見たわけではないから、詳しいことを知っているわけでは
なかった。ただ、以前、今のように完全に心を閉ざしてしまう前に、圭織から
ぽつぽつと聞かされた話から推測しただけだった。
「子供を殺されたとか、そんなこと言ってたんだけど、ちょっとよく分からない
んだけど……」
「ふーん」
桃子は梨沙子の話を聞きながら、釈然としない様子で庭のロボットを見た。
「なのになんで、あんな古くさいロボットを飾ったりしてるの?」
「想像だけど、きっと子供の代わりだっていうふうに思ってるんじゃないかなあ」
「えー……。あれが? 絶対オカシイって!」
耳障りな高音の声で言うと、桃子は路上に停めたままの自分のトラックへ走って
行った。
「じゃ、あのロボット勝手にここに積んで持ってっちゃったりしたらさ」
「ホントにやめたほうがいいよ。殺されちゃうよ」
梨沙子は真顔で言う。桃子は、ふざけた口調でコワーイなどと言いながら、
「でもおかしくない? ロボットは絶対15歳以下の人は殺さないはずじゃん」
「だから、わたしも聞いただけだからよく分かんないもん」
「事故だったのかな? だったらおかしくなっちゃうのもしょうがないね」
冗談めかして桃子が言うのに、梨沙子はまた睨み付けた。
「そういう言い方しないでよ」
「だってさー、あたし前にも見たことあるもん。おかしくなっちゃった人。
子供だったけどさ。自分のことロボットだって思いこんじゃってるんだよ。
多分圭織さんって人もそうなんだよ。だからあんな古いロボット大事にして
るんだって」
桃子の言葉に、梨沙子はなにも返さず口を尖らせただけだった。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 20:00
-
===
全ての機械が、一台のロボットをベースにして作られたものであることは、
この不可思議な現象を解明するのに重要な意味を持つと思われる。ベースと
なったロボットが作られたのは今から5年ほど前のことだった。それはニ
ュースなどでも大きく取り上げられた。従来のロボットとの大きな違いは、
独立した思考回路を組み込んであることだった。あくまで決められたルール
の範囲内のことではあったが、彼らは自分で思考し、判断し、行動すること
が出来たのだ。
ロボット三原則に則るならば、ロボットは人間を傷つけることは出来ない。
しかし、警務用にと量産された機械たちには、制限付きでそうした行動が認
められたのである。それは、はじめに造られたロボットにはもとより存在し
ないものだった。
そこに、事件のきっかけになる要因があったとも考えられる。……
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 20:00
- 翌朝、桃子は早い時間からトラックに乗って街を回っていった。
ロボットの多くは突然動きを停止してしまい、その場に放置された状態になって
いた。従ってロボットの発見される場所もバラバラで、人家の中から森林の奥、
高層ビルの屋上から下水道の底まで、あらゆる場所に点在しているはずだった。
梨沙子がのろのろと起き出して、パジャマ姿のまま歯を磨きながら表へ出ると、
ちょうど桃子の乗ったトラックが一回りして戻ってきたところだった。
「ロボットあった?」
梨沙子の質問に、桃子はトラックを降りると荷台の方を指さした。
「3体。まあまあかなあ」
「いつもはもっとあるの?」
「多いときは10体くらい見つけたこともあるよ」
「すごいね」
梨沙子は背伸びすると、荷台に積まれたロボットへ目を向けた。ここのところ
は向かいの圭織のロボットしか見ていなかったせいか、警務用のロボットは
ずいぶんと洗練された形をしているように見えた。ボディはスマートで流麗な
ラインを描いているし、両手両足は細長く関節もなめらかに接続されていた。
表面にはまだ光沢が残っており、陽光を反射して冷たく煌めいていた。
「ごめん、りーちゃんそっち持ってくれる?」
桃子に言われて、梨沙子は両手を伸ばすと幌の端を押さえた。横たえられた
3体のロボットを幌で覆うと、桃子はまた運転席にあがって路地裏まで動かして
いった。梨沙子は門柱に腕をかけたまま、ぼんやりとその後ろ姿を見送っていた。
通りを挟んだ向かいの庭に目を向ける。見慣れた光景がそこにはある。手入れ
の行き届いた広い庭に、いかにも違和感を持って佇立している旧型のロボット。
圭織はこの時間にはまだ出てこない。梨沙子がじっとロボットへ視線を送って
いると、路地の方から桃子が歩いて戻ってきた。
「あっつい。ねえねえ、シャワーって使えるの?」
「うん」
梨沙子は頷いた。桃子は手でぱたぱたと顔を仰ぎながら、小走りに家の方へ
消えていった。梨沙子は横目でそれを見送ると、また庭の方へ目を戻した。
圭織さんはあのロボットになにを見ているんだろう? 梨沙子はずっと不思議に
思っていた。毎日ここから観察し続けていても、さっぱり分からないでいる。
記憶にあるロボットは、常に恐怖の対象だった。だから、突然の事件が発生した
時にも、梨沙子はあまり驚かなかった。ああ、やっぱり……という感情の方が
大きかった。周りにも、ロボットを好きだという人は誰一人としていなかったし、
みな街中に立っているロボットを見て見ぬ振りをしてやりすごしていた。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 20:00
- 梨沙子は以前、自転車に乗って街の中をぐるぐると走り回ったことがある。
外れにある公園の裏の森へ入ったとき、時間が止まってしまったかのように
凍り付いているロボットを、たくさん見かけた。まるで殺してしまった人たち
を埋葬している途中に、自分たちもなんの前触れもなく止められてしまった、
そんな不思議な光景だった。
もちろん、ロボットは埋葬なんかしない。処刑された人間はその場で分解されて
小型の箱に収納され、しかるべき場所へ送り届けられる。誰もが、そんな機能
はただの抑止力で実際に使われるものではない、と思いこんでいた。
向かいの家の扉が開いて、圭織が姿を見せた。梨沙子はその時、ふと思いついた
ことがあったように、パッと身を翻すと自分の家へ戻っていった。しかし、
圭織は振り返ることもなく、いつものようにロボットの方へ歩いていった。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 20:00
-
===
次の日、梨沙子は普段よりも早く起き出すと、門柱にもたれかかって通りの
向こうを眺めていた。
やがて、うっすらと霧が出ている向こうから桃子のトラックが戻ってきた。
梨沙子が手を振ると、桃子は窓から身を乗り出して、笑顔で手を振り返した。
「すごーい! ビックリした、あんな場所にあんなに隠れてたって、ウソみたい」
「ね、いっぱいあったでしょ」
梨沙子は少し得意げに言う。桃子は運転席から飛び降りると、上機嫌でぴょん
ぴょんと跳ね回りながら、
「うん、森の中だったから回収大変だったけどね!」
荷台には所狭しとロボットが積み込まれていた。桃子によると17体あるという
ことで、一つの場所にこれだけ集まってるのは初めて見たということだった。
「でもりーちゃんもずるいよねー。隠してるんだもん」
「いいじゃん、教えてあげたんだから」
梨沙子はそう言うと、荷台の方へ回り込んで、
「ほら、約束だから、1体降ろしてよ」
「え、いま?」
「だって午後には工場持って行っちゃうんでしょ?」
「そうだけどさ」
「ね、早く」
「なんか信用されてないんだなー」
ぶつぶつと言いながらも、桃子はまた運転席へ上がると、クレーンを操作し
始めた。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 20:01
- 荷台に並んだロボットはどれを見ても同じような感じだった。表面の汚れとか、
ちょっとしたところに個体差はあっても、それで印象が変わるというほどの
ものでもない。
梨沙子の指示を受けながら、桃子は一番端の方にあった1体を、庭の片隅へ
慎重に降ろしていった。ちょうど、向かいの庭に古めかしいロボットが置かれ
ているのと同じような位置関係だった。
「おっけー」
「ありがと」
見慣れているはずのロボットだったが、こうして庭の中に置いてみると不思議と
新鮮なもののように映る。
梨沙子は手を伸ばして表面を撫でてみた。とても硬くてなおかつ軽い、という
プラスチックの外装は、長い間表に放置されていたのに汚れることもなく、
つるっとして冷たかった。全身のラインは流麗で、無骨でやたらと大きな圭織
のロボットと比べると、違いは歴然としていた。
「ねえ、りーちゃん」
「なに?」
桃子に声をかけられて、梨沙子は振り返った。
「それさ、中の機械だけ出して持ってっちゃっていい? もうどうせ動かないし、
必要ないでしょ?」
「うーん」
梨沙子は自分より頭一つぶんくらい背の高いロボットを見上げた。
「いいよ」
「よかった! じゃちょっと道具取ってくるね」
はきはきとした声で言っててきぱきと動いている桃子を見ながら、梨沙子はなんとなく疲れてしまった。
通りへ目を向けると、朝から出ていた霧が消えかけていた。日差しは強くなって
いたが、空気は乾いていた。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 20:01
- その日の午後も、いつも通り圭織は庭へ出てきて、ロボットを丁寧に手入れ
していった。梨沙子もいつものように門柱へ身を凭れさせてそれを眺めながら、
自分の庭の片隅に置かれたがらんどうのロボットをちらちらと見ていた。
桃子はそれより前に、荷台にロボットを満載したトラックに乗って工場へ戻って
しまっていた。彼女が去ると、またこの街は静寂を取り戻していったようだった。
圭織やはり、梨沙子のことにはなんの反応も見せなかった。圭織の意志はただ
ロボットだけへ向けられているように見える。梨沙子は、それがどんな感情
なのか、今までも考えてみたことがあったが、理解できずにいた。
圭織がしているように、梨沙子も庭に置かれたロボットの元へ行き、真似する
ようにして各部をいじくってみた。内部機構は桃子によって取り去られてしまって
いたので、ここにあるのはただの抜け殻だった。しばらくあちこちをなで回して
みたものの、結局大した意味も見いだせず、やめてしまった。
門柱へ戻ると、圭織はすでにメンテナンスを終えた後で、庭の手入れに移って
いた。梨沙子はため息をつくと、家の方へ戻っていった。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 20:01
-
===
ベースとなったロボットにも、確かに警務的な機能は与えられていた。しか
し、それは人間の身勝手な法を、人間の身代わりになって執行するというよ
うな役割のために作られたものではなかったはずだ。純粋に、平和を求める
精神から造られたものだったはずなのに、いつしか目的は歪められていった。
その時点で、量産された機械たちが暴走を始めることは、予期されているべ
きだったし、それはある意味当然の帰結でもあった。結局、平和はもたらさ
れることはなく、当初の目的は最悪の形で終わってしまった。機械たちも、
それらを生み出した人々も、誰も過ちには気づけなかったのだ。……
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 20:01
- 夜になってもなかなか寝付くことが出来ず、梨沙子はベッドから起き出すと
庭へ出ていった。雲一つない夜空には満月が浮かんでいて、ぼんやりとロボット
のある風景を浮かび上がらせていた。それはとても非現実的で、夢の中の絵を
覗き込んでいるような気分になった。
なんとなく向かいの圭織の家へ目を向けた。二階の部屋にはまだ明かりが灯って
おり、開放された窓にカーテンが揺れているシルエットが見えた。
梨沙子は小さい頃のことはよく覚えていなかった。だから、圭織に遊んでもらった
という記憶も漠然としか残っていない。
しかし、毎日ロボットを慈しむようにして面倒見ている圭織を見ていると、
不思議と梨沙子は消えかけていた過去の記憶が思い起こされてくるようだった。
自覚してはいなかったが、ロボットを羨む気持ちすら感じていたのかもしれない。
がらんどうの機械の骸を見上げる。圭織のロボットに比べれば、ずいぶんと洗練
されて、人間に近いものに見える。しかし、圭織の目から見れば、彼女のロボット
のほうがよほど人間らしいものなのかもしれない。理由は分からないけど。
梨沙子は機械の腕の部品を外すと、思い切り引っ張って肩から腕部を取り外した。
硬質な表面の割に各部はとても軽く、桃子もあまり強く固定していなかったので、
すぐに全体をバラバラに分解できた。
単純なことだった。かつては狂った殺人機械だったその体は、ちょうど梨沙子
より一回り大きいくらいで、計算したように全身にフィットしたのだった。
プラスチックに覆われた中は少し暑苦しかったが、警務機械の外装は想像して
いたよりずっと軽く、歩く程度なら特に支障はなさそうだった。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 20:02
- 顔の部分に付けられた、半透明の細いプラスチックに覆われたスリットから、
梨沙子はもう一度空に浮かんだ月を見上げた。朧月のように滲んだ光を受け
ながら、なんとなく機械たちの気持ちも分かったような気がして、少しだけ
笑った。
カタカタと乾いた音を立てながら、門を抜けて、二つの家を挟んだ通りを横切って
行った。向かいの門はずっと閉じられていたが、両手で押すと難なく開いた。
軋んだ音が辺りに響き、やけに耳障りに感じたがすぐに消えた。
圭織のロボットの近くへ歩いていくと、遠目からイメージしていたよりずっと
背の高いそれを見上げた。ざらついて、あちこちが歪んで変形している鉄製の
胴体は、やけに威圧感があった。単眼を持った頭部は昆虫のようで、その感情
を想像することは難しかった。
腕を伸ばすと、その体に触れてみた。外装のプラスチックと鉄がぶつかって、
乾いた音を立てた。梨沙子は一瞬その音に驚いて身を引いたが、もう一度
ゆっくりと腕を伸ばして、外装越しに冷たい表面を撫でた。
梨沙子はロボットの傍らに立つと、身を硬直させたままロボットが向いている
方向へ視線を伸ばした。ロボットの頭部は少しだけ上方へ傾いていた。その
方向には二階の明かりの灯っている窓があり、薄いレースのカーテンが音も
なく揺れていた。しばらくそうやってロボットと並んでいると、不思議と心が
落ち着いてくるようだった。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 20:02
- 家の方でドアの開く音が聞こえ、隙間から漏れだした光の中に細長い影が伸びた。
圭織は扉にしがみついたまま不安げに左右を見回し、彼女のロボットの傍らに
立っている侵入者に気付くと、驚いたように目を見開いた。梨沙子は顔を覆って
いるプラスチック越しに圭織と目があった。しかし、そのときにはもう彼女は
家の中に戻ってしまっていた。どたどたと廊下を走り、階段を駆け上がる音が
開けっぱなしのドアから聞こえてきた。
ほどなくして、圭織はまたドアの向こうから姿を現した。小声でなにかぶつぶつ
呟いていたようだったが、梨沙子には聞こえなかった。彼女が二階から抱えて
降りてきたのは、骨董品みたいなライフル銃だった。圭織が何をしようとして
いるのか梨沙子にはすぐ分かったけれど、体は機械の殻に乗っ取られたみたい
に停止してしまって、動くことは出来なかった。銃声と同時に、鳩尾のあたり
に殴られたような衝撃を感じると、そのまま背中から倒れて、気を失った。低く
鈍い銃声は庭の草木を揺らして、静まりかえった街中を震わてやがて消えて
いった。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 20:02
- 圭織は息を吐くと、また慌ただしく家の中へ戻り、階段を駆け上がっていった。
二階の部屋の窓際に置かれた机に、作業中のノートパソコンが開いている。
圭織はまだ熱を持っているライフル銃をソファの上に投げ出すと、机に向かった。
警務機械の全てが同時に機能停止してしまったのは、目的が達成されたから
というわけではないようだ。全ての機械は同一のメカニックをベースに量産
されたもので、コアの部分ではあたかも全体で一つの機械であるかのように
行動する。だから、突然の暴走が1体の機械から広がったように、停止も一
瞬にして伝達されたのだろう。ベースとなった1体も含めて、……
そこまで書き進んでから、落ち着かない様子で指先で机を叩くと、別のファイル
を開いた。それは日記帳だった。圭織は開けっ放しの窓から表を一瞥すると、
キーボードを打ち始めた。
あのいまいましい機械がまだ生き残ってた……! どこからやってきたのか
分からないけど、庭に立っていた。なにしに来たんだろうか……。当然すぐ
に破壊してやった。あの子を道連れに勝手に停止したくせに、まだのうのう
と生き残ってるなんて許せない……。
あの子がまた動き出すのはいつのことだろう。わたしにはただ、待つことし
か出来ない。でもきっともうすぐなんだ。きっと。もしかしたら明日かもし
れない。そう思うと、楽しみで夜も眠れない。……
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 20:02
-
===
軽快なクラクションの音が聞こえて、梨沙子は門に身を乗り出して手を振ろう
としたが、鳩尾の痛みはまだ深く残っていて、思わず顔をしかめた。
圭織はいつものように、そんなことにはなんの興味も持たずにロボットの手入れ
を続けている。
「あれ、どうかした?」
お腹を押さえて体を曲げている梨沙子を見て、桃子は心配そうに言った。
「いや、ちょっと……お腹壊しちゃって」
「そうなんだ」
梨沙子は半ば無理やりに桃子へ笑いかけると、
「また機械拾いに来たの?」
「うん。ここじゃなくてもっと先行くんだけどね」
例の公園より、先に行った場所にある街の名前を桃子は言ったが、梨沙子は
あまりよく聞いていなかった。
「この道だと遠回りなんだけど、ちょっと寄ってみた」
「なんで?」
「なんで、って。冷たいなー」
桃子は梨沙子が目を向けている方を見た。圭織が神経質そうな表情でロボット
の内部を調整している様子が、門の向こうに見えている。
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 20:03
- 「あのさ」
梨沙子は桃子のほうを見上げると、
「前に、自分がロボットだって思ってる子がいるみたいなこといってたでしょ?」
「え? うん」
「どうやったらそんな風になれるのかなあ」
桃子は当惑したように目を瞬かせながら梨沙子を見下ろした。が、真剣な眼差し
でそう問い掛けてくる彼女になにも言えず、ただ肩を竦めただけだった。
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 20:03
- E
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 20:03
- N
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 20:03
- D
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