20 紹介文

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/21(日) 23:58

「ふわぁ〜〜」
カーテンから漏れた朝の光が私を現実へと戻した。朝の目覚め特有の気だるさが私を包み込む。
伸びをしようと思ったがなんだか首が痛い。
寝違えたのかと思ったが、どうもその痛み方とは違うような気がした。
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/22(月) 00:48

 十月二十一日。小学五年生の熊井友理奈は朝起きて、首が右に回らないことに気付いた。母親に首がまわらないと言うと、寝違えたのよきっと、と言われたが、それは違うような気がした。何故だろうと考えていたが、わからない。
 わかるはずもない。友理奈は寝違えたことがなかったのだから。
「ほら友理奈、湿布貼りなさい」
 母親が湿布の薄いセロファンのシートを剥がし、友理奈の首に貼ろうとする。
「ちょっとやめてよ。今日、握手会なんだから」
「知ってるわよ、だから、直前まで貼っておきなさい」
「嫌。首が臭くなる」
 友理奈が母親を押しのけると、今度は父親が細かく皺が尖っていて硬そうな白いチューブから軟膏を捻り出している。
「じゃあ、バンテリン」
「一緒よ! バカじゃないの」
 口では強く言うが、心の中でごめんなさいと言うようになった。Berryz工房として本格的に仕事をするようになって、親に対して少しだけ優しくなれたような気がする。
「もう…」
 友理奈は溜息まじりにそう言って、二人を交互に見遣る。
「仕事が終わったら使うから、どっちもちょうだいっ」
 奪うようにして湿布とバンテリンを取ると、行ってきますを言い、さっさと家を出た。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/22(月) 00:49


 ◇


 今日の握手会、ちょっと失敗したかな。スモークが貼られて暗くなった窓の向こうの街並みを眺めながら、友理奈はそう反省していた。
 友理奈は寒気がするほど整った顔立ちをしている。まっすぐな黒髪を耳にかけ、前髪を作っているために可愛らしく見えるが、それでもその顔立ちは隠せない。美人になるであろう片鱗は消せない。その友理奈の無表情は人に威圧感を与える。友理奈自身、自分がそういう顔立ちをしていることには薄々気付いている。
 今日は首を寝違えてまわせないため、どうしても表情が硬くなってしまった。真剣な眼差しで客の目を見つめてはいたものの、それは瞬間の出来事で、どう伝わっているのかはわからない。
 友理奈はふと思い出し、鞄を探った。そして、右の首筋を指しながら、隣に座る小学六年生の徳永千奈美に頼む。
「ねえ、湿布、この辺に貼って?」
 いいよ、千奈美はそう言って顔にかかる長い黒髪を振り払った。
「大変だね、寝違い」
 この痛みが寝違いだとはわからない友理奈は曖昧に頷き、湿布を千奈美に手渡す。
「いくよ、ほれっ」
 千奈美は明るく笑い、一気に貼り付けた。
 友理奈が短く声をあげて首をすくめると、千奈美はすっと目を細くさせて笑った。俗に言うエロ目というものだが、千奈美のそれは非常に懐っこく人に映る。友理奈はそれが羨ましい。ルックスが似ていると言われることもあるだけに、尚更。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/22(月) 00:49
 小学六年生の夏焼雅と石村舞波は、何も言わずに目を閉じている。
 明るく髪を染め、大人びた顔立ちをしている雅の目元には疲労の色が濃い。
 笑った時のえくぼが特徴的な舞波は、じっと眉根に皺を寄せ、口をきつく閉じている。
 両者とも眠ってはいないが、何をする気もしてこない。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/22(月) 00:49
 中学一年生コンビの嗣永桃子とリーダーの清水佐紀は並んで座っている。
「しみちゃん、大丈夫?」
 佐紀を覗き込んだ桃子は、疲れた様子でシートに深く背を凭せかける佐紀を気遣う。
「いつも思うんだけど、桃ちゃんこそ平気なの?」
 そんな佐紀の問いに、桃子は不思議そうな顔をして首を振る。藤本美貴以上の元気っ子である桃子に疲れはない。周囲の喧騒、スピーカーから流れる音楽にも負けないよう、声を張り続けた桃子にあるものは充足感だけだ。
「私? 私は全然平気」
 そう言って桃子は菅谷梨沙子が食べなかった弁当をばくばくと食べ始めた。
 佐紀は心の中で、脱帽だよ、と桃子に言った。そんな視線に気付いた桃子が恥ずかしそうに笑う。
「いや、お腹空いちゃって。梨沙子がね、食べていいって言うから」
 そういうことじゃないよ、佐紀はそう言って、斜め後ろの席を見た。げんなりした茉麻と、眠っている梨沙子がいる。佐紀は、梨沙子の苦しげな寝顔を見、心を痛める。自分達が握手をしていた間、梨沙子はどんな気持ちでいたのだろうか、と。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/22(月) 00:49
 小学六年生の須藤茉麻は、フルマラソンを終えたランナーのような疲れた顔をしている。体が大きく、きれいな丸顔をした茉麻の頬は削げ、一日でかなり疲弊したように思える。目を開けてはいるが、それは虚ろで、時折緊張したように肩を痙攣させる。口をパクパクさせて何か呟こうとしているが、それは声にならない。母親を思わせる、いつもの寛容さや余裕は微塵も感じられない。
 体調不良で新曲発売イベントを途中退場した小学四年生の菅谷梨沙子は、寝苦しそうに何度も体勢を変えている。茉麻はそんな梨沙子を心配そうに見てはいるが、体を動かせない。
 ステージを途中で降りた梨沙子は、控え室にあった粗末なソファで横になっていた。スタッフに帰るように言われたが、参加できないまでもメンバーが終わるまで待ちたいと必死で訴えた。
 壁を隔てた向こうには、つい先ほどまで梨沙子のいたステージがある。何があったのか聞き取れなかったが、狂気じみた咆哮が壁を振るわせた。梨沙子は恐怖に身を震わせる。スタッフが持ってきた、ごわごわとささくれだった茶の毛布に潜り込む。緊張が喉を締め付け、呼吸がいつものようにできない。口の中がカラカラに渇き、唾液の分泌では間に合わなかった。顔を顰め、耳を塞ぎながら楽屋に置いてあったオレンジジュースを口に含む。胃がヒクヒクと痙攣する。梨沙子は口を強く押さえ、息を止めて目を閉じた。涙が滲む。吐き気は収まった。
梨沙子は三日前から何も食べていない。極度の精神的圧迫により、胃が食物を受け付けないのだ。
 それから二時間ほど、梨沙子はわけもわからず何かに怯えながら、メンバーの帰りを待った。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/22(月) 00:50

 友理奈は首を動かさぬよう、後方に流れては溶けていく街並みを眺めている。見覚えのあるオフィス街が見えてきた。日曜のオフィス街は人も車も少ない。車は快調に進んでいる。
 眠気が訪れ、友理奈は目を揉んだ。そして、再び反省を始める。自らの美しい顔立ちは悩みの種であり、それはコンプレックスに近い。昔、モーニング娘。の飯田圭織に、冗談交じりで言われたことがある。熊井ちゃん、綺麗な顔してるよね、美人は売れないのよ、と。
飯田としては、からかい半分のもので、話すきっかけを作り出すためのものだった。それは友理奈も理解している。だが、ひっかかった。

「今日は本当にごめんなさい。途中で抜けちゃって」
 不意に声がして振り返ると、梨沙子が辛そうにシートを掴んで立ち上がり、頭を下げていた。
 
 梨沙子が気にすることじゃないと、友理奈は思考を再開させる。
 飯田に言われたことが気にかかり、友理奈は自分の顔を客観的に分析することから始めた。初めのうちは恥ずかしくてまともに自分の顔を見られなかったが、辛抱強く鏡の自分と見つめあい、自分の写真を見続けることで、どうにか自分の容姿を僅かながらだが、知ることができた。
 次に、人と見比べてみた。目や鼻や口や耳の形、そして全体のバランス、造形美。Berryz工房のメンバーに始まり、会社のスタッフ、仕事で会う人々、そして、Helloの先輩メンバー。特に、先輩メンバーは顔の造りと表情を注視した。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/22(月) 00:51
 確かに、自分の顔は整っているほうかもしれない。そう思うようになった。だが、絶望的に表情が乏しい。それで一度、先輩の真似をして顔を作り、声を作り、テレビのインタビューに答えてみた。深夜枠の、ワンコーナーで放送される新曲PRのワンコーナーらしい。
友理奈はそれを見て愕然とした。頭を殴られ、脳が揺さぶられたみたいに目の前が白く曇った。バカでアホで間抜けな仕上がりだった。友理奈は痛く傷ついた。
 そして今日、自分の悪い部分、つまり表情が硬くて容姿のせいでつまらない女に見えてしまうこと、が全て出てしまったような気がしているのだ。
 今度、舌を下歯にのせるようにして出した笑い方を試みようと考えている。しかし、それでは可愛くは見えるかもしれないが、バカに見えてしまう。そして……

 それじゃ温いな──

 思わずそう呟いた。
 千奈美がギョッとした顔をして友理奈を見ている。
「それ、どういうこと?」
 心の底から悲しそうに、この世の果てに立ってしまったような困惑の表情で、桃子が友理奈に聞いた。
 友理奈は気付かない。ブツブツとなにやら呟いている。
「ねえ、ちょっと」
 いつもとは正反対に凍りついた顔をしている千奈美が、友理奈の肩を揺さぶる。
「なに?」
 そう千奈美を向いた友理奈は、その表情に驚く。
「ちーちゃん、なんでそんな顔してるの?」
 聞いて、初めて周囲の空気に気がついた。皆、怪訝そうに友理奈を見ている。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/22(月) 00:52
「友理奈、私の言ったこと、ぬるい?」
 可愛らしい顔に悲しみの色を塗りこめた桃子が、友理奈に聞く。
「え? なにが?」
「だから、みんなで掛け声しよう、っての」
「わかんないけど、温いのかな。……あ、いや、どうだろ。ごめん、わかんない」
 梨沙子が涙を浮かべている。桃子は呆然とした顔をして佐紀に寄りかかり、頼る。
 全員の視線が佐紀に集まる。
「私? みんな私のこと、しっかりしてるとか言ってくれるけど、落ち着きないし、おっちょこちょいだから。いざというときダメだから、実は結構こう見えて、あ、どう見えてるのかはわからないけど……」
 佐紀がドキマギしている間、友理奈はこっそり千奈美に聞いた。
「なんなの? 掛け声とか。というか、この状況」
 千奈美は目を白黒させている。
「お願い、教えて。考えごとしてて、なんも聞いてなかった」
「……あ」
「あ?」
「うん、ちがう、あ、じゃなくて」
「で?」
「ただ、りーが、今日は迷惑掛けてごめん、って言って、」
「なんだ、そんなの気にすることないじゃない」
 友理奈は安堵の息を零した。千奈美は続ける。
「うん、みんなそう言ったの。それだけじゃなくてね、桃ちゃんが今日の締めにいつものやろうって。で、掛け声しようよ、って。その時、温い、って……」
 友理奈の顔が青くなる。
「考えごとが声になっただけで、そういうつもりで言ったんじゃないんだけど……」
 尻すぼみに声が小さくなっていった。
 だが千奈美は笑顔を取り戻し、友理奈の言葉を明るく大きくしてメンバーに伝えた。
「なんかねー、考えごとが声になっただけで、掛け声は温くないんだって!」
 気味が悪いくらいに張り詰め、重くなっていた空気が千奈美の声にほどかれ、和らいだ。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/22(月) 00:52
 友理奈は、千奈美に救われたと心の中で感謝した。そして、自分には千奈美のような役割は無理だし、それだけの明るさも持ち得ないだろうと考えた。
 そして、こうも考える。場を瞬時に緊張させることのできる、美人な自分の雰囲気を大事にしよう、と。
「使えるのか知らないけど」
 そう呟き、小さく笑った。
 掛け声の輪に加わろうとすると、メンバーが皆、怯えた顔つきで友理奈を見ている。
 「いや、ごめん、ひとりごと。なんかよくわかんないけど、今言ったの、とりあえずウソだから」


11 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/22(月) 00:53
おわり
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/22(月) 00:53
 
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/22(月) 00:53
 

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