06 心のかたち

1 名前:06 心のかたち 投稿日:2005/06/12(日) 17:35
06 心のかたち
2 名前:06 心のかたち 投稿日:2005/06/12(日) 17:35
お昼時を過ぎた頃だった。
私は椅子に腰掛けて、本を読みながら食後の紅茶を飲んでいた。
向こうの部屋からは、水の流れる音と共に、ガチャガチャと食器を洗う音が聞こえてくる。
今日の昼食はパスタだった。
ミートソースを贅沢にかけたものだから、食べ終わった後もお皿にべっとりとソースが残っていた。
いくらかはフォークですくって口に運んだけど、大部分は残ったまま。
洗うのは大変だなと、私はふと思った。
だけど、洗い物をするのは私の役目ではない。
洗い物だけじゃない。
ご飯の支度から、部屋の掃除、買い物、洗濯に至るまで。
全てこうして紅茶をすすっている間に、私の同居人がやってくれる。

茶色の髪が肩までかかった彼女。
その端整な顔立ちは、どんなに悪く見ても標準以上。
造形美ともいえる彼女の顔立ちを、私はとても好んだ。
3 名前:06 心のかたち 投稿日:2005/06/12(日) 17:36
そんな、ゆっくりとした時間の流れる午後は、二匹の怪獣によって瞬間的に破壊される。

「安倍さーん」

声を揃えて私の名前を呼ぶ二匹の怪獣。
加護亜依と辻希美。
近所に住んでいる子だった。

「もう、ちゃんと呼び鈴鳴らしてから入ってっていってるでしょ」
「だって、鍵あいてたんだもん」
「あいてたんだもん」

私の注意に犯罪まがいなことを言って反論する。
彼女たちの将来が軽く心配になってくるが、それよりも一刻も早く安息を求めたかった。

「ちょっと、あいぼんとののが来たから相手してあげて」
「はーい」

水道を止めて、手を拭きながら彼女はこっちへやってくる。
明らかに私の名前を呼ぶときよりも嬉しそうに、彼女の名前を呼ぶ二人。
私は入れ違うように、紅茶を持って隣の部屋へと退散した。
4 名前:06 心のかたち 投稿日:2005/06/12(日) 17:36
脇の小さなテーブルに紅茶を置き、私はソファに腰掛ける。
隣の部屋からは、3種類の声が入り混じって聞こえてくるが、構わずに私は本を開いた。
なんでもない恋愛小説だった。
ロボット技師の男女が出会い、恋をする。
だけど、些細なすれ違いがお互いの誤解を生み、離れていってしまう。
数年後に女性は、自分とそっくりなロボットと出会い、それを作ったのは相手だとわかる。
けれども、相手はもうこの世にいなかった。
そんな、なんでもない話。
もう、展開を暗記しそうになるくらいまで読んだ。
つまらないと思うが、私は度々これを読んでいた。

どれくらい時間が経っただろうか。
二人が別れるシーンを読み終える頃、ふと隣の部屋が静かになっていることに気づいた。
読んでいたページに人差し指を挟んで、私は本を持ったまま立ち上がって、そっと隣の部屋の様子を見る。
淡々とした話し声は一種類。
あいぼんとののの二人は、椅子に腰掛けてそれを黙って聞いていた。

数秒聞いて、何の話か理解できる。
その話を、私は知っていた。
それは、とてもとても悲しいロボットのお話だった。
5 名前:06 心のかたち 投稿日:2005/06/12(日) 17:36
 
6 名前:06 心のかたち 投稿日:2005/06/12(日) 17:37
ミキはロボットだった。
彼女を作ったのは、ヒトミというロボット技師。
けれども、目を覚ました彼女は、部屋に一人だった。
メモリに断片的に残されたヒトミの情報から、彼女の存在と自分の名前をミキは知る。
しかし、何度名前を呼んでもヒトミは彼女の前に現れることはなかった。
机の上におかれたパソコンには電源が入ったまま。
部屋の半分にジャンクが積みあがり、無造作に放り出された手のパーツや足のパーツはバラバラ死体を連想させるようなものだった。

ロボットが命令を与えられないと動けない時代なんて、とっくに終わっている。
学習プログラムの発達により、経験に基づいて考えて行動するという面においては、ヒトよりも有能であった。
ミキは目覚めたばかりではあるが、ヒトミによりある程度の経験をプログラムされている。
文字の読み書きをはじめ、生活に必要なことの大部分は、それで事足りるのであった。

ヒトミの名を呼ぶことをやめたミキが最初に感じたことは、孤独だった。
そう、ミキには感情が存在した。
ヒトであるヒトミが彼女に感情というロボットにはふさわしく無い機能を、プログラムしていたのだった。

自分は一人。ヒトミはいないという事実。
それは寂しさという感情を起こさせるには十分だった。
そんな彼女の目に留まったのは、パソコンの画面だった。
そこには自分の設計図が映し出されている。
ミキが、自分でロボットを作ろうという結論に達するのには、それほどの計算を必要とはしなかった。

だが、彼女のプログラムには自分のメインテナンスの方法はインプットされているが、根本的なロボットの作り方なんてものはインプットされていない。
それでも、彼女はパソコンのデータと自分の構造を照らし合わせ、必死に作り方を導き出していった。
幸いにして、ロボットのミキは疲労を感じることが無いのだから、一日一回の充電の時を除き、パソコンと格闘を続けた。
それは、友達が欲しいという一心。
寂しさという感情からくるものだけであった。
7 名前:06 心のかたち 投稿日:2005/06/12(日) 17:37
データとの格闘を続けて一週間。
ようやく、自分の設計図を理解できるようになったミキは、早速制作に取り掛った。
外見は、設計図を元に自分でアレンジを加える。
同じ顔というのも嫌だったからだ。
最近のアイドルと呼ばれる人たちの顔を、ミキはパソコンを使って事前にデータ化しておいた。
そして、その中から、自分好みの顔を選び出し、それらを組み合わせて、モンタージュのようにしていくつもの顔を考えていく。
そうやって決めた顔は、細い目が特徴的な、綺麗な顔だった。
もう一つ、ミキが外見をいじった部分は、胸だった。
自分が女性型だとわかっていたが、それにしては世の女性に比べて胸元が寂しいと、ミキは気づき始めていた。
だからといって、せっかくヒトミが組み立ててくれた自分の体を、胸を大きくするためだけに取り替えるのは申し訳ない。
代わりといっては何だが、自分の友達となる彼女には、胸元を並みの女性以上に大きなパーツに変えた。

後は、設計図に沿って組み立てていくだけである。
途中に、ミキは外の様子を感知するセンサーの脇から、水が出る仕組みが自分にあることを設計図で知った。
それは、明らかに余分な機能であり、いくら耐水加工を施しているとはいえ、故障の原因ともなりかねない機能だったので、ミキはつけなかった。
同じように、胸元のドクンドクンという音が鳴る装置や、顔色を赤くする装置など、いくつかの無駄な装置は外していった。
最後に、ミキとマキが構造上に大きく異なる点といえば、充電をするためのプラグを差し込む位置だった。
一般的なロボットがそうであるように、ミキはヒトでいう鎖骨あたりにプラグを差し込むようになっていた。
けれども、胸のパーツを取り替えたせいで、マキには設計上そこにつけることは出来なくなってしまった。
そこでミキは仕方なく、右太ももの内側に差込口をつける事にした。
8 名前:06 心のかたち 投稿日:2005/06/12(日) 17:37
こうして、多少の変更点はあったものの、ミキの友人製作は順調に進んでいった。
残すは一番の山であるプログラミングだった。
しかし、ミキは自分の初期プログラムの基本的な部分を流すことで、その手間を省いた。
また、その際にもミキは自分の中の余分なプログラムを省いていった。
計算ミスを起こしやすくするプログラムや、客観性よりも主観性を重視するプログラムがそれに当たる。
ヒトミがなぜそんなものを自分につけたのか、ミキにはさっぱりわからなかった。

3週間後、ようやく完成した友人を、ミキは自分の名前から一文字をとり、マキと名付けた。
マキは、ミキにとっての初めての他人であり、友人であった。

充電を完了し、マキに電源を入れる。
マキが起き上がって自分に「おはよう」と言ったとき、ミキは嬉しくて涙が溢れた。
しかし、抱きついて涙を流すミキとは正反対に、マキは表情を変えることはなかった。
9 名前:06 心のかたち 投稿日:2005/06/12(日) 17:38


二人の共同生活は、最初のうちはミキを満足させるものだった。
同じ時間に充電し、同じ時間に充電する。
目覚めている間は二人一緒。
たった3週間の差だけだが、お姉さんであるミキは、マキにいろいろなことを教えた。
マキの学習プログラムは、次々とそれを処理して学んでいった。
興味のあるなしで内容の理解度が異なるミキとは対象的に、マキは何に対しても変わらない理解度を示す。
だから、余計にミキの中にマキを自分が育てているという感覚を抱かせた。
この時、ミキは全く気づいていなかった。
なぜなら、ミキにとっての他人はマキだけであったから。

数週間後、ミキはマキとともに街へと出て行き始めてから、違和感を感じるようになった。
街へ出ることで、二人は多くのことを吸収していった。
学習プログラムは、家の中にいた2ヶ月の間に蓄積したことに匹敵するほどの量を、わずか数日で取り入れた。
それが、二人にたくさんの表情を生み出すことに繋がったが、その一方で、マキに対する違和感が大きくなっていった。

確かに、マキは人間らしい反応をしていることはしている。
でも、それは真似事でしかない。

真っ赤な夕日を見て「綺麗」という。
雨が降ってきたら「最悪」という。
長い時間歩けば「疲れた」という。

他人のリアクションをインプットして、条件が揃えばそれをする。
抑揚やリズムを分析して、自分の声色をそれに合わせて発するというだけのこと。
10 名前:06 心のかたち 投稿日:2005/06/12(日) 17:38
もちろん、ミキも同じ仕組みである。
けれども、同じ言葉を発したときでも、マキと自分は明らかに違うのだった。
自分の方が、より人間に近い。
それは、ただの思い込みかもしれない。
マキにとっては自分も同じように思われているのかもしれないという思いは、ミキにはなかった。
そうした客観性を導き出すことにおいては、ミキは劣っていた。
逆に言えば、そこにミキとマキの差異を生み出すものが収束していたのかもしれない。

そうしたズレを含んだまま、月日は流れる。
その日は、ミキの誕生日だった。
ミキが完成した日という意味での誕生日である。
11 名前:06 心のかたち 投稿日:2005/06/12(日) 17:39
誕生日をどうお祝いするか。
マキはそれくらいのことを既に学んでいた。
部屋を飾り付け、ケーキを作る。
プレゼントは、過去のデータからミキが一番喜ぶと想定されるもの。
それは、赤いリボンをつけた猫のヌイグルミだった。

マキの想定どおりに、ミキはプレゼントをとても喜んだ。
ケーキにも満足げだった。
ロボットは充電すればいいため、食べる必要は無いが、必要時には食べるという行為を行えるようになっている。
それは普通に歩いているだけでは、ヒトと見まがうほどにまで人型に近づいたロボットにつけられるようになった機能の一つであった。
体内で、食物は完全に分解され、わずかながらのエネルギーを得ることが出来る。
もっともそれは活動するためのエネルギーの何十分の一という程度のものでしかないが。
もちろん、彼女達には嗜好も存在している。
ケーキはミキの大好きなものの1つだった。

しかし、その後にふっと憂いを帯びた表情を見せた。
近頃、頻繁にミキが見せる表情だ。
それはミキの機嫌が悪いというサインだということを、マキは学んでいる。
なぜか、わからなかった。
自分のデータを洗いざらいもう一度調べなおしても、答えはでてこなかった。
代わりに、新しい観察結果として、マキの頭に記憶される。
ミキは誕生日にケーキとヌイグルミをそろえたら機嫌が悪くなった。と。
これは、今後のマキの行動を計算するためのサンプルの一つにしか過ぎなくなる。


だが、マキがそのサンプルを使う機会は無かった。
12 名前:06 心のかたち 投稿日:2005/06/12(日) 17:39
誕生日を迎えて数日後、ミキの調子が悪くなった。
ミキの体を開いて調べるマキだったが、原因を理解できなかった。
ストレスというものは、マキには存在していないから。
そもそも、ロボットがストレスによる負荷で故障するなんてことは、前例が無いことだった。
しかし、感情を持っているミキには、ストレスという負荷が掛かる余地は十分にあり、それが彼女のメインコンピューターを蝕んでいった。
エラーを検知するプログラムの損傷に始まり、自己修復機能の完全なる損傷。
激しく痛んだメインコンピューターは、取り替えるより他に手段が無いほどだった。

「メインコンピューターを取り替える。3日もあったら終るから」
「止めて!」

正確にはじき出した期間に不満というシグナルで、マキは再び計算を始める。
しかし、どう計算しても3日以内には不可能だった。

「私は、もうこのままでいい。寿命がきたら、もうそれで死にたい」
「死ぬは、ヒトが使う言葉。ロボットは死なない」
「死ぬよ。メインコンピューター入れ替えたら、私は私じゃなくなっちゃう」
「違う。バックアップはとっているから、ミキはミキ。情報に何の変化も無い」
「そういう問題じゃない!」

ミキは叫んだ。
今までマキが聞いてきたどんな声よりも大きな声だった。
13 名前:06 心のかたち 投稿日:2005/06/12(日) 17:40
「お願い、私をこのままにしていて。お願いだから」
「ミキ、言っている意味がわからない。理解できない。
ロボットなのに死ぬ。生きたくない。わからない。プログラムの異常かもしれない」
「触るな!」

手を伸ばすマキを制した。
ミキは逃げるように部屋の隅へと移動した。

「ミキ」
「もう、いい。ほっといて。私はどこもおかしくない。おかしいのはマキ、あなたの方よ」

マキは、その言葉で自己検査用のプログラムを実行させた。
数分後に出された結果は異常なし。
当たり前だった。

「そんなこと言ってるんじゃない……」
「ミキ、ミ―――――」

近づくマキの言葉はそこで途絶えた。
ミキはマキを緊急停止した。

「さよなら。私の最初で最後の友達……」




……

………
14 名前:06 心のかたち 投稿日:2005/06/12(日) 17:40
マキが目覚めたのは一週間後。
丁度、マキの誕生日に当たる日だった。
自分の前には、どことなくミキに似た一人の女性がいた。

「感情が無いのね」

女性はミキとマキのデータから、この一年間のことを知ったと言った後、一呼吸置いて言った。
その言葉に、マキのプログラムは肯定としか答えを出さなかった。
感情なんてものは、ロボットには存在していない。

「ミキは?」
「ミキは、もう動かないの。修理しようと思ったけど、彼女の意思なら、私は修理できない」

マキはそれ以上女性に食い下がることはしなかった。
ミキは壊れた。
そのデータを書き込んだだけだった。
15 名前:06 心のかたち 投稿日:2005/06/12(日) 17:41
 
16 名前:06 心のかたち 投稿日:2005/06/12(日) 17:41
そこまで話を聞いたところで、彼女の目に涙が浮かんでいるのに気づいた。
私はそっと扉を閉め、ソファに再び腰掛けた。
すっかり冷え切った紅茶を一口飲む。

例え、ヒトが感情を与えたとしても、ロボットは感情の大切さを理解することは無い。
感情はロボットにとってその他のものと同じ、1つのプログラムでしかないのだから。
それは身にしみている。
でも、私は……自分のエゴで感情を与えた。
自分の大切なヒトが残したものが、あまりにも可愛そうだったから……

生暖かい液体が喉を通過するほんのわずかな間だけ、私は2年前のことを思い出した。
17 名前:06 心のかたち 投稿日:2005/06/12(日) 17:41
程なくして、壁の向こうであいぼんとののが帰る音が聞こえた。

「なっち、私充電するね。何か疲れちゃった。洗い物とか夕飯の支度は起きてからでいい?」

部屋に入ってきた彼女は、私に向けてそう言った。

「うん」

話を聞いていたことを気づかれないように、なんでもないように言ったが、声が上ずってしまった。
でも、彼女は特に気にする様子も無く、壁に備わったケーブルを伸ばし、プラグを自分の太ももの内側にさした。
目から光が失われ、休止状態に入ったことがわかった。

「本当にこれでよかったのかな……」

私は話しかける。
3年前にこの世を去ったヒトに対して。
もちろん、答えは返ってこないし、そこで眠っている彼女自身に問いかけても、決して答えてくれないのだけど……
18 名前:06 心のかたち 投稿日:2005/06/12(日) 17:42
終わり
19 名前:06 心のかたち 投稿日:2005/06/12(日) 17:44
川VvV从
20 名前:06 心のかたち 投稿日:2005/06/12(日) 17:44
川VvV从<美貴は巨乳だよ

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