2 水酸化ナトリウム水溶液でごわす

1 名前:2 水酸化ナトリウム水溶液でごわす 投稿日:2005/03/11(金) 01:15
2 水酸化ナトリウム水溶液でごわす
2 名前:2 水酸化ナトリウム水溶液でごわす 投稿日:2005/03/11(金) 01:17
女子高生が明るい喧騒でもって、電車に乗り込んできた。おれの周りの人達は皆、眉をしかめた。
おれも見かけ上は読んでいた本をパタンと閉じて、不愉快そうにため息をついてはいたが、
実際の心の中としてはかわいい女子高生万歳という気分だったので、ヤレヤレという顔をして、
女子高生の方を非難じみた目で見るフリをしていながら、実際はエロい目で彼女らを見ていた。
腕組みをして、眉間にシワを寄せて、じっとりとしたエロい目で彼女らの太腿を見つめていた。

女子高生は五人グループだった。どういう訳か、一人明らかな違和感を伴っていながらも、
奇妙にその場に同化しているOL風が一人いて、結局のところその女子高生とOL風のグループは、
六人グループのようだった。おれは自分の本来の趣向から外れて、そのOL風になんとなく興味を持った。

女子高生達は六人がまとまって坐れる席が無かったのか、入り口付近に固まって立っていた。
地べたにベタッと坐ってしまわなかった事を、おれは感心しもしたし、残念にも思った。

彼女らは化学の誰某がウザいとか、今日の数学の誰某の鼻毛がいつもよりものごっつかったとか、
そんなくだらないことを大声で話していた。OL風は会話に加わるでも、会話を止めるでも無く、
微笑ましそうに彼女らの話を聞いていた。時々入れる合の手のタイミングが絶妙だった。
3 名前:2 水酸化ナトリウム水溶液でごわす 投稿日:2005/03/11(金) 01:17
「そういえば圭ちゃん、転職するんだって?」

突然、一人の女子高生がOL風にそう話掛けた。その子は他の子がくだらない話で盛り上がってる時にも、
あまりその話へ参加していなかったので、おれはOL風の次に、その子に関心を持っていた。
一瞬、彼女らは沈黙した。OL風はその沈黙に焦ったのか、非常な早口で言った。

「うん、今勤めてるとこはもうダメだから見限った」
「へー、圭ちゃんに見限られるなんてよっぽどだね、その会社」

その子はなんでもないことのようにサラッと言った。
他の女子高生が「ちょっとごっちん」とやや青い顔をしてその子をたしなめた。
その一方で、圭ちゃんと呼ばれたOL風はちょっとこわばった顔をしていた。
しかし、OL風の機転はやはり素晴らしい物で、スッと表情を崩すと大袈裟な身振りをつけながら、

「そうね、私に見限られるなんてよっぽどよ、ウチの会社は、
 ……ってオイッ!失礼だろっお前!私に対してっ!失礼であろうがっ!」

とノリ突っ込みをしたが、そのノリ突っ込みは痛々しく車内に響いた。
周りの女子高生達もクスリとも笑わなかったが、おれは一人で必死に笑いを噛み殺していた。
4 名前:2 水酸化ナトリウム水溶液でごわす 投稿日:2005/03/11(金) 01:18
「な、何よ、分かったわよ!降りるわよ!ここで降りればいいんでしょ!」

そう言うとOL風は「ちょっとどいてよ!このハゲ!馬鹿!」と言いながら、
目の前に坐っていた中年会社員のハゲ頭をペシペシと叩いた。
その会社員は「失敬な」とかなんとか言いながら、涙目で席を立った。
OL風は窓を開けると、そこからアッという間に飛び降りて、見えなくなった。

車内は一瞬騒然としたが、OL風が飛び降りた窓から、恐らくは懸垂の要領で、
「ハハハ、ジョークジョーク」と顔を出すと、車内はますます騒然とした。
おれは思わず大笑いしてしまった。

しばらくすると、車掌がこの異常な事態に気付いたのか、電車は緊急停車した。
駆け足でやって来た車掌や、周りの男達の力によって救出されたOL風は、真っ赤な顔をして俯いていた。
そしてOL風はそのまま車掌に説教をされて「自覚が無かったとしか言いようがない」と謝罪していた。
女子高生達は他人のフリをして、別の車両に移って行った。ただごっちんと呼ばれた子だけは、
その一部始終をずっとツマラナサそうに眺めていた。おれもニヤニヤしながら、それをずっと眺めていた。
5 名前:2 水酸化ナトリウム水溶液でごわす 投稿日:2005/03/11(金) 01:19
二人が連れ立って電車を降りたところで、追いかけて行って声を掛けた。
振り向いた二人の顔を近くで見ると、ごっちんと呼ばれた子は幼さと美しさを同居させた、
不思議な魅力のある子だった。圭ちゃんと呼ばれたOL風は、味わいのある顔をしていた。
二人は不信感丸出しの顔でおれを見つめていたが、おれは名刺を差し出して言った。

「僕はこういう者なんですが、芸能界に興味はありますか?」

二人は名刺を受け取ると、驚いた顔をして互いの顔を見合わせた。そしてOL風が言う。

「ちょっといいですか?」
「はい?」
「いや、ちょっと時間をください」

そう言うと二人はおれからやや離れたところで内緒話を始めた。
だが、内緒話とは言ってもワザとかと思うほどつつ抜けにその会話は聞こえた。
6 名前:2 水酸化ナトリウム水溶液でごわす 投稿日:2005/03/11(金) 01:19
「詐欺かな?」
「んー、詐欺かもしんないねー」
「うさんくさいもんね」
「うん、臭い臭い」
「こないだもなんかあったよね、芸能界に入れてやるから金振り込めとか」
「あったあった」
「やっぱ危ないよね」
「うんうん」
「逃げちゃおうか」
「そうしようか」
「よし」
7 名前:2 水酸化ナトリウム水溶液でごわす 投稿日:2005/03/11(金) 01:20
おれはツカツカツカと歩いて行って「お話はお済みですか?」と声を掛けた。
二人はビクッとしてこちらをチラッと見ると、子猫のような素早さで駆け出した。
おれは思わず声を荒げる。

「待てっ!」

「たすけてー」
「キャー、たすけてー」

二人は大声を上げながら街を駆けて行く。意外に足が早い。スーツのおれは少し不利だった。
だが、相手は女二人で、しかもスカートを履いている。つまりそれが何を意味するか、というと、
それはメルヘンを意味する。

「待てよ!」

「キャーキャー」
「たすけてーたすけてー、ヘルプミー」

楽しくなってきた。
8 名前:2 水酸化ナトリウム水溶液でごわす 投稿日:2005/03/11(金) 01:20
「待てってば!」

「イェーイいぇーい」
「ヘールプ、アイニードサムバディー♪」

ピースフルな気分になってきた。

「待ってくれよ〜」

「チェケラッチョチェケラッチョ」
「ゲロッパゲロッパ」

なんでも出来る気がしてきた。

「Say!ワッハハ」

「ヨッホッホ」
「うへへうへへ」
9 名前:2 水酸化ナトリウム水溶液でごわす 投稿日:2005/03/11(金) 01:21
おれは遂に疲れてヨロヨロとその場に倒れ込む。前方を走っていた二人も立ち止まって、
こちらを心配そうに見守る。おれは生涯で最高の笑顔を作ると言った。

「水酸化ナトリウム水溶液でごわす」

「水酸化?」
「ナトリウム水溶液?」

二人は不思議そうな顔をして互いの顔を見詰め合う。おれは軽くふきだしながら言う。

「で、ごわす」

三人でワハハハと笑った。そして一緒に手をつないだ。
夕日が落ちる海岸線へ向けて、スーツと靴を脱ぎ捨てて走った。
10 名前:2 水酸化ナトリウム水溶液でごわす 投稿日:2005/03/11(金) 01:22
海に辿り着くと、おれ達三人は堤防に腰掛ける。おれは暖かい気持ちで夕日を見る。
チラチラと少しずつ落ちていく夕日を見ていると、胸が詰まる思いがした。

「水酸化ナトリウム水溶液でごわす」

彼女らはそう言ってはおれの方を指さして笑っていた。ケラケラと笑っていた。
圭ちゃんは「よっしゃー!脱ぐぞー!」と海に向かって叫んだ。ごっちんは「よっ!」と囃し立てた。

「やめろやめろ、誰もお前の裸なんて見たくない」

おれは思わずそう言ってしまった。圭ちゃんは少し表情を固くしたが、すぐに崩した。

「そうね、私の裸なんて誰も見たくないわよね、
 ……ってオイッ!失礼だろっお前!私に対してっ!失礼であろうがっ!」

おれはクスリとも笑わなかった。もちろんごっちんもつまらなさそうに海を見つめていた。
11 名前:2 水酸化ナトリウム水溶液でごわす 投稿日:2005/03/11(金) 01:22
「な、何よ、分かったわよ!飛び降りるわよ!ここから飛び降りればいいんでしょ!」

そう言うと圭ちゃんは海へ飛び込んだ。しばらくは「ハハハジョークジョーク」と言いながら、
ぷかぷかと浮いていた圭ちゃんだったが、その日の潮の流れは少しきつかったのか、
見る見るうちに沖へ沖へと流されて行って、終いには見えなくなった。

おれとごっちんはそれを見て、笑った。互いの顔を見詰め合って、笑った。
そしておれは懐から名刺を取り出すとそれをビリビリと破いて、海に捨てた。
おれの今までの肩書きはBUBUKA編集部専属ルポライター。それを破いて捨てた。
ごっちんはおれがそうしているのを、別段気にする風でもなく見ていた。

「圭ちゃん、大丈夫かな」
「大丈夫さ、生きてること自体が冗談だから」
「それもそーだ」

ごっちんは力無くハハハと笑った。やっぱりどこか寂しそうだった。
おれはごっちんの肩を抱いてやりたいと思ったが、その資格は無いと思って、
ごっちんの目をただジッと見つめていた。ごっちんはポツリと呟く。
12 名前:2 水酸化ナトリウム水溶液でごわす 投稿日:2005/03/11(金) 01:23
「水酸化ナトリウム水溶液でごわす」

おれは胸が締め付けられる思いがして、愛しくて仕方が無くなって、もうしょうがない、
おれは自分の欲望を半ば吐露するような形で、次の台詞を吐いた。

「そうか、水酸化ナトリウム水溶液でござったか」
「うむ、水酸化ナトリウム水溶液でござる」
「かたじけない」

おれは海に身を投げた。そしてクロールをした。圭ちゃんは遥か遠くに流れて行ってしまった。
おれはクロールをしている。圭ちゃんは流されて行ったのに、おれはクロールをしている。
つまり、おれの方が早い。おれの方が強い。おれは胃腸虚弱。でも強い。
13 名前:2 水酸化ナトリウム水溶液でごわす 投稿日:2005/03/11(金) 01:23
後ろをチラリと顧みると、ごっちんはへらっと笑って手を振っていた。
無防備なスカートから薄いブルーのパンツが見えた。おれもニタッと笑って手を振り返した。
ごっちんは突然立ち上がって叫んだ。

「水酸化ナトリウム水溶液でごわす!」

生きてること自体が冗談。おれは息継ぎの度にそう呟きながら、
ひたすら圭ちゃんに追いつくためにクロールをした。クロールをし続けた。

圭ちゃんに追いついたらまず謝ろうと思った。すまない、おれはごっちんを愛してる。
だから何?と言っておれの頬を張る圭ちゃんの姿が目に浮かんだ。
おれは一人で笑いを噛み殺して、ひたすら泳いだ。
次第に自分が何をしているのか分からなくなって来た。
それでもおれは手を動かすのを止めない。泳ぐこと自体が冗談だからだ。
生きていること自体が冗談だからだ。でもおれはその冗談を本気でやりたいからだ。
14 名前:2 水酸化ナトリウム水溶液でごわす 投稿日:2005/03/11(金) 01:24
息継ぎをしようとして大きく息を吸うと、水を飲む。辛い辛い辛い。
おれはアッと思うと、つい口走った。

「水酸化ナトリウム水溶液でごわす」

溶けていくおれとお前。すべてはモーニング娘。のために。
15 名前:2 水酸化ナトリウム水溶液でごわす 投稿日:2005/03/11(金) 01:24

−了−
16 名前:2 水酸化ナトリウム水溶液でごわす 投稿日:2005/03/11(金) 01:26
ほら長い長い人生を少し駆け出したけれど(イエーイ)
17 名前:2 水酸化ナトリウム水溶液でごわす 投稿日:2005/03/11(金) 01:26
AH青春さ 一休みもいいさ
18 名前:2 水酸化ナトリウム水溶液でごわす 投稿日:2005/03/11(金) 01:27
DANCEしちゃいなよ

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