23 新生活
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 03:00
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23 新生活
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 03:02
- 苦学生ってホント大変なんだぜ…例えば俺とか。
大学入ればそれで丸く収まるだろうなぁと、軽く考えてそんな勉強しなくともいい三流を選んだ。
もち私立だ。結構金も掛かる。
ただそれは親が負担してくれるだろうと考えていたし、街で気楽な一人暮らししてみたかったってのが本音だ。
あの頃はかなり幸せだったよな俺。今じゃ雑踏の全てがブーイングに聞こえてくるようだ。人生舐めてたよ。
店長に連れられて厨房に入っていのが連行されてる気分なのはなんでだ?
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 03:03
- 「宜しくお願いします」
紹介が済むと声につられるように作業していた従業員達が手を止めて俺を見る。
午後8時から午前1時まで、俺は今日からこの焼き肉屋でバイトする事になった。シフトは週4で月、水、金、土。
日曜日は他のバイトが入る予定になってる。
今日は土曜だから今週はこれで最後だが休む暇も無い。週の始めは日曜日、地獄が始まると思うとちょっと憂鬱になる。
「それじゃ、しばらくの間君の教育係をつけようと思うんだが……」
焼き肉屋でのバイトなんて初めての俺にとって中の業務がどうなってるかなんて今ひとつよく分からない。
素人が外から見て勝手に想像するのとはまた違うはずだ、なにより客は肉が不味くなるような事は考えない。
面接の際にも同じような事を言ったのだが、笑って交わされたのはこういうことだったのか。
「えーそれじゃ……後藤君。ちょっと来てくれるか?」
「はーい」と声が聞こえてツインテールに縛った紅茶色の髪が揺れた。両手に盛り付けを終えたばかりのカルビ。
「ごめん、これ6番テーブルのお客さん。あと帰りに12番テーブルのオーダーもお願い」
夜8時、店の中は繁盛していた。
俺がぼーっと突っ立ってる間も従業員が出たり入ったり世話しなく動き回っている。
人手不足が激しいらしい。大変なところに入ってしまった。
「さっき紹介した通り新入りだ、君に教育係を頼みたいと思うんだが」
店長が後藤さんに俺を紹介する。後藤さんは見た目からして高校生っぽい。しゃれたあだ名が似合いそう。
深夜までバイトしてもいいのか?
「いいですよ。ただ後藤厳しいですけど」
喋り方もなんか間延びしてる。俺はなんだか不安になってしまい、つい店長の顔を覗きこんだ。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 03:04
- 「あー、いま後藤の事頼りないって思ったでしょ。いいです店長引き受けます、そのかぁりビシビシしごくかんね。覚悟はいい?」
その顔をさらに覗きこんで後藤さんが言う。
なんだか知らないが益々乗り気にさせてしまったらしい。
まいった……。
とはいえ新入りの俺がごねたってしょうがない。ダメそうだったら後で変えてもらおう。
いまどき中学生でもこのくらい考えられそうだが、俺はその自分の考えに満足してぎこちない笑顔を作った。
「んじゃ宜しく後藤さん」
「うん、よろー、だた後藤のほうが教育係だからなんかいい呼び名決めないとなぁ〜。そうだ!後藤シェフとかいいかも」
勘弁してください。
そんな事厨房の外で言ったらお客さんに笑われます。
途端に目を輝かせて思いつく限りの呼び名を苗字に当てはめ始めた後藤さんにますます不安になってきた。
「ん〜後藤調査員……?」
もはや職業が変わってた。
「あのー後藤先輩?」
「ん?」
このまましばらく見ていたい気もしたけれど厨房は戦争状態だ。
冷たい視線が他の従業員達から集まってくる。しかもなぜか俺に……なんとかしろと言いたいらしい。
泣く泣く年下の女の子を先輩と呼ぶはめに。これで満足してくれるかは分からないけど。
「先輩かぁ、ちょっと古臭い気がしないでもないけど意外とそれいいかも!」
なんか俯きながら先輩、後藤先輩って繰り返し言ってる。それと低い響きの笑い声も、社員用の黒い前掛けエプロンの
端を握ってふふふっって、はたから見てて正直怖い。部活とかなんか入ってないのか?
オーダーの波に飲まれて突っ立ってた俺に店長が咳払いをした。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 03:05
- 焼き肉屋、想像してたよりもずっとハードだ。
何が酷いってまず注文できる品が結構多い。そこからまた塩、タレ、味噌ダレで注文が分かれるし網変えるのは熱いし
取り合えず水だけ注文するのは止めて欲しい。
かなり動き回った。途中で厨房の後藤先輩と交換、厨房は厨房で生肉が冷たい。切れない。
なんとか見よう見まねでやったもののかなり不安を感じる。ハラミなんてどの肉か分からないぞ……。
大学では牛の部位なんて教科はもちろん無かった。
「はぁー」
つい溜息が。注文が大分落ち着いてきた11時半すぎ俺は冷たくなった手を擦りながらやっと一息ついた。
ただゴミ出しのついでにさぼってるだけだとか異議は却下です。おあつらえ向きにベンチまでちゃんとある。
きっとゴミ出しを頼まれるのは一息入れて良いって事なんだ。ああきっとそうだ。
タバコでも吹かしたい。そしてそのまま帰って布団で爆睡。
親がリストラされてなきゃこんな事にはならなかったのに…無念。
「あはは、疲れてるね。結構大変しょ?」
冷たいベンチにダラーっとしていたら入り口から後藤先輩がひょっこり顔をだした。
「こっちもやっとひと段落だよ、あ〜疲れた」
ぐるぐる肩を回しながら俺の隣に座って、でも言葉とは裏腹で疲れてるどころかどことなく楽しそうだ。
後藤先輩の疲れたって、今日もよく働いたーくらいの解釈でちょうどいいらしい。
女の子って歳に関係なくどこからこんなパワーが沸いてくるのか不思議でたまらない。バーゲンとか。
「こんなキツイとは思ってなかった。後藤さんは大丈夫なの?」
「…先輩」
あ、つい……目を細めて頬を膨らましたら益々子供っぽいなぁ。
「ごめん、すいません。まだ呼びなれなくて」
「んーまあ今日のところは勘弁したげる。でも次に間違ったらフォローしたげないからね」
それは困る。なんだかんだ言って結局俺は後藤先輩に頼りきりだったのだ。
ポイントを的確に教えてくれるから、混乱しないし言葉数も少なくてすぐにすむ。頼れる先輩にワンランクアップ。
「ん? なんかついてる?」
「人は見かけじゃ判断できないなあと、」
「なんじゃそりゃ? あは、ちょっとは見直したでしょ。まーアタシの実力はこんなもんじゃないのだよ」
「そりゃ言いすぎ」
「へへへっ」
自分で言っといて照れてるし。なんだか和んだ。後藤先輩どうやら癒し効果もあったらしい。
ぼーっとして都会のくすんだ星を眺めてみる。チカチカほんのりと弱く。こんなのもいいかもしれない。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 03:06
- 「…クシュ」
後藤先輩がブラウスの長袖の上から腕を擦ってた。少し長居しすぎたらしい。
装備なしでの天体観測には少し季節が早い。でもあと一言くらいなら話せるかな?
「後藤先輩って高校生だよね? なんでバイトなんか?」
シフト表で確認してみると俺と同じ位の出勤回数だ。はっきり言って小遣い稼ぎってレベルじゃない。
「エヘへ…」
また照れてる。その後ジッと俺の顔を見つめてちょっと目線を外した。
「一人で暮らすってどんなのかなぁって」
「えっ?」
「いやいや、え?ってひどい。後輩君は一人で暮らしてるんでしょ? それってちょっと楽しそう」
なるほど、後藤先輩は一人暮らしに憧れる高校生だったのか。
「それでお金貯めてるんだ」
「うん、それだけじゃないけどね。その前に海外とかも行ってみたいし」
「へーいいなぁ」
「そうでもないんだ…親は反対、一人暮らしなんて百年早いとかもう鬱陶しくて。大学入らないなら認めないってがんばってる」
その場面を思い出したのか眉を寄せて目を細めた。
「凄い激戦だったんだよ。あ〜ムカつく。もうさ、私バカなの分かってて大学とか言ってるの見え見えじゃん。
部屋借りる最初のお金としばらくの生活費さえたまったらその内逃げ出してやるんだからっ」
いや、後藤先輩がバカとかは初耳だけど…。
とにかく後藤先輩は将来のためにお金貯めてて、俺は日々の暮らしのためにやっててその差がなんとも近いようで深い。
なんかいいなって正直憧れて嫉妬した。
「あーあ、明日とかめんどくさいなぁ」
「うん、明日はめんどくさい」
「後輩君もなんか用事?」
「他のバイトがはいっててね。こっちも初めてだから緊張するし」
「そうなんだ、あんま無理しちゃダメだよ」
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 03:07
-
で、次の日。俺は道に迷ってた。
「確かこの辺の筈なんだけどな」
初めて通る道、似たような作りの並んだ住宅街。週に一度しか通わないこの道を覚えるのにどれだけ時間がかかるだろう?
そんな半ば現実逃避に入り始めた辺りでやっとその家を見つけた。三周目。
インターホンを押して少し待つ。中から出てきたのは……。
「はーい……あれ?」
「後藤先輩? こんなところで何してるの?」
「いや、ココが私の家だけど」
顔を見合わせて数秒。
「えぇぇ? それじゃ家庭教師の先生って」
「今日から数学と英語教える後藤さんって生徒は?」
青空の下で俺のこんな大学生活はスタートするようだ。これってどうなんだよ?
俺の第二の顔は後藤色に染まってしまいそう。えー後藤さんは先輩で生徒で…なんてややこしい。
得した気分が無いとは言えないけどさ。お金で買えない価値がある。あながちPriceless。
「じゃ、今は先生と呼んでもらおうか。生徒の後藤さん」
「それはやだ」
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 03:08
- おわり
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 03:12
- (´・ω・`)
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 03:13
- (;´Д`)
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