2 Tragic snow

1 名前:2 Tragic snow 投稿日:2004/11/12(金) 20:25
まっしろなカーテン、まっしろなベッド、まっしろなシーツ、まっしろな壁。
神経質なほどに白い部屋の中で、黄ばんだ天井だけが、唯一のリアルだった。

瞼が重く、こめかみの辺りから後頭部にかけて痺れている。
鈍い思考に、今が夜であることしかわからない。
体を動かすたび、筋繊維のあちこちが切り裂かれているような痛みが走る。
不意に吐き気が込み上げ、わけもわからずに吐いた。
あるもの全て吐き出しても、胃は痙攣し続けている。
吐瀉物が、ベッドに黒く染みを作った。

口の中、そして一帯に薬の匂いが起ち込める。
2 名前:2 Tragic snow 投稿日:2004/11/12(金) 20:25
医者に言われている服用量の、数倍は飲んだ。
そうしなければならないほど、ひどい精神状態だった。
しかし、あの量は無茶苦茶だった。
自分でも、充分すぎるほど自覚している。
ただ、そうするしかなかった。

時計を見ようと、亜依は起き上がる。
身体のあちこちが、悲鳴を上げた。
特に、両手首についたあざ。

うぅぅ……

亜依は、痛ましい低い唸り声を上げた。
まっしろな時計を見る。
針までが白くて見づらい。
午前3時。
あれから、5時間しか経っていない。

両手首に残ったあざが、亜依に先ほどの恐怖をよみがえらせた。
3 名前:2 Tragic snow 投稿日:2004/11/12(金) 20:25
5時間前。
まっしろな、扉を開けた。
問答する間もなく

襲われた。

必死に暴れまわって抵抗したが、力で敵うはずもなかった。
まっしろなカーペットの上に、押し倒された。
手首を、ものすごい力で押さえつけられた。

叫んだ。
聞いている自分が恐ろしくなるような声で絶叫した。
助けを呼ぼうと考えたわけではない。
ただ恐怖のあまり、全身で叫び声を上げた。
4 名前:2 Tragic snow 投稿日:2004/11/12(金) 20:26

白。白。
まっしろなカーペット。まっしろな壁。
白い回廊の左右には、10以上のやはりまっしろな扉が見える。
そこに立った黒いスーツの2人は、異様な空気を放っていた。

「で、お姫様たちの部屋は?」

片方が質問すると、もう片方が
すっと
奥を指差した。

「8時間、ここに立ち通しで見張りっすよ。勘弁して欲しい」
「今何時だ?」
「午前3時、自分の番はあと3時間です」
「しっかし、突然見張りを増員するなんてな……」
「まったく、たった2人のお嬢さんに振り回されるなんて」

片方は回廊を眺めて、顔をゆがめた。

「全く、ここは全部まっしろか。気が狂いそうだ」
「このホテル、妙に凝ってますよねぇ。階ごとにコンセプトを設けるなんて」
5 名前:2 Tragic snow 投稿日:2004/11/12(金) 20:26
「ここのコンセプトが『清楚』だからこんなに白づくし」
「でもまだいいですよ。最上階『情熱』なんて全室真っ赤ですから。気味悪い」
「一つ上が『自然』だったか。そこになら泊まってみたい気がするな」
「といっても、自分たちは寝ずの番なわけですが」
「まったくだ。うんざりだね……」

うんざりだね、とオーバーに両肩を上げた男は

「ところで……」

急にトーンを下げて言った。
うっすらと笑みを浮かべている。

「もうご馳走はいただいたのか?」

笑い声をかみ殺しながらそう聞いてきた。
聞かれた男もそれをきいて口だけで笑った。

「それが、いいとこだったんですけど急に邪魔が入って……」
「それは残念。まあまた機会はあるだろうさ」
「そう願いたいです」
「ろくでもない仕事の唯一の役得ってとこだからな」
「また改めておいしい思いをさせてもらいますよ」

2人はひしひしと笑った。
6 名前:2 Tragic snow 投稿日:2004/11/12(金) 20:26
鼻をつく。
白いベッドから、胃液の匂いがした。
自分の吐いた痕跡。
惨めだった。

亜依は思う。
希美が自分の泣き叫ぶ声を聞いたから、自分はこうして助かったのだ。
しかし……

涙が一筋流れた。

……もっと早く、もっと早く、亜依の苦しみを、希美が見つけてくれたら

そう思った。
そんなどうしようもないことを思った。

……もっと早く気づいてくれたら

あんなに精神安定剤を飲まなくても済んだのに。

取り返しのつかないところにいく前に助かった。
それなのに亜依は、希美に対して怒りにも似た感情を抱いている。
そんなふうに、希美を責めてもしかたないのに。

……のん
7 名前:2 Tragic snow 投稿日:2004/11/12(金) 20:26

希美は時計を見た。
針の色が背景に溶け込んで、見づらい。
何もかもを単色で統一した部屋。
目を凝らすとようやく時刻が知れた。
午前3時。
あれから、5時間が経過していた。

5時間前。
何もかもがまっしろな自室を出て
同じくまっしろな向かいの扉、亜依の部屋の扉をノックしようとした。
すると、中が騒々しい。
希美が激しくノックをすると、扉が開いた。
そこで、普段は見ない亜依の姿を目にすることになった。

希美は、自分の右肩をさすった。まだ痛みが残る。
まっしろな亜依の部屋に入って直後の、乱闘。もみ合い。
みぞおちを蹴られ、呼吸が詰まった。
頬を引っかかれ、血が流れ出た。
白いカーペットの一点が赤くなった。
8 名前:2 Tragic snow 投稿日:2004/11/12(金) 20:27
神経質なまでに単色で統一された部屋の中。
希美は、震えていた。
もしあのとき、自分の耳元に亜依の泣き叫ぶ声が届いていなかったら……
亜依は……

考えるだけでぞっとする。

あのとき
カーペットに横たわった亜依。
髪が無造作に広がり乱れ、胸元がはだけていた。
両手首には、痛ましいあざがくっきりとうかんでいた。

……あいぼん

亜依は
危険が去ってもなお、いやいやをしながらずっと泣き続けていた。
希美が触れようとするだけで、びくっと震え手をはじいた。
何度声をかけても、混乱した亜依の耳には届かなかった。

変わり果てた亜依の姿。
ショックだった。
希美は逃げるように、部屋を飛び出した。
9 名前:2 Tragic snow 投稿日:2004/11/12(金) 20:27
最悪の事態にはならなかった。
最後まではいかなかった。

そう言い聞かせる。
しかし、気分は一向休まらない。

亜依の部屋へ行き、様子を見てこようと思った。
しかし、震えて動くことができない。

亜依の
あんなに乱れた亜依の姿を再び目にすることになったら
自分は耐えられるだろうか。

……あいぼん
10 名前:2 Tragic snow 投稿日:2004/11/12(金) 20:27
さっきと同じだ。さっきと同じで亜依の部屋に行けばいい。
そう言い聞かせた。

そうして、動き出した。

さっきと同じようにベッドを降り
さっきと同じようにカーペットの上を移動して
さっきと同じように扉に手をかけた。
扉を開ければ正面に向かいの部屋の扉が見える。

さっきは向かいにあった白い扉を叩いたのだ。
11 名前:2 Tragic snow 投稿日:2004/11/12(金) 20:28

亜依は異臭を放つベッドを降りて、白いソファにうずくまった。
全てが白い部屋のなかで、天井だけが黄ばんでいる。
そしてまっしろなベッドの中央に、黒く残った吐瀉物。

これが本当なんだ。

『清楚』。このフロアのコンセプトが白々しく思える。
階全体、一面まっしろにしたって
そこに泊まる人間の中身は、この吐瀉物と同じ。

人間の奥底には、黒くどうしようもない欲望が溜まっている。
それをさっき、見せつけられた。

亜依の心の奥に
暗く重たいものが溜まっていくようだった。

白い部屋など、なんの意味もない。
清楚という幻想など、人間には用もない。

そういうのを知ることが大人になるってことかな
と見当はずれなことを考えて自嘲気味に笑った。
涙と一緒の、虚しい笑い声だった。
12 名前:2 Tragic snow 投稿日:2004/11/12(金) 20:28

希美は扉の前に立った。

その扉を見て、改めて認識した。

違う……さっきとはなにもかもが違う。



扉は一面
緑色に染まっていた。



ついさっき、騒動の後でつれてこられたこの部屋を見返す。
13 名前:2 Tragic snow 投稿日:2004/11/12(金) 20:28
緑のカーテン
緑のベッド
緑のシーツ
緑の壁。
緑の扉を開けると、
向かいにはやはり緑の扉が見えた。
廊下のカーペットも柱も全て緑色で統一されている。

希美が立っているフロアは全部が緑色。

さっきとは全く違う景色。
亜依は今も白い景色を見ているはず。
自分だけがこっちに移ってきた。

『自然』。このフロアのテーマ。

一つ上までつれてこられた。
希美はさっき自分が犯した過ちを思い返して、また震えた。
14 名前:2 Tragic snow 投稿日:2004/11/12(金) 20:28

「しっかしいくら2人の間にトラブルがあったからって急に階を分けるなんてねぇ……」

スーツ姿の男は、もう片方に訴える。

「まぁ内容が内容だからそれは仕方ない」
「でもここと上の階に分けたら見張りが倍必要になるじゃないですか。俺たちの仕事が増える」
「まぁそういうなって」
「いくらホテルの食事がおいしいからってうんざりだ」
「お前、昨日のステーキ食ってないからな。朝食は期待してなって。ここの飯は本当にうまいぞ」

そういって男はまた、ひしひしと笑った。
15 名前:2 Tragic snow 投稿日:2004/11/12(金) 20:29

5時間前、
白い扉を開けた亜依は、白いバスローブに身をつつみ、濡れた髪を垂らしていた。
普段は見ない、亜依の姿だった。

ごめんな急にドア叩くから慌ててテーブルひっくり返してもうた。
そういって、石鹸の匂いをさせた亜依が近寄ってきたとき
希美の中で何かが弾けとんだ。

待って待ってと抵抗する亜依を
押し倒して手首を押さえつけた。

あいぼん好きだ大好きだ大好きだ大好きだ

しばらくは泣き叫ぶ声も耳に届かなかった。
希美はひたすらに一心に
亜依を求めた。
亜依のやわらかさ、あたたかさ、優しさを感じた。

いやだぁ。こんなのいやぁ!!

亜依の涙が、急に目にとまった。
必死に希美を拒絶する亜依の叫びを聞いて
全身から力が抜けた。
16 名前:2 Tragic snow 投稿日:2004/11/12(金) 20:29

白いソファは温かかった。
そうして考える。
自分の相棒が、自分のことをあんなふうに見ていたなんて……。
欲望を剥き出しにした希美に酷く驚いた。嫌悪した。
身体が受け付けなかった。

……のん

これまで希美といろいろ
じゃれあっていた
そのいちいちに
希美はそういう感情を込めていたのだろうか。

もう
近寄らないで欲しい。
そう思った。
17 名前:2 Tragic snow 投稿日:2004/11/12(金) 20:29
しかし、
亜依を諦めた希美の

―――ごめんあいぼん……

本気で苦しんでいる表情。
必死に自分の気持ちと戦っている姿に
胸の奥が締め付けられた。
自分は、このコの想いに、応えてやれないのか……

そう思って落胆した。

頭ではそう考えても
自分の身体のあちこちが
不快な感触を記憶している。

どうしようもないと思った。

……のん
18 名前:2 Tragic snow 投稿日:2004/11/12(金) 20:29
このまま2人は終わってしまうのだろうか。
嫌いになった?
そんなことはない。
そんなことはないが
亜依にはこれまでの距離がちょうど良かった。

突然、何の前触れもなくその距離を詰め寄られて
鳥肌が立ったのだ。

もとの関係に戻る。
そう希美に要求しようか。

自分のことを大好きだと言った希美の想いをなかったことに……

希美を悲しませて……

そんなのは……
19 名前:2 Tragic snow 投稿日:2004/11/12(金) 20:30
白い扉からノックの音がする。

開けると希美が立っていた。
スーツの男が2人、背後に張り付いている。
間違いがないように、見張っているのだろう。

亜依を認めるとすぐ、希美は崩れ落ちた。

ごめんなさい許してくださいのんを嫌いにならないでください

白いカーペットの上で
わんわんと泣き叫んだ。

亜依は、ひいた。
そんな風にお願いされても、どうにもならない。

どうしようもない想い、欲望。
長年連れ添った相棒の、切ない気持ち。

自分の中に大きな抵抗がある。

でも
足元で子どものように泣いている希美を
これ以上悲しませたくない。

それなら……
20 名前:2 Tragic snow 投稿日:2004/11/12(金) 20:30
……。

試してみよう。
理解してみよう。

決心して
亜依は、希美の肩にそっと手をやった。

受け入れてやりたい。
すぐには無理かもしれないし
もしかしたらずっと無理かもしれないけど

大好きなのんの気持ち

自分もそれを大切にしてやりたい。
急にはびっくりしちゃうから

ちょっとづつ
ちょっとづつね

亜依は、深呼吸をして
希美をそっと抱き寄せた。
21 名前:2 Tragic snow 投稿日:2004/11/12(金) 20:30
-THE END-
22 名前:2 Tragic snow 投稿日:2004/11/12(金) 20:30
23 名前:2 Tragic snow 投稿日:2004/11/12(金) 20:30

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