26 飼い犬×Cage×月の蝕み
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 16:40
- 26 飼い犬×Cage×月の蝕み
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 16:41
- 熱い吐息。
意志とは無関係に高鳴る鼓動。
のしかかった彼女の体が蠢く度に漏れる2人の呻き。
飯田さんは僕を見てくれない。
ただ天井に、見開いた大きな瞳を向けて。
憑かれたように、うわ言のように彼女の名前を繰り返す。
だけど僕は臆病だから。
だけど僕はこんなにも彼女が愛しいから。
拒むことなんて、できなかったんだ。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 16:41
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- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 16:41
- 「飯田さん」
「んー?」
くぐもった声を出すと、裸の胸に僕の頭を抱いた飯田さんは心地良さそうにそう返した。
僕らの身長はほとんど同じ。
この体勢だと、必然的に僕の足はベッドの端から外れるかどうかの瀬戸際だ。
「そんなに似てるんですか?」
「え? へへー。うん、そっくりだよ?」
彼女に、という言葉はいらなかった。
もうなんども同じ質問をしてるけど、飯田さんはその度にいつもこんな笑顔になる。
飯田さんは本当に嬉しそうな声を出して、またギュッと僕の顔を抱き寄せた。
「時間、大丈夫ですか?」
「あーうん、朝ごはんは食べられないけど。もうちょっとこのまま……。」
それから30分ほど僕の感触を楽しんで、飯田さんはベッドを出た。
ゆるく纏われた白いシーツ。
その隙間からのぞくこれも真っ白い柔肌が朝日を照り返して、さらに眩さを増している。
なにか、どこかの神殿にある彫像にも見えた。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 16:42
- 無駄のない動作で支度をして、あっという間にスーツを着こなすキャリアウーマン。
服飾関係の職に就いている飯田さんの活躍は、矢口さんや安倍さんづてに聞いてる。
「じゃ、行ってく―――」
その名前を呼ばせたくなくて、僕は口をふさいだ。
少し頬を赤らめて呆けた後、飯田さんは手首の内側を見つけ慌てて出て行った。
僕は世間で言うところのいわゆる、ヒモだ。
一応、司法浪人という名目で社会の風当たりは凌いでるし、その為の勉強もしているけど。
高層マンションの一室に篭ってバイトもせず、衣食住をすべて飯田さんに提供してもらってるわけで、
「女を働かせ金品をみつがせている情夫を俗にいう語」という辞書の説明に乗っ取るなら、やっぱり僕はヒモだろう。
代わりにというか、僕に自由はない。
ここ3ヶ月、地上24階より下の空気を吸ってない。
とは言えこの部屋は広いし通販の器具もあるから運動不足にはならないし、欲しい物があれば飯田さんが買ってきてくれるし、
彼女が出張の時は矢口さんと安倍さんが物資の面倒はみてくれる。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 16:42
- ほんのいくつかを我慢できれば、この上なく快適な環境に住まわせてもらっている。
僕もこの生活は割と気に入っていたりもする。
昼間ならいくらでも外出はできるのにそれをしないのは、外の世界が怖いのかもしれない。
安全で平穏なケージの中に飼われていると、外の世界を見たくなりそうなものだけど。
それは僕が外の世界を多少なり、知っているからか。
外に出たいとは思わないんだ。
それにやっぱり、飯田さんとの約束もあるから。
交通事故だったと、そう聞いている。
彼女は今の僕と同じこの生活を送っていて、ある日。
雨で濡れた路面に足を取られたバイクに後ろから……。
その時の飯田さんの取り乱し様は凄まじかったらしい。
相手の男に掴みかかり、怒鳴り散らして。
その後もしばらくは落ち込み続けて大学にも行かず。
立ち直る頃には長かった髪をばっさり切ってしまっていた。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 16:42
- そして3ヶ月前、僕らは出逢った。
見つけたのは飯田さんで。
住み込みの働き先を追い出された僕は拾われる形で。
いきなり知らない名前で呼ばれて、しかも泣きつかれた時は驚いた。
一緒にいた矢口さんと安倍さんに向けて
「帰ってきた、帰ってきたんだよ!」
そう言った横顔がとても綺麗で、僕はいとも容易く魅了されてしまった。
思えば、そこで僕もおかしくなり始めてた。
「そんなに似てるんですか?」
同じ質問を矢口さん、安倍さんにすれば2人は決まって首をかしげる。
まぁ、当たり前といえば当たり前か。
飯田さんは狂ってる。
だいたい、飯田さんと彼女は――――
飯田さんは、狂ってる。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 16:43
- 「勉強はかどってる?」
「え? あ、はい。それなりに」
「そっかー……。」
少し寂しそうな顔をする飯田さんの瞳には、現実がちゃんと映っている。
それでも、僕のことは彼女の名前で呼ぶ。
どこか空虚を見つめる時の瞳には
現の世界と夢の世界の間を不安定に漂っている雰囲気もある。
ねぇ飯田さん。
僕を見つめるあなたの瞳に映るのは僕なんですか?彼女なんですか?
あなたが閉じ込めておきたいのは僕との未来か。彼女との過去か。
それを訊きたい。
けど聞きたくない。
怖い。怖い。……怖い。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 16:43
- 僕はなにが怖いんだろう。
彼女に負けるのが。
外の世界に放たれるのが。
飯田さんと離れるのが。
それが全部怖くて。
色の違う怖さは無作為に混じり合って。
一層得体の知れない何かになって、僕を蝕む。
この星の影が白い月を食い潰してしまうかのように。
彼女の影が、僕の胸に浮かぶ何かをじわじわ侵蝕していく。
月の引力に海水が惹かれるように。
僕の何かがじわじわと、まどろみの奥底へと惹き寄せられていく。
じわじわ。じわじわ。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 16:43
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- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 16:44
- 私は狂っている。
自分でもわかってしまうくらいに、狂っている。
街で拾った男の子にあの子を重ねて。
せまいケージに閉じ込めて。
そして、彼をも狂わせようとしている。
じわじわ。じわじわ。
少しでも近づいてくれるように。
少しずつ。少しずつ。
彼を見つけたのはあの子がいなくなってしばらくしてから。
街中で偶然に。
私はあの子を見つけた。
顔つきも性別も何もかも違うけど。
仕草とか、纏う空気の中に私にしかわからないくらいのあの子があって。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 16:44
- あそこにあの子がいる。
そう思って、私はどんどん狂っていった。
必要な心理学の知識をたくさん読んで。
必要な薬も手に入れて。
必要な環境を準備して。
偶然を装って彼を拾い上げて。
ちょっとずつ、自分で何かをする意志を奪っていって。
あとはもう、同じことを繰り返していればいい。
「勉強はかどってる?」
「え? あ、はい。それなりに」
応えを聞いて、心の中でほくそえむ。
知ってる?
あなたの勉強の本、もう1週間も同じページが開きっぱなしなんだよ?
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 16:44
- 順調に進んでいる。
けれど、罪悪感というモノは狂っても残ってるみたいで。
それが表情に現れてしまったのか、彼は複雑そうな顔をした。
でも、私はやめない。
もうスグ帰ってくる。
あの子が帰ってくる。
還ってくるんだから。
きっと、今はもう亡いあのバイクにぶつかられたせいであの子のカケラは散り散りになってしまった。
けど、彼のカラダが徐々に徐々にそのカケラを集めてくれていて。
だからきっと、あの子はこの子の中に居る。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 16:44
- だけどこの子がいたんじゃあの子は出てこれないから。
だから壊さないと。
この子を壊さないと。
その為には焦らずにじわじわと。
でないと誰かに邪魔されてしまうから。
じっくり時間をかけて。
あの子を照らして、その影で彼を覆い隠してしまえばいい。
カケラも残さず蝕んでしまえばいい。
言葉を喋らなくなったらそれが合図。
もうすぐあの子は帰ってくる。還ってくるんだ。
あぁ、私は狂っている。
だけど、私はあの子が大切だから。
たとえ何人をこの爪で引き裂いても平気なくらい。
私はあの子が大切だから。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 16:45
- 「おかえり、かもも……。」
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 16:45
- E
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 16:45
- N
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 16:45
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