3 シュウカン

1 名前:3 シュウカン 投稿日:2004/11/12(金) 22:48
「ふわぁ〜〜」
カーテンから漏れた朝の光が私を現実へと戻した。朝の目覚め特有の気だるさが私を包み込む。
伸びをしようと思ったがなんだか首が痛い。
寝違えたのかと思ったが、どうもその痛み方とは違うような気がした。
2 名前:3 シュウカン 投稿日:2004/11/12(金) 22:48
きっと病んでいるのだ、欲して、憧れて、焦がれているのだ。

夢の中での田中れいなは、
いつだって遠い国の美しいお姫様だ。
綺麗な金髪は柔らかく揺れ、青い瞳はどこまでも澄んでいる。
シフォンのドレスで包んでいるのは、
まるでバービーのようにしなやかで、均整のとれた清い身体。
そこだけ花が咲いたような、
そこだけ光が差したような、
何一つ欠けているものなどない、完璧な美しさだ。
人々は崇め、敬い、
王子様は傅き、あたしの手の甲にキスをする。
3 名前:3 シュウカン 投稿日:2004/11/12(金) 22:49
日曜日の午後八時。
外装も内装も悪趣味としか言いようのないラブホの一室で、クールマイルドに火を点ける。
深く吸い込み煙を上に吐き出すと、天井一面に貼られらた鏡の中であたしが滲んだ。
ブザマだ。
汚れた自分。
このまま消えてしまえばいいのに。
あたしを覆い隠す白い霧はすぐに晴れ、
目ばかりやけに吊り上った、ロボットのように感情の見えない青白い顔が覗く。

「三万…だったね」
男は脱ぎ捨てたままになっていたズボンのポケットを探り、札入れから抜いて差し出した。
あたしは黙って受け取り、薄く微笑んでやる。
「また会ってくれるよね?」
その問いには答えたくない。
曖昧に笑っていると、男はYESと取ったらしい。
「月契約にしないか」と、おどける。

ふざけんな。

男が洗面所でネクタイを締めている隙に、さっさと部屋を出る。
4 名前:3 シュウカン 投稿日:2004/11/12(金) 22:49
セックスと引き換えにもらった金は、長く持っていたくない。
駅前のコンビニに立ち寄り、
先ほどの三万円のうちの一枚で、クールマイルドを1カートン買う。
左耳にボディピアスの痕が二つある、ボンヤリした顔立ちの店員は、
未成年のあたしに「ありがとうございました、またお越し下さいませ」と、頭を下げた。
店を出て何気なく振り返ると、自動ドアに貼られたポスターが目に入る。
四、五年前に解散したはずのアイドルグループが微笑んでいた。
馬鹿馬鹿しいと踵を返し、駅の構内へと入る。

全ては、あっという間に通りすぎて行く日常の風景にすぎないのだろう。
だけど、
この街は、この世界は、そして自分自身さえ、どこか間違っている。
5 名前:3 シュウカン 投稿日:2004/11/12(金) 22:50
月曜は雨が降っていた。
教室の中には、無数の水滴が跳ねる雑音とチョークが走る小気味よい音。
あたしは石川啄木の顔を塗り潰しながら、国語の安倍先生を眺めている。
やっと肩に届くようになった伸ばしかけの髪に、グレーの野暮ったいスーツ姿の彼女は、
高校教師より保育士の方が向いていそうだった。

はたらけど
はたらけど猶わが生活楽にならざり
ぢっと手を見る

安倍先生が黒板に書き終えた時、
あたしの右隣の席にいた男子が、待ってましたとばかりに手を挙げる。
「せんせぇー、『ぢ』って、やっぱりあの痔ですか?」
安倍先生は、へらへらと低能な質問でからかう彼を一瞥し、
さも無関心そうに「違います」とだけ答えた。
6 名前:3 シュウカン 投稿日:2004/11/12(金) 22:51
あたしは、安倍先生の右耳を見ていた。
赤い。

けっこーいい歳なのに、下ネタ駄目なのか。純情なのかね。
何気なく思う。
この人、処女だったりして。
まさかね。んなわけないか。

だけど男と寝た経験はあっても、
自分の胸やアソコがどんな形をしているのかは、知らないような女だろう。

ダサイ。キライだ。
だけどその根底に横たわるのは、羨望や憧れや嫉妬だということを、あたしは知っている。

窓の外では、銀色の針が空気をズタズタに引き裂いていた。
校庭の真ん中で、置き去りにされたバレーボールが濡れている。
7 名前:3 シュウカン 投稿日:2004/11/12(金) 22:51
次の日の昼休み、
屋上にて、生暖かな風とメロンパンを頬張る。
嘘のように晴れ上がった空。
だけど昨日の余韻を残す湿った空気が、清々しさを完全に打ち消していた。

「れーいなー」
何がそんなに楽しいのか、細い目をさらに細め微笑みながら、親友の亀井絵里が隣に腰を下ろす。
「何食べてんのー?」
見りゃわかるでしょ、といった具合に、
かじりかけのパンを振ってみせる。
「れーなってパン好きだよねー。日本人なんだから、ごはん食べたらー?おいしいのにー」
少し呆れながら、絵里は母の手作りという色鮮やかな弁当を広げ、卵焼きにフォークを刺す。
そしてあたしの鼻先へと、無造作に突き出した。
「あげる」
「…ああ、ありがと」

誰にも心を開けないあたしが絵里と友達をやっているのは、
彼女がクラスで一番イケてる女だったから。
さりげにセンスがよくて、それなりに遊びもやって、でも真面目で、
人気があって、ばりかっこいいカレシがいて、
他校でもちょっとした噂になるくらいのかわいさ。
それ以外に、理由は何もなかった。
ランクの高い友達を持つのがステータス。
それ以上の理由はいらなかった。

何もかもがどうでもいい。
だけど、少し気の毒だ。
こんなあたしに、まるで犬のようになついている絵里が、ではなく、
くだらない見栄でしか友達を作れないあたしが。
8 名前:3 シュウカン 投稿日:2004/11/12(金) 22:52
「あ、そーいえばさー、れーな知ってる?」
「何を」
「なっちの噂」
「なっ……って、誰?」
絵里は、えへへ、と笑い、
「国語の安倍先生だよ、安倍なつみ。なっちってのは、えりが勝手に名付けたんだけどね」
「ふーん、仲良かったっけ?安倍先生と」
全然、と、かぶりを振る絵里。
「でもさー、お気に入りなの、あの先生。サボっても課題やんなくても楽勝だしー」
「あー、なるほど。で、何?」
「知らないの?」
絵里は鶏肉を頬張りながら、校庭の隅にあるテニスコートを顎でしゃくってみせる。
「石川センパイとデキテルって話」
一瞬、心臓の辺りを拳で殴られたような衝撃が襲い、取り乱しそうになる。
石川さんと、安倍先生?
ギクリ、とした。
頬と耳が痺れて、熱いようで冷たい。
9 名前:3 シュウカン 投稿日:2004/11/12(金) 22:53
高等部三年でテニス部の石川梨華は、
そこそこ真面目で少し抜けてて、大人しくはないけど従順、だけど結構ナルシスト。
私服では常にピンク色を着こなし、女の子らしい、なんて表現がぴたりとハマるタイプだ。
細い腰のわりには胸があって、健康的に日焼けした身体は、男に言わせると「エロい」。
だが、女に好かれるタイプではない。
「すごい噂になってるよー、でもなんかちょっとキモくない?」
と言いながら、絵理はウインナーを齧る。
無邪気に暴言を吐ける人間は、それだけで幸せに値すると思う。
「さあ。どーでもよか」
「あー、でた、方言!かっこいー、えりにも教えてー」
「覚えてなんすっと?」
「えー?だってれーなみたいに殺伐としたかっこいい人になりたいんだもん」
「意味わかっとらんやろ」
「わかんないけどー、れーなはかっこいい!」
あたしは、はしゃぐ絵里から目を逸らした。
突き放せばかっこいい、優しいフリをすればそーいうとこが好き。
絵里の言うことはいつだってずれている。
そんなに羨ましいなら代わってやろうか?汚れてみればいい。
あたしは、あんたが羨ましい。
10 名前:3 シュウカン 投稿日:2004/11/12(金) 22:53
「田中ちゃん?」
呼ばれた瞬間、眩暈すらする。でもその正体は恐怖。
「ああ…、石川さん」
自覚できるほど曖昧な笑いを返した後、
「お久しぶりです」
と頭を下げてみた。
水曜日、夕暮れの校門には冬の気配。冷たい風が吹き抜けたのは、あたしの足元だろう。
「最近、来ないからどうしちゃったのかと思った。元気?」
石川さんの顔には華やかな笑顔が浮かんでいた。
それは見るもの全てを虜にする。例え、マジックテープで貼り付けられているのだとしても。
「元気…、ですよ」
少し言葉に詰まったあたしを、石川さんは笑う。
「私に会わなくても?」
はい、と搾り出した声は自分でも驚くほど本当に弱々しかった。
11 名前:3 シュウカン 投稿日:2004/11/12(金) 22:53
25時間後、あたしは石川さんのマンションの前に立っている。
「いらっしゃい」
ドアを開けた石川さんの腕は、そのままあたしの髪を滑り、身体に絡みついた。
首筋のあたりに柔らかさを感じる。
これは彼女の唇の熱だとわかった瞬間、痛みが走った。
ぎりりと肌を噛んだまま、石川さんは笑った。
そしてあたしに訊く。
「欲しいの?」
息が漏れていく。力を抜いて、ゆっくり頷く。
「……はい」
今度はしっかり声が出た。
12 名前:3 シュウカン 投稿日:2004/11/12(金) 22:54
♪きーんよーびっ あーしたはやーすーみっ こんびによおってーしゃらららっ たくさんかいーこーんで

数年前に流行った歌だ。陽気に口ずさむ石川さんの横顔に、音痴と呟く。
一睡もできずに見た朝日は、大嫌いなピンク色に見えた。
ベッドから身体を起こす。頭がぼんやりする。
「久しぶりだと…」
石川さんの息が近付いて、そして耳元に絡みついた。
「気持ちイイでしょ?」
「……まあ」
答えに満足したのか、クスクスと笑い、離れる。
13 名前:3 シュウカン 投稿日:2004/11/12(金) 22:54
優等生な彼女の本当の顔を、知る人は少ない。
美人、華やか、アイドルみたい、純情、ソソる、たまんねぇ。
石川さんを形容する言葉はあの学校に山ほど存在していたけれど、
こんな風にあられもない姿を知るのはあたしだけ。……でもないか。
「安倍先生にもあげたんですか?」
睨むと、受け止めるように手を広げる。
「何言ってるの?私は田中ひとすじだよぉー」
「安全な取引相手、やけんね」
目を伏せ発した独り言は、当然のように無視される。
「もっかい、欲しい?もっかい、する?」
甲高く甘い声の質問に、あたしは返事を二回する。
はい。また、はい。
14 名前:3 シュウカン 投稿日:2004/11/12(金) 22:55
「少し、迂闊すぎやしませんか?」
「何がー?」
「噂になってます」
「まあ、ほら、先生も立場があるから、我が身かわいさで必死にバレないようにすると思うよー?」
「安全、ですか?」
「そう、安全」
好きなの、そういうの。
囁きを見つめる。
石川さんの指が唇をなぞり、ゆっくり口内に侵入してくる。
優しく愛撫するように彷徨ったあと、小さな紙片を舌裏に置き去りにした。
唾液を飲み込む。口内がほんのり痺れた。
薬が効くまでには少し時間がかかる。
息を大きく吐き出して、目を閉じた。

あたしはこれに囚われている。
眠らずに楽しい夢を見るのだ。
幻という名の。
15 名前:3 シュウカン 投稿日:2004/11/12(金) 22:56
…………
16 名前:3 シュウカン 投稿日:2004/11/12(金) 22:56
土曜日の朝、空は清々しく晴れている。
鳥の鳴き声、どこまでも澄んだ空気。
窓を開ける。金色の光と透明な風が部屋を駆け抜ける。
あたしはシフォンのドレスの上に、太陽のショールをまとった。
息を吸い込む。

「姫、お早うございます」
執事がやって来た。
「おはよう」
挨拶を返して振り返ると、執事は少し心配そうな顔をした。
「れいな様、顔色がすぐれないように思えますが…、眠れなかったのですか?」
「ええ、最近、よくない夢ばかり見るの」
溜息をつく。
「もう一眠り、しちゃおうかな」
17 名前:3 シュウカン 投稿日:2004/11/12(金) 22:56
夢の中での田中れいなは、
いつだって美しいお姫様憧れていた。
綺麗な黒髪は何かに逆らおうとするようにまっすぐ伸び、その瞳はどこまでも気高い。
彼女の身体を包んでいたのは、何重にも巻きつけられた鎖。
汚れることで引き千切ろうとしていた、悲しい囚われ人。
だけど、悲しいくらいに美しい。
人々は憧れ、求め、
王子様は傅き、彼女の手の甲にキスをする。
18 名前:3 シュウカン 投稿日:2004/11/12(金) 22:57
The beginning
19 名前:3 シュウカン 投稿日:2004/11/12(金) 22:57
of a dream
20 名前:3 シュウカン 投稿日:2004/11/12(金) 22:57
→1

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