33　スローステップ

1 名前：名無飼育さん 投稿日：2004/11/23(火) 23:39

「すずめよりは高く飛べるよね？」
そう言って彼女は、大空へ高くジャンプした。

2 名前：33　スローステップ 投稿日：2004/11/23(火) 23:40

　そしてすぐに落ちた。
　昨晩の雨で湿った黒土と生い茂った青草のおかげか、彼女はうめき声を上げながら、それでもすぐに横たわっていた半身を起こした。
「無理しないの、このバカ」
　私は慌てて彼女に駆け寄る。
　右の足が痛むのか、彼女はうまく立ち上がれないでいた。
　格好つけたような、ちょっと柄の悪い黒のサングラスの下の大きな目がわずかに泳いだのを、私は見た。
「ひねったの？　足」
　私が聞くと彼女は起こったように声を荒げて、
「い、痛くなんかねーしー」
　と言い返してきた。

　私は彼女のことを、よく知っている。
　昔からそうだ。
　たいして痛くもないのに、大声で痛い痛いと騒いだり、本気で痛いのに、大丈夫だと強がってみせたり。
　素直じゃない。

3 名前：33　スローステップ 投稿日：2004/11/23(火) 23:41

「ケガ、まだ直ってないのに無理してまたケガ増やして、ほんっとうにバカだね」
「うるせーよ」
　その場から自力で動けないでいた彼女を私は強引におぶって、ケヤキの根元まで運んだ。
「ほら、見せてごらん」
「……」
　機嫌の悪そうな、むっつりとした表情。
　それでも彼女は抵抗をしなかった。
　足首、くるぶしの少し下の部分が、赤紫に腫れていた。
「捻挫かなー、まったくもうー」
　ティシュとか絆創膏くらいなら、私も一児の母だ、エプロンのポケットに常備している。
　だけど、捻挫の際の処置に必要なものといえば湿布、または冷水、氷。
　残念ながらそこまでは用意していない。
「痛い？」
　患部を指で軽く押すと、彼女はびくりと肩を揺らし、顔をしかめた。
「……平気」
　まったく、頑固者だ。

4 名前：33　スローステップ 投稿日：2004/11/23(火) 23:42

「たしか、患部を心臓よりも上に上げるといいって聞いた気がする」
　彼女の脚をあまり刺激を与えないようにして持ち上げ、盛り上がった木の根に乗せた。
　骨ばった足を見て、ちょっと心配になる。
　そういえば、ちゃんと食べているのだろうか。
　そういう部分、私はあまり知らない。
「ねえ、痩せたでしょ」
「引き締まったんだよ」
「ちゃんとごはん、食べてるの？」
「食べてるよ」
「昨日の夕飯は何食べた？」
「ハンバーガー」
「おとといは？」
「ハンバーガー」
「バカ、そんなん食べてるからダメなのよ、あんたは」
　彼女はふいっと顔を背ける。
「うるせーよ」

5 名前：33　スローステップ 投稿日：2004/11/23(火) 23:43

　左の腕のケガだって、まだ治りきっていない。
　普通に、いつも通りの表情、態度でちょっかいを出してくる彼女のケガに、私は気づかなかった。
　左腕の骨に、ヒビが入っているらしかった。
　それに気づいたのが、つい先日のこと。
　私への嫌がらせに、私の子供にハンバーガーを食べさせる、そんなことでケガをした。
　彼女は妙なことで、しかも軽い気持ちで自らの命を放り出そうとするから困る。

　そして、まだ無理だという私の声を無視して、地上から数メートルの高さにある木の枝から飛び、　彼女は再びケガをした。
　自業自得。
　すずめをバカにしたばちが当たったんだ。

　それでも、このバカに気を許したり、なにかと優しくしてしまうのは、昔からの付き合いとかそういうものではなくて、多分そこに１ミリくらいのちっちゃな愛情があるからなのだと思う。
　彼女の無謀さとか、バカなところとか、性格の悪さとか、私はいつもそれに振り回されて、怒鳴って、ほっぺが腫れあがるくらいにひっぱたいたりもしたけれど、そこには確かに愛があった。

6 名前：33　スローステップ 投稿日：2004/11/23(火) 23:44

　彼女のどろで汚れた足を撫でるようにして拭き取っていると、はらりはらりと薄茶色の葉が私たちの上に落ちてきた。
　ふと上を見上げると、がさがさと木の葉のこすれ合う音と、愛しい我が子のぐずる声。
「ああ、お腹が空いたんだ、愛ちゅん」
「行ってやれば？」
「……あんたも来るの」
「──ぅお？」
　さっきよりもずっと強引に、彼女を背中に乗せる。
　思ったよりも、彼女は軽い。
　おぶりながら飛ぶのはなかなか困難だけど、少しずつ、枝から枝に飛び移るようにすればなんとかなる。
「や、やめろってば、バカかお前」
「うるさいなあ、ハンバーガーなんかより、もっと美味しいもん食べさせてあげるから、おとなしくしてなさい」
　私がそう言うと、彼女は黙って私の背中にそっとしがみついた。
　彼女のほのかな体温が無性に嬉しくていとおしくて、私は力強く羽を広げた。

7 名前：33　スローステップ 投稿日：2004/11/23(火) 23:44

8 名前：33　スローステップ 投稿日：2004/11/23(火) 23:44

9 名前：33　スローステップ 投稿日：2004/11/23(火) 23:44