13 天才とは
- 1 名前:13 天才とは 投稿日:2004/11/19(金) 00:53
- まっしろなカーテン、まっしろなベッド、まっしろなシーツ、まっしろな壁。
神経質なほどに白い部屋の中で、黄ばんだ天井だけが、唯一のリアルだった。
瞼が重く、こめかみの辺りから後頭部にかけて痺れている。
鈍い思考に、今が夜であることしかわからない。
体を動かすたび、筋繊維のあちこちが切り裂かれているような痛みが走る。
不意に吐き気が込み上げ、わけもわからずに吐いた。
あるもの全て吐き出しても、胃は痙攣し続けている。
吐瀉物が、ベッドに黒く染みを作った。
口の中、そして一帯に薬の匂いが起ち込める。
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/19(金) 00:54
- 「お目覚めですね」
部屋には私1人だと思っていたのに突然響いた声。
振り向くとそこには、紺野が立っていた。
「ねえここ、どこだっけ。私、昨日はええと、あ…」
普通にしゃべっているつもりなのに声を出すうちに私はまた胃のあたりから何かが押し上げられる。
紺野から見えないようにして、もう一度吐く。
相変わらずどす黒い液体が私の口から出続ける。
これは何なのだろう。
私は得体の知れないものを食べた覚えはない。
というよりも、自分がどこにいて何をやっているのかもよくわからない。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/19(金) 00:54
- 「無理してしゃべらならくて良いですよ、石川さん」
いつの間にかそばに立っている紺野は、真新しい白衣を身に着けている。
これは一体?
まさか。
「紺野、もしかしてこれって撮影?」
「いいえ違います」
違うんだ。
でも随分と真面目な顔で、コントみたいな格好してるよね。
「じゃあ紺野は何やってるの?私、気分が悪いんだけどでも何がどうなってるのかもさっぱりわからなくって…ごめんね」
後輩の前でここまで自分の状況を見失って、しかも具合が悪い姿を見せて気を遣わせるなんて今までの私にはありえなくて、情けなかった。
必死の思いで何とか声には出したけれど。
「石川さんがあやまる必要なんてないんですよ」
そう言って微笑んだ紺野は手にした白いファイルを開いて、何かを書き込んだ。
そして、水をどうぞ、と私にコップを差し出した。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/19(金) 00:55
- 「ありがとう」
そう言って受け取って水を飲もうとした瞬間、ちかちかと信号が脳裏で光った。
これは本当に水なのだろうか。
本当は今すぐ、一滴残らず飲み干したいほど身体中が水分を欲している。
けれど。
口の中に残る薬臭と異常な吐瀉物、異様な光景の中にあるこの透明な液体に、私の本能がノーと言う。
コップの中身を凝視してから、そばに立つ紺野の顔を見上げる。
躊躇している私を見て彼女は、気を悪くするだろうか。
紺ちゃんは無表情で私の顔を見つめていた。
そしてまたファイルに短く書き込むと、私に向かって手を伸ばしてきた。
「大丈夫ですよ、ほら」
私の手からコップを取り、そのまま自分で口をつけ紺ちゃんは、ごくりと飲み込んだ。
「これは、水です」
再び私の手の中に戻ってきたコップの中身はたしかにさっきよりもほんの少しだけ、減っている。
優しい紺野、疑っている私を安心させてくれるなんて。
もう迷いはなかった。
私は水をごくごくと飲み干した。
ふう、と息をつく私をじっと見つめている紺野。
少しだけ気分が良くなった私は改めて、部屋の中を見回す。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/19(金) 00:55
- 「ねえ紺野ところでここって一体」
そう言った瞬間、激痛が走った。
脳天を突き抜ける、稲妻のような痛み。
耐え切れずに頭を抱えてベッドに転がる。
「石川さん」
耳鳴りの中に紺野の声がかすかに聴こえていた。
遠くなりそうな意識を必死でつなぎとめる。
「石川さんは、不合格です」
不合格?
何が?
そんなことよりアタマが。
死にそう。
誰か。
お願い、助けて。
声にはならない私の叫びは、このまっしろな部屋に吸い込まれていく。
私の記憶はそこで、途切れた。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/19(金) 00:55
- ◇ ◇ ◇
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/19(金) 00:56
- まっしろなカーテン、まっしろなベッド、まっしろなシーツ、まっしろな壁。
神経質なほどに白い部屋の中で、黄ばんだ天井だけが、唯一のリアルだった。
瞼が重く、こめかみの辺りから後頭部にかけて痺れている。
鈍い思考に、今が夜であることしかわからない。
あたしは大きく伸びをした。
ついでにストレッチを始めてみる。
寝ぼけたアタマとカラダにはこれが一番効くんだよね。
「ふわぁ〜〜〜」
顎が外れそうな程大きな欠伸をしてあたしは、ベッドから下りる。
それにしてもここは一体どこだろう?
ホテルに泊まったんだっけ?
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/19(金) 00:56
- 「お目覚めですね」
「うわあ!」
誰もいないと思っていた部屋で突然声をかけられてびっくりしたあたしは、大声を出してしまう。
振り向くとそこには、紺野が立っていた。
「何だ、紺野」
あたしをじっと見つめていた彼女は、手にしたファイルに何かを書き込んでいる。
「ねえ何で白衣着てんの?コスプレ?」
「いいえ、違います」
紺野はそう言って、またファイルにペンを走らせる。
よくわかんないけど、違うんだ。
コスプレじゃないんなら、お医者さんごっこかな?
あれ?一緒か?
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/19(金) 00:56
- 突然あたしは、胃が痙攣するのを感じた。
この感じは何だ、ヤバイ。
「吉澤さん、カラダの調子は如何ですか」
「そうそれ、その事なんだけどさ、今もんのすごく悪い。ここらへんが超キモイ」
強烈な吐き気がどうにも、急に込み上げてきた。
耐え切れずあたしは、ベッドの上に豪快に吐き出してしまう。
何だこれは。
あたし悪いもんでも食べたっけ?
黒いよ、真っ黒。
こんなの初めて見た。
「っていうかかっけー」
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/19(金) 00:56
- かっけー、と。
あたしの言葉を小さく繰り返して紺野がファイルに書き込む。
「ねえ何それ紺野、何書いてんの?観察日記?」
それには答えずにっこりと微笑んだ紺野は、あたしにコップを差し出した。
「水をどうぞ」
受け取ったあたしはその透明な液体の匂いを嗅いだ。
「水なの?」
「水です」
カラダ中が水分を欲していた。
何でもいいや。
あたしはそれを一気に飲み干す。
飲み終わってから気づく。
「ちょっと紺野この水さあ、何か入ってなかった?」
「何が入ってたんです?」
あたしがそう言うのなんてわかっていた、そんなカオで当たり前のように訊き返してきた紺野。
くそう、何なんだ。
なめられてんのかあたし。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/19(金) 00:57
- 「えーと、よくわかんないけどさ、何かなつかしい感じの」
そこまで言ってあたしは突然、眠気におそわれた。
朦朧としてきた意識の中で、二重三重に見え始めていた紺野の姿を見失わないようにする。
「吉澤さん」
遥か彼方から聴こえてくるような紺野の声。
だめだ、もう、持ちこたえられない。
「吉澤さんは、保留です」
保留?
何だよそれ。
よくわかんないけどまた中途半端な…。
ああ…。
眠いんだ…パトラッシュ…。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/19(金) 00:57
- ◇ ◇ ◇
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/19(金) 00:57
- まっしろなカーテン、まっしろなベッド、まっしろなシーツ、まっしろな壁。
神経質なほどに白い部屋の中で、黄ばんだ天井だけが、唯一のリアルだった。
ってかここどこ?
私は昨日、何やってたんだっけ?
コンサのリハが終わってゴハン食べて…それから?
全然覚えてないや。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/19(金) 00:58
- 「お目覚めですね」
突然声をかけられてベッドの上で1人飛び上がってしまう。
「もう紺ちゃん、いるならいるって言ってよ」
必要以上にビビってしまった自分が恥ずかしくて早口になる。
「てゆーかここどこ?何で紺ちゃんがいるの?」
紺ちゃんは黙って私を見つめている。
何故か白衣を着て、ヘンなファイルを手に持って、何やってんだろ。
「のんちゃん、カラダの調子は如何ですか」
私の質問は無視した紺ちゃんに逆に質問される。。
「ん?全然ヘーキだよ。ちょっとおなか空いたかも。ね、おなか空かない?」
空きましたね、そう答えて紺ちゃんは手元のファイルに何かを書き込む。
「ルームサービスでも取ろっか」
枕元に電話とメニューを探したけれど、見つからない。
ここはホテルじゃないのかな?あれ?
そうだそもそも何で紺ちゃんと私が2人でこんな部屋にいるのかってことだ。
「ねえ紺ちゃん、今うちらってハローのリハ中だっけか」
「いいえ、違います」
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/19(金) 00:58
- やっぱ違うんだ。
だよね、だって最近は毎日あいぼんと仕事してるもん。
えーと紺ちゃんと私と言えば。
「フットサルだっけ?キーパー同士だから同じ部屋とか」
「そういうわけではありません」
紺ちゃんは相変わらず、私とファイルを見比べては、ペンを走らせ続ける。
ふむ。
どうでもイイけど何か食べたいんだよね。
確かカバンにお菓子を入れっぱだったはず。
まっしろな部屋を見回しても、自分のカバンは見つからない。
というかカバンどころの話じゃない、本当に何もない部屋。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/19(金) 00:58
- 「水をどうぞ」
いつの間にかそばに立っていた紺ちゃんがコップを手渡してくれる。
「ありがと」
内心、水かあ、と思わないでもなかったけれどとにかく何かを口にしたかった。
喉もからからに渇いていた。
ごくり、と一口飲んだ瞬間、強烈な何かがカラダ中を駆け巡った。
とてもじゃないけどそのまま飲み続けることなんて出来ない。
「何これ!紺ちゃん!」
私は自分の手元にある透明な液体をまじまじと見つめて、出来ることなら飲む前の状態に戻りたいと願った。
「水ですよ」
「違うじゃん!これ飲んじゃダメでしょ、だって水じゃないもん」
「水じゃなければ何だと思います?」
当たり前のようなカオをして訊くのもヒドイと思ったけれど私は、カタチがどうとか意味がどうとかなんて置いといて、こう答えずにはいられなかった。
「これ、ケメちゃんじゃんか。のんが飲んだらダメだよ」
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/19(金) 00:58
- 信じられない、というような目で私を見ている紺ちゃん。
「…何でわかったんですか」
「わかったも何も」
理屈なんかじゃない。
この液体はケメちゃんだ。
ケメちゃんの汗とかケメコ汁なんてものではない。
これはケメちゃんそのものだ。
「おめでとうございます、のんちゃん」
「何がだよ!」
水だなんて言って騙してケメちゃんを飲ませた紺ちゃんに怒りを覚えていた私は、コップの中のケメちゃんをこぼさないようにして立ち上がる。
「のんちゃんは合格です」
私が目の前で本気で怒鳴っているのなんてどうでもよいらしい紺ちゃんは、淡々とそう告げる。
「訳わかんない!のんが飲んだからケメちゃん減っちゃってさ、ちょっとどうすんの?」
「大丈夫ですよ」
ヘーキなカオしてそう言う紺ちゃんが少し憎たらしい。
何が大丈夫なんだよ、そう思って私は手元のケメちゃんを見つめる。
「液体になった保田さんは、減らないんです」
減らない?どうして。
「減ってもまた元に戻るんですよ」
紺ちゃんが私の手からケメちゃん入りのコップをするりと取る。
ああ、と思ったけれどケメちゃんは黙って紺ちゃんの手に渡ってしまった。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/19(金) 00:59
- 「これは、テストだったんです」
「何の」
そう答えた瞬間、アタマの中に真っ黒い染みのようなモノが広がる。
一瞬どきりとしたけれど、不気味さも恐怖も感じない、深い深い闇。
すぐに私は立っていられなくなって、ベッドに倒れ込んでしまう。
「のんちゃんはすべてのテストに合格しました」
そんなの答えになってない、そう思ったけれど心地良く吸い込まれつつある暗闇の世界で私は言葉を発するコトが出来なくなっていた。
紺ちゃんの声だけが、さっきと同じようにすぐそばで聴こえている。
「不合格だった石川さんは今、保田さんになっています」
不合格ならケメちゃんになるって意味がわかんないけど何となく、梨華ちゃんならそれもまあ納得出来るような気がした。
そうだ、あいぼんは。
あいぼんはどうだったんだろう。
「加護も合格だったわよもちろん」
私のカラダの中から聴こえるケメちゃんの声。
そうか、あいぼんも合格か。
良かった。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/19(金) 00:59
- 「のんちゃんはしばらく眠っててください。目が覚めたらまた、いつもの仕事が待ってますから」
紺ちゃんの声とともに私は、急に眠気を覚え始める。
私の中にあるケメちゃんはどうなってしまうのか気になっていたけれど、既に耐え切れなくなっていた。
このまま眠ってしまおう。
「ありがとね、辻」
最後に聴こえたケメちゃんの声は、ぼわぼわと優しく響き続けて私を心地良い眠りに導いてくれた。
- 20 名前:13 天才とは 投稿日:2004/11/19(金) 01:00
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- 21 名前:13 天才とは 投稿日:2004/11/19(金) 01:00
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- 22 名前:13 天才とは 投稿日:2004/11/19(金) 01:02
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