7 痾炎

1 名前:7 痾炎 投稿日:2005/03/13(日) 19:40
7 痾炎
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 19:40
あんまりよく覚えてないけど、それはある晴れた昼下がりの出来事だった。
わたしはお母さんと二人で、家路を急いでいた。駅前から商店街を抜けて
住宅街にはいると、昼でもほとんど人通りがなくなる。時々近所の人と
すれ違うことがあるけど、顔見知りの人ばかりで、ということはここで知らない
人と会うということは、ちょっと嫌な出来事だということだ。

そのときもまた、電柱の影から、急に何の前触れもなく男の人が飛び出して
来て、それはもう、大げさな言い方じゃなくて、わたしの目には本当に、電柱の
裏にバネ仕掛けのマシーンかなにかが置いてあってそのスイッチを誰かが
押したみたいに、ぽーんと飛び出してきた。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 19:40
わたしはびっくりしたけど、それ以上にお母さんが、見てて可哀想になるくらい
慌てふためいていて、それは、一月前のことだったけど、やっぱり同じように
うちの近くで今みたいに男の人がぽーんって飛び出してきて、なんていうか
わたしの目にはすごく危険極まりないというか、病気になった近所の野良犬
みたいに変で、変なまま普通っぽくしようとしてるのが余計に変な口調で
話しかけたりしてきたから、お母さんも狂った野良犬に襲われたときみたいに
慌てて鞄から出したカッターをぶんぶん振り回したら血が、赤いというよりも
黒いカタマリみたいにして顔から溢れて、後々色々とめんどくさかったりした
らしい、そういうことがあってすぐだったから、それこそ本当にお母さんは
可哀想なくらいに、途方に暮れていた。どうしていいのか、わたしは分からな
かったけどお母さんはもっと困っていたみたいだったから、仕方ないので
本当はものすごく怖かったしやけに脂ぎっててらてらした肌がとても気持ち悪
かったんだけど、わたしはじっとその男の人の、顔からちょっと下の、襟元の
あたりをびくびくしながら見つめた。

灰汁みたいな色をしたジャンパーの下にTシャツを着ていて、首のところが
濡れた新聞紙みたいによれよれになってたけど、そこらへんを瞬きもしないで
じっと見ていた。ふらふらと薄汚れた蛾が飛んできて、汚いシャツに止まった。
男の人は気付かないみたいで、わたしたちになんかもごもごと話しかけて来て
いたけど、なに言ってるのか全然分からなかった。お母さんはわたしをかばう
みたいにして前に立っていたけど、わたしはお母さんの腕を掴むと後ろに
引っ張った。お母さんは驚いてわたしに何か言おうとしたけど、わたしはもう
男の人を見るのをやめて、お母さんの腕を引いて駅の方へ逃げていった。
そのときのことは、あまりニュースにはならなかった。どこかでなったのかも
しれないけど、わたしは見なかった。

わたしはちょっと安心した。でも男の人のことを考えて、ちょっと哀しくなった。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 19:41



5 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 19:41
梨紗子ってさー、
とか、
ねえねえ知ってる? あの子、
とか、
そういうセリフは大概わたしに向けられたものじゃないのに、どういうわけか
いつもわたしの耳にはいるような場所と声のボリュームで出てくるので、
多分わたしに聞かれないように影でこういうことをいっぱいいっぱい喋ってる
んだぞということをわたしに知らせるために、とても回りくどい方法をとっている
んだろうな、あれこれと考えたあげくにそんな結論に達した。

わたしは高校生になっていた。歌は売れないので出せなくなって、今はたまに
CMに出たりドラマに出たりしている。でもこういう仕事は昔の方が忙しくて、
今は生活の中でせいぜい3割くらいだった。
周りはけっこう普通にわたしのことは知っていて、それもあまりいい風には
知られてないみたいだった。どういう風にかというと、それもさっき書いたみたい
な、遠回りで直接的な雰囲気だけで伝え聞いただけなので、実はよくは
分からないんだけど、わたしが過去にやってきたことは同年代の女の子から
みたらあまりおしゃれなことではなかったみたいだ。哀しい。とても哀しいこと
だったけど、まだまだこれからだと思う。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 19:41
もう一つ変な噂があって、というか、一つ一つ数えていくとものすごい数になり
そうなんだけどとりあえず一つだけ、それはわたしは男の子が大好きで日々
取っ替え引っ替えしてるという、そんなことだった。
昔のメンバー仲間にこの話をしたら、その手のひそひそ話はちょっとカワイイ
女の子には必ず言われるものだし、必ず言い出しっぺはぶさいくな女の子が
妬み嫉みで始めるとても原始的なひそひそだから気にしないでほっとけばいい
って言ってくれていたので、ほっといたらいつの間にか女の子だけじゃなくて
男の子にまで言われるようになってしまって、とても困っている。

窓際の席に座って午後の授業を受けていると、後ろからぽんぽんとゴミを
ぶつけられていた。授業に集中できないのでやめて欲しかったけど、わたし
がそんなことを言おうものなら、先生からも、菅谷はどのみちバカだから
集中しようがしまいが同じだろう、なんて嘲笑されてクラスのみんなにも
笑われるだろうから、逆に机の端にたまっていた消しゴムのカスを集めると
後ろに座っている不特定多数に向かってぶちまけてやった。多分数人は
とばっちりだろうけどゴミを投げている犯人を見て見ぬふりをしているんだから
わたしからすれば同罪だった。

ゴミは飛んでこなくなったけど、さざ波みたいに嫌な感じの声が広がっていって、
そのうちすぐ後ろに座ってる、名前は覚えてないので仮にXさんとしておくけど、
そのXさんががんがんとわたしの椅子の足を蹴り始めて、あんたムカつくから
放課後屋上まで来いよ、逃げるなよ逃げたらもっとひどいことをなんちゃらとか
ゴボゴボした声で喋り始めた。その日は学校が終わってからすぐ仕事が
入っていたんだけど、あまりひどいことをされるのも嫌だったので取りあえず
屋上には行ってみることにした。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 19:41
掃除が終わってからすぐ屋上にあがったら、もう十数人くらいの女の子たち
と数人の男子が待ちかまえていた。わたしはあっという間にフェンスの側まで
追いつめられると、わーわーという喚声に取り囲まれていた。間延びした声、
声、声が上へ下へと入り交じってなんだか洗濯機の中に放り込まれたみたいな
気分になった。わたしのすぐ側に立っていたのはXさんで、Xさんはやっぱり変な
ゴボゴボした声でさーちょーねーとか間延びした音ばっかり耳に残る言葉を
吐き出しながらわたしをしつこく小突いていて、頭も体も耐え難い状態になって
きたので空を見上げると、ぱたぱたとみすぼらしい蛾が一匹、羽ばたいていた。
そしたらひどく足を踏みつけられて、あんたなに笑ってんだよ今のじょーきょー
分かってんのかよこのアホがなんていわれたので、わたしはどうにもこうにも
困ったのでへらへらと蛾が飛んでいるのを見ながら笑っていた。正直なところ
こんなときにどんな顔をしたらいいのか、アホじゃなくても分かんないと思うし、
怒っていいのか泣いていいのか、わたしはどっちの感情もなかったらただ
感情がなくても出来る笑いを笑っていただけだった。でも目の端になんだか
てらてらした男の子の顔がいくつか見えて、急にげえっと吐きそうになって、
わたしはまた俯いた。足下にわたしの落書きだらけの汚い靴が見えた。

わたしは蛾から視線をXに戻すと、彼女のブレザーの胸元をじっと見つめた。
Xさんは余計に腹が立ったみたいで、おまえーちょっとなんとか言えよこのー
バカのくせにー調子にのってんじゃねーよーちょーうぜーむかつくーといい
続けている喉元を火の粉を散らしながら蛾が通り過ぎていって、また舞い
上がってブレザーのネクタイに止まって、オレンジ色の光だけ残して消えた。
ああそういえば女の子を燃やすのははじめてだったかもしれない、とちょっと
思って、でもわたしはいつもXさんって声も顔も性格も男の子みたいだなって
思ってたしここにも何人か男の子がいて吐き気がするみたいなてらてらの
顔でわたしを見ていたからしょうがないな、と思った。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 19:42



9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 19:42
家がね、焼けちゃったのよ、ふしんびで、そのとき、家にはりさこひとりだけ
だったんだけど、危なかったわ。わたしは蛾の話を聞いて欲しかったのに、
お母さんはちっとも聞いてくれないでそんな話を延々と続けている。

夏休みでおばあちゃんの家に帰っているときだった。わたしはお腹を壊して、
みんなが海に行くので出ていった後も、ずっと横になっていた。しばらくは
おばあちゃんが一緒にいてくれたんだけど、買い物に行くけどすぐ戻って
くるからといって出て行ってしまったので、一人で残されてしまった。すぐ
戻るっていうから待っていたのに、全然戻ってこなかった。わたしのすぐと
おばあちゃんのすぐは、大分違うみたいだった。わたしは退屈で退屈で、
でも体はだるいので起きあがる元気もなくて、ただじっと天井の隅にある
黒い染みを見つめていた。おばあちゃんの家の天井は見たこともないような
色で、縦横に線が入って他にもうねうねとした模様があってとても不思議
だった。わたしがうねうねを目で追って行くと三角形を二つつないだみたいな
形の影を見つけて、目をそらせなくなった。

そのとき、部屋の隅っこの方でかたかたとなにかの音がして、わたしが目を
向けるとどこに隠れていたのか、見たことない男の子が無表情で立っていた。
子供のわたしの目にはずいぶん大きく見えたけどよれよれの紺色の制服を
来ていて、なんで夏休みなのにそんな服装なのかとても不思議だったんだけど、
そういえば別の親戚の家族が後で来るとかいってたからその人なのかもしれ
ないってちょっと思った。男の子は無表情なのになんだかやけに息があらくて、
わたしの近くまですたすたと歩いてくると、わたしの体に触りはじめて、それが
すごく気持ち悪かった。汗がだらだら出てきてよけいに熱が出てきたみたい
で、でも怖くて何も言えなかったからまた天井を見上げた。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 19:42
影はじっと見ているとぱたぱたと動き始めて、舞い降りてきた。くすんだ色の
羽はずいぶんとみすぼらしくて、物置の隅でほこりを被っているぬいぐるみ
みたいだった。それはふらふらと天井とわたしの真ん中らへんの場所を
回った後、パラパラとオレンジ色に光る粉をまき散らしながらまたさっきいた
天井の隅に戻っていった。そして、黒ずんでいた場所はさっきと違ってオレンジ
に光っていた。それはすぐに広がって、天井をあっという間に飲み込んで
しまった。わたしはびっくりして男の子を突き飛ばすと立ち上がって何歩か
後ろに下がった。男の子はあっけにとられたみたいにわたしを見ていたけど、
口を開いてよく分かんないことを叫び初めて、でも天井で起きていることには
全然気付いてないみたいだった。

突然、爆ぜて飛んできた破片が腕にぶつかって、熱さと痛さでわたしは
びっくりして、体がだるいのなんて忘れて表に飛び出していったけど、その
すぐあとに天井が落ちてきたみたいだった。男の子が悲鳴を上げるのが
聞こえたけどすぐにばちばちいう音に飲まれて聞こえなくなった。外には
誰もいなかったのでそのままじっと門の横にしゃがみこんでおばあちゃんが
帰ってくるのを待とうと思った。じっと待っていればなんとなく大人になったんだ
なんて褒めてくれそうな気がしたけど、気付かないうちに腕を押さえてわんわん
と泣きわめいていた。すぐに、周りの家の人が飛び出してきた。

わたしは色々と聞かれたけど、わたしがなにかして家を燃やしたんじゃない
ってことは後で調べてちゃんと分かったみたいだった。わたしはずっと、家族の
みんなから疑われていたことが、とても哀しかった。いくら調べても原因は
分からないみたいで、ただわたしの寝ていた部屋の天井が、古かったせいで
急に燃え始めたらしいっていうけつろんになった。なんだか、あの埃だらけで
よたよたとしか飛べない、チョウチョの出来損ないみたいな虫のことが、やけに
哀しいと思った。

包帯で腕をつっていたのは、ローラースケートで転んだからだって周りには
言った。あまりそのときのことは思い出したくなかった。思い出すとまた
目の前にあの可哀想な虫がぱたぱたと羽ばたいて来そうだったから。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 19:43



12 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 19:43

心の底からうんざりしていた。夏の殺人的な日差しが窓から差し込んできて
いて、つけっぱなしのワイドショーの話題も殺人とか誘拐とか痴漢とかそんな
話題ばっかりだった。テレビなんてうるさいから消して欲しかったけど、そのため
にわざわざ口を開くのもうんざりで、テレビのわーわーいう音があったほうが
多分いろいろと都合がいいんだろうし、それならそれでいちいち議論したくも
なくて、わたしはただ、もうとにかく時間が早く過ぎ去っていってくれるのを
待つばかりだった。

別に持っていてもいいのになんだかまわりは早くそんなものは捨てた方がいい
ってしょっちゅう言ってて、なんでいちいちそこまで言われないといけないんだ
お節介な人たちだなって思っていたんだけどそれでも気になることは気になる
ので、結局なりゆきでこんなことになっていた。本当は逃げ出したかったけど
それも子供みたいでカッコ悪いんじゃないかって思ったり、あとやっぱり外は
暑いしここは気持ち悪いけどクーラーは効いてるから、なんて思ってたんだけど
やけに体温の上がっている肌と触れ合うと本気で気持ち悪くなってきて、頭の
中でなにか時間が早くすぎていってくれる魔法か何かなかったっけ、そういえば
友達が、退屈な授業中にはこう、とか話してたけど肝心のその方法が思い出せ
なかった。しょうがないので丸洗いしたみたいに真っ白な天井を見ていた。彼の
息づかいはひどく耳障りで、まだ表で鳴いてるセミと一緒に段ボールにつめられる
刑にでもされたほうがマシな気がした。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 19:43
結局また蛾が見えた。わたしはもう驚かなかったし、このあとに起こることも
知っていた。するとなぜだか、わたしに乗っかっている彼のことがとても哀しい
存在に思えてきた。蛾はこんな真っ昼間の太陽がさんさんと照っている中に
呼び出されてとまどってるみたいによたよたと羽を上下させながら部屋を旋回
していた。わたしはどこも見ていなかったのに、彼が急にわたしの顎をつかむと、
顔を近づけてきた。びっくりしてわたしは目を見開いて彼のことを見つめて
しまったら、彼は、なんだこの女は雰囲気悪いなあみたいな感じの表情に
なったので、わたしは彼の顔の真ん中にオレンジ色が残っても、結局いつも
と同じで自業自得なんだな、と思ってうんざりした。なによりも皮膚とか肉が
焼けるとき、こんなに悪夢みたいな臭いが出るってことにうんざりして、わたし
は彼の部屋のユニットバスによたよたと逃げ込むと、さっきからの全ての不快な
感情を絞り出すつもりでげえげえとトイレに吐いた。そのあと少し落ち着いたの
でシャワーを浴びて部屋に戻って服を着た。小さな勾玉みたいな形をした
テーブルの横にぶすぶすと燻っているのを見て、ちょっと哀しくなったけど、
臭かったので鼻をつまみながら窓を開けた。じりじりと鳴くセミの声と夏の
熱気が舞い込んできて、あっという間に汗だくになった。と、彼が少しだけ
体を伸ばそうとして、がさがさと音を立てながら、丸まっていた体がぱたんと
広がった。わたしは昔やってたゾンビごっこを思い出して、なんだか涙が出て
来て、それはでも汗が目に入ったからなんだろうな、って思った。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 19:43
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15 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 19:43
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16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 19:43
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