09 Deus ex machina

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/13(月) 23:58
09 Deus ex machina
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/14(火) 00:06



何が悲しくてこんな格好をしなければならないのか。
ハロモニの中の企画で言葉でバトルをする趣旨のものがあるのだけれど、その中で何故か私たち
はコスプレ紛いの格好をすることになった。企画の内容と衣装には殆ど関連性はなく、つまりこ
の格好が「視聴者サービス」以外の何者でもないことを意味していた。

「こんこんはさあ、お姫様って感じでいいじゃん。絵里なんてセーラームーンだよ、セーラーム
ーン。こういうの見てヲタクの人が喜ぶって想像したら寒気するよね。もしこのカッコで外歩い
てたらこっち来たりして」
収録後の楽屋にて。亀子の毒舌が炸裂する。
「でもさゆのはかわいいと思ったよ。れいなのもそれなりに似合ってるし」
「それなりって、あんまりっちゃろ」
続いてナース服のさゆと、何故か空手着のれいな。6期3人は気楽でいいな、そう思う。
彼女たちはまだ、何もわかっていないのだから。
私は、私と同じように陰鬱な表情を浮かべるまこっちゃんたちや石川さん、吉澤さんのほうを見
て、それから深くため息をついた。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/14(火) 00:10
要するに、私たちはそういう場所まで、追い詰められているんだ。
曲は売れないし、音楽番組の扱いもリリースごとに悪くなってゆく。お笑い芸人には私たちの知
名度のなさをネタにされてしまうような現状。
視界を塞がれたまま、断崖絶壁を後ずさりさせられている。
足を踏み外して真っ逆さまに落ちる日はいつのことか。もしその日が来たならば、落ちている最
中は何を思うのだろうか。
「紺野、何ぼーっとしてるんだよ」
スタッフさんの一人に声をかけられる。どうやら他のみんなは、とっくに着替え終えてしまって外に
出て行ってしまったみたいだった。
「すいません、今着替えますんで」
「ちょうどいいや、終わったらこの箱に入れて衣裳部屋まで持ってってよ。どうせ暇でしょ?」
確かに収録はあらかた終わっていて、今日はもう仕事などなかった。スタッフさんは慌しく楽屋
を出て行ってしまう。
部屋には、みんなの衣装が入った大きなダンボール箱と、私自身が取り残された。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/14(火) 00:13

別館にある衣裳部屋へは、9階の渡り廊下を渡って行く必要がある。
私はダンボール箱を正面に抱え、廊下をとぼとぼと歩く。
自分の衣装を自分で片付けに行く、これ以上の屈辱があるだろうか。いくら私たちが落ち目のグ
ループとは言え、あんまりな仕打ちだと思う。
こんなはずじゃ、と思う。私がモーニング娘。に入った時、娘。はまばゆい光を放つ国民的アイ
ドルグループだった。赤点評価の私だったけれど、このグループの中で頑張っていればいつかは
同等の存在になれるのだろうと信じてやまなかった。
それなのに、どうして?
あれだけ光を放っていたモーニング娘。という看板は、私たち五期が加入してからは徐々に色褪
せてゆき、それに合わせてグループを支えてきた先輩たちが相次いで卒業していった。かと言っ
て彼女たちが抜けたことによって生じた穴を埋めることは骨の折れる作業で私たちは……


「おい、なにやってんだよ!!!」
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/14(火) 00:15

罵声に気づいた時にはもう遅かった。
ダンボールに視界を塞がれた私は、渡り廊下の手すりが一部破損しロープだけになっているちょ
うどその場所に足を踏み入れていた。踏みしめられたはずの床の感触はそこにはなく、私はバラ
ンスを崩しゆっくりと空に傾いていった。
もしかして私、落ちる?
眼下の景色が目に映る。行き交う車や人々が、小さく見えた。こんな場所から転落したら、おそ
らく助かるまい。
全身から、脂汗が吹き出る。
しばらくして。
ぐしゃ、という音が耳に伝わった。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/14(火) 00:19



              ・・・
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/14(火) 00:20


まだ込められた力を緩めることができなかった。
寸でのところで私は張られたロープを握り締め、渡り廊下から落下することを免れたのだった。
私の代わりに落下したダンボール箱が、潰れたまま転がっているのが見える。一歩間違えば、私
もああいう風に。
そう考えると、体の震えが止まらなかった。
でも。私が掴んだのは頼りなさげなロープだけでは決してなかった。
死を予感した時に、何かが見えたのだ。
まるで、自分自身と途轍もなく大きな歯車が、がっちりとかみ合わさったような。
世界を思い通りにできるような、そんな気持ちにさえなれるような。
神という存在するかどうかもわからないものに謁見したような。

とにかく私はその日から、変わった。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/14(火) 00:21


それまでにも増して、私は歌にダンスに精を出すようになった。
フットサルの練習も、気を緩めることなく励んだ。
あの場所で命を拾ったことが、大きな自信に繋がっていた。
さすがに歌が上手くなることはなかったけれど、それでも周りの私を見る目は日増しに変わって
いった。つんくさんも、
「おう、紺野頑張ってるなあ」
と声を掛けてくれた。彼の声の調子で、私はある程度の手ごたえを掴んでいた。
今なら、次の新曲で私をソロボーカルにするという願いも受け入れてくれるのではないか。
しかし、それを直に訴えた後の彼の表情は曇っていた。
「それは…ちょっと難しいわ」
「何でですか! 私、一生懸命やってます!」
「一生懸命なのはわかるんよ。でもなあ。こればっかは俺一人の意向じゃ、なあ?」
所詮彼は表向きの責任者、より大きな存在の意思には逆らえないのだろう。けれど私は負ける気
がしなかった。私には、そんなちっぽけなものより大きな存在がついているのだから。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/14(火) 00:22


とあるビジネスホテルの、一室。
私の目の前には苦虫を噛み潰したような中年が、灰皿を山盛りの吸殻で埋めていた。
灰が覆いかぶさる様から目を逸らすと、壁に掛けられた青で塗りつぶされた絵が目に入る。
しばらくその絵に見入っていると、中年男が声をかけてきた。
「大体の話は、わかった」
「どうです? 悪くない話だとは思うんですけど」
私は一枚の写真をちらつかせながら、そう言ってみせる。
「たかが一タレントが、こんなことをしてタダで済むとでも思ってるのか」
「さあ。私は自分がモーニング娘。のセンターになれれば、それ以上もそれ以下も望んでません
から」
「とりあえずだ。約束は守ろう。その代わり、その写真を」
男が言いかけたところで、写真を懐にしまった。
「なっ!」
「こちらの条件を呑むのが先ですよ。この、あなたがどう見ても小学生にしか見えない女の子と
ホテルから出てくる写真を返して欲しければ、まずは私の願いを叶えてください」
男は下を向き、低く唸り声を上げた。彼は、実質的に私たちの事務所を動かしている芸能フィク
サーだった。私たち娘。はつんくさんでも社長でも会長でもなく、この人物の意向によって動か
されている。
そんな彼の弱みをどうして一介のタレントである私が掴んだのか。それはホテル街をたまたま通
りかかった時に、彼らがホテルから出てくるところに遭遇したからだった。
「ふん。望みは叶えてやるとも。ただな、お前の下手糞な歌声が世間に通用すると思うなよ。今
回のことでお前らはおしまいだ。終わった後で自分の所業をせいぜい悔いることだ!」
彼の捨て台詞を受け流し、私は部屋を出た。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/14(火) 00:23


予想通り、つんくさんは前言を撤回して私を次の新曲のメインにしてくれた。
他のメンバーも私の普段の頑張りを見てくれていたので、反発するようなこともなかった。
でも。肝心のレコーディングの前日に風邪を引いてしまった。信じられないほどの熱が出て、
私はその日一日をベッドの中で過ごす事になった。
夢を見た。赤やピンクや黄色や青が飛び交う、そんな夢。高熱のせいなのかもしれない。
翌朝には不思議なことに熱はすっかり引いていた。ただ、喉の調子はすこぶる悪かった。本当な
らベストな状態で事に臨みたかったのだけれど、だからと言ってレコーディングを休むわけには
いかない。喉に微かな痛みを感じつつ、スタジオへと向かった。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/14(火) 00:24
私がメロディーに歌声を乗せた瞬間に、周りの表情が変わるのがわかった。
つんくさんは私に何度も歌い直しを要求し、しばし首を捻った後に、満面の笑みを浮かべた。
「これはえらいことになったわ。ロックや、いや……ミラクルやで!」
ブースを出ると早速私は他のメンバーに囲まれる。
「ちょっとポンちゃんどげんしたと!」
「コンコン、おめえかっけーよ!!」
「紺ちゃんさ、かなり上手すぎるから」
どうやら前日の風邪が喉に何らかの影響を与えたらしい。少なくとも、声質が完全に変化してい
たことだけは確かだった。
「あさ美ちゃんが音痴じゃないのは、ちょこっと寂しいわ」
私はそう言う愛ちゃんにあっかんべしてから、笑ってみせる。愛ちゃんも私のマネをして、笑っ
た。彼女の赤い舌が、色鮮やかに脳裏に刻まれた。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/14(火) 00:25


新曲は予想を遥かに超えた売れ行きを見せた。
注目されていた月9の主題歌を依頼されていた人気バンドが突然の解散、そこでたまたま私たち
の新曲を耳にした番組プロデューサーが急遽私たちの歌を主題歌に抜擢してくれたのだ。
音楽雑誌はこぞって、
「まるで別人のような紺野の歌声に、これまた別人のようなつんくの作ったメロディーラインが
絡み、極上のハーモニーを生み出している」
と曲を評価した。つんくさん曰く、「突然な、ピコーンって来たんや」とか。
新聞・雑誌もこぞって「落ち目のモー娘。奇跡の復活」「第二のラブマ」「劣等生が突如起こし
た本当のミラクル」と書き立てた。

モーニング娘。はこの曲で、久しぶりのミリオンヒットを獲得した。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/14(火) 00:25


私たちは、飛躍的に忙しくなった。
それまで真っ白に近かったスケジュール表がびっしりと文字で埋め尽くされるようになった。
歌番組も以前のように私たちを扱うようになり、まるまる一時間私たちの出演になることも珍し
くはなかった。
文字通り睡眠の取れない日々が続いた。移動中の僅かな間に車の中で見る夢は、高熱でうなされ
たあの時と同じように、色とりどりの夢。しかも、夢を見るたびにその色は鮮やかになってゆく。
夢の意味はよくわからなかったけれど、その夢が私と大きな存在を繋いでいるような気がした。
娘。の活躍が続く中、次第に各メンバーのソロ活動も増えていった。歌にドラマ、舞台、エッセ
イ、数え上げればきりがないほどに。もちろんその中で中心的な役割を担う私の忙しさは最早殺
人的と言ってもいいくらいだった。
そんな中、私に一つの吉報がもたらされた。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/14(火) 00:26


「主演映画……ですか?」
「ええ。大チャンスよ」
マネージャーさんは興奮気味にそれまでの経緯を説明してくれた。
制作費が日本映画の歴史上最大級となるその映画の主演オーディションが先日行われ、当然のよ
うに有名事務所の息のかかった新人女優が選ばれたという。映画監督に参考のためにと渡された
資料的存在として渡されたビデオテープ、これが何の手違いからか、担当者が個人的趣味で記録
していたハロモニを録画したものと摩り替わってしまったそうだ。結果監督の目に私と言う存在
が止まり、あれよあれよという間に主演映画の企画が成立したのだと言う。
もちろん、断る理由なんてなかった。全ては、大きな存在が導いてくれた結果だ。私にできるこ
とはただそれを受け入れることだけ。
「一日だけ、時間をください」
でも、意思に反してそんな言葉が口をつく。色々なことを考えるには今の私は少し疲れているの
かもしれない。
「わかったわ。いい返事、期待してるから」
マネージャーさんの薄いピンクのブラウスに、軽く眩暈を覚えた。
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/14(火) 00:27

その日は残っていた仕事を全て明日以降にずらして、ゆっくりと家で休むことにした。
完全にかつての国民的アイドルの、いやそれ以上のポジションを得た今の私には決して不可能な
ことではなかった。
ベッドに潜り込むと、程なく眠りが訪れる。
いつも見る、色とりどりの、夢。赤、青、黄色、そして薄いピンク。手に取ることができそうな
ほど、リアルな存在となっている、そんな夢。思えば私は今まで、この夢とともに道を歩んでい
たような気がする。でも、私が見るこの夢が完全にリアルと化した時。その時は私の夢が終わる
時のような気がした。もちろん、夢が終わったその先に何が待っているのかは、私にはわからな
いのだけれど。
その時はその時に、考えればいい。
もう私は、沈みかけた船に身を寄せるか弱い存在ではないのだから。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/14(火) 00:28


翌日。
私はマネージャーの待つ天王洲のスタジオに来ていた。勿論、昨日の話の返事をするためだ。
仕事が増えたとは言え、6期メンバーや7期の小春ちゃんはまだまだテレ東メインの仕事だ。こ
の日もマネージャーさんは彼女たちの引率のためにここに来ていた。
今となっては他局の仕事が増え、滅多に訪れない場所であった。だから入り口の門をくぐった時
に、素直に懐かしいという感情がわきあがった。
遥か頭上を、黄色い太陽が照らす。太陽が黄色く見えるということは、私は相当疲れているのだ
ろう。でも、更なるステップアップのためには弱音など吐けるはずがなかった。
エレベーターに乗り込み、9階へと昇る。
思えば、私が変わったのはこれから通る渡り廊下で転落しかけた時からだった。あのことがあっ
たからこそ、私はすべてのことに前向きに対応することができたんだと思う。もしも仮にそれを
経験していなかったら、今頃はどんな芸能生活をしていたのか、いや、それ以前に芸能人である
かどうかすら怪し……
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/14(火) 00:29


「おい、なにやってんだよ!!!」

18 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/14(火) 00:29


気が付いた時には、私はあの時の渡り廊下の、あの場所に来ていた。考え事が過ぎて、まったく
わからなかった。事件があった直後に補修されたはずの手すりはあの時のまま破損してロープが
貼られたままになっていて。
踏みしめられたはずの床の感触はそこにはなく、私はバランスを崩しゆっくり
と空に傾いていった。
どうして!
私には明るい未来がある。私には大きな存在がついている。ならば、こんなところで死ぬわけに
は行かないんだ。そう、あの時のように力強くロープを手繰り寄せれば。
両手に力を入れようとした瞬間、私は眠りに落ちた。
いつもの夢。赤や青や黄色、薄いピンクの舞う夢。
でも、今日の夢はそれらの向こうに、大きな青があった。
抜けるような、青い空。
私の両手はロープを掴むことなく、遥か頭上の空を掻いていた。
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/14(火) 00:30


そう、私は落ちている。
私の後を追うように、色とりどりの色が舞い落ちる。
愛ちゃんの着ていた、赤。吉澤さんが着ていた、青。マメが着ていた、黄色。
そして私自身が着ていた、薄いピンク。
あの日に私たちが着ていた、衣装。
何だ、そうだったんだ。
私は全てを理解した。
私に手を差し伸べてくれたのはは全能の神じゃない、機械仕掛けのただのからくりだ。
いつも見る夢がリアルになった時、私の夢は終わる。それは正しかった。
足を踏み外して真っ逆さまに落ちる日はいつのことか。もしその日が来たならば、落ちている最
中は何を思うのだろうか。

答えを胸に抱いたまま、私は全てのことから開放された。
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/14(火) 00:31
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/14(火) 00:31
n
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/14(火) 00:32
d

Converted by dat2html.pl v0.2