31 drug,vegetable,attack.
- 1 名前:31 drug,vegetable,attack. 投稿日:2004/11/23(火) 23:31
- 31 drug,vegetable,attack.
- 2 名前:31 drug,vegetable,attack. 投稿日:2004/11/23(火) 23:32
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まっしろなカーテン、まっしろなベッド、まっしろなシーツ、まっしろな壁。
神経質なほどに白い部屋の中で、黄ばんだ天井だけが、唯一のリアルだった。
瞼が重く、こめかみの辺りから後頭部にかけて痺れている。
鈍い思考に、今が夜であることしかわからない。
体を動かすたび、筋繊維のあちこちが切り裂かれているような痛みが走る。
不意に吐き気が込み上げ、わけもわからずに吐いた。
あるもの全て吐き出しても、胃は痙攣し続けている。
吐瀉物が、ベッドに黒く染みを作った。
口の中、そして一帯に薬の匂いが起ち込める。
- 3 名前:31 drug,vegetable,attack. 投稿日:2004/11/23(火) 23:35
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いつからだろう。
あたしがこの部屋いっぱいに散らかった薬を多用するようになったのは。
これらのものは、言わば戦利品のはずだった。
なのに。
今のあたしはその色褪せた栄光を消費することでしか、自分自身を保つこと
ができないのだ。
部屋に散らばっている薬の箱たち。そのどれもが風邪薬などの、他愛もない薬
だ。それでも過ぎたるは及ばざるが如し、あたしの体には確実に悪影響を与え
はじめていた。
苛立ちは、さらに薬を欲する心に拍車をかける。
側にあった薬の箱を乱雑に掴み取り、破るようにして梱包を解いた。けれども、
中の銀紙とプラスチックが立てる乾いた音は、中身の不在を主張する。
- 4 名前:31 drug,vegetable,attack. 投稿日:2004/11/23(火) 23:35
- くそっ!
腹立ち紛れに、薬箱を部屋のドアに向かって投げつける。
予想外にも、薬箱は落下することなく。
数ヶ月ぶりにこの部屋を訪れた人物の手のひらに吸い込まれた。
「荒れてるね、田中」
後藤さんだった。
- 5 名前:31 drug,vegetable,attack. 投稿日:2004/11/23(火) 23:36
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後藤さんは一言も話さないまま、あたしが横たわるベッドの端に座っていた。
その視線は宙をさ迷っているようで、それでいてあたしを凝視しているようで。
身に伝わるのは、彼女に再び会えた喜びと。
こんな無様な姿を晒している、気恥ずかしさ。
共に勝利を勝ち取ったあの日から、こんな場所にまで堕ちてしまっている。
それに比べてどうだろう。
後藤さんは相変わらず、眩暈がするほどの金色のオーラを纏っていた。
その眩しさは、今のあたしにとっては毒だった。
- 6 名前:31 drug,vegetable,attack. 投稿日:2004/11/23(火) 23:37
- 「何しに、来たんですか?」
それが自分にできる、精一杯の抵抗。
自分がプライドを保つ、そして現実から逃避するための。
けれど後藤さんは、そんなあたしのちっぽけなプライドなどお構いなしで、
ゆっくりと微笑んでこう言うのだった。
「もう一度。もう一度、あの薬屋を襲おっか?」
- 7 名前:31 drug,vegetable,attack. 投稿日:2004/11/23(火) 23:38
- 弱りきった体でも、はっきりとわかった。
自分の体に、電流が走るのを。
沈みきった心に、一筋の光がさしこむのを。
「でもあたし、こんなんやと迷惑が掛かるけん…」
後藤さんは、ゆっくりと首を振った。
「大丈夫。ごとーが、うまくやるから」
「…後藤さんは、どうしてあたしにこんなに優しくしてくれるんですか? 接点
なんて、ほとんどないのに」
- 8 名前:31 drug,vegetable,attack. 投稿日:2004/11/23(火) 23:38
- 希望が見えて来た今ですら、あたしは自虐的な台詞を吐かずにはいられな
かった。何故なら、あたしと後藤さんを繋ぐ糸はあの日薬屋を一緒に襲ったと
いう事実だけで、それ以上の関係でもそれ以下の関係でもなかったから。
「田中はさ、ごとーの大切な後輩、だからかな」
その言葉は、あたしに何よりも替え難い勇気をくれた。
- 9 名前:31 drug,vegetable,attack. 投稿日:2004/11/23(火) 23:44
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最初に薬屋を襲ったきっかけは、大したことじゃなかった。
学生特有の、馬鹿騒ぎ。
誰かが調子に乗って、薬屋を襲おうぜと言い出した。
みんなが尻馬に乗って、その提案を受け入れた。
くじを引いて当たりを引いたやつが実行犯、ということでめいめいがくじを引き、
そしてあたしと後藤さんが当たりを引いた。
ただ、それだけの話。
それまで後藤さんとは面識がなかったわけじゃなかったけれど、とりわけ親しい
間柄でもなかった。
そしてその関係は、今になってもそう大して変わってはいない。
それでも。
あたしはこの関係に、何らかの意味を見出したいのだろう。きっと。
- 10 名前:31 drug,vegetable,attack. 投稿日:2004/11/23(火) 23:51
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あの日以来、あたしは何かを手に入れ、それと同時に何かを失った。それはきっ
と子供時代の終焉や処女を失うことと大して変わりはしないのだろう。何かを手
に入れれば、何かを失う。それはもう、どうしようもないことなのだから。
そしてあたしと後藤さんはこうしてまた、あの薬屋が見える路地裏で、時が来る
のを待っていた。あの日と同じように、寒さに身を震わせながら。
「何だか、前のことを思い出すよね」
後藤さんが、懐かしそうにそう呟いた。
あたしは静かに、そして彼女には気づかれないように首を横に振った。
あたしは昔のあたしじゃないしきっと後藤さんだって昔の後藤さんじゃないし、
夜空だって身を刺す寒さだって薬屋だって、きっともう昔のそれじゃないんだ。
そう、言いたかった。
でもそれは、後藤さんのたった一言で押しとどめられた。
「田中、行くよ」
その言葉で、弾けるようにあたしたちは路地裏を飛び出した。
- 11 名前:31 drug,vegetable,attack. 投稿日:2004/11/24(水) 00:00
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勢いのままに、薬屋に突入する。
店番をしていた男と刹那、目が合い、あたしは少しだけ安心した。男は、あたし
たちが前に薬屋を襲撃した時に店番をしていた男だったからだ。どこかのチーム
の野球選手に似ていて印象が深かったせいかもしれない。
「な、何だよ君たち!」
男が騒ぐ前に、用意していた催涙スプレーを顔に噴出させる。突然のことに昏倒
した男を、後藤さんが丁寧にふん縛って柱にくくりつけた。手際の良さは、相変
わらずだった。
- 12 名前:31 drug,vegetable,attack. 投稿日:2004/11/24(水) 00:03
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予め店の前に乗り付けてあったミニトラックに、店の薬を次々に詰め込んでゆく。
そんな単調な作業の中、あたしはかつて感じた高揚感がまったく感じられないこ
とに気がついた。多分、もう薬に飢えることもないだろう。
あたしは変わった。でも、それは一時的なことではなく、常に変化し続けている
のだろう。だから、過去の栄光にすがることはもう、ない。
荷台の中で薬の箱に埋もれながら、運転席のバックミラーに映る後藤さんを見た。
だいじょうぶだよ、田中。
言葉でそう言われたわけじゃないのに、何故かそう言われているような気がした。
あたしは天上に広がる夜空を見上げ、大きくため息をつく。
白い息はふわりと空を舞い、やがて黒い闇へと溶けていった。
- 13 名前:31 drug,vegetable,attack. 投稿日:2004/11/24(水) 00:04
- く
- 14 名前:31 drug,vegetable,attack. 投稿日:2004/11/24(水) 00:04
- す
- 15 名前:31 drug,vegetable,attack. 投稿日:2004/11/24(水) 00:04
- り
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