04 誰にでもできる
- 1 名前:誰にでもできる 投稿日:2005/06/12(日) 02:04
- 誰にでもできる
- 2 名前:誰にでもできる 投稿日:2005/06/12(日) 02:04
- 1本の螺旋階段をひたすらに昇り続ける。
じっとりとした暑さに何度諦めようとしたことか。
閉め切った空間には、昨日までの熱が閉じ込められており、汗がいくつも滴り落ちる。
毎年この時期には大きな仕事が私には与えられる。
私以外の人間にはそれが塔の最上階へと向かうことである以上、何も知らされてはいない。
そして私は今日も塔の最上階を目指す。
- 3 名前:誰にでもできる 投稿日:2005/06/12(日) 02:05
- 実際、塔を昇るのは今年に入って4回目だ。
いつもならもっと速く昇ることができるのに、今日は少し勝手が違う。
正確にいうと、今日から勝手が違う。
今までの3回はここまで茹だるような暑さではなかった。
時に雨の日があったり、曇りの日があったりとそれほど苦もなくそれぞれの塔を昇ることができた。
- 4 名前:誰にでもできる 投稿日:2005/06/12(日) 02:06
- しかし、東京の夏はヒートなんとかのせいで、他の地方と違い格段に暑い。
それを密閉した空間の中で、さらに上を目指していこうというのだから暑さも半端ではない。
この日のために、かなり薄い生地で服を新調したのだが、それも虚しく所々に汗の模様が広がり、露出させた肩には自慢の長い髪がへばりついている。
- 5 名前:誰にでもできる 投稿日:2005/06/12(日) 02:06
- ふと思いつきでバッグの中からナイフを取り出す。
小さいながらもきちんと役割を果たすれっきとした本物。
それを後頭部へともっていくと、迷いなく切り離した。
この時、私の自慢が1つ減ってしまった。
- 6 名前:誰にでもできる 投稿日:2005/06/12(日) 02:07
- 肩についた残りの毛をとっていると、最上階のドアの前に辿り着いた。
私はポケットからカードキーを取り出すと細長い鍵穴へと差し込んだ。
ピーと無機質な音が辺りに響くと、次の瞬間ドアがスライドした。
塔自体はかなり古い造りになっているのだが、最上階のドアだけがすべての塔で付け替えられた。
セキュリティが万全でも勝手に入り込んで最上階へと上がってきてしまう者がいるからだとえらい人が言っていた。
どこにそんな物好きがいるのか。
一度でいいから私はそういった人を見てみたかった。
それに好き好んでこの塔を昇ってくれる人がいるなら交代してほしいとも思ったものだ。
- 7 名前:誰にでもできる 投稿日:2005/06/12(日) 02:08
- でも、最上階から見下ろす景色はいつも爽快だった。
この景色は、塔を1から昇ってきた自分だけの御褒美だ。
途中で切った髪の毛をいくつか風にのせると髪は渦をまいたように飛び散っていった。
そして風は短くなった髪と戯れている。
「やっときた。もうまちくたびれましたよ」
ボーッと景色を眺めていた私に話しかけてきた女。
聞き覚えのあるその声は、次から私の代わりに塔に昇る役割を持つ。
- 8 名前:誰にでもできる 投稿日:2005/06/12(日) 02:09
- 「長いことやってきた仕事だからそれなりの愛着だってあるんだよ」
「でも、エレベーターできたんだから使えばいいじゃないですか」
「美貴ちゃんにもそのうちわかるようになるよ、階段のよさが」
絶対に使いませんと悪態をつく女は、つまらなそうに風を掴もうとしている。
「髪の毛どうしたんですか?」
「切っちゃった。どうせもういらないし」
そう。
目の前にあるボタンを押せば、私の役割は全て終わる。
- 9 名前:誰にでもできる 投稿日:2005/06/12(日) 02:09
-
カチ。
- 10 名前:誰にでもできる 投稿日:2005/06/12(日) 02:09
- ただこれだけのために何百段とある階段を昇り続けてきたのだ。
ただこれを見せるだけで引き継ぎができるのだ。
そう考えると自分がやってきたことがいかに単純なものだったかがわかる。
でも、これが私に与えられた仕事だった。
あとは本部からの連絡を待つだけ。
「これで私の仕事は終わり。次の塔から美貴ちゃん、頑張ってね」
一通り機械が動いていることを確認し終わった私は、そう言って彼女の肩に手をおいた。
- 11 名前:誰にでもできる 投稿日:2005/06/12(日) 02:10
- 「今年一杯は一緒に回りませんか?ほら、1人だと退屈じゃないですか」
彼女は私の気配を察したかのように誘いの言葉を吐いた。
しかし、私はもう決めたのだ。
「ごめんね、1人で頑張って。これから立続けに仕事が来るから体調管理もしっかりね」
そうこうしているとバッグの中の携帯電話がなった。
「はい・・・藤本も一緒です・・・はい・・・大丈夫ですね・・お疲れ様でした・・はい」
- 12 名前:誰にでもできる 投稿日:2005/06/12(日) 02:10
- 「どうでした?」
「しっかりと機能してるそうだよ。今日中には発表があるんじゃないかなって」
これで本当に私の仕事は終わった。
「美貴ちゃん」
「なんですか?」
「私ね、一回だけでいいからやってみたかったんだよね、これ」
そう言ってバッグの中からあるものを取り出した。
一瞬で理解した彼女は苦笑しながら、それでも楽しそうだった。
彼女が後を継いでくれるのは私の自慢だ。
- 13 名前:誰にでもできる 投稿日:2005/06/12(日) 02:11
- 「それじゃ、やってみるわ。後の事はよろしくね」
そして私は大空へと飛び込んだ。
用意したのは市販されているものよりも大きめの傘。
さらにいろんな知恵を結集して作り上げた超特注。
バサっと傘が開くと一瞬の衝撃の後、安定を保つことができた。
ゆっくりと時間が流れていく。
雲がすぐ近くを漂い、風が私と遊んでくれる。
飛んでいる鳥達も仲間と勘違いしたのか、こちらの方へと近付いてくる。
空を飛ぶ。
こんな簡単なことを今までしなかったと思うと勿体無い気さえする。
それでも最後の仕事だと思えたからこそ、できたのかもしれない。
- 14 名前:誰にでもできる 投稿日:2005/06/12(日) 02:12
- いくらかの時間が経った。
ゆっくりと地面に着地した私は、バッグにしまった携帯を取り出す。
彼女にかけようとしたが、一件のメールが届いていることに気付いた。
文面から察するに、無事関東地区も梅雨入りできたようだ。
自分の仕事を終えた私は、その満足感と空を飛んだ充実感いっぱいに彼女へと電話をかけた。
- 15 名前:誰にでもできる 投稿日:2005/06/12(日) 02:13
- 「大成功だよ美貴ちゃん」
「飯田さん?本当に飯田さんですか?」
「死んじゃってたら電話なんてかかってこないでしょ」
彼女はビックリするばかりで私の話をちっとも聞いてくれなかった。
適当なところで電話を切った。
- 16 名前:誰にでもできる 投稿日:2005/06/12(日) 02:15
- 一方、携帯を切る無機質な音が響く最上階。
「ちっ、マンガかよ」
そんな言葉が零れたことを私は知らない。
人工的に梅雨を作り出すこの時代。
傘で空を飛ぶ。
そんな古典的な発想を成功させた1人の人間がいたことは誰も知らない
- 17 名前:誰にでもできる 投稿日:2005/06/12(日) 02:17
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- 18 名前:誰にでもできる 投稿日:2005/06/12(日) 02:17
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- 19 名前:誰にでもできる 投稿日:2005/06/12(日) 02:18
- おわり
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