16 指先の魔法は

1 名前:16 指先の魔法は 投稿日:2005/06/15(水) 05:06
16 指先の魔法は
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/15(水) 05:06
たかが、なんて言わないで?
彼女はそう言った。
たかがメールなのに、そう言い訳したあたしの目を真っ直ぐに見て彼女は、そう言った。

メールなのに。
メールだから。
心ってそのまま伝えられるんだよ?
どんな文字でも、親指一本でも、伝える気持ちさえあれば。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/15(水) 05:06
そもそもあたしは文章を書くのが苦手だ。
学校にいた頃から、作文だって感想文だって、日記だって、もちろん手紙も。
思ってるコトを口で伝えるだけじゃダメな世の中の仕組みに、勝手に腹が立つ。
ましてやメールなんて。
手のひらの中のちっちゃな携帯のちっちゃなボタンを何回も押して、文字を表示させて、文章を作って。
あんまりにもメンドくさいのであたしは大体、用事があれば簡潔に、メールの返信はもっと簡潔に。

ミキティのメールは素っ気無い、みんなにそう言われたって別に構わなかった。
あたしがメンドくさくなければそれでいい。
いつものあたしのキャラがあるから、多少乱暴な言い回しをしたって平気、そう思っていた。
あんなに冷たいメール送ってくれなくてもいいじゃない、と彼女に言われるまでは。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/15(水) 05:07
 ◇ ◇ ◇
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/15(水) 05:07
「でもさあ、いくら丁寧に文章を考えたって、ミキの字じゃないじゃん?亜弥ちゃんの手元に送られるのは。だから一緒じゃない?」
「一緒じゃないよー!」
どうして、と思うくらいに亜弥ちゃんは必死に見える。。
一緒じゃないのに、と、もう一度亜弥ちゃんの口から出た声はあまりにも小さく、彼女の肩があまりにも寂しそうに見えたからあたしは反射的に、ごめんね、と呟いていた。
ごめんねも何も、どうやれば彼女が満足するような文章が作れるのかもまったくわからなかったけれど、今までの自分が間違っていた、とほんの少しでも思ったのは事実

だった。

「あのね、美貴たん。今まで美貴たんに送ったメール、あるでしょ?たぶん美貴たんは何とも思わずに読み流してたんだと思うんだけど」
何も考えずに首を縦に振りそうになっていた。
けれどそれじゃいけないのかも、と咄嗟に思ったあたしは、目でその先を促す。
「あれ、1つのメールでもすっごく時間かかってんだ、ホントは。文章とか言い回しとか、ちゃんと考えて」
知らなかった。
でも、何の為に?

「メールってやっぱり、伝わらないと思うんだ。自分の声でもなければ自分の字でもないし、顔なんて見えないし。それでちょっとした言葉ひとつでも美貴たんを傷つけたり、

怒らせたりするかもしれないじゃない?」
だから、と彼女は続けた。
「急いでる時は時間が取れるまで返信もしないし、つけ加えたり削ったり、言い回し変えたり、とか結構やってるんだ、本当は」

感心する、というよりはやっぱり正直に言うと、何でそこまで、と思う。
あたしはあたしだから、亜弥ちゃん相手にそんな怒ったりすることなんて、ないのに。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/15(水) 05:08
でも、と思った。
普段はあたしに対して良くも悪くも感情バクハツ、甘えたりすねたり怒ったり喜んだりの亜弥ちゃんですら、そうなんだ。
さっき亜弥ちゃんがあたしに対して「冷たい」と言ったメールは、亜弥ちゃんが送ってくれたメールに対する返事。
内容がまた内容で、亜弥ちゃんが彼氏んちに通ってる姿を写真週刊誌に撮られてさらに掲載されてしまったことに関する、彼女の感想。

亜弥ちゃんは亜弥ちゃんだからあまり動じてもいなかったし、むしろその文面から察するにほんのちょっとくらいは楽しんでるふうにも見えなくもなかったけれど、一応多少のショックを受けてはいるだろうと思う。
と、わかっていたのにあたしは、自分の感想を一言送っただけだったのだ。

ちなみにあたしの感想は、まあ撮られちゃったもんはしょうがないしいい歳なんだから彼氏くらいいたっておかしくないし、スーパーアイドルの亜弥ちゃんだからこそ、そんなの大したダメージじゃなくてむしろプラスになったりするんじゃないか、というようなカンジだ。
それをそのまま伝えた訳じゃなかったけれど、いつもどおりの素っ気無い返事だったのは事実。
じゃあどんな返事だったら亜弥ちゃんは満足したんだろう、と思ったけれどそれは訊かなかった。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/15(水) 05:08
とりあえず、あたしはあたしなりにちゃんと、文章なり言い回しなりを考えたメールをこれからは送ろうと思った。
えーと、たぶん全員になんてムリだから、何はともあれ亜弥ちゃんに送る時は絶対。
これ決めた。
これならたぶん出来る。

亜弥ちゃんにそう伝えたら、にっこり笑って抱きついてきた。
「美貴たんのそういうとこ、やっぱり好きー」
「そういうとこって?」
亜弥ちゃんにだけ甘いとこだろうか。
「なんでもなーい」

そう言った亜弥ちゃんはあたしをぎゅっと抱きしめて、ごめんねもう行かなきゃ、と名残惜しそうにあたしの匂いを嗅いだりしている。
「いいかげんミキの匂いにも飽きたと思ったんだけど」
「残念ながら一生飽きませーん、大好きだもん、美貴たんのこと全部」
彼氏が聞いたら何と思うのかは知らないけれどまあ、これも亜弥ちゃんだからきっと許されるんだろう。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/15(水) 05:08
じゃあね、と手を振りながら亜弥ちゃんは廊下の向こうに消えてった。
さて、亜弥ちゃんに気の利いたメールでも送れたら良いのに、と何となく思ったものの、今までやってなかったことはすぐには出来ない。
開いた携帯をしばらく眺めて、また閉じて仕舞った。

仕舞った途端に、携帯が震えた。
メールが来ていた。
亜弥ちゃんから。

それは本当に短い文章だったけれど、亜弥ちゃんのシンプルな愛(あたしに対する)が伝わるようなメールだった。
今までもずっと亜弥ちゃんのメールはこんなカンジで、さっきの亜弥ちゃんの話を聞いたから今、そう思うのかもしれない。
それでも良かった。
そうかこういうことか、とあたしは1人納得して、携帯の画面をしばらく眺めていた。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/15(水) 05:08
 ◇ ◇ ◇
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/15(水) 05:09
美貴たん実はね、と亜弥ちゃんから、こんなのがあるんだとあるものを見せられるのはまたもっと後の話。
裏の世界には便利なものがあって、ゴーストライターとか適当にでっちあげられないようなプライベートのメールですらスーパーアイドルのイメージを守りたい大人たちが作った、アイドルの為の文章データベース。
それが入った小さなマシンをいつも亜弥ちゃんが持たされている、と亜弥ちゃん自身の口から聞いた時はちょっと唖然とした。

知的過ぎず、バカ過ぎず、程よく適度に「アイドル松浦亜弥」らしい言い回しや単語なんかを何千、何万というパターンで網羅してあるデータ。
亜弥ちゃんはそれを事務所の人間に持たされ、家族以外の人間にメールする時は極力それを参考にするように、と言われてるらしい。
その文章をどこの誰に晒されるかわからない世の中だから、ってちょっとアホらしいんだけど。

ていうかあたしもそれ欲しい。
と言ったあたしに亜弥ちゃんは、本当はこれをあげてもいいくらいだけどこれは松浦亜弥専用だからダメなんだよね、と笑った。
それはそうだ。
家族以外の人間、ってことは当然あたしもそれにあたる訳で、あたし宛てのメールに亜弥ちゃんがそれを使っているのかどうか、がちょっと気になる。

けれど別に訊かなくてもいいやと思う。
何がどうあろうと亜弥ちゃんのメールは亜弥ちゃんのメールで、どんな文章でも愛(あたしに対する)は伝わり続けるからだ。

そしてあたしは今度事務所に行った時に、あたしにもあれを作ってくださいと言おう、と心に決めた。
11 名前:16 指先の魔法は 投稿日:2005/06/15(水) 05:10
12 名前:16 指先の魔法は 投稿日:2005/06/15(水) 05:10
13 名前:16 指先の魔法は 投稿日:2005/06/15(水) 05:10


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