15 まわれ
- 1 名前:15 まわれ 投稿日:2005/06/15(水) 02:52
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15 まわれ
- 2 名前:15 まわれ 投稿日:2005/06/15(水) 02:52
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暇にあかせて、家の中に転がっていた古い時計を分解した。
たくさんのネジにハリ、ゼンマイ、歯車、そしてよくわからない無数の金具。
ひとつひとつを畳の上に並べて、これ以上分解しようがないところで組み立てに入った。
1時間ほどかけて、時計は再び動き始めた。
畳の上には、1台の時計と1つの歯車が残った。
どこに組み込めばいいのかわからなくて脇に避けていた歯車は、
とうとう再び時計に組み込まれることはなかった。
時計はなにごともなかったようにチクタクチクタク針を回し始めた。
元々あまり重要な部品ではなかったのだろう。
歯車の表面は真っ赤に錆びていて、長い間他の歯車と触れ合っていないことをうかがわせた。
機械の定義とは、複数の要素が合わさって有用な仕事をするものだということをどこかで聞いた。
この歯車は、機械の仕事から弾き出されてしまったのだろうか。
私に似ているね。
いつまでも動き続ける時計を畳の上に叩きつけ、私は赤茶けた歯車に口づけをした。
- 3 名前:15 まわれ 投稿日:2005/06/15(水) 02:53
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太陽に目を刺されて、眠りの闇から引きずり出される。
今日もまた、ほとんど眠ることができなかった。
憂鬱な気分に満たされたまま布団から這いずり出て、パジャマの襟に手をかけた。
寝巻きを脱ぐのが、一日の最初の屈辱だ。
夜の間に海老茶色に染まった布地がばりばりと音をたてながら皮膚からはがれる。
痛みは感じない。
背中からふとももにかけて分厚く苔癬化した皮膚は、あらゆる感覚を忘れていた。
皮疹、丘疹、赤斑などの炎症が長期に広範囲にわたって悪化すると、
互いに融合しあって皮膚を分厚く盛り上げる。
肥厚、と呼ばれるこの症状がさらに悪化し、末期的になったものが苔癬化だ。
私の体には4年前からまとわりついている。
- 4 名前:15 まわれ 投稿日:2005/06/15(水) 02:53
- 肩から胸にかけては紅斑がびっしりと広がり、慢性的に血と黄色い汁が染み出している。
長年のステロイド外用によって萎縮し赤紫に染まった顔面の皮膚は
全面にわたってびらんを起こし、じくじくと染み出す腐液がドブ川のザリガニのような異臭を放つ。
髪をかきあげると、頭皮の落屑ばらばらと散った。
落屑の隙間から滲み出した血は、私の髪をガチガチに固めている。
もう、何年痒み以外の感覚を味わっていないだろう。
くすぐったいとか心地よいとかいう感触はおろか、私にはもう痛みすら訪れない。
あるのは強烈な痒みだけだ。
- 5 名前:15 まわれ 投稿日:2005/06/15(水) 02:53
- アトピー性皮膚炎、というよく聞く病気の名前は、
「奇妙な」とか「不思議な」という意味のギリシア語から来ているという。
狸をムジナと呼んだだけで差別だと叫ぶ人権団体が、どうしてこの病名を放っておいているのかはわからない。
声をあげる人がほとんどいないのは原因のひとつだろう。
重症のアトピー患者はその外見の醜さから外に出ることを嫌い、家の中に閉じこもる。
動く気力は起きず、なにか考える頭も働かない。私たちにあるのは沈黙だけだ。
何十年か前まで、アトピーといえば子供の頃に一時的に出る病気だった。
膝や肘の裏のような好発部位にぽつぽつと赤い湿疹ができる程度で、症状も軽かった。
一時的に出る湿疹をステロイドでしのいでいれば、やがて時間とともに抵抗力がついて、
やがて誰もが幼い頃の皮膚炎など忘れ去ってしまう。
しかし時代がすすみ、成人型アトピー性皮膚炎は幼児型のそれとはまるで違う病気といっていいほどに変化した。
環境と食生活の変化は人間の体を弱く敏感に作り変えた。
体内の活性酸素の増加はそのひとつだ。
本来、活性酸素は細菌やウィルスなどの外敵を破壊する役割を担っていたが、
それが増えすぎると人体の健康な部分にまで攻撃を始めるようになる。
- 6 名前:15 まわれ 投稿日:2005/06/15(水) 02:53
- 患者の増加。
好発部位など関係なく全身に広がる症状。
肥厚、苔癬化、結節性痒疹型など症状の悪化。
憎悪年齢の高齢化、長期化。
他の病気では見られないような変化が、数十年のうちに起こった。
ステロイドの名前で知られる副腎皮質ホルモンは、SLEや結節性動脈周囲炎などの治療に有効な薬品で、
皮膚炎にも多く使われるが、本来短期的に使用するものだ。
慢性化した症状に使用すれば、副作用の方が目立つようになる。
使い続けていれば骨や筋肉の発達を阻害し、胃潰瘍や糖尿病の原因になる。
かといって使用をやめれば禁断症状を起こし、使用前よりも皮膚炎がより悪化するばかりか
頭痛、眩暈、耳鳴り、呼吸困難などを呼び起こす。
さまざまな要因が重なって、私は赤黒い血膿と瘡蓋に覆われた肉体を与えられた。
アトピー性皮膚炎で死ぬ人間は少ない。
動けず、考えられず、息を吸って吐く。そうやって命の消費を続けていくのだ。
- 7 名前:15 まわれ 投稿日:2005/06/15(水) 02:53
- 最近、家族と口を聞くことが少なくなってきた。
あらゆる治療法や健康食品、果ては宗教にまで手を回した母親は疲れ果て、
ついに私を視界に捉えなくなった。
病は気から、が口癖の父親はもう家に近寄りもしない。
いつの間にか部屋の前に置かれている麦飯と、
母がどこからか手に入れてきた健康食品をかじって朝食を済ませていると、
不意に廊下からどすどすと大きな足音が聞こえてきた。
この家でそんな歩き方をする人はいない。
がらりと、部屋の引き戸が開け放たれた。
「よお」
叔父が、満面の笑みを浮かべてそこに立っていた。
この叔父はいつも笑っているが、本当に笑うことは滅多にないことを私は知っている。
叔父といってもかなりの遠縁で、本来は会うこともなかった人だ。
20代の頃に上京して以来、うちに寄り付くようになったと聞いている。
家族ですら見て見ぬ振りをするようになった私に、叔父はなにかと声をかけてくる。
多分、それは叔父の生き方に関係しているのだろう。
- 8 名前:15 まわれ 投稿日:2005/06/15(水) 02:53
- 叔父は幼い頃から腎臓の病気を抱えていた。
ドナーが現れるまで何年も待つ人が多いという中で、叔父は運が良かったのだろう。
10代の頃に移植手術をして、日常生活に復帰することができた。
退院をして、高校に戻った叔父にかけられたのは同級生の心無い言葉だった。
他人の臓器をもらってまで生きたいのか。
生徒会の役員を務めるなど優等生で通っていた叔父は、
その言葉にシルバーフレームの眼鏡を地面に叩きつけた。
その次の日から、眼鏡をサングラスにかけかえた叔父は自分をロッカーと呼ぶようになった。
ロックは反逆の音楽だから、良識と逆のことをやってもいいと考えたそうだ。
ロッカーとしての叔父が優秀なのかどうかはわからない。
ただ、色々なことに恵まれてはいたのだろう。
全国区で知られるロックバンドのリーダーとなった叔父は、やがてアイドルのプロデュースを手がけるようになった。
「お前に見せたいもんがある」
ばさりと、分厚い紙の束が私の前に投げ出された。
英字で書かれた論文のようだ。
ところどころに複雑な化学式や顕微鏡写真、機械の設計図のようなものが載っている。
私には理解することもできない。
- 9 名前:15 まわれ 投稿日:2005/06/15(水) 02:54
- 「最近、ヨーロッパで開発された治療法や」
またか、と思った。
この薬がいい、この健康食品がいい、この化粧品がいい、この神様がいい。
今まで、様々な親戚や両親の知り合いが知った風な口を聞いて私の元に治療法を運んできた。
効果があったことなどないし、感謝したこともない。
10年以上も1つの病気に付き合ってきた私が、
自分の病気のことを調べなかったとでも思っているのだろうか。
偽善者の善意に感謝をするほど、私の心には余裕がない。
アトピーは貧血などと同じ、体質だ。
完全に治療する方法などないし、そもそもはっきりした原因もわからない。
改善することはできても、完治する日は決して来ない。
そうやって思い出してみれば、皮膚科医は「よくなるから」とはいっても
「治すから」ということは決してなかった。
「まあ待て」
布団にもぐりこもうとする私を、叔父がやんわりと止める。
「こいつは治療っちゅうより改造や。
体ン中にちっちゃなメカを埋め込んで、体を無理矢理健康にさす。
まだ無認可や。
どれほど効果があるかわからん。もし効き目があっても、いつまで続くかもわからん。
でも、俺はお前にこれを受けさせたい。
見ちゃおれんのや、お前のこと」
- 10 名前:15 まわれ 投稿日:2005/06/15(水) 02:54
- 放っておいてくれ。私は叔父の手を振り返った。
沈黙は長く続いた。
ごくりと唾を飲む音がして、私の前にばさばさと何冊かの本が詰まれた。
私はとっさに目をそむけた。
叔父がプロデュースを手がけているアイドルたちの写真集だ。
大理石を削って作ったような肌を持つ少女たちが、輝くような笑顔を浮かべている。
「こいつら、かわいいやろ」
だからどうした。
可愛いだの美しいだの、私には無縁の言葉だ。
背中にびっしりと小豆を貼り付けたような苔癬を持つ私に、こんなものを見せて叔父はなにを考えているのか。
「写真集撮る間な、こいつらはカメラマンにかわいいかわいいいわれる。
最初は誰でも舞い上がる。でもじきに馴れてくる。
こいつらにとってかわいいいわれるのは日常や。
撮影所が日常に組み込まれれば、なんとも思わんようになる。
お前、そういう人間がおるゆうことをどう思う?」
うるさいだまれ。私は本棚にすがりつき、文庫本を叔父に向かって投げつけた。
叔父は避けなかった。
作り物の笑顔を浮かべて、私のことを見つめている。
- 11 名前:15 まわれ 投稿日:2005/06/15(水) 02:54
- 「かわいいて、いわれたくないか」
私は重症アトピー性皮膚炎だ。
学校にはもう何年も行っていない。
子供の社会では醜いことと弱いことは罪悪であり、罪人は刑罰を受けなければならない。
私は刑罰を逃れ、家の中という牢獄に引きこもった。
行きつけの皮膚科では、一年前から通常の待合室に入れてもらえなくなった。
私がいると、子供が泣くというのだ。
テレビも雑誌も見なくなってから長く経つ。
私と同年代の人間が、全身から希望を放って映っている姿を見るのが辛かった。
お化けみたい、という以外の呼ばれ方などされるはずもないと思っていた。
「絵里」
名前を呼ばれて、私は声をあげた。
- 12 名前:15 まわれ 投稿日:2005/06/15(水) 02:54
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連れて行かれた先で、まずはステロイド漬けにされた。
過度に副作用が恐れられているステロイドだが、
それは本来短期に使うものを長期にわたって使用するために起こる現象だ。
適切に使用すれば、適切な反応を起こす。
泥の塊のようなステロイドを全身に塗られ、包帯でぐるぐる巻きにされてベッドに寝かされた。
抗生物質を内服しながら、症状が落ち着いたところで注射をされた。
痛むよ、という医師の言葉は控えめなものだった。
腕や首や背中に突き刺された針を通して、数億のナノマシンが私の体になだれこんだ。
皮膚の下で、無数の虫が這いずり回り病の種に牙を剥いた。ていった。
苦痛は長めに続いた。
連日、皮膚の下から剣山を突き立てられるような痛みに攻めたてられた。
悲鳴を上げ続けているうちに、やがて痛みは喜びに変わっていった。
体の奥で、小さな機械たちが暴れまわる成果が現れ始めた。
増えすぎた活性酸素が食い荒らされ、角質の下には大量の水分が注ぎ込まれる。
眼球の中では網膜の中に発生した過酸化脂質が取り除かれ、視界が日ごとに明確になった。
萎縮し皺だらけだった肌に張りが生まれ、血を滲ませるひび割れが消えていく。
- 13 名前:15 まわれ 投稿日:2005/06/15(水) 02:54
- 音すらたてて、自分が組みかえられていくのがわかった。
鏡を見た。
これが私だと信じることができなかった。
頬に傷がない。どこからも腐汁が染み出していない。髪をかきあげても、落屑が飛び散らない。
「行けよ、絵里」
叔父は、少し嬉しそうだった。
「最近若いバンドのオーディションを見た。
反吐が出たで。
世の中の歯車になんぞなりたくないなんぞ、甘ったれたことを大本気でほざきおる。
俺は社会を回す歯車になる機会すら与えられなかったっちゅうのに、気楽なもんや。
俺はやつらを憎んどる。
お前も同じはずや。なあ、そうやろう。
行けよ絵里。
ロックは反逆の音楽や。
お前を切り捨てた社会と、原因を作った体に反逆して見せえ」
わずかに赤みが残る首筋を手で隠し、私は頷いた。
私は叔父がプロデュースを手がけるアイドルグループの追加オーディションに参加した。
- 14 名前:15 まわれ 投稿日:2005/06/15(水) 02:54
- ∴∴∴
ベッドに入るとき、私は明かりという明かりを消す。。
完全な闇の中でもなおも白く浮かび上がる肌をよじって、田中れいながすすり泣くような声をあげた。
手を滑らせると、この世に傷も染みもない肌を持った人間がいるということを思い知る。
陶器のような肌だ。瘡蓋も赤疹もなく、闇すらも白く反射させる。
この美しさが憎い。この無垢さがねたましい。
私には与えられなかったものを生まれつき持っている人間を、屈服させたいと思った。
だから手を伸ばした。蹂躙した。
誰にも触れられたことのない肌が、私の下に広がり波を打つ。
私はむさぼるように彼女の全身に歯をたてた。
彼女はうれしいといった。
私は彼女を殴った。
- 15 名前:15 まわれ 投稿日:2005/06/15(水) 02:55
- ∴∴∴
アイドルとしてデビューしてから1年後に出した私の写真集は、数万部の売り上げを上げたそうだ。
複雑な気分だった。
醜いと呼ばれ続けた私が、愛でられる存在になっている。
それはたちの悪いジョークのようであり、
なにか得体の知れない大きな歯車に巻き込まれているような感覚だった。
私の体のことを知っているのは叔父だけだ。
その叔父も、私がコネ加入などといわれることを避けて私との関係は伏せている。
自分から真実をいい出す勇気はなかった。
目がくらむような美しさで溢れている芸能界で、私は自分の醜さを隠し続けた。
「お前が受かったのは、実力や」
叔父の言葉を信じることはできなかった。
叔父が作る底抜けに明るい曲はしかし、世間に向けた嘲笑だということを私は知っている。
- 16 名前:15 まわれ 投稿日:2005/06/15(水) 02:55
- 失神してしまった田中れいなを部屋に置き去りにして、シャワーを浴びた。
私の入浴時間は長い。
肌の汚い私は、どんなに丹念に体を磨いても「風呂に入っていない」「不潔だ」といわれ続けた。
強迫観念というのだろうか。
足の爪の先まで、髪の毛一筋まで、徹底的に洗わなければ安心できなくなっていた。
長すぎる入浴に火照る体を冷ますために、ホテルの廊下に出た。
エレベータの前の自販機コーナーに行って、自販機にコインを入れる。
ルイボスティーがあればよかったが、なかったので紅茶にした。
長年食事制限を続けてきた私には、食べられないものが多くある。
コーヒー、チョコレート、ココア、バターやチーズなどの乳製品、インスタント食品、
それにあらゆる肉類。もう毒の塊にしか見えない。
『モーニング娘。』の打ち上げに、いつも焼肉屋が使われるのは悩みの種だった。
場を白けさせない程度に肉を口に入れ、後で全部吐き出すようにしている。
医者にはもう食事制限を続ける必要はないといわれていたが、長年の習慣は変わらない。
私は本当に良くなっているのだろうか、といつも思う。
変わったのは肌一枚だけで、私の内面は昔のままなのだ。
その肌も、いつ崩れ出すか保証はされていない。
朝目覚めたら、また全身を苔癬で覆われている。そういう夢を何度も見た。
- 17 名前:15 まわれ 投稿日:2005/06/15(水) 02:55
- 皮膚の奥で、機械たちが手をつないでぐるぐると回っている。
歯車をひとつ失っても変わらず機能し続ける時計のことを思い出した。
部品をひとつ取り替えても、全体の性質はなかなか変わらない。
肌に対する劣等感や憎悪は今も私の中に深く根を張り、枝を伸ばし続けている。
「えり」
さゆみの声だった。
ジャージの下にティーシャツという寝入る服装で、道重さゆみが自販機コーナーの入り口に立っていた。
「なに」
私の声は、少しささくれだっていた。
「れなが、かえってこない」
今夜は、さゆみとれいなが同室だったことを思い出した。
「私の部屋にいる」
「なにをしてるの」
「もうした。ぶん殴ったら、気絶した」
「えり」
さゆみの声に、いさめる空気はなかった。
ゆらりと私に近づいてきて、私の腕に手を伸ばす。
- 18 名前:15 まわれ 投稿日:2005/06/15(水) 02:55
- 「赤くなってる」
私はさゆみの手を振り払った。
どんなに改善されたといっても、肘や膝の屈曲部にある根強い皮疹は消えきれていなかった。
私はこれを他人に見られるのがいやだった。
写真集の撮影の時にも、化粧品を塗りたくって隠した。
特に、メンバーに見られるのは耐えられない。
当たり前のように美を享受し続けた少女たちに、自分の醜さを告白する勇気など私にはなかった。
「えり」
「あっち行って」
「えり」
道重さゆみが近づいてくる。
私は悲鳴をあげていた。
オーディション会場で初めて会ったときから、私は道重さゆみに距離を感じていた。
彼女は自分の美しさを知っている。そして、事実美しかった。
滑らかな肌一枚だけの話ではなかった。
柔らかな腕も艶やかな髪も細い足首も白々としたふくらはぎも瑞々しい唇も全てが全て美しかった。
この美しさを、道重さゆみは生まれながらに与えられている。
私は道重さゆみを憎んだし、同時にたまらなく憧れた。
どうして私にはこの美しさが与えられなかったのだろう。
肌の一枚下で、機械がぎゅるぎゅると激しく回転する。
- 19 名前:15 まわれ 投稿日:2005/06/15(水) 02:55
- 「殴るよ、さゆ!」
「えり」
さゆみの手の平が、私の頬を両側から包んだ。
私は逃げようとした。
肌一枚透かして、私の醜さを知られてしまうような恐怖に襲われた。
「えりは、かわいいね」
「あなたが嫌いだよ。さゆ、私はあなたが憎い!
あなたの肌を見ると、歯を突きたててやりたくなる!」
道重さゆみは美しさを知っている。かわいいことを愛している。
私の醜さを知れば、彼女はどんな顔をするのだろう。
それでもまだ、私のことをかわいいといえるのだろうか。
私は、この手のぬくもりを失うことになってしまうのだろうか。
「えりは、かわいいよ。
どこか不安になるかわいさが、すごくかわいいよ」
私には安心などない。
人間は、たくさんの部品で組み立てられた機械だと知った。
歯数を間違えた歯車は、私の中で軋むのをやめようとはしない。
- 20 名前:15 まわれ 投稿日:2005/06/15(水) 02:57
- ∴∴∴
今日はツアーの何日目だっただろうか。
今日「がんばっていきまっしょい」といったのは誰だっただろうか。
ステージから見下ろす客席は、少しこっけいだ。
ライトの膜の向こうで、無数の男たちがぐるぐるぐるぐると回っている。
えーりりん、オイ! えーりりん、オイ! えーりりん、オイ!
えーりりん、オイ! えーりりん、オイ! えーりりん、オイ!
えーりりん、オイ! えーりりん、オイ! えーりりん、オイ!
- 21 名前:15 まわれ 投稿日:2005/06/15(水) 02:57
- 彼らが呼んでいるのは、誰のことだろう。
男たちが回っている。
回っているのは、歯車だ。
私を除け者にした歯車たちが、私の目の前で回っている。
首から下げた赤錆だらけの歯車を、私はぎゅっと握り締めた。
回れ、回れ。
歯車たちめ、回り続けるがいい。
得体の知れない潤滑油に流されて、ぎしぎしと音をたてて回れ。
「亀井絵里です! 今日はみんな、楽しんでいってねぇーーーー!」
回る回る鉄の歯車たち。
回り続けて、いつか壊れてしまうといい。
私はその果てに待っている。
私はお前たちの目の前に立っている。
私とお前たちの距離は、きっととても近いんだ。
- 22 名前:15 まわれ 投稿日:2005/06/15(水) 02:57
- まわれ
- 23 名前:15 まわれ 投稿日:2005/06/15(水) 02:58
- まわれ
- 24 名前:15 まわれ 投稿日:2005/06/15(水) 02:58
- まわれ
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