18 落日の機械

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/16(木) 08:55
18 落日の機械
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/16(木) 09:09

曲がり角だらけのまるで迷路のように薄暗い裏道を気まぐれのような足取りで亜弥は歩いていた。
時刻はちょうど夕暮れ時で、透けるように白い亜弥の頬を綺麗な朱に染めあげている。
暫く歩くと、それまで狭苦しく軒を連ねていた家が途切れ、前方に妙に広い空き地が見え始めてくる。
亜弥は足を止めてポシェットからシンプルなコンパクトミラーをさっと取り出した。
かぱっと蓋を開けて覗き込むようにミラーを見つめる。
ミラーの奥から亜弥を見つめ返す瞳は肌同様に色素が薄い。
亜弥は気持ち乱れている前髪を手櫛でさっと整えると、出した時と同じような速度で
コンパクトミラーをポシェットにしまった。そして、また歩き出す。
1分もしないうちに空き地の全てが見通せるようになり、亜弥は空き地の入り口で立ち止まった。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/16(木) 09:10

空き地の真ん中には珍妙で大きな機械がでんと居座っており、
そこから伸びた七色のコードに繋がれるようにして、
必要最低限のエネルギーしか与えられていないたくさんの少女ロボットたちが力なく地面に転がっていた。
中には自由を求めてか、コードを千切ったらしい少女ロボットの姿も見られたが
彼女たちは皆、一様に空き地の入り口に辿りつく事が出来ず、
大きな機械に背を向けて、うつ伏せに倒れていた。

視線を落とした亜弥は眉の一つも寄せずにそれら全てを瞳に映し続ける。
だが、不意に空き地の奥からあがった電気の爆ぜる音に、はっと顔を上げた。
たった今コードを千切ったばかりらしい少女ロボットが亜弥のいる入り口に向かって駆けてくる。
顔の造りとは違って随分と小柄なロボットだ。

亜弥はその少女ロボットを知っていた。
だから、微かに顔に悲痛の色を浮かべた。

自由になることは旧式の彼女には分不相応な夢だと、亜弥には分かっていたのだ。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/16(木) 09:11

生え付けられた明るい髪が夕日を浴びてキラキラと黄金に輝いている。
しかし、その輝きとは裏腹に少女ロボットの瞳の色は見る見るうちに力を失い
「…になるんだ!!自由に、なる…ん、だ……自、ゆ」
やがて、彼女はガシャッと派手な音をあげて、無様に倒れこんだ。

それでもまだ彼女は入り口を目指している。
膝をずって、手を目一杯に広げて、這い蹲って。

亜弥は痛ましげに眉を寄せたまま、だが、手助けもせず、その様をじっと見ていた。

「おいら…は……じ……」

少女ロボットがついに停止する。
手を微かに地面から浮かせて、なにかを掴み取ろうとするかのように。
最期まで少女ロボットは、入り口にいる亜弥を視界に移すことなく、ただその先にある自由を求めていた。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/16(木) 09:12


「ああ、また壊れてしもうたな」

いつの間にか亜弥の傍に立っていたチンドン屋のような奇抜な格好をした男がそう言った。

「やっぱり古い型はあかんな」
「そうですね」
亜弥は殆ど儀礼的に返す。男が鼻を鳴らし

「まあ、ええわ。一体くらい減っても、新しい型は出来とるしな」
「新しい型?」

思いがけない言葉に亜弥は男を振り仰いだ。
製作費は停止されているはずだった。しかし、

「そうや。お前以上のミラクルになるで、この新型は」

男がやけに自信たっぷりに言うので、亜弥は少しだけ興味を惹かれて訊ねてみた。

「どこにいるんですか?そのミラクルさんは」
「おう、こっちや」

余程、自信があるのか、男はミラクルな新型を見せてくれるらしい、機械に向かって歩き出す。
亜弥は空き地の中に入ることに一瞬だけ躊躇を見せ、しかし、すぐに男のあとに続いた。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/16(木) 09:13

空き地の入り口からは全貌が窺い知れない機械の側面部を通って背面部へと向かう、
その際に、亜弥はあるモノを目に留めて思わず足を止めてしまった。

亜弥の視界にあるのは、側面部に隠されるようにして繋がれた一体の少女ロボットだった。
他の少女ロボットとは違って、そのボディに絡み付けられたコードの数は多く、
さらにそのうちの何本かはバチバチと彼女を責めるように放電している。

亜弥は心から苦しげな表情になり、ぐったりと動かない少女ロボットを見つめ続ける。
まるで、そうしていれば彼女が自分を見てくれるのではないかと願うように。
しかし、少女ロボットのガラス玉のような色のない双眸は、ただ茫と虚空を彷徨うばかりで
亜弥にあわせられることはない。それがますます苦しくて亜弥は顔を歪めた。

「なにしとるんや、こっちやで」

そんな亜弥の気も知らず男の無遠慮な声が届く。
我に返って声がした方を振り返ると、男の姿はもう機械の裏側に隠れて見えなかった。
亜弥は、長く息を吐き出す。そうして「……バイバイ」
足元の少女ロボットを一瞥しながらそう呟くと、無表情に戻り男がいる場所へ早足で向かった。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/16(木) 09:14


機械の裏側には、その場には妙に不似合いなガラスのショーケースがずらりと並んでおり
その中にはまだコードに繋げられていない未完成の少女ロボットたちが眠っている。
亜弥の記憶では、ここで製作されたものは全て特別製であったはずだが、
今、そこにあるものはどれもあまりにも不出来なものだった。

「懐かしいやろ」

微かに眉を寄せた亜弥に男がくだらない勘違いをして、にやりと笑いかけてくる。
仕方なく、亜弥はそれに微笑で返し、出来るだけ冷静な表情を作ると男に問いかけた。

「ミラクルさんってどの子ですか?」
「それはなぁ…こいつや!」
一番奥に置かれたケースの元へ軽やかに歩み寄り、男が、ばっと手を広げる。
そのオーバーアクションに若干、白けながら亜弥はそのケースの前に向かうと、
中で眠っている新型を真正面から値踏みするように見つめた。

なるほど、確かに製作費がない状況から造ったにしてはそこにある新型は上出来だった。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/16(木) 09:14

顔の造りは随分と違っている。色素が薄いのは一緒。
身長はケースの関係もあって定かではないが、少し自身より大きいくらいだろうか。
体のバランスがいいのは当然として――
亜弥は次々と新型と自身との相違点と類似点を頭の中で羅列する。
そうして、最終的に判断した。
彼女は、決定している事項を覆す存在にはならないだろう、と。
それどころか、活動することもないまま終わるのかもしれない。

「どうや、凄いやろ」
「そうですね」

内心にあるものとは裏腹に完璧な笑顔で同意すると、男は心底嬉しそうな顔になった。
見ていると不快なので亜弥は笑顔のままさりげなく男から視線を外し、
ケースを守るようにして高く聳える機械を見上げた。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/16(木) 09:15

「ところで」
「なんや?」
「この機械、どこまで大きくする気なんですか?」
「どこまでもや。いずれこの空き地からはみ出るやろうな」
「そうすると、この辺の民家はどうなるんでしょうね」
「それは抜かりないで。社長がな、なんがあってもいいようにこの辺り一帯を買収してくれたらしいからな」

自慢げな男の声に、亜弥はつい嘲笑と憐憫の交じった眼差しを向けてしまい、
この辺りの民家の買収がこの機械を大きくするために行われたわけではないことを
男に教えてやるべきかどうか少し迷ったが、それは自身がするべきことではなく、
教えたところでどうにかなるようなことでもないので、結局、黙っておくことにした。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/16(木) 09:15

「こいつは途方もなく大きくなる。いつか国中を侵食するんやで」
「それは凄いですね」

曖昧に頷いて、亜弥はやがて途方もなく大きくなったこの機械が
街をまるまるひとつ侵食してしまった場面を想像した。

機械の周りには、相変わらず必要最低限のエネルギーしか与えられず動けない少女ロボットと
自由を手にすることに失敗した少女ロボットが無様に転がっている。
どちらも傍目には動かないただの残骸で、街を行き交う人は当然そんなものには目もくれない。
その中でなにも知らない男だけが、いまだに自分の作るものが人気があるのだと胸を張っている。
それはひどく滑稽で哀れな想像だった。

「そろそろ帰ります」
想像をやめて亜弥は男に告げた。

来た時とは逆に機械の裏面から側面を通って、
亜弥はもう側面部にいる少女ロボットに目をやらなかった。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/16(木) 09:16

「なぁ、最近どうなんや?体の調子は悪ないか?」
後ろを歩く男が、ふと思いついたように訊いてくる。
振り返らずに亜弥は答えた。

「大丈夫ですよ。今、私についてくださってるメンテナンスの方は優秀ですから」
「そうか、ならええんや」
男の掠れた笑い声がどこか自嘲気味に響く。

空き地の入り口まで戻ると、亜弥は一応とばかりに半身で男の方を振り返った。
「それじゃあ、お元気で」
「ああ。お前も、頑張りや」
それに軽く頭を下げて歩き出す。
だが「なぁ」
歩きはじめてすぐに自身を呼び止める男の声に亜弥は足を止めた。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/16(木) 09:16

「お前、今日なんしにきたんや?」
不思議そうに男は言った。

なにをしに?亜弥は逡巡して、今度は全身で男を振り返る。
視線は男を通り過ぎて珍妙で大きな機械へ。

「お別れを告げにきたんです」
「別れ?」

「もう二度とここには来ませんから」

訝しげな男ににっこりと笑って亜弥は早足で歩き出す。
夕日の赤。夜の帳がゆっくりと落ちていく。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/16(木) 09:17


男の作る少女ロボットの人気は全くなくなっていて、
少女ロボットの製造からメンテナンスを行う珍妙で大きな機械は
ただ維持費がかかるだけの役立たずになっていて、
一ヵ月後、あの空き地が男と彼の夢が詰まった少女ロボットとただ大きなだけの機械と一緒に
焼け野原になることは、もう随分前に決まっていた。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/16(木) 09:17
(0―0ヽ)
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/16(木) 09:17
(0―0ヽ)
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/16(木) 09:17
(0―0ヽ)

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