34 制服
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 23:22
- 34 制服
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 23:23
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チャイムが教室中を鳴り響く。先生がチョークを置く。
号令がかけられると、高校生活最後の学活が終わった。
でも正直、僕にとってそれはなんてことのない、どうでもいいものだった。
明日が卒業式だからといってなんの感情も沸き起こってこない。
これは僕にとってただの通過点。
田舎の三流高校で唯一人上京する僕にとって、こんな田舎は愛すべきものではなかった。
元々この高校に入ったことがまず僕にとっては失敗だった。
滑り止めの滑り止め。
本当にどうしようもない場所へ来てしまったと、クラスの奴らを見て感じた。
こいつらとは一緒にやっていけないと。
だから僕は特に人付き合いをしたりはしなかった。
一心不乱に勉強に打ち込んだ。学年は常に上にいた。
すると自然と僕の周りからは人がいなくなった。
ガリ勉と言われたって気にならなかった。
人をガリ勉呼ばわりして勉強しないお前達は、負け組だ。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 23:24
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「松沼君帰ろ!」
後ろから僕を呼ぶ声がした。
僕に話しかけてくる生徒なんて、この学校では一人しかいない。
「…ったく。なんで俺?」
「だって松沼君面白いじゃん」
「俺が?亜弥お前どこ見てんだよ」
亜弥亜弥。一体何の偶然か、3年間クラスが同じ、しかも番号続き。
出席番号順に並ぶと必ず席が前後ろ。
そのせいかどうかは定かではないけれど、亜弥だけは僕に話しかけてきた。
そして何も語らない僕を、面白いと言う。理解に苦しんだ。
最初は普通にしていたけれど、段々とついてくることが鬱陶しくなってきた。
だからなるべく言葉を汚くして離れるのを期待した。
でも彼女は離れるどころかますます面白いと言って僕に付きまとった。
そんな彼女は校内でおそらく一番の美人だったが、
一番の変わり者とされていた。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 23:25
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着ているブレザーが鬱陶しい。ネクタイも。
大学生になれば制服なんてなくなるから、それまで、あと1日耐えればいいんだ。
そう自分に言い聞かせながら、何も入ってない制定バックを手に持ち、歩く。
横には当然のように、亜弥がいる。
「なあ」
「なに?」
「俺と一緒にいて誤解されたりしないのかよ」
「誤解ってなに?」
分かっているくせに、亜弥はそうやって僕に笑いかける。
「付き合ってるんじゃないかとか、変なこと言われるんじゃないかってことだよ!」
そうされると僕はいつも声が荒くなってしまう。
でもそうしても亜弥はびっくりしたり怯えたりはしなかった。
むしろそれに対して笑い、時には手を叩いてみせた。そしていつものように言うのだ。
「松沼君面白〜い」
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 23:26
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交通機関が不便で都会から遠く、
それでいているメリットが感じられないこの場所が嫌いだった。
田舎っていう響きを聞くだけでチャンネルを変えたくなるくらいに。
だから学校の帰り道に通る河川敷も公園も、あまり好きな場所とは言えなかった。
でも、亜弥は逆にそこが大好きで、いつも無理矢理そこに寄らされた。
今日もブランコで二人並ぶ。
「明日でもう卒業だねー」
「さっさと終わって欲しいよ」
「何でそういうこと言うのー。制服着れなくなるんだよー?可愛いのに」
亜弥はリボンに目を移して、触ったりしながら少しだけ悲しそうに微笑んでいる。
「松沼君だって私と会えなくなるの寂しいでしょ」
「んなわけあるか!」
また語調が荒くなる。でもやっぱり亜弥は笑うのだ。
僕の声が大きくなれば、大きくなるほど。
「ホントに全然悲しくない!」
亜弥は満足が行くまで笑い終えると、ハンカチで涙を拭き、
はぁー、とため息をついた。
「私は寂しいのにな〜」
聞いたことのないようなトーンの声だった。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 23:27
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亜弥はブランコを軽く揺らしながら、悲しそうな顔を見せた。
僕は何を言っていいか分からなくて、頭が混乱した。
こういう時一体どうすればいいのか、
亜弥以外の人間と3年間まともに付き合いがなかった上に、
亜弥がこんな顔を見せるのがはじめてだったから、もう何がなんだか分からなかった。
亜弥はそんな僕を見て突然表情をコロッと変えて笑うと、また言ってみせる。
「面白いね、松沼君」
そう言うが否や、ブランコをこぐ。
もう体が大きくなってしまった僕達にこのブランコはあまりにも小さすぎる。
大して高く上がることもなかった。
僕はふと、亜弥に持っていた疑問を投げかけた。
「亜弥」
「んにゃ?」
「東京行こうと思ったことなかったのか?」
亜弥は僕に顔を向けたまま、視線だけ中に泳がせた。
ブランコは段々とスピードに乗って、亜弥の足は地面すれすれを低空飛行し、
やがて宙へと高く舞い上がる。
亜弥の足から放たれた靴ロケットは、5m先の土に着陸した。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 23:27
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「ないよ」
「どうして。俺より勉強できたし、塾でも凄かっただろ」
学年2位の僕が、唯一絶対に抜けなかった存在。
亜弥は常に学年1位として、僕の前に壁として立ち塞がった。
それは塾に舞台を変えても同じ。
彼女の成績ならもっと選択肢があったはずなのだ。
それなのに、彼女は敢えて近くの3流大学へとそのまま進む。
亜弥の行動は僕には理解できなかった。
「うーん……」
亜弥は段々と減速してやがてブランコを止めると、再び僕に目線を合わせた。
「ここが好きだから、かな?」
「…………」
「私はここで一生終えてもいいかなって。よっ、ほっ」
片足でステップしながら靴を取りに向かう亜弥の背中は、
大きくも見えたし小さくも見えた。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 23:28
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いつものようにサヨナラの一言で亜弥と別れた後の帰り道。
もう少しでこの田舎からおさらばできるという喜びも、
ついさっきの亜弥との会話で消えていた。なんだかよく分からない。
説明できない、言葉に出来ない感情だった。
自分が何を想っているのか、何を考えているのかさえ全く分からない。
大嫌いな河川敷の下を歩き、左の角を曲がる。
辺りはもう街灯がともって、夜空には綺麗な星空が咲いていた。
大きな道路を歩きながら、転がっている石を蹴っ飛ばした。
「はぁー」
あの時の亜弥と同じようにため息をついた自分に驚いた。
そしてなんとなくいやだったので、すぐに心の中で叫んだ。
悲しくなんかないからな、全然。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 23:28
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卒業式は予想通りというか、やっぱりどうでもいいものだった。
卒業証書授与で起立した時も、亜弥に起こされるまで気がつかなかったし、
校長に証書を渡され「おめでとう」なんて上辺だけの言葉を貰ってもなんの感情も沸かなかった。
だるい、早く終われ。それだけ。
亜弥が卒業生代表としてスピーチをしている時も、
聞かないでいたら珍しく話しかけてきた横のクラスメイトに怒られた。
松浦のスピーチくらい聞いてやれ、と。
なんでこいつに言われなきゃならないんだろう。
一応欠伸だけやめたけど、
やっぱり僕の視線はどこか焦点が定まらずにさまよっていた。
その後卒業を祝う会みたいなものがPTAか何か主催で行われて、
昼食を皆で食べたけど、それもどうでもよかった。
早く帰りたい。早くこの制服を脱いでしまいたい。
そんな気持ちでいっぱいだった。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 23:30
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クラスメイトのうちの一人がそこら辺をうろついていた。
交友関係の広い奴で、僕とは正反対にクラスでも人気があった。
「ねぇ」
「……俺?」
そんな奴が、僕に話しかけてきた。
意外すぎて自分だと気づくのに若干の時間が必要だった。
「写真撮らない?」
おそらくクラス全員と撮るつもりなのだろう。
彼はデジカメを僕に印籠のように構えた。
まるでそうすれば誰もがひれ伏すと確信してやまないかのように。
ムカついたけれど写真係まで連れてきていた彼の誘いを断ることも出来ず、彼の横並んだ。
馴れ馴れしくも肩を組んできた。
「松沼笑えよ」
余計なお世話だ。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 23:31
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写真を撮り終え、改めて周りを確認してみると、
意外にも彼と同じことをしている人が多かった。
PTA主催ということで親も会場にいる。
親に頼んで撮ってもらっている人もいた。
これ以上の写真は御免だ。僕はそっと抜け出して帰ることにした。
親は来ていない。別に帰ったってなんの問題もなかった。
でも出入り口まで人ごみを掻き分けて進むと、ふと視界の隅に亜弥の姿が映った。
……あいつもかよ。
僕は外の空気を吸ってきます、と断ると、外に出て、
そのまま鞄を取って家に帰った。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 23:31
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家に到着すると鞄をベッドの上へと放り投げた。
鞄はベッドの上で一回、跳ねると、布団の上に沈んだ。
どうせ卒業証書の筒くらいしか入っていない。
僕にとってそれはどうでもいいものだった。
鞄の横、ベッドの上に座ると、ため息をついた。やっと解放された。
あとはここからおさらばするだけだ。
少しだけ休んだ後、ネクタイに手をかけた。
やっとこの鬱陶しいのともお別れの時。そう思って体を動かす。
でも、動いた気がしていたのは頭だけで、肝心の体はピクリとも動いていなかった。
「…………?」
頭では早く脱いで着替えたいと思っているのに、
部屋に入ってからブレザーすら脱いでいない。どうして。
早く脱げばいいのに。
頭で呼びかけるも、体は全く反応しなかった。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 23:32
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右ポケットが振動して、違和感が走る。
携帯を取り出すと、亜弥から電話だった。
『ねぇどこいんの?一緒に帰ろうよ』
「もう帰った」
『えー?!』
素っ頓狂な声が響いた。
「だってだるい」
『写真撮りたかったのに!』
カメラを持って歩いていた亜弥を思い出した。
「あのさ、なんでみんなそんなに写真撮りたがってるの?意味わかんないんだけど」
気持ちを正直にぶつける。
すると亜弥は、思ってもみない回答を僕に返した。
『だって、今日でもう最後なんだよ、制服着るの。着れなくなっちゃうんだよ?』
「…………」
着れなくなる。
僕にとって制服は着なくてはならない、着させられているものだったから、
その言葉が理解できなかった。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 23:33
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『ねぇ』
「なに」
『また、会えるよね?』
一変して亜弥の声は弱弱しく、受話器の向こうから僕の耳へと届いた。
「明後日にはもう引っ越す。今日明日で荷物送って」
『そう…………制服もう、脱いじゃった?』
「……脱いだ」
一瞬だけ、答えるのにためらった。
『………………』
亜弥は黙ってしまった。でも僕は期待した。
亜弥がいつもみたいに笑って、いつもみたいに松沼君って面白いよね、
と言ってくれることを。
でも次に受話器から聞こえてきた声は、すすり泣く様な音だった。
「……亜弥」
『サヨナラ』
その一言を最後に、電話は途切れた。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 23:34
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電話が切れた瞬間、
僕は突然色んな感情に全身が襲われて、携帯を落とした。
携帯はベッドに沈む。
いつの間にか立ち上がっていた僕は、ベッドの上に座り直した。
どうして。悲しくなんかないはずなのに。
別に亜弥と会わなくなったって、悲しくなんかないはずなのに。
……でも、寂しいのかもしれない。
寂しいのを否定できないから。
寂しくないと言ったら嘘となるから、強がって吐いた悲しくない。
でも結局、自分にも、亜弥にも、嘘をついてたんだ。
今までたくさんの支えがあって隠されていた僕の感情が、
ダムが決壊して一気に溢れ出た。
カメラをクラスメイトと撮って回っている奴の気持ちが、やっと分かった。
亜弥の一言で、たったの一言で。
やっぱり制服が脱げなかった。
これは着させられていたもんなんかじゃない。逆だ。
今日これを脱いでしまったら、もう着ることができない。
最後に亜弥が気づかせてくれたんだ。
僕に一度も見せたことのない涙を、最後まで僕に見せずに。
でももう遅すぎる。
たとえ最後気づけたとしても、もう時間がない。
亜弥とはもう、会えないんだ。
どうして今頃気づいたんだろう。僕は亜弥が好きだったんだ、きっと。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 23:35
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気づくと涙が止め処なく溢れ出た。
それを我慢する気も、ハンカチで抑えたりする気もなかった。
ただその代わりに、僕はベッドを立ち上がった。
部屋にかけられた時計。ぼやけてよく見えない。
でも大きな雫が一つ零れ落ちると、はっきりと見えた。
まだ、間に合うかもしれない。ほとんど願望ともいえる予想。
亜弥はまだ帰り道の途中。きっと帰りの途中。
当然制服を着たまま部屋を飛び出した。
母親の声が二階から聞こえたけど無視した。時間がない。
靴を履いて、ドアを乱暴に開けて、家を飛び出した。
走った、走った。大嫌いな河川敷に沿ってどこまでも。ひたすら走った。
早く走らないと、永遠に亜弥とは会えない気がして。
それに今日会わなかったらもう、きっと会えないから。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 23:35
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この先の道を走り続けてもし亜弥と会うことが出来たなら、写真を撮ろう。
そして僕の漸く気づいた遅すぎた感情をぶつけよう。
目を腫らして真剣な顔をした僕のことをまた、面白いとからかうかもしれないけれど。
冷たい風を浴びながら、僕は袖で目を擦った。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 23:35
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- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 23:35
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- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 23:35
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