29てのひらを太陽に
- 1 名前:29てのひらを太陽に 投稿日:2005/03/20(日) 21:17
- 29てのひらを太陽に
- 2 名前:29てのひらを太陽に 投稿日:2005/03/20(日) 22:22
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心臓のどまんなか、弾丸がつらぬいていく。
- 3 名前:29てのひらを太陽に 投稿日:2005/03/20(日) 22:40
- 放課後の屋上。給水塔の下でパンを食って寝っ転がってるうちに本格的にねむりこけてしまって、最初に見たのが、女生徒の後ろ姿だった。緑色の金網を、引きちぎりそうなぐらいにぎゅーっと小さなてのひらを広げてにぎりしめていた。細い腰に煽情的なプリーツスカート。沈む夕陽に、身体の輪郭がオレンジ色に熔けて、消えてしまいそうだった。それがあんまり決ってたもんだから、見惚れていたら、いきなり金網を登ぼり始めた。スカートが風をはらんでめくれあがる。長い足がどきっとするぐらいやばいところまで見えた。
「パンツまるみえー」
それだけ言うのがやっとだった。ようやく振り返って俺の存在に気付いた女は、うしろ姿から想像していたよりも、もっとずっと綺麗だった。羞恥と憎しみに歪んだその顔はとんでもなく美しかった。
「死ね!」
そう言い捨てて金網から内側に飛び降りて、走って逃げた。扉の内側から鍵のかかる音のおまけつき。最悪なやつだ。びっくりした。
外側に飛び降りるのかと思った。
百メートルを全力で走った直後みたいに胸がどきどきして、痛かった。心臓病に違いないと思った。風が冷たかった。校庭からは野球部のかけ声が響いてきていた。
- 4 名前:29てのひらを太陽に 投稿日:2005/03/20(日) 23:29
- 死ね!女の名前は高橋愛といった。同じクラスだった。見かけるたびにいつも走っていた。いつもわきを通り過ぎてから、ふわっと流れるさらさらの長い髪で気がついた。喋ったことは数えるぐらいしかないし、意識したこともない。なのにあれ以来、目が、あの長い髪を、あの細い腰を、追いかけて仕方がなかった。触ってみたくてたまんない。やばい。
「高橋、寺田が呼んでたぞ。地学教室に来いって」
「うっそ? なんで?」
「知るか。日直かなんかなんじゃねえの?」
どうしてぶっきらぼうにしか喋れないかな俺。せっかく用事があってときめきの喋るチャンスだというのにこういうふうにしか喋れねえ。死ねる。高橋は、下唇を噛みしめて少し考えると俺の腕をとった。って、え?
「んだよ」
「いっしょ来て」
「あぁっ?」
有無を言わさず歩きだした。すげえ。捕まれた右腕に心臓があるみたいにずきずきする。制服に皺が寄り添うなぐらいにぎゅーっと握りしめられる。あのときの金網みたく。
- 5 名前:29てのひらを太陽に 投稿日:2005/03/20(日) 23:41
- 高橋愛と歩くと結構、注目を浴びた。もちろん俺が格好いいからとか高橋愛が可愛いからとか、そういう理由もあるんだろうけど、いやないかもしれないけど、男女が腕を組んで歩くなんてはっきり言って俺らの中学じゃ殆んど見かけない。だからそのせいだ。俺は少し注目に怯んで足を早めた。高橋愛は元から小走りで、だから結果として俺たちは腕を組んだまま廊下を駆け抜けることになる。で、余計に注目を浴びる。なんだかやるせないほど針のむしろだ。
「そういえばさ」
高橋愛は俺のほうも見ずに言った。
「なに」
「きみ、あたしのこと好きなんだって?」
思わず咳込んだ。鼻水がでて慌ててポケットからティッシュをだして拭った。そして丸めてポケットに戻した。
「まめで雑ね」
高橋愛は慌てた俺を軽く流し見して、軽蔑したようにいった。
「るせえ。ていうかなにそれ」
「なにって」
「俺が高橋を」
「だっていつもあたしのこと見てない? それともあたし自信過剰だった?」
「見、てんのは、見てっけど」
- 6 名前:29てのひらを太陽に 投稿日:2005/03/20(日) 23:55
- たしかに触りたいしめちゃくちゃにしたいとか思うけど、それって即好きてのとは違うような気もした。つまり俺が高橋に対して思ってるのはAV女優に対するそれとそう変わりはないわけで、ちんちんが勃つからってAV女優に恋をしてるのかといったら、やっぱそれとこれとは違うでしょうていうか、いやでも全然かわんないかとも思ったりして、ていうか、これが好きってことなんだと俺は妙な衝撃を受けたりもしていた。え、あれ? これがそうなの。
「見てんの?」
「うん、見てた」
「うっそ。まじやばい。あたし全然気付いてなかった」
「なにそれ。高橋が見てるつったんじゃん」
「や。言ったけど言ったけど、それってあの、ひとが言ったことで、あたし全然信じてなくてそれ。えー、うそー」
俺が動揺してる横で高橋も妙に動揺していた。なにそれ。そっちからふってきといたくせして、そんなのありかよ。反則だ。抱きしめたい。
「なに見てたの、あんとき」
妙にあがってきたテンションを誤魔化すように早口に言った。
- 7 名前:29てのひらを太陽に 投稿日:2005/03/21(月) 00:09
- 「あんときって?」
「屋上で金網のぼってたとき」
高橋が突然足を止めた。俺は勢いこんで高橋を中心に廊下に半円を描いて窓に突っ込む。全開だったので枠に耳をぶつける程度で半分窓から身体落ちそうになったけど何とかセーフ。あやうくガラスごと校庭に飛び降りるところだった。危険だぜ学校。
「見てたの?」
「見てた。思っきし”死ね!”って言われた。あんときから俺、ちょっと高橋のこと気になってて」
「あー、わかったかも。たしかに気になるねそれ」
あれ? なんか俺方向間違ってる? さっきまでの嬉し恥ずかし告白タイムとはまたちょっと雰囲気が違ってきてた。ていうか告白しようみたいなムードがいつのまにかけしとんでる?
「あんときな、飛び降りようとしてた」
高橋は俺から視線そらせて、ちょっと照れたように早口に言った。いや違いますから! そこ照れるところじゃないですから!
「それ俺も思ってた」
「パンツ丸見えって」
「それも思ったけど」
なにそれ、といって高橋は笑った。俺も笑った。泣きそうだった。おれ多分この話したくない、と思った。
- 8 名前:29てのひらを太陽に 投稿日:2005/03/21(月) 00:39
- でも高橋は別になにもいわなかった。もう地学教室の前だった。がらって扉をスライドさせて、一瞬俺のほうを見てから、さっと中にはいった。ほっとした。屋上から飛び降りたくなるぐらいのヘビィな話を聞かされたらどうしようかと思った。それもあの、高橋の口から。
別に用事があるわけでもないのに、のろのろとおれも地学教室にはいった。高橋は電気をつけなかったみたいだ。おれは電源を探してスイッチをおした。ぱっと影がはなれた。高橋と、寺田だった。あれ?
「なにしてんの、あんたら?」
高橋は真っ赤な顔をしていた。泣きそうな目をしていた。誰かを殴ろうとしていた。平手で。でも肘をその誰かに捕まれていた。茶色のぼさぼさの髪にはでな色眼鏡。地学の寺田だった。へんなにやにや笑いを頬に張り付けていた。
「なにしてたんだ、あんたら」
高橋は肘を払って寺田の腕をふりほどいた。俺は寺田に飛びかかっていた。高橋は、扉を閉めた。キャスターつきのイスが床にすべって転がった。俺は寺田に馬乗りになって数発殴った。寺田は色眼鏡を飛ばしたけど、殴り返した。頭が真っ白になっていた。なにをしていたのかなんてしっかり理解していなかった。わかっていたのは寺田が高橋になにか不愉快なことをして、高橋がそれをいやがっていたってことぐらい。地学教室の電気が消えた。それからまた点灯した。
- 9 名前:29てのひらを太陽に 投稿日:2005/03/21(月) 00:48
- 寺田が床にあおむけに倒れていた。腹からあり得ないほどの血を流している。俺の手も真っ赤だった。寺田の血だった。いつのまにか俺の手のなかには魔法のようにナイフが現れて俺はそれを握りしめていた。悲鳴があがった。扉のむこうには見知らぬ女生徒がいた。高橋は、いつのまにかどこかに消えていた。寺田はまだ生きていた。そのときは。
「やられたわ……あんたもついてないな」
まるで同情を込めたようにいわれた。意味がわからなかった。警察がきたのはそれから45分後で、更にその3時間後に寺田が病院で死んだ。僕は、高橋の名前を出せなかった。高橋が僕の裁判で証言をすることも、なかった。(家庭裁判所には、そもそも誰も来ない) 僕は殺人罪で鑑別所に入り、数年を過ごした。そのあいだ、高橋に手紙を書いた。返事は、一度も来なかった。
- 10 名前:29てのひらを太陽に 投稿日:2005/03/21(月) 00:58
- あとで、高橋が寺田から何度もセクハラ、強制猥褻、児童淫行、なんでもいいけど、つまりそういうことを受けていたことを知った。
俺をときめかせた廊下でのやりとりを思い出すにつけ、俺は試されていたのだと思う。そして、俺は、高橋にとっては寺田と同罪だと見なされたのだ。高橋をそういう目で見ていた俺と、実際に行為に及んだ寺田とどれほどの差があったのだろう? 俺はナイフを持ち歩く趣味はなかったし、あの場にナイフがあって、それが寺田のものでないのなら、あれはつまり……
てのひらを太陽にかざすと、夕陽に熔けそうだった高橋のうしろ姿をまた思い出す。あれから数年が経った。高橋がどういう人間になっているのだろうか考えた。それから、俺も。
- 11 名前:29てのひらを太陽に 投稿日:2005/03/21(月) 00:59
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大丈夫、今度は失敗しない。
- 12 名前:29てのひらを太陽に 投稿日:2005/03/21(月) 00:59
- 了
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