13 雀

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/15(火) 14:45
13 雀
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/15(火) 14:46

真希ちゃん、金。
家にいるといつもユウキからそうお金をせびられる。
あたしがそれを断らないのは、断れば彼が何をするか分からないからだ。
ただでさえヤバそうな奴らとつるんでいるユウキにこっちは冷や冷やしているのに、
金がないからと警察沙汰でも起こされたらたまったものじゃない。
このろくでなしのクズ。心の中でいつも吐き捨てながら、あたしはお金を渡す。
額は、はっきりと決まっていない。その時、財布の中に入っている分だけ渡している。

今日は、3万円渡した。ユウキは、これだけ?と不満そうに言いながらも
お金をポケットに突っ込み、騒音を撒き散らす傍迷惑なバイクに跨ってどこかに出かけた。
そのバイクだってあたしのお金で買ったものだ。ユウキの持ち物のほとんどがそうだろう。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/15(火) 14:46

お昼頃、あまりに暇だったので出かけることにした。
けど、特に目的があるワケでもなく、ユウキのせいでお金もないので、近場をぶらつくだけ。
あたしを見たどこぞのおじちゃんやおばちゃんが、
今日は休みかい、真希ちゃんと親しげに声をかけてくる。
あなたがたに親しくされる覚えありません。思うけど言わない。
ただにっこり笑って頭を下げて通り過ぎる。
応援してるからね。背中に届く声。
はいはい。口だけならなんとも言える。あたしは歩く足を速めた。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/15(火) 14:47

暫く歩いていると郵便局の前で雀を見つけた。
近くに巣はなかったし、まだ飛べないのか地面を這いずり回って惨めったらしかったので家に連れて帰った。

家に帰ってお母さんに雀を見せると、なにこれどうすんの?と訊かれた。
そんなこと考えてなかった。
どうしようかな?私が問い返すと
あんたが拾ってきたんだから勝手にすればいいでしょ、とお母さんは呆れたように言った。
確かにその通りだ。
とりあえず、適当な大きさのダンボールにタオルを敷いてその中に雀を入れてみた。
ピーチクパーチク雀が鳴く。意外に元気がいい。観察していると、雀は口をパクパクさせていた。
お腹が空いてるのだと思い当たるが、あたしは雀が何を食べて生きているのか知らなかった。
変な物を与えて殺したくはない。
そう思ったあたしは雀の入ったダンボールを一先ず自分の部屋の机の上に置いてから
仕方なく普段滅多に使うことのない立派な広辞苑を引いてみることにした。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/15(火) 14:47

すずめ〔雀〕
(1) スズメ目ハタオリドリ科の小鳥。全長約15センチメートル。
背面は地味な黄褐色で頭は茶色、ほおとのどに黒い模様があり、腹面は灰白色。
人家の近くで群れをなして生活し、虫や穀物を食べ、イネに害を与えることがある。ユーラシアに広く分布。
(2) 事情通である人。また、内幕や情報をしゃべってまわる人。

虫や穀物を食べ――これだ。さすが広辞苑。伊達に分厚くない。
あたしは調べた結果に満足して広辞苑を元の位置にしまうと、早速、台所に向かった。
確か食パンがあったはずだ。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/15(火) 14:48

「あれ、真希いたんだ」

台所には部屋着姿のお姉ちゃんがいた。手には冷凍ピラフの袋。
昼ご飯なのか夜ご飯なのか、よく分からない。
起きたばかりのようだから朝ご飯なのかもしれなかった。

「今日オフだからね」

あたしはお姉ちゃんの脇を擦り抜けてレンジの上から食パンを1枚取ると
長話に付きあわされない様に急いで台所を後にした。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/15(火) 14:48

部屋に戻るといつの間に帰ってきたのかユウキがいた。
バイクの音がしなかったから気づかなかった。
ユウキはあたしの机に座って雀を見ているようだった。

「あんた、バイクで帰ってきた?」

あたしの声にビクッと一瞬肩をあげたユウキは
「バイクは友達にかした」と振り返る。
誰かに殴られたのか目の辺りと口の辺りが赤黒くなっていた。

「何その顔」
「関係ないだろ」
「関係ないけど…ここあたしの部屋、そこあたしの机」

あたしが言うとユウキは渋々といった風に椅子から立ち上がりその場を明け渡す。
あたしはユウキが座っていた場所に座り、雀の入ったダンボールに視線を落とした。
雀は相変わらずピーチクパーチク啼きながら口をぱくつかせている。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/15(火) 14:49

「なぁ、これどうしたの?」
あたしの隣で雀を見ながらユウキが言う。

「さっき拾ったの」
「マジでバカじゃん」
「関係ないでしょ」
「関係ないけど……」

ユウキは部屋から出て行こうとしない。じっと雀を見ている。

「こいつ、腹減ってんじゃね?」
「だから、今からパンやるんだよ」

あたしは手に持っていた食パンを見せる。
へぇ、と興味深げに相槌を打ったユウキがそのまま雀を見続けているので、
あたしは食パンをちぎってダンボールの中に撒く作業を始めた。
雀が少し動いてあたしの撒いた食パンの欠片を嘴でつつく。

「お、食った」ユウキが嬉しそうに言う。
横目で窺うと彼は目を子供のようにキラキラさせていた。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/15(火) 14:50

「俺もパンやりたい」
「もういいよ」
「いいじゃんいいじゃん」

しつこいのでパンをユウキに渡す。
ユウキはあたしよりも細かくパンを千切り人差し指に乗せると雀の口の前に持っていった。
雀は一度躊躇して、そして、素早くユウキの指からパンを食べた。
それがよほど嬉しかったのかユウキは何度も同じことを繰り返し、
終いには雀の方が先に愛想をついて、彼の指から顔を背けた。

「お前、少食だな」

ユウキが雀の頭をつんつんと指でつつきながら言う。
あたしはというと妙な懐かしさを覚えていた。

昔、カブト虫を飼ってた頃みたいだ。
あたしの隣でユウキがカブト虫に話しかける。
返事が返ってくるわけないのに無邪気に。
馬鹿みたい。あの頃も今もあたしはそう思いながら冷めた目でユウキを見ていた。
あのカブト虫はどうしたんだっけ?
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/15(火) 14:50


「こいつさぁ、真希ちゃんいない時どうすんの?」
「どうしようかな」
「いい加減だな」
「あんたには言われたくないよ」
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/15(火) 14:51


結局、あたしがいない時の雀の世話はユウキがすることになって
ユウキはそれからちょっとろくでなしのクズじゃなくなった。

雀のいるダンボールはあたしの部屋からユウキの部屋に移り、
タオルだけだったダンボールの中は、翌日あたしが仕事を終えて家に帰る頃には
新聞紙を細かく裂いたものが中央から外側へ押しつけるように半円状に敷き詰められた立派な巣の形になっていた。
その下にはハンカチでぐるぐる巻きにされたなにかが敷かれている。
それになんの意味があるのか不思議に思って「なに敷いてんの?」と訊くと
鳥は寒さに弱いらしいからほっかいろを引いたのだ、とユウキは教えてくれた。

餌は二時間置きに。パンは実はあまりよくないらしいので、タカのドッグフードをふやかしたものに変えたそうだ。
意外にも真面目に飼育をしているユウキにあたしは心の中でやれば出来るじゃんと口笛を鳴らし
このままの状態が続けばいいのにと心底から思った。


ユウキが誰かにかしていたバイクが返ってきたのと
雀が死んだのはそれから五日後のことだった。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/15(火) 14:51

その日、家に帰ると真っ赤な目をしたユウキがあたしにダンボールを差し出した。
ダンボールの中の雀はもう既に硬くなっていた。

「お墓つくろ」

あたしは玄関に荷物を置くとユウキの返事も聞かずそのまま外に出た。
正直な所、あたしは雀が死んだことよりも、それでユウキが泣いたことの方に驚いていた。
玄関からすぐに右に折れて表通りから見えないように高いコンクリ壁で囲まれた庭に向かう。
後ろからユウキが追いかけてくる。

外は月の光以外にはなんの明かりもなくて、暗い庭はしんと静まり返っていた。
静謐な夜の空気の中で2人で木の下に穴を掘って雀を埋めた。
綺麗なお菓子の箱に入れてあげて。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/15(火) 14:52

「真希ちゃんが拾ってくるものは、いっつも俺が一人の時に死ぬんだ」

土をかぶせながらユウキが眉と口の端をひしゃげさせて呟く。
なんのことか分からずユウキを見ると、彼は「カブト虫もそうだった」と言った。
そう言われればそうだったかな。思い出せないけど。
なんとなく、ごめんと言うとユウキは嘆息して立ち上がりその場から行ってしまった。
すぐにバイクのエンジン音が聞こえ、それはやがて遠くなっていく。

あたしは雀の墓の前でまだ柔らかい土を弄りながら少しだけ泣いた。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/15(火) 14:52

翌日からはいつもどおり。
ろくでなしのクズに戻ったユウキはお金をせびり、
あたしは財布に入ってるだけのお金を渡す
雀がいた以前となにも変わらない毎日。
まぁ、そんなもんだろう。人間、そうそう変われない。
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/15(火) 14:52
おしまい
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/15(火) 14:53

17 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/15(火) 14:53

18 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/15(火) 14:53


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