11 _
- 1 名前:_ 投稿日:2005/03/14(月) 01:53
- 11 _
- 2 名前:_ 投稿日:2005/03/14(月) 01:54
-
男がジロに取り押さえられ、喚く元気もないといった様子でがっくりと項垂れている。
腫れた右の瞼がざっくり裂けている。
「指輪したまま殴ったの?」
ジロに聞くと、外すの忘れてた、と太く節くれ立った指を見せてきた。
凝固しかけた血がどろりと垂れている。
ミツルが男の両手を広げさせるようにして金網に縛り付けた。
そして、梨華に言うことは? と男の耳に囁き、女の子のような柔和な顔に冷酷な笑みを浮かべた。
「すいませんでした」
男はくぐもった声で言った。
「伝わらねぇ」
キレて目がイッっちゃってるひとみが、男の耳の付け根にナイフを引いた。
男はひっ、と声をあげ、ひとみはその開いた口にナイフを突き刺す。
ガチンと切っ先が歯にぶつかる硬い音がした。ジロがぐらついた歯を捩じり抜く。
肉片のついた歯が、乾いた音を立てて地面に転がった。耳から伝った血が顎先で滴っている。
- 3 名前:_ 投稿日:2005/03/14(月) 01:54
- 「あっち行こうか」
少し離れたところで怯えている梨華の肩を真希が抱いた。
美貴が男のズボンを下げ、吹き出した。
「こいつ、包茎だー」
そう言って、ひとみからナイフを受け取ると、だらしなく萎んだ皮の先をつまみ、ナイフを滑らせた。
男は声にならない声をあげる。皮は完全に切り落とされていない。血を滴らせながら、ぶらぶらと揺れている。
痛いのか悔しいのか、涙を滲ませている。
ミツルが黒ずんだぼろきれを引きずったホームレスを連れて来た。
「こいつのをしゃぶってイカせたら、解放してやるよ」
ホームレスはにやにやして、どっちかって言ったら女の子のほうがいいんだけど、と言ったが、
俺が腹を蹴り上げると黙ってズボンを下ろした。何もかもが腐って饐えたような酷い匂いがする。
美貴とひとみはあからさまに顔を顰め、遠のいた。
「もう何本か抜いておいたほうがいいかな」
俺は美貴からナイフを受け取り、男の前にしゃがむ。
口開けろよ、と言ったが、男は苦しそうに空気を漏らすだけで何も言わない。
殴りつけ、もう一度言った。口開けろよ。開いた男の口内は血が溢れてドロドロになっていた。
- 4 名前:_ 投稿日:2005/03/14(月) 01:55
- 「わたしにやらせて」
余裕のない表情で、梨華が言った。ナイフを握らせる。
震える指でしっかりとナイフを握った梨華は、大きく振りかぶって男の口に切っ先を下ろした。
硬質な音と同時に、めりこむような嫌な音がした。
梨華が振り下ろしたナイフは男の上唇にしっかりと突き刺さっていた。
男は悶絶し、ピンク色の泡を吹いている。俺は梨華を下がらせてナイフを引き抜いた。
軽く血を払い、ナイフで男の口内を探る。
「どう?」
そう聞いてきたミツルに、よくわからないけど酷い、と首を傾げた。
それがおかしかったのか、真希が一人でくすくす笑っている。梨華もそれにつられて笑い出した。
「とりあえず、こいつに小便かけろよ」
ジロが男の鼻を足で潰しながら、ホームレスに言った。ホームレスは怒張したペニスを男の口の中につっこんだ。
晴れやかな顔をした梨華が真希と笑いながら、その場を離れた。皆、その後に続く。
ひとみは、最後まで見たかったと名残惜しそうにしていた。
- 5 名前:_ 投稿日:2005/03/14(月) 01:55
-
◇
ジロとひとみが舌を吸いあっている。真希は眠そうに枕を抱え、ディスカバリーチャンネルを眺めている。
TVから放射される青白い光に目を細める。美貴は漫画を捲りながら酒を飲み、薄ら笑いを浮かべている。
俺はミツルが読んでいる本を横から奪い、タイトルを確かめた。
「痴人の愛? 変なの読んでるね」
「でも、けっこう面白いよ」
「どんな話?」
「15の女の子を買った男が、いい女に育て上げようと躍起になるんだけど、だんだん持て余していく、って話」
「そんなの、面白いか?」
ミツルは本を奪い返し、ぱらぱらとページを捲って床に放り投げた。
「まだ途中で、今は結ばれてるんだけど、きっと捨てられちゃうんだよ、この男は」
「そんなの、外国のにもあったな」
天井を仰ぎ、大きく溜息を吐く。そして、俺を向いて言う。
「おれさ、お前にいろいろ教えてもらって本読み始めたけどさ、後悔してるんだ」
「最初の頃は、ずっこけ3人組しか知らなかったもな」
「知識が増えていけば増えていくほど、どんどんつまらなくなっていくんだ。
生きてる意味が薄くなっていく、っていうのかな。
何か起きても、この前の梨華がまわされそうになったこともそうだけど、
あ、これはあの本にあった、とかそういうのが増えてきてさ、そういうのってさ、すごくつまらないだろ?
何も知らなかった頃のほうが、よかったかもしれないなんて思ってる」
- 6 名前:_ 投稿日:2005/03/14(月) 01:56
- 転がっている本の向こうでは、ジロとひとみが絡まりあっている。
「だからなのかな、今こうやって好き勝手に過ごしてるのも、すごくバカバカしく感じる」
ジロの背中に汗が溜まっている。青白い光に筋肉の陰翳が強く浮かび上がり、肩の筋肉が隆起している。
ひとみは顎を引き、時折うめくように息を呑む。
「お前はどう思う? おれの考えてることって意味のないことなのかな」
「そういえばミツル、前に働いてたって言ってなかった?」
「高校卒業してから4年くらい事務やってた」
「働いてたときは、そういうこと考えなかったの?」
「疑問を感じたことがなかったんだよ。周りはバカしかいなかったし、俺もバカだったから。
誰も何も見えてなかったんだと思う。くだらねぇ仕事して給料もらって生きていくことが
当たり前だと思ってたし、それが充実だって思いこんでたんだよ」
そう言ったミツルに梨華が背後から抱きつき、舌を挿してワインを流し込んだ。
「飲んでないでしょ」
梨華はご機嫌に言うと、そのまま覆いかぶさった。
- 7 名前:_ 投稿日:2005/03/14(月) 01:56
-
◇
頭を叩かれて目を覚ますと、全裸の美貴が肩を震わせていた。
「シャツ、枕の下にあるから頭上げて」
美貴はシャツを引っ張り出すと、床で寝ているジロを蹴飛ばし、
ぐちゃぐちゃに丸まっている中からてきとうに服を選び、身に付けた。
「だから、日本人じゃねーだろ? お前の日本語聞き取れないんだよ。誰か日本語できる奴と代われ。
何回も言わせるな。お前のその日本語じゃ話にならないんだって。さっさと代われ」
ひとみが電話口に怒鳴っている。
真希が、朝食ならわたしが作るよ、と半分眠りながら声だけ出した。ひとみは無視して、怒鳴り続けている。
うつらうつらとその様子を見ていた真希は、ミツルを抱き枕にして再び眠りに落ちた。
- 8 名前:_ 投稿日:2005/03/14(月) 01:56
- カーテンの切れ間から薄く光が差している。
車のクラクションが遠くから聞こえ、それに共鳴するように幾種かのクラクションが後を追って届いてくる。
陽光が目に入り、視界が黄色く滲んだ。思わず視線を落とす。俺に張り付くようにして梨華が眠っている。
唇にかかる髪の毛がくすぐったいのか、口をもぞもぞさせている。
指でその髪を払ってやると、梨華は目を覚ました。
「おはよう」
そう小さく口篭り、伸びながら起き上がろうとして、マットに沈んだ。
舞った埃がキラキラと光の粒子になる。吹くと、黄金色が散って空気に溶けた。
梨華が鼻先をマットに沈めて目を閉じている。
「ピザ来るから、みんな起きて服着ろよ」
ひとみが手を叩きながら大声を出す。俺は起き上がり、目を揉んでジーンズに足を通した。
ポケットに入っている煙草を取り出すと、酒に濡れたのかヤニで黄色く汚れていた。
ひとみに火を借り、煙を吸い込んだ。美貴がだるそうにソファに深く腰掛け、水を飲んでいる。
ミツルは目を覚まし、乗っている真希をはがそうとするが、うまくいかない。
真希は完全に脱力していて、起き上がろうとしても潰されてしまう。ジロは目を擦りながら酒を飲んでいる。
梨華はまだ眠っている。裸の肩に毛布をかけた。濡れた煙草がチリチリ音を立てている。
- 9 名前:_ 投稿日:2005/03/14(月) 01:57
-
◇
美貴が急に映画を見たいと言い出し、オールナイトの劇場に行ったが上映していたのは古いフランス映画だった。
静まり返った街にぽっかりと空いた穴の向こうから、男の篭ったフランス語が届いている。
「なんでこんなつまんなそうなのしかやってないんだよ」
声を荒げ、美貴は苛立ち任せに入り口脇に貼られてあったポスターを引き破った。
ポスターに当てられていた発熱球に、美貴の指先が照らされる。
「帰ろうよ」
梨華が眠そうに欠伸を噛み殺し、ジロに寄りかかっている。
「漫喫でも行く?」
ひとみがビルの壁に瞬いている漫画喫茶の看板を指差した。
草木が黄色く変色し、赤茶けた地面が露出する海の断崖。海は抜けるように青く、白波がくっきりと見える。
ダックスフントの耳のように長い髪を二つに分けた外国の俳優が胸で十字を切り、
ジャケットの胸ポケットに仕舞ってあった白い布の袋を取り出し、中の灰を風に飛ばした。
風向きのせいで灰は海に飛ばず、隣にいたボーリングシャツの男が全て被ってしまった。
隣の個室からひとみとミツルの声が聞こえる。
「ミツル、新しい漫画取りに行くだろ? ついでにこれの6巻からも取ってきて」
「おめーが行けよ」
俺は映画の音量を大きくして、ヘッドフォンを被りなおした。
俳優は、手についた灰を払い、ボーリングシャツの男の文句を聞き流しながら、ゆっくりと傾斜を登っていく。
表面の砕けた白い岩を踏み、足に力を込めた瞬間、個室のドアが開いて真希が入ってきた。
- 10 名前:_ 投稿日:2005/03/14(月) 01:57
- 「したくなっちゃった」
それだけ言うとジーンズを引き下ろし、下半身だけ裸になって乗ってきた。
そして、俺の股間を弄り、ジーンズを脱がせた。
指先に柔らかく刺激されてペニスがある程度の硬度を得ると、真希は腰を浮かせた。
挿入される瞬間、小さく呻くと、ふっと大きく息を吐き、ゆっくりと腰をくねらせる。
舌を吸おうと真希は振り返り、俺がまだヘッドフォンを被っていることに気がついた。
「ちょっと、映画止めてよ」
「ここ、好きなシーンなんだよ」
真希の乳房を掴み、引き締まった腹を撫でながら言った。
長髪の俳優が嗚咽を漏らしながら便器に顔をつっこんでいる。吐瀉物で汚れた髭に、涙が落ちる。
「最中にこういうの見て、萎えない?」
「真希が頑張れ」
「あんたもちょっとは協力してよ、腰動かすとかさー」
文句を言いながらも、真希は動きを速めていく。俳優が肩を震わせながら便器に頭を打ちつけている。
割れた額から流れた血で、顔が赤く染まっていく。俳優は何かを呟きながら、頭を打ち続ける。
真希の息が荒くなり、動きが大きく速くなっていく。リクライニングの椅子が軋む。
「お客様、客席内での淫らな行為は禁止させて頂いております」
ドアの向こうから店員が声を掛けてきた。
「もうすぐ終わるから」
俺はそう言い、真希の肛門に指を差し入れた。真希が熱く吐息を溢す。
膣に埋まっている自分のペニスの感触を探る。
「お客様──」
「うるせーって」
赤く濡れた顔をした俳優の目だけが白くぎらついている。肛門に差した指を動かすと、真希が仰け反る。
「もうイキそうなんだけど」
真希が俺の頭を掴もうとした拍子に、ヘッドフォンの線が抜けた。
ぼっと炸裂するように音が弾け、俳優のほとんど雄叫びに近い大声がフロア中に響き渡った。
真希は目を閉じて腰を振っている。俳優の目に血が入り、ゆっくりと赤が画面に侵食していく。
- 11 名前:_ 投稿日:2005/03/14(月) 01:58
-
◇
「ねえ、渋谷行こうよ、渋谷」
梨華がハッシュポテトを頬張りながら言った。
窓の下では、暗い色調の傘の群れが蠢いている。
時折見える赤や黄色の傘が物悲しい。向かいのビルの罅割れに雨が黒く滲んでいる。
窓ガラスに打ちつけられていた雨粒がビル風に飛ばされ、バチバチ音を立てる。
「ねえ、渋谷行こうよ。お金入ったんだ」
紙ナプキンで唇と指を拭い、梨華がポケットから無造作に札束を取り出す。
「ほら、すごいでしょ。14万あるんだよ?」
「どしたの?」
「これね、街歩いてたらおじさんがくれた。援助交際ってやつ? 一緒に歩くだけで3万、
ご飯食べに行って5万、腕組んだり笑顔で会話するだけでもお金もらっちゃった」
「そんな景気のいい人、まだいるんだ」
「ね、すごいよね」
梨華の唇が油に濡れて光っている。沈鬱な空模様を拒絶するかのような明るい表情で札束を広げて扇いでいる。
扇いであげようか? 梨華はパタパタパタパター、とおどけながら俺を扇ぐ。
- 12 名前:_ 投稿日:2005/03/14(月) 01:58
- 「浮かれすぎだよ」
俺がそう言うと、梨華は目を伏せて、ごめん、と言う。
「責めたわけじゃないからさ」
「だよね、ああいう生きてるだけ邪魔な家畜からは、どんどん搾取しないとね」
真顔で言った梨華に金を仕舞わせ、立ち上がり、階段を降りる。
雨に濡れた肩を払うサラリーマンやOLが無表情にレジ待ちの列を為している。
梨華が追いついてきた。渋谷に行くんでしょ? と聞き、俺が頷くと、嬉しそうな顔をして手を繋ぎ、
店の入り口にある傘を一本手に取り、外に出た。傘を開いて、やっぱり明るい色のほうがいいと店に戻り、
鮮やかなオレンジの傘を持ってきた。
「服ほしいから、荷物持ってよね。すっごい高くておいしいもの、ごちそうしてあげるから」
「この時間じゃ、まだ店開いてないよ」
「じゃあ、映画でも見て時間潰そうか」
梨華は傘を閉じ、切符買ってくるから、と券売機に向かっていった。
- 13 名前:_ 投稿日:2005/03/14(月) 01:58
-
◇
ここ数日、雨が降り続いている。湿った空気を思い切り吸い込み、欠伸する。細かい雨が静かに窓を叩く。
喉が渇いていた。枕元にあるワインの瓶は空で、手に届く範囲を探しても何もなかった。
壁に這わせて置いてあるオークのテーブル周辺にはZIMAの瓶が散乱している。
部屋に自分以外の存在がないことに違和感を覚え、
安堵と恐怖が同じだけ俺の中で噴き上がり、何も考えたくなくなる。
外から犬の唸り声が聞こえ、やめなさいルミちゃん、と言う女のがさついた声が聞こえる。
発酵したような匂いの息を吐くたび嘔吐感に襲われる。
乾燥しきった喉がカサカサと痛み、べとついた唾液を飲み込んだ。
しっとり濡れた空気が毛布から露出した俺の肩や腕を冷ます。
毛布を顎の先までずりあげ、目を閉じた。
- 14 名前:_ 投稿日:2005/03/14(月) 01:59
-
◇
「あんたと二人きりなんて久しぶりだね」
美貴が小さなプラスチックボトルに入った液体をワインに垂らしている。
「なにそれ?」
「知らない。梨華ちゃんが持ってた」
「梨華が持ってるのとか、やばいって」
「大丈夫でしょ」
笑いながらワインを一口飲み、味はべつにいつも通り、と言って俺にも勧めてきた。
断り、冷蔵庫からビールを取り出すと、美貴のグラスに合わせた。
真希が入ってきて、俺の隣に座った。
「あれ、よっすぃは?」
「なんかイタリアのキノコ食べたくなったから、って三人連れてレストラン」
ワインを飲み干した美貴が答えた。
「金持ちは食べ物も違うんだねぇ」
真希はそうしみじみ言いながら、積まれているCDの山を崩した。
「なにか聞きたいのない?」
「音楽はいいや」
俺が答えると、美貴が、無音で、と続いた。
「やべー、これかなりくるかもしれない」
美貴が顔を上気させて俺に寄り添う。
真希は1mgの細長い煙草を吸っていたが、不味そうに顔を顰め、灰皿に揉み消した。
「煙草ちょうだい」
「節煙するんじゃなかったの?」
「もういい。やめた」
煙草を渡すと、真希は吸いながら冷蔵庫のところまで歩き、
「何か作るけど、食べる?」
と聞いた。
美貴は充血した目をしぱしぱさせている。
俺が、なんでもいい、と答えると、真希は苦笑いで、
「そういうのが一番困るんだよ」
と冷蔵庫の中を漁った。
- 15 名前:_ 投稿日:2005/03/14(月) 02:00
- 「やべー、なんか美貴、すごい熱いんだけど」
へらへらと笑いながら、美貴が身を預けてくる。
真希が流しに煙草を捨てる。ジュッという音がここまで届いた。
俺は閉じている目を開けてやろうとすると、美貴は顔を背ける。
「目ぇ開けると痛い」
美貴の額に手を当て、首筋にも同じように手を当てる。
かなり熱を持っていた。
美貴を抱えてベッドに寝かせ、窓を開けた。
冷えた空気が足元に流れ込んでくる。
「なに? これヤバイの?」
真希が様子を見に来る。
ベッドに横たわっている美貴は、息を荒くさせて苦しそうに寝返りを打っている。
「わかんないけど、大丈夫だろ」
「酒飲んでただけでしょ?」
「いや、梨華の持ってた薬みたいなの入れてたから」
「そうなんだ。じゃあ、しょうがないね」
そう言って真希は、テーブルを指差した。
「本当に簡単なものだよ。パスタ」
バジルの葉が散らされたパスタが湯気を立てている。
真希はオリーブをつつきながら、俺の口元を見つめている。
「おいしい?」
「おいしいよ」
安心したように頬を緩め、食べ始めた。
「真希って本当に料理うまいよな」
「好きだから」
「そっか」
フォークを置き、ワインセラーから白を取り出し、真希に聞いた。
「こういうパスタって白のほうがいいんだよね」
「うん。どっちでもいいけど、白のほうがいいかも」
- 16 名前:_ 投稿日:2005/03/14(月) 02:00
- 真希が心配そうに美貴を見ている。
「大丈夫だよ」
そう言い、グラスを二つ置き、注いだ。
「見た感じ落ち着いてきてるしね」
「じゃあ、乾杯」
小さな空泡がグラスの底から立ち昇っている。
「おいしいな、このワイン」
「わたしの料理もおいしいで、このワインもおいしい、って他に言うことないの?」
不服そうな顔をした真希は、鼻にかけた声で目を細くさせて甘く睨む。
「真希と結婚する男、幸せだな」
「じゃあ、結婚してあげてもいいよ」
「いや、俺はひとみと結婚するから」
「金持ちだから?」
「そう。金持ちの息子になる。真希を愛人にしてやってもいいよ」
真希は頬杖つきながら、ふっと口元を歪めて笑う。
「もうすぐ、こんなバカなことも、そうそうやってられなくなるんだよね」
「なんで?」
「だって、もう今年で二十歳じゃない」
「まだ二十歳、だよ」
「だってわたし、中学生くらいのとき、二十歳になる前に死のうって思ってたもん」
物憂げな顔をしてワインを飲み、オリーブを摘んで口に放り込んだ。
- 17 名前:_ 投稿日:2005/03/14(月) 02:00
-
◇
「よっすぃ、そんな勢いよく混ぜなくてもいいんだって」
「ダメ?」
「うん、ダメ。さっくり混ぜる感じでいいの。あんま混ぜすぎると固くなっちゃうから」
「さっくりって意味わかんないんだけど」
「粉が生地に混ざったらそれでおしまい、もういいよ、それくらいで」
真希とひとみが菓子を作っている。
「なあ、梨華。いいだろ?」
ジロが梨華の肩を抱いて、ねだっている。梨華はぶすっと頬を膨らませて、無視している。
「私、風俗じゃないし」
「そんなこと言わないでさ、な? 頼むよ」
「今はそんな気分じゃない。一人ですればいいじゃない」
「そりゃそうだけどよ」
「じゃあ、10万」
二人のやりとりを見ていて、ミツルが笑う。
昼間なら3000円くらいでしてくれるとこあるだろ、とジロの鞄を放り投げた。
「ばばあに抜いてもらってこい」
- 18 名前:_ 投稿日:2005/03/14(月) 02:00
- 「だから、なんでお前はいつも煙草のフィルターでやろうとするんだよ」
美貴が腕をまくりながら文句を言う。
「何でやっても一緒だろ」
溶液を滲みこませたフィルターに針を刺した。
「なんかイメージ悪い」
「お前、最近量増えてないか?」
縛るものが見当たらない。俺は美貴の腕を強く握り締め、浮き上がった血管に針先をあてがう。
白い肌が一瞬窪み、針が沈んだ。溶液をゆっくり注入し、針を抜く。
目を閉じ、吐息を漏らした美貴の腕で珠になった血液を舐めた。
「あっちー!」
余熱されたオーブンに手を突っ込んだひとみが悲鳴をあげた。
真希がひとみの手を蛇口の下に引き寄せ水を流し、空いたほうの手でボールを取り出し、氷を入れて水を注ぐ。
美貴が体を預けてくる。梨華がひとみの様子を見に行く。ジロは不貞腐れて寝ている。ミツルは本を開いた。
- 19 名前:_ 投稿日:2005/03/14(月) 02:01
-
◇
ひとみの父親は俺達など見えないように待たせてあった車に乗り込み、そのまま去っていった。
それでも、ひとみは父親を見送った。
信号で止まっていた車が完全に見えなくなると、ひとみは鼻から息を吐いて、言った。
「悪いね、おかしなことに付き合わせて。疲れたでしょ」
「疲れた」
「国とか社会とかがどうの、って幻想に生きてる奴だから」
「いいよ、ひとみのドレス姿も見れたし」
ひとみは落ち着いた紫色のドレスを着ている。今日、父親と会うために買ったものだ。
「うっせ。私がこうやって苦労してるおかげで、お前らも好き勝手暮らしてられるんだろうが」
「それよりさ、このスーツ貰っちゃっていいの?」
「どうせあいつの金だから。でもお前、スーツなんて着る機会ないだろ」
ガードレールに腰掛けたひとみが、ハンドバックから煙草を取り出す。
堕落した娘か、と呟き、火をつけた。大きく吸い込み、溜息と共に吐く。
- 20 名前:_ 投稿日:2005/03/14(月) 02:01
- 「これでもさ、昔はサッカーとかやっちゃってたんだよ?」
「女なのに?」
「ばっかおめー、今の時代は女だってサッカーするんだよ」
「ヘラクレスみたいな女ばっかなのかな」
「どうせなら、アマゾネスって言ってよ」
ひとみは煙草を踏み潰した足に力を入れる。
「ダメだわ。全然力入らない。筋肉融けて、脂肪になっちゃったし」
俺は自販機でコーラを買い、ひとみに「飲む?」と聞いた。
ひとみは首を振る。
コーラの炭酸が高いワインで粘ついた喉に痛い。ミュールを指先にぶらさげて振っているひとみに聞く。
「なんでサッカーやめたの?」
「男には絶対勝てない、って気付いたから」
車道をちらちら見ていたひとみが、タクシーを止める。
「電車、まだ余裕であるよ?」
「いいよ。めんどくせー」
ひとみはタクシーに乗り込むと、運転手を人とも思わないような口調で行き先を告げた。
- 21 名前:_ 投稿日:2005/03/14(月) 02:01
-
◇
喪服姿の俺たちは斎場の前で追い返され、そのまま帰ってきた。
扱いに一番怒っていたジロは玄関に座ったまま動こうとしない。
ひとみは諦めたように絨毯に寝転がり、天井を眺めている。
ソファに座った美貴はガボガボとウィスキを逆立て、その半分を吐き出し、昏倒した。
梨華は泣きながら美貴の服を替え、俺を呼んだ。
美貴を抱え、ベッドに横たえる。
澱んだ目をした美貴は、手探りで俺の頭を掴み、唇を押し付けてきた。
酒臭い舌が俺の舌を絡めとる。酸素が体から消え、心臓が警鐘を鳴らすまで唇を吸い、離れた。
胸を大きく上下させながら、美貴は気絶するように眠りに落ちた。
- 22 名前:_ 投稿日:2005/03/14(月) 02:01
- 真希が無言で料理を始める。鬼気迫る顔で葱を刻む真希には異様な危うさがあった。
俺は一人掛けのソファに身を沈め、足を伸ばした。
梨華は拗ねたようにライターをカチカチ鳴らし、揺らめく炎を見つめては吹き消している。
部屋を振り返った真希と目が合う。寂しそうに頬を歪め、食べなきゃいけないような気がして、と言った。
「終電、じゃないか。回送電車に飛び込むなんてミツルらしいよな」
ひとみが零す。梨華が嗚咽を漏らし始めた。ジロが部屋から出て行った。
ぐちゃぐちゃにカットされた肉がたっぷり入った焼飯を持った真希が俺の上に座る。
スプーンで肉をつついていた真希が呟く。
「わたし、もう嫌なんだけど」
「そのときが来たら、俺が殺してやるよ」
そう言って真希を強く抱きしめた。
- 23 名前:_ 投稿日:2005/03/14(月) 02:01
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- 24 名前:_ 投稿日:2005/03/14(月) 02:01
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- 25 名前:_ 投稿日:2005/03/14(月) 02:02
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