25 仔猫のワルツ

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 11:22
25 仔猫のワルツ
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 11:23

羽を背負って塔の上に立つさゆみは本当の天使のように見えた。
だからって、あんなオモチャの羽じゃ飛べるわけがない。
今すぐにでも飛び立ちそうなさゆみに「20分だけ飛ぶの待って」と懇願して、れいなは大急ぎで塔を駆け降りた。
さゆみが妙ちくりんなアニメの影響を受けて、可愛いさゆは天使になるべきなの、と言い出したその日のうちに、
れいなは街の便利屋に、あるモノの製作を頼んでいたのだ。

塔を降りると入り口に停めていた自転車に飛び乗る。
街までは5分。
ペダルを漕いで漕いで、緩やかな坂を上って下って、ふと後ろを見ると、塔の上からさゆみがれいなに向かって暢気に手を振っていた。
それに苦笑して、れいなは上りきった坂を今度は下る。
ブレーキさえかけなければ、1分の短縮。
舗装されていない砂利道はがたがたとしていて少しだけ尻が痛かった。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 11:23

「石川さんっ!!石川さん、石川さんっ!」

自転車を滑らせるようにして便利屋の入り口を潜る。
中にいた便利屋のボス、石川は自転車ごと飛び込んできたれいなに目を丸くしたが、すぐに用件が分かったようだった。

「ついに来たのね!」
「はいっ!!早く塔に来てください!」
「任せてっ!!」

鼻息荒く石川は頷き、外に飛び出していく。

「ちょっ、石川さんっ!待って!」

慌てて、れいなもその後を追った。
先を行く石川は迷いなく便利屋の裏手にある工房に向かっている。
そこではいつも、便利屋のメンバーが仕事に必要な道具を手作りしているのだ。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 11:24

「紺野!例のヤツ、出来てる?」

観音開きの大きなドアを開けるなり、石川が中にいるはずの機械工、紺野を呼ぶ。
石川の声に、れいなにはさっぱり用途不明の機械群の中から、紺野がひょっこり顔を出した。
その顔半分は大きなゴーグルに覆われており、今もなにかを作っていたのか手にははんだごてが握られている。

「例のヤツというとなんですか?」
「飛び降り少女危機一髪よっ!!」

とぼけた紺野の返答に石川が叫ぶ。ああ、と紺野は思い当たったように頷いた。
れいなの依頼は、彼女たちの間ではそんな微妙なネーミングをされているようだった。
しかし、そんなどうでもいいことに文句を言っている場合ではない。ともかく時間がないのだ。

「早くしてくださいっ!」
「焦らない焦らない」

ゴーグルを持ち上げながら、悠長に紺野は笑う。

「紺野っ!笑ってる場合じゃないでしょ!出来てるの、出来てないの!?」

れいなの気持ちを代弁するように石川が叫んだ。

「出来てますよ、もちろん。完璧です」

相変わらず笑顔で紺野は頷き、カモーンナ!と拳を上げた。
その声に呼応するかのように工房の奥から轟音をあげて、なにかが出てくる。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 11:25

「すごい…」

出てきたキャタピラ付き巨大扇風機に、れいなは思わず感嘆の声を漏らす。
その傍らで石川が眉を顰めていた。

「念のため聞くけど…これの製作費は?」
「石川さんのポケットマネーです。れいなさんの予算はオーバーしてませんよ、完璧です」
「それは予算オーバーって言うでしょ、普通」

頭に手を当て大きな溜息をつく石川をまったく気にした風もなく「それよりも、石川さん」と紺野は口を開く。

「実は問題が一つあって……」
「…問題?なんなのなによ?」
「この扇風機巨大すぎて…まあ、見たとおりなんですけど、遅いんですよ、移動速度が」
「はぁっ!?」

聞き捨てならない言葉に石川より先にれいなは反応した。
紺野がびくっと身を振るわせ、困ったように頭を掻く。

「飛ぶなら飛ぶって一日前くらいから予告してほしかったんですけど」
「じゃ、じゃあ、塔にこれが辿り付くのってどれくらいかかると?」
「…えっと、んー、頑張って20分かな」
「それじゃぁ、間に合わんやろっ!!」

れいなは声を張り上げた。ここまでで既に8分は経過している。
残り12分で塔に辿りつかなければ、さゆみは飛んでしまうだろう。
けれど、巨大扇風機は相変わらず愚鈍に進むばかり。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 11:26

「石川さんっ!さゆのこと助けてくれるって言ったやん!」

半泣きになりながられいなは石川の胸倉を掴んだ。

「だ、大丈夫よ。大丈夫。れいなが先に塔に戻って、飛び降り少女を説得すれば、20分ぐらいなら飛ぶのを留まらせることできるでしょ?」

取り繕うような笑顔を浮かべて石川が言う。
それは名案ですね、と紺野が頷いた。だが、れいなは顔を顰める。
ただでさえ20分も待たせているのに、もう20分だなんて、さゆが待ってくれるはずがない。
分かっていた。しかし、そう思いながらも「ね?分かったら、ちゃっちゃと説得に戻って!」
その石川の声にれいなは、弾かれるように工房を飛び出していた。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 11:27



「絵里ぃっ!!絵里、おるっ?」

再び自転車に飛び乗って、れいなが向かった先は、塔ではなく亀の湯と呼ばれる街の銭湯だった。

「あれ、れいなぁ、どうしたの?」

番頭台に座って、にやにやしていた絵里が首を傾げる。
れいなは、ずかずかと中にあがりこみ絵里の手を取った。

「いいけん、ちょっとれいなについてきて」
「えーっ、絵里、れいなと行きたいところなんてないよ」
「れいなも絵里と行きたいところとかないっちゃ!」
「じゃぁ、なに?嫌がらせ?営業妨害?さては亀の湯潰そうとしてるんでしょ
 自分がトゥルトゥルで皆とお風呂に入れないからって、れいなったら最低」
「っ…!」

言われ放題でさすがに腹が立ってくるが、さゆの気を20分間も逸らせる人間は、
今、絵里しか考えられなかった。れいなはぐっと怒りを堪えて
「…一生のお願いやけん、ついてきて」屈辱だと思いながら搾り出す。

「…れいな」

さすがの絵里もいつもと違うれいなの態度になにか不穏なものを感じたのか抵抗する力を弱めた。
それをよしとして、ぐいぐい腕を引っ張りながら、れいなは絵里を自転車の後ろに乗せる。
残り9分。

「飛ばすけん、舌噛まんようにね」

絵里に声かけると、れいなは力強くペダルを踏み込んだ。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 11:29

上り坂は絵里を降ろして、自転車を押して駆け上る。
途中、あの扇風機と石川たちを追い越した。

「れいなー!頑張れー!!」
後ろから甲高い石川のエールが届く。

「なにあれ?」

一緒に走ってくれている絵里が奇妙なモノでも見たかのように顔を顰めた。
それには答えず、れいなはペダルに足をかける。

「絵里、坂終わるけん、乗っていいよ」
「ほいほーい」

れいなの肩に手をかけて、絵里が自転車の後ろに飛び乗る。
下り坂。一人よりも二人の方がスピードが上がる。
感じる振動も凄くなる。
がたがたがたがた。
れいなは歯を食いしばって必死にハンドルを捌く。

「あー、あれ、さゆじゃないのっ!?」

塔の上のさゆみに気づいた絵里がいきなり大きな声を上げた。

「わっ!!」

それに驚いて、ついハンドル捌きがぶれる。
自転車がバランスを失う。
倒れる、と思った瞬間「れいな、バイバイ」そんな声と同時に後ろにいた絵里の重みが消えた。

ずるい、と声を出す間もなく世界が回転する。
回転する世界に、塔に向かって走り出している絵里の背中が見えて、れいなは少しだけ安心した。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 11:30



「…んん」

回転が止まって、れいなは小さく呻く。
どこをどう打ったのか分からないが、痛みに起き上がることが出来ない。

寝転がったまま見上げる空は青く高い。
ゆっくり、ゆっくり、白い雲が動いてるのを目で追いかけているとれいなの視線は塔の上に留まった。
さゆみと絵里が仲睦まじく話している姿が見える。

「…よかった」
れいなは安堵の息を零す。
どうにか動く左手を持ち上げて顔の前に翳すと、制限時間ぴったりだった。
あとは、石川たちここに来るのを待つばかりだ。れいなは目を瞑る。
後頭部をつけている地面から愚鈍な機械があげる振動が聞こえるような気がした。
と、「なに暢気に寝てるの?」唐突に声が振ってきた。

「へ?」

目を開けると、まだ時間がかかると思っていたその石川がれいなを覗き込んでいる。

「い、石川さ」

反射的に体を起こし
「…ったー!!」瞬時に全身に走る痛みにれいなは声を上げた。
「…大丈夫?」

ぐらついた体をしゃがみ込んだ石川が支えてくれた。
それに甘えながら、れいなはなんとか声を出す。

「早かった、ですね…」
「まあね。間に合わなかったら便利屋の名が泣いちゃうもん。
 メンバー全員召集して、扇風機ガンガン押してきたの」
「そうなん、ですか」

つまり、さっき後頭部に感じていた振動は気のせいじゃなかったらしい。
れいなは視線を動かす。探さなくともすぐに扇風機は見つかった。
それは、今まさにさゆたちがいる場所の真下に設置されようとしており、
おそらく召集された便利屋のメンバーだろう、何人かが細かい指示を出している声がれいなの耳に届く。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 11:31

「…あれで本当に大丈夫なんですか?さゆは飛べますよね?」
「大丈夫、大丈夫。ぱーっと飛べるよ。なにごともポジティブに考えなきゃ」
「……はぁ」

胡散臭いポジティブさに、れいなは首を捻る。
そこへ拡声器越しの紺野の声が聞こえた。

「石川さーんっ!!こっち完璧ですよーっ!!」

はーい、と石川が手を上げてそれに応える。そして、れいなの方に顔を向けた。

「さ、もういつ飛んでも大丈夫だから、れいなが合図出しちゃいなよ。
 あの二人、放っておくといつになるのかわかんないし」

石川の視線が塔の上でいちゃついている二人に合わせられる。
下で騒々しく作業が行われていたというのにまったく気づいている様子がない。
れいなは嘆息して、頷いた。まだ体に痛みは残っているが動けないほどではない。

「肩使っていいよ」
「あ、ありがとうございます」

石川の肩をかりて立ち上がると、れいなは一歩足を踏み出す。
塔に近づく。扇風機に近づく。
使いますか?と紺野が拡声器を差し出してくる。
それを断り、れいなは天に向けて声を発した。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 11:32

「さゆーっ!!」

呼びかけにさゆみが絵里から離れて視線を下に落とす。
そして、満面の笑みを浮かべた。

「れいなぁっ!!」

返ってきた声にれいなも笑顔を浮かべる。
さゆみの後ろで絵里がムッとした表情を浮かべたのも知らずに。

「さゆーっ!!」
「れいなぁっ!!」
「さゆーっ!!」
「れいなぁっ!!」
「さゆーっ!!」
「いつまで続けるのぉっ?」
「いつまでもーっ!」
「りょーかーいっ!!」

さゆみがぴょんぴょんと跳ねる。
危なっかしいと思いながらも、れいなはまたさゆみを呼ぶべく息を吸う。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 11:33

「さ」
「ね、なにしてるの?早く彼女を飛ぶように促してよ。こっちも暇じゃないんだから」

石川が呆れたように言う。
我に返って辺りを見回すと、扇風機のセッティングをした全員が呆れた表情を浮かべていた。
れいなは「あ」と口をあける。すっかり失念していた。

「じゃ、じゃあ、あと一回だけ」
「…いいけど」

やれやれと石川が首を振る。
れいなは、はにかみ笑いを浮かべて視線をあげた。
さゆみが手を振っている。背中についた羽がガチャガチャと揺れている。
れいなは手を振り返しながら「さゆーっ!!」呼ぶ。
さゆみが身を乗り出す。

「れいなぁっ!!」

その時、さゆみの背後に動く影が「えぃっ!」と可愛らしくさゆみを突き落とした。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 11:36

「あ」
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 11:37
ぽかっと声が落ちる。さゆみが落ちてくる。
青い空。白い雲。太陽の光がさゆみの背中についた羽を輝かせ。
けれど、背中の羽は少しも動くことなく。れいなも動けるわけがなく。

「紺野ぉっ!!」

石川が叫んだ。

「あいあいさーっ!!!」

カチッと音がして、扇風機が唸る。
天に向かって風を送る。

「超フル回転ハイパワーターボ!!」

唸り声は大きく。
落ちるばかりだった、さゆみの体が風を受けてふわっと浮上した。

翻ったスカートの中は純白。

れいなは、ぱかっと口をあける。顔が赤くなる。
目を逸らしたいような逸らしたくないような、視線はうろうろ。

「れいなぁっ!!」

呼ばれて、れいなの視線はさゆみに戻る。
れいなは別の意味で口をあけた。

「…さゆ」

舞い上がったさゆみは太陽の光を背に、まさしく天使だった。
色々大変だったけどやってよかったな、とれいなは真っ白なさゆみを見上げながら心から思った。
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 11:38



便利屋のメンバーと二人を乗せた巨大扇風機はれいなの前でがたがた揺れている。
隣には石川が。
定員オーバーでれいなと同じく歩くことになった可哀想なその人は、しかし、上機嫌に鼻歌なんか歌っている。
れいなには理解できない神経だ。
扇風機の上から聞こえてくる二人の声にれいなはただ不機嫌だった。

「絵里が勇気を出してさゆを天使にしたんだよ」
「ふふふ、絵里、ありがとう」

突き落としただけじゃないか。
れいなは、ぼろぼろに壊れた自転車を押しながら口を尖らせる。

「さゆ、超綺麗だった」
「エンジェルだから当然なの。可愛くて綺麗なの」

可愛いか綺麗のどっちかでいいじゃないか、欲張り。
れいなは、じと目をさゆみの背中に投げる。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 11:39

「成功したのに嬉しくなそうだね、れいな」

ふと石川が顔を覗きこんでくる。

「なにか私たちの仕事振りに不満でもあった?」
「…いえ…そんなことないです」

れいなは顔を引きながら、首を振る。
くすり、と石川が笑い「ね、れいな」いいことを思いついたとばかりに目を輝かせた。

「なんですか?」
「便利屋のメンバーにならない?」
「え?」
「ほら、またあの子が変なこと思い付いた時、便利だし。それに」
「それに?」
「きっとすごく向いてると思う」

自信たっぷりに石川は言った。
今、言われてもあまり嬉しくないその言葉にれいなは眉を下げ
「考えておきます」と返した。

溜息混じりに視線を上げる。
さゆみの背中にはまだ羽がついていて、隣にいる絵里が窮屈そうにしているのが少しだけおかしかった。
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 11:40
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 11:40
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 11:41

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