drive to MY WORLD
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/14(月) 02:25
- 10 drive to MY WORLD
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/14(月) 02:26
-
$$$
道路の端にタクシーを止めると、その中で少しだけ遅めの昼食をとった。
朝寝坊したため今日はじめて物を口に入れる。至福の時だった。
腰を少しだけ回して労わりながら一つ目のおにぎりを平らげた。
そしてお待ちかね、焼肉カルビ味。俺の大好物。
食べたくて食べたくて、でも敢えて残してじらして、快感を味わう。
俺ちょっと変態かもしれない。では。
「いただきまー」
とそのとき窓ガラスをたたく音。あと1センチで口の中、
というところで止められ思わず表情をゆがませながら横を向くと、
どうやらお客さんのようだった。誰だ俺の天国に奇襲をかけてきたやつは。
小さな顔と小さな胸。深めにかぶった帽子からわずかに覗かせる顔は、
芸能人で見覚えのある顔。誰だっけ。
もしかしたら芸能人乗せるのはじめてかも……あ、
たいせーだかダイソーだかを一回乗せたことあった。どうでもいいけど、たいせーなんて。
乗車拒否したら即クビが待っている。しょうがないからドアを開けると、
その女は助手席に乗った。
「TBSまで」
ああ、やっぱ芸能人だ。なんとなく懐かしく思える声だった。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/14(月) 02:27
-
タクシーを走らせながらも頭の中はおにぎりのことでいっぱいだった。
とにかく早く送って、早く食べたい。確か賞味期限ギリギリなんだよな。
もし渋滞に巻き込まれたりしたら、
「……終わった」
女には聞こえないように静かにこぼした。
焼肉カルビなしで俺に残りの勤務時間を過ごせというのか。
22時間という長丁場の中のオアシスが蜃気楼になった。
今年こそやめて個人タクシーになってやる。ってまだ高卒俺2年目だし。
「混んじゃいましたね……」
「すみません、ここからだとTBSまでは裏道もないんですよ…」
嘘だ。
だけどお前も責任にこの悲しみの時を共有しやがれ。
「いえいえ」
「あのー、こんな話こんなところでするもんじゃないと思うんですけど」
なら話すな。そう思うならぜひ話さないでくれ。
「美貴好きな人いるんですよー」
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/14(月) 02:28
-
美貴?ああ、藤本美貴?
北海道出身で、一度モー娘。のオーディション落ちてからソロデビューして、
モー娘。に吸収されて活動縮小したあの?
久々に見た顔に、歯に引っかかったスルメが取れたような感覚を覚えたが、
それでも都会のオアシス焼肉カルビには到底叶わない。
ていうか好きな人って何言い出すんだこいつ。
「はぁ」
「芸能人、っていうかおんなじアイドルの人なんですけど、かっこいいんですよ」
「ほー、誰ですかー?」
「え」
しまった、軽いノリで誰とか聞いちゃった。
不快感を感じられてクレームの電話を入れられると最悪売り上げ没収の刑なんかも待っている。
藤本だし流石にないだろうけど。
恐る恐る藤本の表情を伺うと、ほんのり赤く染まっていて、どうやら怒ってはいないようだった。
というかむしろ、
「聞きたいですか?」
「ええ、まぁ」
「じゃあいいますよ…恥ずかしいな」
上げられた名前は俺もよく知っていた。ラジオでもたまに流れる、アイドルグループ。
その一番目立っている男。ほかの人だったらきっと分からなかった。
その男の顔自体正確には把握してないけど。
藤本はさらに恥ずかしそうな顔で、続けた。
「今度告白しようと思ってるんですよ」
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/14(月) 02:28
-
$$$
次の仕事日。無難に仕事をこなし、気づくと昼の1時を回っていた。
でもまだまだ先は長い。隔日な分一日が長い仕事は、存外きつい。
そして今日もおにぎりタイム。
この間は食えなかったけど、今日こそは都会のオアシスを口にして幸せをかみ締める時だ。
「いただきます」
手を合わせ、神に祈りをささげる。今日は邪魔者がきませんように。
「すみません乗せてください」
おい。そこの帽子かぶったイケメン喧嘩売ってんのか。
死んでもいえないその台詞、頭の中で繰り返し叫びながら、笑顔満点の営業スマイル。
ドアを開くと、
「お台場フジテレビまで」
またその道の人か。
ていうかお前ら俺の幸せを返せ。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/14(月) 02:29
-
お台場は俺が車を停めていた場所から少し遠かった。
おにぎりは食えないが売り上げは溜まる。感謝しなければならない。
俺達タクシードライバーにとって長距離乗ってくれる人は、
言葉が汚くなるけど金づるだし、だけど出会える可能性が少ない。
だからこうして結構な料金を払ってくれるお客様が登場した日には頭の中は小躍り。
東京都を飛び出してくれたら万々歳。売り上げ目標に近づけるのだ。
内心ハイテンションで、車を運んだ。
ラジオからDJの声が聞こえ、リクエストされた曲が流れた。
チャートでも上位にランクインしていたあの曲。
聴いた瞬間にこの間乗せた藤本のことを思い出した。告白うまくいっただろうか。
横から調子のいい歌声が聞こえる。お客様がお歌いになられている。
しかも何気上手い、ていうか激似。
「お上手ですねー」
軽い気持ちで投げかけたその言葉。お客様のお顔を拝見すると、
「本人?!」
少しだけ申し訳なさそうに、お客様はお笑いになられていた。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/14(月) 02:30
-
「ごめんなさいお上手ですねとか調子乗っちゃって」
「いえいえ」
お客様はアイドルスマイルで返してくれる。
仮に内心にぐつぐつと煮えたぎる感情が踊り狂っていたとしても、
これじゃ分からない。怖い生き物だとつくづく思った。
「ばれたついでに聞いてもらえますか?」
「なんでもどうぞ」
遠距離乗車者は神様。神様。大黒様。
「好きな人がいるんですよ」
お客様の口から飛び出した一言に、なぜか動揺してしまった。
ハンドルを持つ手が震える。自分のことじゃないのに、自分のことみたいにどきどきしている。
「へ、へえー……だ、誰ですか?」
歯切れが悪い。藤本の名前が出たらもうなんていうか俺は愛のキューピット。
感謝してもらわなきゃ。結婚式の仲人もやるぞ。って気が早いか。
お客様は少しだけ間を置くと、またもいい笑顔で、
「同じアイドルなんですけど――」
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/14(月) 02:31
-
$$$
今日こそ、今日こそ必ず。
今まで勤務日二日続けて焼肉カルビ味を食べなかった日はない。新記録だ。
これ以上絶対更新してはならない。というわけで考えました。
賞味期限もっと長いのを選んで、夜食べることにしました。
ディナー。安っぽいディナー。でも俺は幸せです。
夜の九時過ぎ、車をいつものように道路の端に寄せると、まずはおかかを速攻で平らげた。
ここまで待つと焦らせば焦らすほど感動が待っている気がして、
舌の上で広がるであろう味の世界を想像しては悦に浸っていた。
そして、漸くこの時が、この時やってきた。
いったいどんな感動が味わえるのだろう。
グルメ評論家に目覚めたくなるくらいの感涙を期待して、俺はおにぎりを手に取った。
しかし今日も俺を邪魔する悪役が現れた。
しかも今日は強烈なパンチが窓を割らんばかりの勢いでぶち込まれている。
誰だ?!俺の幸せをこれ以上踏みにじむな!ほうっておいてくれ!
窓の外、既に暗い闇の中目を凝らすと、藤本が立っていた。
見た瞬間、怒りも全部収まった。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/14(月) 02:32
-
ドアを開けて藤本を乗っける。
藤本が沈んだ表情をしていたのは、暗闇の中でも鮮明に見えた。
彼女は自らの住所を指定すると、俺は「はい」とだけ返事して発進した。
静かな車内。ラジオすら流れていない。彼女が見えた瞬間俺が止めたからだ。
この間のお客様が照れながら挙げた名前が彼女の名ではなかったとき、
正直どうリアクションをとっていいのか、一瞬分からなくなった。
その場で適当にあわせたけど胸のもやもやは消えず。
俺自身もう部外者なはずなのにちょっとしたダメージを受けていた。
余計なことを聞いてしまったのに、責任を感じているのかもしれない。
暗い暗い車内。暗いのは明かりだけではない。
空気、感情。全てがこの世の終わりを思わせるように。
もうおにぎり云々言っている場合じゃなかった。
とにかく今は、一刻も早く彼女を家に届けて、この苦しみから解放され、
おにぎりで安堵したい。早くつけ。早くつけ。
幸い車どおりは珍しく少なく、順調に道のりを消化していた。
このままいけばあと5分もあれば彼女が指定した場所に到着するだろう。
でもそんな時、藤本はとんでもないことを言い出した。
「海」
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/14(月) 02:33
-
「え?」
意味がよく分からず、聞き返した。
いや、正確には分かっているんだけど、分かりたくない。
「海まで行って」
「…………東京湾じゃ」
「ダメ」
「………多摩川じゃ」
「殴るよ」
「………じゃ…あ」
光が車内に差し込む。藤本の顔が明かりに照らされる。
はっきりと見えてしまったそれ。目の当たりにして、少しだけ後悔した。
「行くよ」
返事を一つ。俺は料金メーターを止めた。
「…え?」
「とことん付き合ってやるよ、藤本」
「……お客様だろ、敬語使え」
そう強がって、瞳から涙が零れ落ちないように必死に耐えている姿を見たら、
俺は断れない。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/14(月) 02:34
-
$$$
調子に乗って三浦半島の方まで走ったときにはもう日付が変わっていた。
到着すると藤本はフラフラとタクシーの外に出て、砂浜を歩き始めた。
彼女の性格からして自殺はありえない。
俺は安心してその行方を傍観すると、気まぐれにカーラジオをつけた。小さな音で。
ちょうどいいタイミングで、いい曲が流れた。中学のときの思い出の曲。
静かに口ずさむと、藤本は海に向かって大声で「バカヤロー」と叫んでいた。
「涙の数だけ強くなれる…か」
ああやって気持ちいっぱいに叫べば、きっと明日は彼女のために訪れるだろう。
藤本は10分ほど叫び続けると寒くなったのか戻ってきた。いい笑顔で。
「お待たせ。お腹すいた、そのおにぎりちょうだい」
「え……あ!」
ためらっている間におにぎりを奪われると、一気に食べつくされた。
「ちょっとは残して!お願い!頼む!ここ一週間まともにそれ食べてないんだよ!」
「やだよ」
そう笑う藤本は、もう元に戻っていた。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/14(月) 02:34
-
$$$
それ以来彼女を乗せていない。
休憩場所を変えた途端にばったりと芸能人も乗ってこなくなった。
きっとテレビ局の近くに停めていたのが原因だったのだろう。
そして今日も無事焼肉カルビ味のおにぎりを平らげ、幸せを感じていた。
それでも今日、前の休憩場所に停まったのはほんの気まぐれであって、
また会いたいと思ったわけではない。顔を見れただけでも充分だった。
彼女がいなくても平然と流れていく日々は、当たり前のことなのに違和感を感じるのはなぜだろう。
おにぎりをほお張る直前を狙い済ましたかのように、窓にデコピンが炸裂する。
まさかと思って振り向くと、藤本がコンビニのビニール袋を抱えて笑っていた。
「乗せてってよ」
「どこまで?」
「じゃあテレ東」
「じゃあってなんだよ」
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/14(月) 02:35
-
信号に足踏みを食らったところで、藤本の顔をまじまじと見た。
すると向こうはすぐにそれに気づいたのか、
「なんだよミキオ、キモいな〜」
「…………気づいてたのか」
「当たり前じゃん。元カレだって分かってなきゃあんな相談しないっつーの」
藤本はそう笑ってみせた。
本当にきれいになったけど、その奥の本質的なところは変わらない。
俺が知っている藤本美貴そのものだった。
「ていうかミキオ最初美貴だって気づかなかったでしょ」
「悪いか」
「悪いに決まってんじゃん。こんなに綺麗になって乗ってきたんだよ?」
「予想外すぎて気づけないから……と、ついた。1460円」
「負けて」
「やだよ」
「じゃあこれあげる」
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/14(月) 02:37
-
差し出されたビニール袋。さっきから藤本が持っているものだった。
「……これは?」
「この間付き合ってくれたお礼」
「ふーん」
「じゃあね」
「っておい!料金…あ」
中に入っていたのは、大量のおにぎり。全て焼肉カルビ味だった。
俺が好きだったことを、いまだに覚えていてくれたのかと思うと、うれしい。
「今度もし会ったら本物の焼肉の味教えてやるよ〜!」
余計なお世話だよ。
去り行く姿を確認した後、車を端に寄せておにぎりを食べることにした。
ここの所ずっと食べていたそれだけど、なぜかいつもよりずっと美味しく感じた。
「よし、今日も頑張ろう」
ハンドルを握る。予定変更。今日はとことん頑張ろう。
車を発進させようとブレーキを引いたとき、窓をたたく音がまた聞こえた。
条件反射のように振り向くと、
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/14(月) 02:37
-
……………………たいせーかよ。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/14(月) 02:37
-
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/14(月) 02:37
-
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/14(月) 02:37
-
Converted by dat2html.pl v0.2