43 彼女達が硝子に引かれるその理由

1 名前:彼女達が硝子に引かれるその理由 投稿日:2004/06/27(日) 23:56
すべてのオリジナルシードが人々の前からいなくなって久しい。

最初は5人だった。「種の起源」になぞらえ、オリジナルシードと呼ばれた。
セカンド、サードと世代を重ね、今では7番目が卵から孵るのを待っている。

セカンドはオリジナルの模倣と発展。
サードはたった一人しか孵らなかったが、稀に見る特異種だった。
フォースは一卵性双生児と、黒と白の偶然を生む。
フィフィスはNAYASAが潰れた影響もあり、大半が失敗作となった。(唯一の成功はAIだろうか)
それを踏まえてのシックスス。外から新種も加えた。

総数21人。
その数は他の機関からすれば驚くべきものだが、21人を創り出すのに10万人を超える贄があったと知れば、決して多いとは言えないだろう。

最初の5人が産声を上げてから7年。幾多の変遷をたどり、100万の民を動かした時に比べれば多少の陰りも見える。しかし、彼女達は間違いなく歴史に名を残すだろう。それが、悪魔に代わる人類の敵の代名詞になったとしても。

ここにきて、オリジナルシードが必要となる事態になった。
発端は些細な出来事。
道往く子供が、アスファルトの上の餌を探して彷徨う蟻を踏んづけたような。
午睡を楽しんだ黒猫が、ニャ〜と鳴いて野良犬が振り返ったような。

一人の少女がガラスを割った。
すべてはそこから始まった。


「彼女達が硝子に引かれるその理由」
2 名前:彼女達が硝子に引かれるその理由 投稿日:2004/06/28(月) 00:55
その夜、今年2度目の「長嶋ゲーム」が行なわれようとしていた。

れいなは一人、グランドの隅にあるプレハブ小屋に向かっていた。入り口脇に「野球部」と書かれている。大橋の言ったとおり、ドアに鍵は掛かっていなかった。
ビールケースを改良したバット入れに、数本のバットが立ててある。れいなはそのうちの1本を取り出した。思ったよりも重い。バッティングセンターのバットはもっと軽かったのに。
(あぁ、あれは子供用か)
確か、「大人の男性は使用しないで下さい」と注意書きがされていた。
グリップを両手で握り、構えてみる。その時、山田君が野球部だったことを思い出した。
このバットを使っているのかもしれない。そう思うと、これからやろうとしている事に躊躇を覚えた。
山田君、次いで、さゆとえりの顔が浮かんできた。

「れいな、やめときなよ」
放課後、教室を出ようとしたれいなにさゆが話しかけてきた。
「なにを?」
「あれだよ。今夜やるんでしょ」
どうやら普通の生徒にも噂は流れているらしい。普通。そう、さゆは普通の生徒だ。成績が良いというわけではないが、教師に叱られないよう校則はしっかり守る普通の生徒。
自分は違う。自分は“普通”ではない。“ワル”なのだ。
「大橋さん達と付き合うのやめなよ。れいなには似合わないよ」
さゆの横からえりも出てきた。
「二人には関係ないとー」
思わず訛りが出てしまう。いつもボケボケの二人に言われると腹が立つ。アタシの事なんて分かっていないくせに。
れいなは二人を無視して教室を出た。

(持てるかな)
バットを両手に抱える。6本が限界だった。ドアを閉める時に1本ずり落ちた。それはほっといてみんなの待つ校舎に向かった。
3 名前:彼女達が硝子に引かれるその理由 投稿日:2004/06/28(月) 01:01
「田中、遅いぞ」
「ごめんなさい」
校舎の脇に座り、タバコをくねらせている少女。グループのリーダーの大橋だ。
「よし、やるか」
れいなの腕からバットを抜き取る。
「イチローのまね」
そう言ってバットを構える。野球は観ないので、それが似ているのかどうかれいなには分からなかった。

「長嶋ゲーム、2回の裏、上前中の攻撃です」
グループの一人が声音を変えて言う。それを合図に、大橋はバットを大きく振りかぶった。校舎の窓ガラスに向かってフルスイングする。ガシャーン。窓ガラスは派手に砕け散る。
「よし、プレイボールだ」
他の者もバットを持ち、次々に窓を割り始める。
長嶋ゲーム。それは窓ガラスをどれだけ割ることができるか競うゲームだ。長嶋ゲームと呼ばれるのは道具にバットを使うからだけではない。学校が警備にセ○ムを採用しているからだ。学校の窓には数箇所、センサーがつけられている。異常があるとセ○ムの警備員が急行してくる。それまでに何枚割れるかを競うのだ。
今年の3月、3年生が卒業する前に一度行なわれている。記録は52枚。過去最高記録だ。
れいなの学年が3年になり、大橋が長嶋ゲームを行なうと言い出した。大橋は不良グループに入っているので前回も経験している。
同じクラスになったれいなは、何故か大橋に目をつけられてしまった。れいながもつ独特の雰囲気に原因があったのだろう。眼つき鋭いクールなイメージ。一見不良に見られてしまう。
4 名前:彼女達が硝子に引かれるその理由 投稿日:2004/06/28(月) 01:02
「田中、お前もやってみろよ」
大橋にバットを差し出される。窓を割るなんて幼稚な事、本当はしたくなかったが、ここで断るとどうなるかわからない。渋々受け取った。
まだ無傷の窓ガラスの前に立つ。暗闇を映すガラス。

さゆとえりと一緒に帰っていた頃、グランドの脇を通っていると野球部が練習しているのが見えた。バッターボックスに入った山田君が、ピッチャーの投げた球を激しい当たりで打ち返していた。
「山田君、かっこいいね」
「そうだね」
さゆとえりがはしゃいでいる。れいなは無関心を装っていたが、もしかしたら二人以上に心が躍っていたかもしれない。山田君が好きなことは二人には内緒だった。

れいなは思い切ってバットを振った。ガラスはいとも簡単に砕け散った。
(あれ?なんだろう)
れいなの身体に不思議な感覚が走った。それはデジャヴュのような。
ガラスを割ることに、何故か快感を覚えるのだ。次、また次、れいなは取り憑かれた様に
ガラスを割り始めた。
「おう、やるじゃないか田中」
大橋が感心している。
「ヤバイ、来たぞ」
誰かが声を上げる。学校の敷地に車が入ってきて、ヘッドライトがぐるっと校舎を巡った。
「逃げるぞ」
光と反対方向に駆け出す。
れいなは最後にもう1枚割ると、みんなに遅れないように走り出した。
「コラー、待てー」
男の怒声が聞こえてくる。バットを片手にもっているので走りにくい。れいなはそれを植木の陰に投げ捨てた。
なんとか、無事に逃げ出すことができた。
5 名前:彼女達が硝子に引かれるその理由 投稿日:2004/06/28(月) 01:04
次の日。学校は当然、騒然としていた。パトカーが何台か停まっていた。学校が警察に通報したらしい。窓ガラスを割ったのは1階だけなので、れいな達の2階の教室は影響ない。教室に入るとさゆとえりがこっちを睨んできた。
つかつかとれいなの元にやって来て、
「どうなっても知らないからね」
「このバカ」
それだけ言って自分達の席に戻っていった。
「なんだよ」

教室にやってきた担任は、教室内を見まわして言った。
「犯人に心当たりは無いか?」
みんな犯人を知っているが、誰も何も言わない。仕返しが怖いから。
すると、別のクラスの教師が教室に入ってきた。担任に何やら耳打ちする。
「おい、山田。ちょっと来い」
山田が教師に伴われ教室を出て行く。どうしたのだろう?

あとで聞くと、植木の陰から山田のバットが見つかったらしい。しまったと思った。
部室を調べ、バットが盗まれているのが分かり、山田の疑いは晴れた。しかし、バットには証拠が残っている。れいなの指紋。
学校側が、生徒全員の指紋を取ろうとした。もちろんPTAが反対したが、自分の子供が無実なら協力できるはずだ、押し通してしまった。
ずるをしないよう、警察と教師の前でひとりずつ指紋を採取された。れいなは手が震えてしまい、指紋がずれてしまったのでもう一度やり直しさせられた。
6 名前:彼女達が硝子に引かれるその理由 投稿日:2004/06/28(月) 01:06
「結婚しよう」
そう言われた時の、中澤裕子の顔をみんなに見せてやりたい。
「冗談やろ」と笑って返すでなく、顔を真っ赤にさせて照れるでもなく、周りには中澤と同じく夜景を楽しみながら食事するカップルが大勢いたが、中澤は人目もはばからずに泣いてしまった。
人前で泣くなんて何年ぶりだろう。それも、男の前でなんて。
中澤にとってそれは失態だったが、それ程までに感動していた。つまり、目の前の男が好きだった。
「キレイさでは裕子の涙に敵わないけど、コレ、受け取ってくれるかい?」
テーブルの下から青色の小さな箱を取り出す。皺一つ無い、真っ白のテーブルクロスの上にそっと置く。
どんな顔をすればいいのか分からないまま、おそるおそるその箱を開けた。
複雑にカットされ、美しい輝きを放つダイヤの指輪。
それを目にした途端、更に涙が溢れ、頬を伝って落ちた一滴がテーブルクロスにシミをつくった。




「しょうこは砕け散り、夜空の星になったのです」
案の定、希美は間違えた。
「「ガラスだよ」」
皆から一斉にツッコミが入る。
「えへへ」
笑って誤魔化しながら、希美は台本の硝子の文字に、「ガラス」と読み仮名をふった。
隣の亜依も、誰にも気付かれないようにこっそり読み仮名をふった。


7 名前:彼女達が硝子に引かれるその理由 投稿日:2004/06/28(月) 01:07
自宅に戻ると、郵便受けに小さな小包が入っていた。送り主はテレビ局。
(なんだろう?)
カッターナイフで包みを破る。クシャクシャの新聞紙に何かが包まれている。
(ガラスビン?)
ビンいっぱいに、何かが入っている。
「キャッ」
それが何か判った瞬間、梨華は悲鳴を上げた。思わず手を放し、ビンは床に落ちて砕けた。
ドロリとした白い液体が床に広がる。なんともいえない異臭が鼻をついた。
梨華は泣きながら、それを掃除した。きれいに拭き取ると、石鹸を何度も何度も擦りつけ、手を洗った。水の冷たさに手が痺れ、真っ赤になっても洗い続けた。

誰に相談するべきか。メンバーにはできない。余計な心配をさせたくない。
事務所?マネージャー?それも躊躇われてしまう。
浮かない顔をしていると、ひとみに気づかれてしまった。
「どうかした?」
「いや、なにも」
「嘘だ。石川の顔を見てればすぐわかる」
ひとみは誤魔化せない。ずっと一緒だったから。ひとみだけは。梨華は観念して、ここ最近の不審な出来事を話した。

「ストーカー?」
「うん」
「犯人に心当たりはあるの?」
「…………うん」
「誰?」
「…………付き合っていた人」
「そう……」
「黙っててゴメン」
「別に、私に言うことじゃないだろ」
「うん……」
8 名前:彼女達が硝子に引かれるその理由 投稿日:2004/06/28(月) 01:07
その日から、仕事が一緒の時はひとみがマンションまで送ってくれるようになった。
「悪いよ」と何度言っても、「平気だから」と譲らない。そんな優しくて頑固なところがひとみにはある。昔、番組でやっていたコントを思い出した。頑固親父と健気な嫁。隣を歩くひとみの横顔をちらりと見て、プッと吹き出してしまった。
「なに?」
「ううん、なんでもないよ」
ひとみが傍にいてくれるだけで、自然と安心できた。

「じゃあ、また明日ね。戸締りには気をつけてよ」
「うん。ありがとうね、よっすぃー」
「何かあったらすぐに連絡してよ」
手を振りながら去っていくひとみを見送る。姿が見えなくなると、マンションのエントランスに入った。
その時だ。階段の陰から男が飛び出してきた。手に握られたナイフがキラリと光った。
梨華の体が突き飛ばされる。一瞬、何が起こったのか分からない。体を起こすと、さっきまで梨華がいた場所にその人は立っていた。顔面からダラダラと血を流し、それでもひるまずナイフの男を睨んでいる。
「よ、よっすぃー」
「石川、大丈夫?」
振り向いたひとみの顔を見て、梨華は気を失ってしまった。それがあまりにもひどかったから。

次に目を覚ましたのは病院だった。母親が自分を見下ろしていて、梨華が意識を戻したのに気づくと看護婦を呼んだ。
なにがあったのかを思い出す。
「よっすぃーは、よっすぃーはどうしたの?」
母親の顔が曇った。
「命に別状は無いよ。でも……」
9 名前:彼女達が硝子に引かれるその理由 投稿日:2004/06/28(月) 01:08
再びひとみに会えたのは、それから1週間後だった。
「なんかカッコよくない?ブラックジャックみたいだろ」
ひとみは笑わせようと明るく言ったが、梨華は全然笑えない。ひとみの顔をまともに見ることができない。
梨華を守るため、ナイフを身代わりで受けたひとみの顔は、右目の上から鼻、左頬にかけて大きな傷が残った。整形手術をする他は、元に戻す方法はないらしい。

「手術しないって、どうして?」
「この顔もカッケーじゃん。手術したからって、100パーセント元に戻るわけじゃないし。それに、仕事の方もそろそろやめようと思っていたんだ」
なんでもない事のように、いつもの軽い調子で言う。ひとみの本心が分からない。
私はひとみになにをしてあげられるのだろうか。私は、私は、どうすればいいのだろうか。

退院する時、梨華はひとみに付き添った。相変わらず顔を見ることはできない。目を合わすのが怖い。それを知っていて、ひとみも梨華と顔を合わせないようにしている。そんな優しい心遣いが、もっと梨華を苦しめる。

タクシーに乗ってひとみのマンションに向かう。この後も、いろいろと大変なことが待っている。芸能活動をどうするかとか、警察に捕まった梨華の元恋人の裁判だとか。
でも、今こうして二人きりの時は、そんな事忘れて一緒にいられる幸せを噛み締めていようと思った。ひとみの手を握った。ひとみもギュッと握り返してきた。だから、勇気を振り絞ってひとみの顔を見た。梨華の視線に気付き、ひとみも顔を向ける。
「どう?やっぱカッコいいだろ、この顔」
涙が溢れて止まらない。涙で歪んで顔がはっきり見えなくなる。
「…………カッコいいよ。よっすぃーは誰よりもカッコいい」
「へへへ」
10 名前:彼女達が硝子に引かれるその理由 投稿日:2004/06/28(月) 01:08
ひとみのマンションの近くに着き、ひとみだけタクシーを降りる。ドアがひとりでに閉まる。窓のガラスを隔て、二人は見つめ合った。ひとみが窓ガラスに顔を寄せる。
「なに?」梨華も顔を寄せる。ひとみが目を閉じ、そっと唇を突き出す。見覚えのある仕種だ。いつの頃だろう、最後にそれを見たのは。
梨華も目を閉じ、唇を突き出す。ガラスは冷たくひんやりしていた。ガラス越しのキス。映画のワンシーンみたいだなと思った。
バックミラーで一部始終を見ていた運転手は、窓をきれいに拭いていて良かったなと思った。
そっと唇を離すと、ガラスに口紅が薄く残った。
「またね」手を振るひとみを見て、何故かもう二度と会えない気がした。
「出発していいですか」「……はい」
タクシーは再び走り出した。窓の外、ひとみの姿が小さくなっていった。
11 名前:彼女達が硝子に引かれるその理由 投稿日:2004/06/28(月) 01:09
試験管に入れられたそれは、アップフロントという合法組織が創り上げたウィルスだった。
合法だったのが間違いなのかもしれない。政府の協力を得ていたアップフロントは、非合法組織に負けないほどの“ワル”だった。
そのウィルスを持ち出したのが誰か、それは分かっていない。分かっているのはウィルスが盗まれたという事実と、それが世に放たれたら、世界は滅亡するだろうという事。
犯人を見つけ出すよりも、ワクチンを作り出すことのほうが先決とアップフロントは考えた。

ワクチン。それがオリジナルシードだ。最初の5人にはありとあらゆる抗体が植え付けられていた。その後の代には不要だったので取り払われた忌まわしき機能。その事を本人達は知らず、そして、彼女達の行方も誰も知らない。
12 名前:彼女達が硝子に引かれるその理由 投稿日:2004/06/28(月) 01:10
「…………」
がらんとした何も無い部屋を眺め、中澤は崩れ落ちた。
「結婚しても財布は別」なんて言っていたが、婚約者の勧めで口座を一つにまとめていた。
その方がなにかと便利らしい。
「確かに便利だよね。金を自由に引き出すには」
貯金していた数千万円が跡形も無く消えた。
宝石店で指輪を鑑定してもらうと、
「よくできたイミテーションですね。ただのガラス玉です」
「ハハハハハ、アハハハハハ」
店の中で、人目もはばからず大声で笑ってしまった。それは中澤にとって失態だったが、それ程までにショックを受けていた。男のことが本気で好きだった。

警察に被害届けを出したその帰り道、小学生の女の子が公園で遊んでいた。
中澤は、事情聴取中もずっと握り締めていた指輪を、その女の子にあげた。
「悪い男にひっかかったらいけないよ」
中澤が何を言っているのか分からなかったが、指輪はとてもキレイで、
「うん。わかったよオバサン」
満面の笑顔で言った。
「だれがオバサンやねん!!」
13 名前:彼女達が硝子に引かれるその理由 投稿日:2004/06/28(月) 01:23
次の日、れいなは職員室に呼ばれた。
「バットからお前の指紋が見つかったぞ」
「…………」
れいなは何も言えない。無言のまま、時が過ぎる。
と、職員室のドアが開き、山田君が入ってきた。
「先生、もしかして田中さんの指紋が見つかったんですか?そうだとしても、彼女は犯人じゃないですよ」
「どういうことだ?」
れいなも心の中で尋ねる。どういうこと?
「昨日の放課後、一緒に遊んでいたんです。野球をしたいっていうから。……その、僕達付き合っているんです」
山田君は堂々と言った。とんでもない大嘘を、さも本当のように。山田君は優等生だったから、先生は信じてくれた。
「付き合っているからといって、ヘンなことはするなよ」
教師のわけの分からない忠告を背中に受けつつ、二人は職員室を出た。

「山田君、どうして?」
もしかしてもしかしたら、山田君はうちのことを好いとー?
妄想は、廊下の先にさゆとえりを見つけたところで止まった。
「ありがとう、山田君」
「ほら、れいなも御礼をして」
すべてを理解して、れいなは、嬉しくて、恥ずかしくて、悔しくて、情けなくて、無性に泣きたくなった。
「あ、ありがとう、山田君」
「いいどさあ、みんなのバットも返してくれよな」
「うん」
山田君は教室に戻っていった。
14 名前:彼女達が硝子に引かれるその理由 投稿日:2004/06/28(月) 01:34
「バカれいな」
「バカれいな」
「だからやめなさいって言ったじゃない」
「だから似合わないって言ったでしょ、れいなには」
さゆとえりから、次々に罵詈雑言を浴びせられる。
れいなは黙って聞いていた。
「あらら、泣いちゃったじゃない」
「さゆ、言いすぎだよ」
「えりの方こそ」
「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ」
涙をボロボロ流し、れいなは泣いた。
「もう“ワル”なんてやめる。かっこ悪いって気づいた」
「それならいいけど」
「うん、私も」
「これからも友達でいてくれる」
「もちろん。―――でも、山田君は譲らないよ」
「え?」
「れいな、山田君のこと好いとーね」
「れいな、山田君のこと好いとーもん」
「…………なんで知ってんの」
「分かるよ。れいな、顔に出やすいから」
初めて言われた気がする。いつもは怖いって言われる顔。自分ではクールに決めていると思っていた。
そんなれいなの顔は間抜けな顔になっていて、さゆとえりはそれを見て笑っていた。ずっと笑っていた。
15 名前:彼女達が硝子に引かれるその理由 投稿日:2004/06/28(月) 01:35
「すみません、やっぱり停めてください」梨華は言った。
タクシーが道路端に停まると、財布に入っていたすべてのお札を運転手に差し出し、
「お釣りはいいです」
運転手がドアを開ける前に自分で開けて降りた。既に小さくなった背中を懸命に追いかける。運転手が後ろで何か叫んでいたが、梨華には聞こえていなかった。

「よっすぃー」
ひとみは振り返った。梨華がものすごい形相で走ってくる。思わず引いてしまった。
スピードを緩めることなく、そのままひとみに抱きつく。勢いがつきすぎていて、二人とも地面に倒れこんだ。
「ちょっと石川」
それでも離れない梨華。今度は遮るものは何もない。野暮で邪魔なガラスなんて無い。
ひとみの首に手をまわし、気の済むまでその唇の感触を味わった。
「私がよっすぃーを貰ってあげる。逆でもいいよ。私を貰って。いつまでもよっすぃーの傍にいる。ぜったいぜったい離れない。よっすぃーを幸せにする」
「梨華ちゃん……」
ひとみは呆れた顔をしていたが、プッと笑って、
「さっきの梨華ちゃんの顔、怖かったよ」
「なによ〜。―――んっ」
今度はひとみからキスをした。

ほら、二人の邪魔をするものは、この世にはないんだよ。

「あのぉ、すみませんが」
タクシーの運転手が二人を見下ろしている。
「これだけじゃあ、お金が足りないんですけど」
「…………」
「…………」
16 名前:彼女達が硝子に引かれるその理由 投稿日:2004/06/28(月) 01:36
彼女達は試験管の中で生を受けた。
ガラスの筒が母親の子宮だった。
意識を持ち始めた彼女達が最初に見るのは、ガラスを通して見た、歪んだ世界だった。

そう、世界は歪んでいたのだ。
自我を持ち、自分達の生い立ちを理解した彼女達は誰もがそう思った。
17 名前:彼女達が硝子に引かれるその理由 投稿日:2004/06/28(月) 01:38
外の世界を強く求めていた一人の少女は、ガラスの子宮で胎動を繰り返し、ある時足でガラスを蹴破ってしまった。音を聞きつけ駆けつけた研究員が見たのは、ガラスの破片にまじってなお笑っている赤ん坊の姿だった。
両隣の少女達は、そんな少女を冷ややかに、でも優しい眼差して見つめていた。
18 名前:彼女達が硝子に引かれるその理由 投稿日:2004/06/28(月) 01:39
一卵性双生児の二人もよく暴れた。暴れすぎて、ガラスに激しく頭をぶつけた。何度もぶつけていた。
…………そのせいらしい。頭が…
19 名前:彼女達が硝子に引かれるその理由 投稿日:2004/06/28(月) 01:40
その隣の黒と白。ガラス越しにお互いずっと見つめ合っていた。
その頃から、二人は運命を感じていたのだろう。
きっと……
20 名前:彼女達が硝子に引かれるその理由 投稿日:2004/06/28(月) 01:43
オリジナルシードはその後も行方をくらませ、いつまでたっても発見されなかった。
幸いなのは、ウィルスが未だ発現していない事だ。

ウィルスを盗んだ犯人も、行方も、その動機も分からないまま。

その答は、他の娘達が知っているのかもしれない。




「彼女達が硝子に引かれるその理由」
21 名前:彼女達が硝子に引かれるその理由 投稿日:2004/06/28(月) 01:44
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22 名前:彼女達が硝子に引かれるその理由 投稿日:2004/06/28(月) 01:45
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23 名前:彼女達が硝子に引かれるその理由 投稿日:2004/06/28(月) 01:45
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