10. 平成純情哀歌

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/16(火) 23:29

まっしろなカーテン、まっしろなベッド、まっしろなシーツ、まっしろな壁。
神経質なほどに白い部屋の中で、黄ばんだ天井だけが、唯一のリアルだった。

瞼が重く、こめかみの辺りから後頭部にかけて痺れている。
鈍い思考に、今が夜であることしかわからない。
体を動かすたび、筋繊維のあちこちが切り裂かれているような痛みが走る。
不意に吐き気が込み上げ、わけもわからずに吐いた。
あるもの全て吐き出しても、胃は痙攣し続けている。
吐瀉物が、ベッドに黒く染みを作った。

口の中、そして一帯に薬の匂いが起ち込める。



2 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/16(火) 23:30

「うわぁ! 安倍さんがおかしなことブツブツ呟きながら吐いたぁ〜!!」
新垣が叫んだ。
「ぶつぶつ? 大仏、お陀仏 ぶつぶつ……気持ち悪いねんっ!」
安倍が目も虚ろに半笑いでそう言い、体を折るようにしてうなだれた。そんな安倍の隣で大笑いしている、矢口を膝に載せた中澤。
「こいつ飲みよった、日本酒を福知山の名水やって言ったらホンマに飲みよった、こいつアホや、浮かれとるから、全然気付かんで飲み干してやんの」
矢口は無表情に近い諦め顔で、外界との接触を拒んでいる。

安倍はこのまま酔ったフリしてやりすごそうと考えていた。
「なっち、なに潰れたフリしてんのよ。一杯飲んで、それが逆流しただけでしょ?」
飯田が安倍の脇に手を差し入れて引き起こし、汚れた口の周りを乱暴にタオルで拭った。
「ほら、どいて、なっち。このクッションも洗うから」
「ごめん、圭織。浮かれちゃった。それに今日なんも食べてなかったし」
飯田は返事の代わりに、涙をボロボロ流して笑い続けている中澤の頭をひっぱたいた。
そのはずみに、矢口が解放された。
ゴキブリのような動きでカサカサと中澤の手が届かないところまで逃げる。
飯田が安倍に水のボトルを差し出している。
「酒じゃないから大丈夫だよ」
そう言って洗濯機のある洗面所に向かった。
その背中を見送った安倍は匂いを嗅ぎ、ちょびちょびと舌を出して味をしっかり確認してから、水を飲んだ。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/16(火) 23:30

場がおさまり安堵の表情を浮かべる新垣。
その新垣の境界のなくなってきた顎と首の肉をつつく、細くて白い柔らかそうな指。
「あ、ごめんね。さっきの話の続きだったよね」
真剣な眼差しの梨沙子が、新垣をまっすぐに見ていた。

「うん、言ってることは間違ってないよ、でもね、……そりゃそうだ、背も伸びるよ、きっと。でもね、この平成の世を生き抜くためにはね、……平成ってなに、って? うーん、年号。そういう難しいことは考える必要はないの、バカになっちゃいけないけど、……いや、石川さんの脇がキレイだって言うけどね、石川さんだってちゃんと処理はしてるの、わかる? ……コラコラ、ぶーってふくれない、変顔してもダメ、歯にくっつけた海苔もはがそうね、ん? 松浦さん? そう、松浦さんも。……藤本さんも。……意外かもしれないけど小川さんもだよ。……飯田さんも安倍さんも吉澤さんも矢口さんも柴田さんも亀井さんも保田さんも高橋さんも里田さんも紺野さんも、みーんな。泣きマネしても無駄。いい? 梨沙子ちゃん、あのね──」

梨沙子は口をへの字に結んで首を振るばかり。
新垣が天井を仰いだ。
「どうしましょう、矢口さん」
「どうしましょう、って言われてもねぇ」
ずいぶんと情けない顔をした新垣に掛ける言葉を見つけられない。
小学四年生に何故腋を剃るのか具体的に教え、剃ることを強制するわけにはいかない。
梨沙子だって自分に生えてきたのならば、大人になりつつある体に戸惑いながら剃るのだろう。
それを今、ここで納得のいく解答を迫られても答えようがない。どこまで話していいのか、矢口にはちっともわからない。
矛先を逸そうと、洗濯機をまわして戻ってきた飯田に話を振った。
「圭織、どう思う?」
飯田は口元に笑みを湛え、にこやかに頷く。
私はキッズだって呼べるのよ、そんな感じの微笑だ。
「言っとくけど、なんもすごくねーからな。それに、今なんの話してるのかわかってないだろ」
所詮は負け犬の遠吠えね、そんな感じで矢口を見下す飯田。
的外れな飯田の勝ち誇りようだが、それでもどこか悔しい。
むしゃくしゃした気持ちをそのまま出した。
矢口は飯田の頭を軽く叩く。
だがそうすることで、飯田はさらに勝ち誇る。
苛立ちよりも先に諦めが訪れた。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/16(火) 23:31

「梨沙子ちゃーん、こっち来てーなー」
隅でビールを飲んでいる中澤が涙ながらに訴える。
ぷい、と横を向く梨沙子。
「中澤さん、お酒飲んでるからやだ」
話に飽きた梨沙子は眉間にしわ寄せ、泣きそうな顔に見えるが真剣な表情でホットプレートいっぱいに載せられたいも餅と睨めっこしている紺野の隣でウキウキしていた。
「ねぇ、紺ねーちゃん、まだ?」
「まだだよ」
「あと、どれくらい?」
「梨沙子ちゃん、さっきも聞いたじゃない。あとちょっと」
「紺ねーちゃん、さっきもあとちょっと、って言ったよー」
梨沙子は徐に手を伸ばし、紺野はその手を止める。
それよりさ、と紺野は何かに気がつく。
「梨沙子ちゃん、なにたべてんの?」
「たべてるんじゃなくて、なめてるの」
そう言ってべーっと出した舌に載せられていたのはビー玉。
「だめだよぉ〜、ビー玉なんてなめちゃあ。ぺぇしなさい、ぺっ」
「だって、ビー玉なめてたら脳がまんぞくして太らない、ってのんちゃん言ってたもん」
「そんなこと信じちゃだめ。からかわれてるんだよ?」
「あいびょんさんも言ってたし、ウソじゃないよ」
「二人にからかわれてるんだよ。それに梨沙子ちゃん、痩せる必要ないじゃない」
「オトメのたしなみだもん」
梨沙子の曇りない笑顔を前に、諦め顔の紺野が携帯を手に取った。
「あ、もしもしあいぼん? のんちゃんもいる?……うん、梨沙子ちゃんに変なこと教えたでしょ?……笑ってる場合じゃないよ。信じちゃってるんだよ? 今すぐ訂正してよ。……えぇ〜、無理だよ、そんなこと……いや、それを私に言われても……そうだけど、しょうがないじゃない、あいぼんは仕事なんだから……あ、ちょっと待って切らないで」
嘆息ついて紺野は電話を閉じた。勝ち誇った顔で梨沙子が紺野を見ている。
紺野はビー玉を吐き出させるのを諦め、いも餅を一刻も早く焼き上げることにした。
ビー玉を口に入れたまま食べることはないだろう。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/16(火) 23:32
会話の切れ目を狙い、藤本が大きく息を吸い込み、かわいい声で叫ぶ。
「そこでいも餅焼いてる紺野あさ美ィィィィ!!!」
「なに?」
いも餅をひっくり返し、きつね色の焦げに恍惚の表情を浮かべていた紺野が顔を上げる。
あまりに普通の切り返しに、たじろぐ藤本。
「……ホッ、ホットプレート持ち込んで、なにしてんだよっ!」
「なにって、見ての通り、いも餅焼いてるの。飯田さんに焼いて、って頼まれたんだっ!」
ね? 飯田さん。
紺野が笑顔で飯田に言う。
飯田も笑顔。
「いや、いいんだけどさー」
酒飲み始め、ゲラゲラ笑っている中澤グループには入りたくない藤本。
かと言って紺野を中心とした、もぐもぐコンボ的なノリも勘弁。
中澤グループの新垣が特にやばい。ものすごい笑顔で酌をしつつ、知らないからこそできる恐ろしいまでの勢いで次々とグラスを空けている。楽しくて仕方がない、といった感じだ。絡まれたら最後、肩を抱かれ「もっさ〜ん」と無意味に肩を叩かれ呼ばれ続けるのだろう。その声がしばらく脳内で鳴り続けることだろう。
覚悟を決めた。
「言っとくけどさ、いも餅じゃなくて、いもダンゴって言うんだからね」
しかし紺野は聞いていない。
「じゃあさ、梨沙子ちゃん、あと五十数えたら、食べられるようになるよ」
待ちきれずに泣きそうな顔をしていも餅を見つめる梨沙子に、仕方なく言った。
梨沙子は顔を輝かせ、数え始める。
「いーち、にーぃ、さーん、しーぃ、ご、ろーく、ひち、はーち、ちゅー、じゅう──」
「あれ? ちょっと待って梨沙子ちゃん。今、ちゅう、って言わなかった?」
「言ってないよ」
「うそぉ!? じゃあ、七からもう一回数えてみて?」
「えぇ〜?」
食べるのが遅くなっちゃう。そう言いたげに唇を尖らす梨沙子。
「数えるの、二十まででいいから」
「ほんと!? じゃあ、いくよ、いちにいさんしいごおろく、ひーち、はーち、ちゅーぅ、」
「ほら! やっぱり、ちゅーって言った」
「だって、はちの次はちゅーじゃない」
「ちゅう?」
「ちがう、ちゅー」
「ちゅー」
「そう、ちゅー」
紺野にはよくわからなかったが、違いがあるらしい。
「まあ、いいや。食べようか」
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/16(火) 23:33
すっかり無視され悲しい藤本。近くにあった亀井の頭をひっぱたいた。
「なにするんですかー」
不快を露わに亀井がふくれる。
「うっさいごめん、手元が狂ったんだよ」
明るい笑顔でぶっきらぼうな口調の藤本。相反する二つの同居はバランスが悪く、気味が悪い。亀井は知っている。というよりも覚えた。触らぬ神に祟りなし。

「あー、だめだめ、梨沙子ちゃん。砂糖醤油はね、醤油に砂糖を入れるんじゃないの」
「じゃあ、なんなの?」
「こうやってね、砂糖に醤油を垂らしていくの。ね? ほら、食べてみて」
紺野、醤油色のついた砂糖の塊にいも餅をつっこみ、ふーふー。
そっと梨沙子の口元に持っていく。
口を開けて待っていた梨沙子、ほふほふしながら食べた。
「おいしいっ!」
「でしょ?」
紺野、自分の口にも運ぶ。
うっとり目を閉じた。


きゅーんっ。
飯田が胸の前で手を組み、体を揺さぶって身悶える。
「かわいいっ」

「おいちょっと、ミキテ──」
こいつもか。
負けず嫌いと自らの尊厳のため、飯田に噛みつき続けていた矢口はがっくり首を落とす。
無視されて悲しいのも忘れ、藤本はぽわーんとしていた。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/16(火) 23:35

この集まりは午後五時から始まり、現時点では飯田、中澤、安倍、矢口、藤本、紺野、新垣、亀井、梨沙子が参加。

場所は飯田がアトリエとして使っている、日暮里にあるセカンドハウス。飯田はこの部屋の安さの理由である喚起の悪さ、ハウスクリーニング後だと紹介されたのに、はっきり感じる黴臭さに惹かれ、決めた。この湿っぽい部屋を東京の象徴と考え、自らの創作意欲を促進させると考えたからだ。ちなみにこの部屋、ワンルームだが広さは五十平米以上ある。画材の他には、小型の冷蔵庫と電子レンジとガスコンロと深めのフライパンと布団が一組といったような必要最低限の物が置いてあるだけだ。ほとんど空の部屋は、実際にそうなのだが異様に広く見える。

きっかけは藤本だった。中澤とゆっくり話をしたいから機会を作ってほしい、藤本が飯田にそう頼んだ。飯田は、中澤とペット自慢でもしながら酒を飲もうと約束していたことを思い出し、そのついでになら、ということで引き受けた。飯田は中澤と二人、一番下っ端のマネージャーに詰め寄り、無理やりスケジュールを開けさせた。モーニング娘。にとっての重要な岐路になるかもしれないと、無駄に意欲を燃やした若いマネージャーは、自らの首を差し出しつつ、娘。と中澤と安倍と後藤のスケジュールを無理に空けたのだ。それも。当日の夕方から、翌々日の午後まで。そのマネージャーはもう会社にはいない。だが、彼は満足しているという。

中澤は、飯田と藤本とペットだけで集まるものだと思い、愛犬のハナとタロを連れてきた。が、飯田がペットとして連れてきたのは紺野と梨沙子。飯田は紺野にいも餅を作ってほしいと頼み、ホットプレートを持参した。梨沙子には、おさるの大きな人形をあげるから、と誘拐犯のような手口で連れ出すことに成功。
そして話がどうこじれたのか、安倍は手下である新垣を連れてきた。そして、新垣は亀井を連れてきた。

飯田は、紺野と梨沙子を連れてきた理由をこう話す。だってさ、梨沙子はBerryz工房でディアー! と淫ら担当だし、紺野、っていうか紺ちゃん? いいえ、むしろあさ美は、圭織が抜けた後、その全パートを引き継ぐから。それってペットってことっしょ?
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/16(火) 23:36

「圭織、アンタ飲まへんの?」
ビールを二本持った中澤が、飯田に差し出しながら聞いた。
「うん、まだ飲まない。というか裕ちゃん、今日は未成年の子が多いんだから、すみっこで飲んでね」
そう笑いながら飯田は中澤を隅に追いやると、ハナタロに遊ばれている藤本を呼ぶ。
「藤本、犬とじゃれてないで、裕ちゃんの相手してやってよ」
「あ、はーい。あとでー」
返事だけ元気のいい藤本は中澤と話すという目的も忘れ、どうにかしてハナタロを懐かせようと腐心しているが、どうしても逃げられてしまう。ハナタロも勝手なもので、藤本に抱かれると逃げたがるが、もう片方が抱かれていると悔しいのか、飛び掛かっていく。藤本は藤本で両方を膝に置きたいらしく、キャーキャー言いながらハナタロと戯れている、遊ばれている。
「もう、ええよ、圭織。裕ちゃんは矢口と飲むから」
仕方なくといった感じで、矢口を引き寄せる。
「なんかそういうの、むかつくんだけど」
「なんでよぉ、矢口はかわいい。それでええやないの」
「そういうのが腹立つんだって」
ぐちぐち言いながらも、矢口はプルタブを引き、口だけつける。
「あんなにちっちゃかった矢口も酒飲める歳になったんやなー。今も矢口はちっちゃくてかわいいけどな、それでも酒飲むんやもんな、裕ちゃんなんか複雑やわー」
「それ、もう聞き飽きた」

そんな二人の会話を、飯田は懐かしそうにして見ている。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/16(火) 23:36
玄関のドアをノックする音がした。
「はーい」
飯田が玄関に向かう。
滅多に使わない部屋とはいえ無用心だな。飯田の背中を目で追いながら、矢口は思う。中澤も同じことを考えていたのか、矢口の肩に手を置き、圭織らしいやん、と言った。
「でもさー……」
矢口は唇を尖らす。飯田の間抜けた大らかさを、用心深い矢口は理解できない。
「圭ちゃんもなっちもいなくなって、矢口が一人で圭織を支えてきたんやろな」
中澤のひとり言のようなねぎらいに、矢口は頬を綻ばす。
「なによ、裕子、そんないきなり、なに、そんな、でも──」
『あ、圭織ぃ? 私、私、ごっちーん』
ドアの向こうから後藤の大声が聞こえてくる。ここにもまた、自由な人がいる。
「ごっちゃーん!!」
中澤、矢口を無視。三十路を超えているとは思えない速度で玄関へ駆けて行く。
後藤は飯田に案内されて部屋に入ってくる。
「お、裕ちゃん、お久しぶりです〜」
「なんやごっち〜ん、敬語だなんて、そんな他人行儀な」
だらしなく笑う後藤の肩を小突いた。
飯田は、かぼちゃだんごも焼いていいかと聞く紺野の元へ。

そういえば、と後藤を見て、中澤は思い出す。
「ごっちん、田中と来るって言ってなかった?」
「あぁ、うん、なんかね、荷物持ち」
そう言った後藤は手ぶらだ。言い訳るようにして話を続ける。
「いや、べつにね、持てって言って持たせたわけじゃないよ。たださ、田中っちが、なんか、持ちたいっていうか、持たせてくれって言うからさー、なんていうの? ……まあ、なんかそんな感じ」
「責めてるわけじゃないから。それにしても遅いな、なに持たせたん?」
「野菜とかなんかいろいろ」
後藤は部屋を見まわし、誰にともなく言った。
「あれ? 六期はミキティだけ?」
「つんつんっ」
声と同時に突付く手が。
「ごと〜さんっ」
へらへら笑う亀井がいた。
「あ、亀ちゃん……」
絡まれる前に体勢を整えておきたかった。
「絵里って呼んでください、って前に言ったじゃないですかぁ」
「はは、そうだね」
後藤は苦笑い。
「もう、照れ屋さんなんだからー」
そう後藤の肩を押すようにしてつっこみ、膨らませた頬を後藤に寄せる亀井。
つつけ、ということなのだろう。
「アンタ邪魔っ」
中澤が亀井を押しのけた。
しゅんと唇を尖らせ、肩を落とした演技で亀井は退散。
玄関のドアを開けきれずに困っている田中を助けに行った。
「裕ちゃん、サンキュ」
「ごっちゃんのためやもーん」
後藤はスイッチの入った亀井がちょっぴり苦手。
亀井よりはまだマシと、よくわからないテンションで自分に張り付く中澤の好きなようにさせている。
そんな後藤を、紺野が手を引いた。
「アンタも邪魔すんのかいっ」
うるうるした目で唇を結んだ紺野は、後藤は私のものだと言わんばかりに中澤を睨む。
「……そ、そやな。紺野、ごっちゃん大好きやもんな」
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/16(火) 23:37

中澤に追い払われた亀井は、田中の手伝い。
「れいな、大丈夫? 半分持つよ」
パンパンに膨れ上がった大きなビニール袋を両手に持ち、ドアの隙間に足を挟んだ田中に、亀井が手を伸ばす。息も絶え絶えで、細く硬く引き絞られたビニール袋の取っ手が、痛々しく田中の手に食い込んでいる。
「大丈夫、これはれいなが持つから」
「なんで?」
そこまでして荷物を持つ意味がわからない亀井。
「なんで、って後藤さんの荷物やろうが」
「そっか」
後藤さんの荷物だからということで納得すべきなのだろう、ドアを開けながら亀井はそう判断した。どこかおかしな気もするが、後藤さんだから、という言葉には特別な魔力のようなものがあるな、と考えた。

かぼちゃだんごを並べる紺野の横に座った後藤は、玄関を見ている。田中を待っている。亀井の開けた隙間に体を捩じり入れた田中は、ビニール袋を床に置くことなく靴を脱ぎ、入ってきた。後藤は立ち上がり、田中を迎えに行く。
「田中っち、おつかれさん」
「あ、いえ、大丈夫です」
汗だくの田中は、笑顔の後藤に差し出された水を飲んだ。
酒だった。
吐き出した。
「いぇ〜い、田中っち、騙されたー!」
飛び跳ねんばかりに喜ぶ後藤。
「後藤さん、ひどーい」
「ごめんね、ごっちんのおちゃめだから。許してね」
咳きこみ、涙を流す田中の頭を撫で、今度は大丈夫だから、とペットボトルを渡した。
また酒だった。
吐き出した。
「いぇ〜い、田中っち、また騙されたー!!」
「……ひっ、ごとーさん、れーなのこ、…れいなのこと、ん゙っ、にかいもだま……騙した」
ぽろぽろ溢れてくる涙を、両方の手のひらで滅茶苦茶に拭っている。
加護のときは、これでうんこと親分の関係になれたのに。そう戸惑う後藤。
「え? あ……田中ちゃん? いや、ごめんね、でもこれは違くてね、あのー、その、なんか、ちょっとなんかね、加護のときはこれで私がうんこになったっていうか、あれ、違うな、いや、私はうんこじゃないんだけどね、なんか加護が私のことうんこって呼ぶようになって、そんでなんかね、加護が親分で、それでなにげに私と加護は、うんこと親分っていうか、あ、加護が親分でね、私がうんこで、あれ?…………うん、そういうこと」
後藤の言うことがさっぱりわからない田中。
泣くのも忘れて言葉を理解しようと思案。
だが、考えるだけ無駄だ。
常人の理解を遥かに超える。

田中が泣き止んで、後藤はちょっと安心している。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/16(火) 23:37

「あー、ごっちん、うんこ連呼しとるで」
「ちょっと裕ちゃん、なにのんきこと言ってんのよ」
そう咎めるの膝には新垣。
気絶に近い眠り。
安倍はどうにかして新垣を仰向けにさせようとしている。
うつ伏せだと嘔吐物が喉に詰まってしまう。そんな誤った知識からだ。
正解は体の側面を下にし、腕を枕に寝る体勢。
新垣は安倍の太ももと太ももの間に鼻を挟んだ体勢がお気に入りのようだ。
テコでも動こうとしない。
「矢口も手伝ってよ」
「ああ、ごめん、無理」
「なんでよ」
「おしっこしたいから」
「じゃあ、さっさと行ってきなさい」
「溜めてからじょわ〜って出したほうが気持ちいいから……」
一応、それらしく乙女の恥じらいを見せはするが嗜好は変態そのもの。
矢口は限界まで溜めて一気に放尿、という快感をラジオで覚えてしまった。
もじもじと股間を押さえ、体を揺らしてキョロキョロしている。
「なんや矢口、そういうプレーが好きなんか? 裕ちゃん、そっち系は苦手っつーか無理やけど、矢口のためなんやったら仕方ない。協力したるわ。ほれ、ほれ」
下卑た笑みの中澤が矢口を膀胱を刺激しようと下腹を押す。
「やめろって、バカ裕子!」
「ほれ、矢口、しー、しー」
限界にきたのか、矢口が中澤の手を振り払い、トイレに走った。
「あぶねーな、このバカ! ちょびりそうになったじゃねーか!」
慌てて駆け出す矢口真里。玄関へ向かう廊下の途中にトイレがある。矢口はもうトイレのドアしか見えていない。石川にぶつかった。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/16(火) 23:41
「邪魔なんだよ、梨華ちゃんてめー」
涙目で矢口が叫ぶ。
「なによ、もう」
唇を尖らせる石川。
「矢口さん、なんで泣きそうになってたんですかねぇ」
石川に連れられてやってきた道重が矢口の背中を見送り、にひひと含み笑いをした。
絵里もれいなもいない今日、先輩を一人占めして、たくさん甘えようと楽しみにしていたのだ。
が、道重の目に飛び込んできたのは、後藤にじゃれる亀井と田中の姿。
自分だけが呼ばれていたと思っていた。けど違ったらしい。
そしてさらに考えた。もしかしたら自分だけが呼ばれていなかったのではないのだろうか。
今日は偶然エコモニ。の仕事だった。石川と一緒でなければ連れて来てもらえなかったのではないか。
それに、大好きな大好きな絵里が遠ざかる。
道重の顔がくしゃくしゃと歪み、堪えきれずに綺麗な瞳から涙が一滴。
お姫さま気分の純粋無垢な悲しみに濡れる、美しき15歳。
タロが道重に駆けていく。
慰めるのかと思いきや、前足を道重の足に絡ませ、腰を振りはじめた。
犬であろうと雄は雄。
道重が発する無自覚で強烈な色香に、タロは本能的に貪りついたのだ!
「コラー! なにしてんのよタロー!!」
中澤が金切り声をあげた。
「こら、やめなさい、タロ。女の子の前でしょ、はしたない」
のんびりとした口調の安倍が、女の子に交尾を迫っているタロを引き剥がそうとする
が、タロは気が狂ったように腰を振り続けている。
道重の白く滑らかな肌にタロの爪がくいこみ、赤く血が滲む。
わけのわからない恐怖に、道重がわんわんと大声をあげて泣き始めた。
顔をくしゃくしゃにして、人目もキッズの目もはばからずに大泣きしている。
タロが自分から離れた。そして、何事もなかったかのように、再びハナとじゃれはじめた。
道重の甘たるい少女性に、興味を失ったのだ。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/16(火) 23:41

そして、そのすぐ側で唐突に開始されたゾンビごっこ。
こんなことやろうと言ったのは誰だ?
梨沙子だ!!

黒板の近くの台がないから、なんか緩い感じでスタート。
ゾンビは、とりあえずゾンビっぽいからと満場一致で指名された亀井、ゾンビダンスを踊ったことがあるという後藤が名乗り出た。
梨沙子のあふぉな説明では誰もゾンビごっこの意図を理解できなかった。
それっぽくやろうと言うことで、思い思いにゾンビを楽しむ。

「う〜ら〜め〜し〜や〜」
半笑いで亀井が手首を力なく振りながらフラフラ歩く。
本当に怖い、きしょい。
「うんばらうんばらうんばらうー!」
プッチダンスでぐるぐるしている後藤。
後藤が一番楽しそうだ、梨沙子よりも楽しんでいる。
何が面白いのか誰にもわからないが後藤が一番楽しそうだ。
ありえない笑顔でうんばらうんばら弾けている。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/16(火) 23:44
「なぁ、圭織。まだ飲まへんの?」
「まだ飲まない。つーか、今日って飲む必要ある?」
ゾンビごっこを横目に、中澤と飯田。
「そんな圭織、冷たいこと言わんといてや」
飲まなあの子らと渡りあえん、そうは言えない中澤。
そんなタイミングにインターホン。
「誰だろう」
ドアを開けた飯田の前、そこには小川麻琴。少し離れて吉澤ひとみ。
「なんだよ、麻琴。あ! よっすぃ、いらっしゃい」
「なんですか飯田さん、それはー!」
唾を飛ばす勢いで食って掛かる小川。
「うっさい。もう、いいから、さっさと入って。人が見てたら困るでしょ?」
飯田はてきとうに小川をあしらい、吐き捨てるように言う。
「遅かったね。みんなもう来てるよ」

部屋に入るなり、吉澤が上着を脱いだ。
「お、ゾンビごっこか。私も入れてよ」
吉澤がゾンビごっこを知っている以前に、プライベートで現れたことに驚くメンバー。
なんで? なんでよっすぃがプライベートな集まりに現れるの?
後藤と石川と梨沙子だけは驚かない。
後藤はプライベートで遊んだことがあるし、石川は吉澤を部屋に泊めたことがある。
梨沙子はなにも知らない。
「じゃあ、よっすぃ、うんばらチェンジね」
「おう、じゃあ、私がゾンビでうんばらね」
吉澤は快く後藤をチェンジした。
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/16(火) 23:45

「圭織、飲もうや〜」
安倍と矢口がゾンビごっこに参加し、完全に独りになった中澤がビールを差し出す。
黙って差し出されたビールを飲む飯田。
中澤は何も言わずに水を飲んだ。
「美貴ちゃん、ちょっとこっち来て」
飯田がビールを啜りながら、藤本を呼ぶ。
「はーい、なんですか?」
「藤本さ、裕ちゃんと話したいって言ってなかった?」
「はぁ……」
正座の藤本は、わざわざ中澤が冷蔵庫から持って来たビールを断れない。
「で、話ってなんやの?」
中澤にそう凄まれても、まさかモーニング娘。について話したかった、なんて死んでも言えない藤本。
いや、飯田と中澤と三人でなら、真剣に語れたのかもしれない。
だがこの場には新旧問わず、恐ろしい数のモーニング娘。がいる。
かっこ悪くて言えるはずもない。
「いや、なんだろう、忘れちゃいました」
藤本はそうすっとぼけた。
「忘れるわけないでしょ、なんだったの?」
飯田に優しく言われてしまう。
「なになに、なっちにも話してごらん」
「ちょっと藤本、これからもおいらとは娘。同士なんだからさー」
ゾンビごっこで疲れ果てた安倍と矢口が、場に落ち着く。
中澤、飯田、安倍、矢口が、藤本に注視。
痛いくらいに視線を感じた藤本が声を荒げる。
「そんな見られても、なんもないよ!」
藤本がそう悪ぶったときだった。
「愛の種」が自然発生した。
ゾンビごっこが結局なんだったのかわからずに飽きた誰かが歌いだしたのだ。
三期以後で歌われる愛の種が広い部屋に反響する。
誰もが気持ち良さそうに歌っている。

ある者にはセンチメンタリズムを、ある者には明日への希望を、ある者には着地点としての娘。を、ある者には高揚を、ある者には通過点を、ある者には憧れを、ある者には青春そのもの、ある者には……
石川が得意顔でハモっているが、音を外しているとしか思われていない。
梨沙子は知らない歌、ハナタロと一緒にケージで寝ている。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/16(火) 23:47
「圭織、なんで泣いてるの?」
矢口が戸惑ったように聞く。
飯田が何か返そうとするが、安倍が被せる。
「圭織? 一瞬一瞬が最後かと思うかもしれないけど、今ここにある瞬間が大事なんだよ?」
「うっさい、バカなっち。わかってるっつーの」
「だってさだってさ、なっち、言いたかったんだもん。一年早く卒業した身として、圭織にしてあげられることないかな、って……」
「なっち、見てみぃや。圭織、泣いとるで」

娘。は任せろよ。
藤本はそう言いたかった。
唯一、Hello内にいて、外からモーニング娘。を見たことのあるモーニング娘。
だからこそ、言えなかった。

「やっぱ圭織、みんなのためにマンションを買う!」
飯田が涙を拭い、力強く言った。

やっぱりとか言われても意味わかんねーよバカ。
中澤と藤本は同じことを考えていた。
でも、どちらも何も言わなかった。

特に藤本は、喉まで出かかった言葉を必死に押さえた。
今はまだ、
そして、いつか……




17 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/16(火) 23:47
 
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/16(火) 23:47
 
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/16(火) 23:47
 

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