6 奇才
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/14(日) 00:28
-
「ふわぁ〜〜」
カーテンから漏れた朝の光が私を現実へと戻した。朝の目覚め特有の気だるさが私を包み込む。
伸びをしようと思ったがなんだか首が痛い。
寝違えたのかと思ったが、どうもその痛み方とは違うような気がした。
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/14(日) 00:29
-
「おはようございます。矢口さん」
いつもの朝と違って聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
起きてるか寝てるかわからない、か細い声。
普段ならうっとおしく聞こえるのだが、そんなことはどうでもよかった。
初めて感じる痛みのせいか、妙にイライラする。
とりあえず昨日の夜のことを必死に思い出すがまったく思い出せない。
声の主の方を向くとばつが悪そうに視線を外す。
その顔を見ただけでさらに苛立ちが増す。
「はぁ〜」
ため息ばかりが口をつく。
何かが違っていた。
目の前に散乱している資料の山。
いくら思い起こしても何もわからないまま。
何があったか尋ねてみるが知らないと首を横に振るだけ。
まぁ痛みの方はじっとしていたせいか徐々に小さくなっていた。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/14(日) 00:30
-
しかし、物事がそんなにうまくいくはずがない。
突然、針を刺されたような痛みが首筋を駆け抜ける。
グイッ、バシッ、グイッ、バシッ
何か掴まれて叩かれるような痛みが大きくなっていく。
別の場所から、朝とは思えないような騒ぎ声が聞こえてきた。
「のの、ナイスコントロール」
「あいぼんこそ上手いよ」
「もっと速く投げるよ」
「いいよ。しっかり捕るから」
その声に私は頭を抱えた。
現在の最大の悩みの種である。
ズンッ!
「あいぼん、ナイスキャッチ」
「のの、気をつけてよ」
ワイワイ騒ぐ声が私の延髄を直撃する。
酒を飲みすぎたわけでもないのに目がクラクラする。
「辻さん、加護さん、止めてください」
ヒステリックな叫び声が響く。
「紺ちゃん、心配しすぎだって」
「そうだよ、これぐらいじゃ矢口さんは死なないって」
私の頭の上には“?”が飛び回る。
「死なないって何だよ!」
思わず飛び出そうな言葉を飲み込む。
朝から怒鳴りつけるのは美容によくないし、とりあえず頭を冷やしに洗面所に向かう。
「鏡見ちゃだめですよ、矢口さん」
あさ美の言葉はただの雑音でしかなかった。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/14(日) 00:30
-
私は矢口真里。
とある大学の助教授だ。大天才と鳴り物入りで就職したものの成果はない。
瞬間移動の原理を見つけ出したものの誰も認めてくれない。
いや、誰もその原理を理解できないのだ。もちろん、上司の教授もお手上げ状態。
天才というものがこれほど辛いとは思わなかった。
そんな私のあだ名は“大天才ほら吹き教授”。
当然のように私の研究に興味を持つものなんてほとんどいない。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/14(日) 00:31
-
紺ちゃんと呼ばれたのは紺野あさ美。
この大学院に今年入学してきた院生。
すごく頭がいいと各研究室から引っ張りだこだったが何故か私のところに来た。
理由は英語が嫌いだからということだ。ここの文献は日本語しかないのは当然。
最新の論文は英語が一般的だ。和訳ができるころには次の新しい論文が発表される。
私よりも頭がいいことは最近になってわかってきた。
最近は本来の研究に関係ないイモとカボチャの研究が目立ってきたこと。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/14(日) 00:32
-
辻、加護と呼ばれているのは辻希美と加護亜依。
何かと騒がしい大学生である。あさ美とは同じ年齢である。
あさ美が優秀な成績で飛び級で進学したのに対して、2人は遊びまくって1年留年。
4年になると各研究室に配属されるわけだが、2人とも成績の悪さに引き取り手がなかった。
私の理論を理解できるものもいないことから、無理やり配属された。
無論、私の理論についてこれるわけもなく、遊んでばかりいた。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/14(日) 00:33
-
パシャ、パシャ
私は顔を洗う。
なんだかんだ言っても、頭の中を切り替えるには一番の特効薬。
タオルで顔を拭きながら、肌のチェックを行う。
研究明けとあって目の下にはクマができていた。
肌のはりもないし、すごく荒れていた。
研究を止めてしまいたいと思う瞬間でもある。
「何だよ〜」
鏡に映った自分の姿に思わずつっこんだ。
首の真ん中辺りに2cmほど隙間があった。
その隙間には背後のドアが映っていた
私は目の錯覚だと思った。
恐る恐る首を触ってみた。
あるはずの感覚がなくなっていた。
知らず知らずのうちに指先が震えていた。
「きゃあーーーー」
私の目の前は真っ暗になった。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/14(日) 00:33
-
「うっ・・」
私は首の痛みで目を覚ました。
朝起きたよりも痛みが増している気がした。
目の前には心配そうに見つめるあさ美の姿。
「大丈夫ですか?」
「うん・・」
髪をクシャクシャにかきながら上体を起こす。
首に手をやるとあるはずの感覚がない。
頭と体は離れることなく動いている。
冷静に考えるとありえないことだった。
だが、今の私にはそこまでの余裕がなかった。
昨夜のことを聞くのが優先だった。
「昨夜ですか・・」
このままでは埒が明かないと思ったのか、あさ美は昨夜の出来事を話始めた。
- 9 名前:6 奇才 投稿日:2004/11/14(日) 00:34
-
私をはじめ4人は瞬間移動の実験を繰り返していた。
実験にはハムスターを使っていた。
そして、昨夜初めて瞬間移動に成功した。
まぐれでは誰も納得しない。
繰り返し試験して行った。
瞬間移動が行えることに確証を持てた。
人類史上初の快挙に沸きあがる4人。
本来ならここで止めておくべきだった。
しかし、将来を考えると不安だった。
今後の莫大な費用を考えるとスポンサー探しも重要な仕事だ。
大学の中では浮いた存在だけに、サポートしてくれる企業が現れるのはありがたい。
それにはより大きな成果があったほうが有利だ。
それに大天才というからには人間が瞬間移動できるとこぐらいは見せつけてやりたい。
でも、誰も進んで瞬間移動したいと思うものはいない。
瞬間移動した後の影響がわからないからだ。
不本意ながらこういうときは研究者しかいない。
今までの結果に自信を深めた私は進んで実験体となった。
失敗を恐れては前進はない。
私の熱い語りようにあさ美たちも渋々実験を続けた。
止めようがないほど私は熱くなっていたという。
- 10 名前:6 奇才 投稿日:2004/11/14(日) 00:35
-
実験室の中に入った私は部屋の中央の椅子に座った。
瞬間移動光線が私にきちんと当たるように3人が設定を行う。
しかし、実験ではハムスターを使っていたため照準が合わない。
私の理論では首辺りに光線が集中すれば大丈夫なはずだった。
私の代わりにあさ美が中心となって機械のセッティングを行った。
そして、緑の光が目を閉じた私に照射された。
瞬間移動は失敗に終わっていた。
私は中央の椅子に座ったまま動いてなかった。
結果は失敗として、次の研究に生かされるはずだった。
しかし、異変に気づいたのは希美だった
部屋の端に設置された椅子。
そこは瞬間移動が成功すれば、そこに私が座っていたはずだった。
そこには首の一部が落ちていた。
希美の指摘で、私の首の一部がなくなっていることに誰もが気づいた。
私は鏡で自分の姿を見た瞬間に気を失ったということだ。
- 11 名前:6 奇才 投稿日:2004/11/14(日) 00:35
-
話を聞き終わった後、がっくりと肩を落とした。
研究者たるもの、常に冷静さを併せ持たなければならないのに、それが欠けていたことに。
瞬間移動に成功したことに浮かれたのだろう。
大天才もまだまだ未熟者だと思い知らされた。
重い空気が私を包む。
しかし、そんな空気も関係ないものもいた。
「それでも首の一部だけが瞬間移動しちゃったんですよね」
「すごいっす」
場に合わない軽いノリの言葉に私はほっと救われたような気がした。
たまにはいいこと言うなと感心する。
ズンッ
再び延髄を蹴られたような痛みが走る。
「あぁ、だめですよ」
私の首で遊ぶ希美と亜依に向かってあさ美が注意する。
やっぱり、前言は取り消しだ。
実験後、私の首は希美と亜依のおもちゃとなっていた。
首の断面は真っ黒で筋肉とか骨はまったく見えない。
一見すると丸い板と変わらない。
希美と亜依にすれば、普段の鬱憤を晴らしているような気がしてならない。
私は自分の首の一部を取り戻すと、しみじみと眺めた。
手足ならありえるかもしれないが、首なんてありえない
私は目の前の現実を受け入れるしかなかった。
- 12 名前:6 奇才 投稿日:2004/11/14(日) 00:36
-
研究は続いた。
私の首を元に戻すことと完全な瞬間移動の成功。
新たな難題の追加に私のやる気は増していく。
あさ美もいろいろと手伝ってくれるので作業がはかどる。
しかし、最近私のほうがあさ美の理論についていけない。
それでも、大天才の称号は捨てがたく、うんうんとわかっているフリをする。
あさ美が帰った後に資料の山を覗く。
英語の資料もあった。
パソコンで和訳したのだろうが、ところどころおかしい部分がある。
さらにおかしい和訳がある。きっと希美だろう。
あさ美の作ったファイルを読み込んだ。
わけのわからない公式がたくさんあった。
一つ一つ解読するだけで多大な時間がかかりそうだ。
とりあえず、深い議論は避けようと思った。
大天才という称号がだんだんと小さくなっていく。
私よりもあさ美のほうが似合っているような気がしていた。
- 13 名前:6 奇才 投稿日:2004/11/14(日) 00:37
-
新しい瞬間移動装置が完成した。
今回は小型化にも成功した。
前回と違って犬や猫を使って実験もやった。
瞬間移動による影響もない。
「矢口さん、紺ちゃん、ちょっと装置借りるね」
「すぐに返すから」
突発的に聞こえてきた声。
希美と亜依だ。
だめだと言う前に姿は消えていた。
「何考えてるんですかね?」
「う〜ん、わかんない」
あさ美といろいろと話すが、あの2人のことはよくわからない。
少し言動や行動には問題あるが、何かと協力してくれて感謝している。
最初に比べると、だいぶ使えるようになってきた。
まぁほんとの馬鹿じゃないから無茶はしないだろう。
実験は夜から始めるわけだし、それまでに帰ってくればいいと割り切ってた。
時計の針が夜12時をさした。
希美と亜依は帰ってこない。
つま先をコツコツ鳴らしながら、2人の帰りを待つ。
あさ美は不安そうに時計を見つめていた。
「うわっーーーー」
突然、首に激痛が走る。
首ならここにあるというのに理由がわからない。
あさ美も私の苦しみようにおどおどしている。
普通なら、救急車を呼ぶところだがそうはいかない。
病院にいけば、余計な騒ぎが起きてしまう。
あまりの激痛に私は気を失った。
- 14 名前:6 奇才 投稿日:2004/11/14(日) 00:37
-
「矢口さん、眺めはどうですか?」
「紺野、それは嫌味か」
私は腕組みしながらあさ美を見下ろす。
いつもと違う景色にちょっとだけ満足。
しかし、不吉な声が私を現実に戻す。
「矢口さん、背が伸びてよかったですね」
「すごくセクシーになってますよ」
「おしゃれできる部分が増えたじゃないですか」
にやにやと笑う。
絶対におちょくっている。
誰のせいでこんな目にあったのか、自覚がなさ過ぎる。
導火線に火がついた。
- 15 名前:6 奇才 投稿日:2004/11/14(日) 00:38
-
「お前ら!」
拳を振り上げた瞬間だった。
ガツン!ドン!
大きな音とともに私の頭は大きく揺れる。
「痛ぇーーー」
壁にぶつけたところをさすろうとするが手が頭まで届かない。
「アハハハハーー」
「バカですね」
「いい加減にしろ!」
怒りに肩を震わせるが、頭が痛くてそれどころじゃない。
肩の振動が首で拡大されて余計に痛みが増幅されていく。
必死に手を伸ばす姿に2人はさらに声を大きくする。
怒りを静めようと、視線を移すと今にも泣き出しそうな顔が・・
「ごめんなさい」
「もういいよ・・早く元に戻る方法考えてよ!
おいら、一歩も外に出れないじゃん」
「はい・・・」
あさ美は申し訳なさそうに実験室へと戻る。
どいつもこいつも・・
私は自分の運のなさを呪った。
- 16 名前:6 奇才 投稿日:2004/11/14(日) 00:38
-
結局やることがなくてテレビをつけた。
【奇跡か!キリンの首が人間の首に変わった!】
どの局も同じゴシップが画面左下に映し出される。
「まじっ」
体が自然と固まる。
キリンの首の一部が人間の首になっていた。
受け入れがたい現実がそこにあった。
まだ他には知られていないはずだった。
「矢口さん、首だけ有名になりましたね」
「その茶と黄と白のコントラスト、ぴったりですよ」
亜依と希美の言葉が耳を離れない。
- 17 名前:6 奇才 投稿日:2004/11/14(日) 00:39
-
私は黙って鏡を見た。
体と同じくらいの長さのキリンの首。
いくら背が高くなったとはあまりにも不恰好。
当然、体は思うように動かない。
何より座っているだけで疲れてしまう。
立って動き回るなんてことはしたくない。
しかし、何もしてないと悲観的ことばかり考えて気分が滅入ってしまう。
何をどう間違えたのかキリンの首が私の頭と体を繋いでいる。
この状態じゃ研究の成果なんて誰も信用しない。
まして、こんな悲惨な状態を見られたら、何と言われるかわからない。
情けないが、頼りはあさ美だけ。
大天才という言葉がだんだんと遠のいていく。
私の未来もこれで終わってしまうのだろうか。
- 18 名前:6 奇才 投稿日:2004/11/14(日) 00:40
-
【人間の首がキリンの首に変わった】
画面に映し出されたゴシップ。
その画面にはテレビ局の取材を受けるあさ美。
差し出されたカボチャのスープとサツマイモのケーキをおいしそうにほおばる。
「あぁ、いいなぁ」
「頭いいから得だよね」
「でも、紺ちゃんはあれで満足なんだよね」
希美と亜依はテレビを見ながら資料の山に目を移す。
2人には理解できない理論や公式ばかりが書かれていた。
- 19 名前:6 奇才 投稿日:2004/11/14(日) 00:40
-
「こんな贅沢な生活ができるとはね」
「しばらくやめられないね」
2人の目の前には豪華な料理が並ぶ。
「矢口さんはこのままでね・・紺ちゃんには悪いけど」
「そう、しっかり頑張ってもらわないと」
「「ねぇーー」」
2人は顔を合わせて首を横に傾ける。
「あっ、それなくしたらだめだよ」
「わかってるって」
「あいぼんも人が悪いよね」
「でも、ののが原因やろう、めっちゃむかつく」
「ハハハハーー」
亜依の手には、実験のときに用いた紙が握られていた。
希美が真里とあさ美の理論を適当に組み合わせたものだった。
- 20 名前:6 奇才 投稿日:2004/11/14(日) 00:41
-
“偶然は奇なり”
5年後、世間を大きく動かす記者会見があった。
その席に辻希美と加護亜依の姿があった。
- 21 名前:6 奇才 投稿日:2004/11/14(日) 00:41
- お
- 22 名前:6 奇才 投稿日:2004/11/14(日) 00:42
- わ
- 23 名前:6 奇才 投稿日:2004/11/14(日) 00:42
- り
Converted by dat2html.pl v0.2