41.おったンたチンくえ
- 1 名前:41.おったンたチンくえ 投稿日:2004/06/27(日) 23:49
- 41.おったンたチンくえ
- 2 名前:41.おったンたチンくえ 投稿日:2004/06/28(月) 00:44
- ◇
「ねえ後藤、あれ」
呼びかけたスタッフの視線を追うとそこには見知った顔があった。
――よっすぃだ
後藤は吉澤の姿を確認すると、その相手、後藤からは背中しか見えない人物の存在に注意した。
――小川……か
何やら真剣に話し込んでいるらしい二人のテーブルから後藤のいる一角は暗がりに位置するためか向こうがこちらに気付いている様子はなかった。
見ていると小川が木箱か何かに入った長細いものを吉澤に渡そうとしている。
木箱には赤いリボンが飾られている。
吉澤は小川が渡そうとする木箱を押し返して受け取らない。
「何か…悪いとこ見ちゃったかな…」
スタッフの罰が悪そうな表情に対して後藤は「別に」とにべもなく返した。
見ていると小川は再びその木箱を何とか渡そうとして吉澤にあっけなく推し戻されている。
「何やってんだろね?」
別のスタッフの問いに後藤の隣にいたマネージャが小さく叫んだ。
「あっ、そういえば今日、よっすぃの誕生日だったんたじゃない?」
「え?なぁんだ、じゃあ、あれはプレゼントか」
「でも受け取らないみたいだね」
「何かあったんじゃない?」
「痴話げんかか」
「後藤、何か知ってんじゃない?」
後藤は急に振られて「へっ?」と間抜けな声を発し、続けて「さあ、知らない」と応えて視線を戻し小皿の前菜をつついた。
- 3 名前:41.おったンたチンくえ 投稿日:2004/06/28(月) 00:45
- 「なんか厳しい顔してんね」
「相手の子誰だろう」
「小川じゃん」
「え?あれが……」
沈黙の意味を量りかねて後藤が吉澤のテーブルに視線を戻すと、もう何回目かのトライに失敗して無惨にもプレゼントらしきものを吐き返された小川の背中が小刻みに震えていた。
前菜のブルーチーズの何ともいえない匂いが口中に広がって後藤は顔を顰めた。
「後藤、何か言ってきた方がいんじゃない?」
スタッフの誘いにも動じず、後藤は大皿に箸を伸ばして小鴨のカルパッチオを摘み上げわさび醤油に浸す。
「だって、そんな雰囲気じゃないし」
「あんた、吉澤と仲よかったんじゃないの?」
醤油の強い味とわさびの刺激でチーズの嫌な匂いが中和されて後藤はようやく口を開くことができた。
「ん?まあ、仲よかったけど」
「あの子泣いてるじゃん」
後藤は振幅がやや大きくなった小川の震える様を見て眉を寄せた。
「むーん」
「ま、あんまり干渉しない方がいいかもね」
「うーん」
煮え切らない後藤の様子にスタッフが話題を切り替えた。
それっきり後藤も吉澤のテーブルに視線を向けることもなかった。
帰り際にちらっとそちらの方向を覗いたときにはすでら二人の姿はなかった。
後藤はスタッフの捕まえてくれたタクシーに乗り込んで帰宅した。
- 4 名前:41.おったンたチンくえ 投稿日:2004/06/28(月) 00:45
- ◇
移動中の車内で会話が途切れた。
同乗しているメンバーが石川だけに特に気まずいということもないのだが、そこはそれ。
やはり会話に詰まると空気が重苦しくなるのは同期であっても同じこと。
辻は石川が窓ガラスに映った自分の前髪をいじり出したのを見て焦った。
「そういえばさ」
思わず考えなしに口走ってしまったが、特に話したいことがあったわけではない。
その場で思いついたことが口を突いて出てくるに任せる。
「こないだのマコトのメール笑ったよね」
前髪をいじる石川の手が止まった。
視線は相変わらず車窓に向けたままだ。
「こないだのメール?」
「うん。ほら、一緒にパジャマ買いに行ったじゃん、あの着ぐるみで大の字になった画像といっしょに『おはよー!』って。朝の5時だよ、5時!相変わらずおっかしーよね?」
「なに、それ…聞いてない」
くるりと振り向いた石川の顔を見て辻は怖気を奮った。
それはまるで「今、なんどきだい?」と尋ねて振り返った顔がのっぺらぼうであったのと同じくらいの恐怖。
つまり、石川の顔には表情がなかった。
内心、しまったと思いつつ、石川を宥めようと辻は必死で弁解する。
「いや、あのさ…きっと梨華ちゃんのメアド忘れちゃったんだよ!マコトったら、うっかりしてるからさ」
「さっきもメール来たよ。あの日も何か他のメール来てたと思う」
「じ、じゃあさ」
賢明に庇おうとはするものの、小川が故意にあのメールを石川に送らなかったのがいよいよ確からしいことがわかるにつれ辻の立場はいよいよ苦しくなる。
- 5 名前:41.おったンたチンくえ 投稿日:2004/06/28(月) 00:46
- 「きっと梨華ちゃんは起こしちゃマズいと思って遠慮したんぢゃないカナ…アハハハ」
「でも、ののには送ったんだよね?」
「いや、あたし、ほら?気にしないし…っていうか、あんまし返信もしないし……」
それっきり石川は口をつぐんでしまい、再び車窓に視線を向けた。
間の悪いことに渋滞に嵌ってしまったのか車の動きはピタっと止まってしまった。
再び窓に映った自分の姿を頼りに前髪をいじり出した石川のうなじがやけに白く感じられて辻にはおそろしい。
今や沈黙以上に石川が次に何か喋り出す方が怖かった。
「ねえ、のの?」
「は、はい?」
辻はビクっと身体を震わせながら身構える。
「麻琴さ……私のこと嫌ってんのかな?」
「そ、そんなことないよ、梨華ちゃんは面倒見もいいし、頼りにしてると思うよ」
「よっすぃとさ…まだ会ってるんでしょ?」
「えっ?……」
辻は絶句した。
「梨華ちゃん…」
「私じゃ頼りにならないってことなのかな?ののみたいにおバカなメール送ってくれることもないし、なんかイマイチ心を開いてくれてない気がする」
「そんなことないって!梨華ちゃん考えすぎ!」
「だといいんだけど……」
それっきり、今度こそ石川は貝のように口をつぐんで沈黙した。
辻にはかける言葉が見つからなかった。
深く暗い海の底を這って進むかのような重苦しい時間に辻は窒息しそうなほどの閉塞感を覚えた。
石川は相変らず車窓の景色に見入っていた。
前髪をいじらない石川がどこを見ているのかわからず辻は落ち着かなかった。
- 6 名前:41.おったンたチンくえ 投稿日:2004/06/28(月) 00:47
- ◇
「あっ、ごっちん!」
「ホントだ、後藤さん」
「うわーい、ごっつぁんだ、ごっつぁん!」
後藤が振り返ると吉澤、里田、アヤカの三人が揃って自分に手を振っていた。
同行していたスタッフの顔色を窺うと軽くうなずいて「OK」のサイン。
「ちょっとすいません」
詫びながら三人連れに近づく後藤。
「濃いメンバー揃ってるね、また」
「よくゆーよ、ごっちんも一緒に行かない?これからカラオケなんだけどさ」
「いこーよ、ごっつぁん」
後藤は少し離れて後藤を待つスタッフの方を振り向いた。
「ごめん。今日はちょっと…」
「そっかー、残念。ごっちんは忙しいもんね」
「じゃ、また今度ね」
「うん。っていうか今度は誘ってよ」
「誘う、誘うー!ごっちんだったら、いつでも誘うさー!」
「マイマイ、えらいハイテンションだね」
「うちら大人だからねー」
「よっすぃに飲ませちゃだめだよ。イチオーまだ未成年なんだから」
「そんなこと言われてますけど?」
「そりゃイチオー未成年だからさ!」
「どこの誰の言葉かと思っちゃうよね」
「ちょっとぉ、アヤカさんきついんじゃなくって?」
「アハハハ、ごっちんも行こうよホント!今度、ね?」
後藤はまたしても後ろを振り向いた。
腕時計を確認する動きに後藤はうなずいて応えた。
「残念だけどさ、また今度ね…」
- 7 名前:41.おったンたチンくえ 投稿日:2004/06/28(月) 00:48
- 「うん、それじゃ――」
三人が足を踏み出そうとして後藤が呼び止めた。
「よっすぃさ……」
呼ばれた吉澤はキョトンとした顔で「へ?」と後藤の顔を見つめる。
「こないだ小川といたじゃん?」
「え?いつ?っていうか、ごっちん見てたの?恥ずかしーじゃん」
「よっすぃ、小川のプレゼント、頑として拒絶してたみたいだから気になって」
照れた吉澤の様子にまったく頓着することなく、後藤は単刀直入に尋ねてくる。
「あれ、何だったの?」
「あのときかあ」
吉澤は思い出したらしく、視線を上に向けて「ああ、あれね」などとひとり納得している。
「なんか気になってさあ。小川がなんかちょっと……ねえ?」
みなまで言わずともわかるのだろう。
吉澤の決まり悪そうな表情となにやら同情的な里田とアヤカの態度。
「わたしにはまだもったいない、っていうか必要ないものだったよ」
「ええっ?わかんない」
後藤は不満そうに抗議するが吉澤には話すつもりはないらしい。
「うん、結局、もらわなかったからわたしにもよくわかんないんだけどね」
「そっか…」
なんとなく、ではあるが、その雰囲気だけは察して後藤は一瞬、後ろを振り向いてうなずくと「じゃ、ホント、今度は誘ってよね」と言い残し、スタッフのもとへと駆け戻った。
- 8 名前:41.おったンたチンくえ 投稿日:2004/06/28(月) 00:48
- 「珍しい組み合わせだね」
スタッフの声に頷きながら「でも」と後藤は続ける。
「最近、仲いいみたいだから。ハロプロの内部もシャッフルとかいろんなユニットで交流盛んだからさ。いつまでも同じ遊び相手ってわけでもないよ」
「それにしてもハロプロのメンバーが三人も揃ってるとなかなか豪華――」
スタッフの足が止まった。
その視線の先にはコンビニがある。
そして、ガラス窓を通して見えるコンビニの店内にはまたしても、そのハロプロのメンバーがいた。
「紺野と…小川?かな」
「多分」
スタッフの推測に相槌を打ちながら、後藤は確かに小川と紺野らしいと判断した。
「今日は盛況だね…行かなくていいの?」
後藤はしばらく二人の様子を見つめてから首を横に振った。
楽しそうに談笑しながら籠いっぱいにスナック菓子やジュースを放り込む二人の様子に後藤が入り込む余地はなさそうだった。
「まあ、そんな仲良かったわけでもないし」
「じゃあ、行こうか」
「うん」
それっきり、特に振り返ることなく、後藤はコンビニの横を通り過ぎた。
繁華街を抜けると都心とは思えないほどの静けさにどこか寂しさが募った。
スタッフが止めていた車に乗り込むとラジオから懐かしい感じの曲が流れ出した。
"Heaven knows I'm miserable now,"
(今はみじめだってバレバレだね)
「うるせー」
「?」
後藤は少しだけラジオに反応した。
こんなひどい曲をかける局には絶対、出演してやらないと人知れず心に誓った。
スタッフは首を傾げておかしそうにフンと鼻を鳴らすと静かにエンジンを始動させた。
車の心地よい加速に身を任せながら後藤は目を閉じて、やはり「うるせー」とつぶやき、それから静かに寝息を立て始めた。
- 9 名前:41.おったンたチンくえ 投稿日:2004/06/28(月) 00:49
- ◇
「へーえ!これが例の?」
矢口がぞんざいに扱う手つきを見かねて保田が「ちょっと」と血相を変えた。
「ヴィンテージものなんだからもうちょっと丁寧に扱ってよね」
「へいへい、すんまそん。っていうか、そんな貴重なものをどうしたわけよ?」
矢口は口と同じくらいくるくると身体を働かせながらさきほどから台所とテーブルを往復して酒宴の準備に余念がない。
保田の入手したヴィンテージワインを挟んで指しで飲み明かす。
モーニング娘。の次期リーダーと決まった今、メンバー間の雑事の調整など口にできるのは同期である保田だけだ。
その保田は年代ものの高級ワインを前にして気もそぞろ。
料理も手につかないらしく、食材の方はもっぱら矢口が調理に回っている。
「これがさあ、何が驚くって、小川のマコっちゃんが送ってきたんだよね」
「へーえ!あの小川が!」
矢口はリーダーらしからぬ発言でその驚きを表した。
無理もない。
小川といえば、健啖家、といえば聞こえはいいが、要は単なる大食漢。
グルメな印象からはほど遠いだけにイタリアのヴィンテージワインを先輩に送るなどという気の利いた真似ができることに感心した次第である。
感心しつつも身体は忙しく動き回り、テーブルにちょっとした前菜とオードブルが並べられる。
「さあて、それじゃ始めますか!」
保田は待ちかねたとばかりにコルク抜きを慎重に扱ってコルクを抜いて、まずはソムリエを気取って自らのグラスに少しばかり注いで香りを確認。
「うーん、たまんね」
「おいおい、それでソムリエのつもりかよ」
ただの呑み助と変わらない反応に突っ込む矢口も僅かに漂ってくる香りの只者でない雰囲気にすっかりその気になっている。
「ごめん、あまりにも素晴らしすぎて素で反応しちまっただよ」
「御託はいいからさ。早く注いでよ」
「かしこまりました。次期リーダー様」
「いいねえ、その響き。もっと言って、言って」
- 10 名前:41.おったンたチンくえ 投稿日:2004/06/28(月) 00:50
- とくとくとグラスに注がれた黒に近い濃紫色の表面の波立ちが収まったのを見計らって二人は同時に声を上げた。
「乾杯!」
まずは香り。
ふくよかでありつつどこか芯の通った、それでいて芳醇な香りが鼻腔を刺激して口に含まずにはいられない。
グラスを掲げてその光に透かして見ればその20年近い熟成の歴史が見えてきそうな雰囲気さえ漂わせている。
そして一旦、口に含めばその渋みといい、コクといい、口中に広がる味わいの深さはまさしく筆舌に尽くし難し。
「くわーっ、うめーっ」
「おいら、ワインはよくわかんないけど、これはただもんじゃないね」
「わかる?だってバルバレスコのヴィンテージだからね」
「そんなもん、小川がよく見つけられたもんだね」
矢口の素朴な疑問に保田が眉間に皺を寄せた。
「その小川なんだけどさ」
「ん?」
矢口は自ら手を加えた鮪の炙りを賞味して感慨深げにうなずいている。
「石川が泣きついてきてさ。なつかないって」
「ふーん」
矢口は意味ありげに上目遣いで保田を一瞥すると再び視線をグラスに向けて「いや、それにしてもうまい」などと言いつつ取り合う気配もない。
保田にしても酒の肴程度のつもりなのかあえて矢口の非を咎める様子もない。
「あの子も気ぃ遣う方だからさ。5期で一人だけじゃん?おとめ組。孤立しないように世話してたつもりらしいんだけどさ」
「なつかない、と?」
「うん」
「ふーん」
矢口は今度は何か思い当たる節があるのか、グラスを傾けながらしきりにうなずく。
ワインを味わっている風でもあり、石川と小川の確執に納得している風でもある。
「石川もいい子なんだけどねえ。思い込みの激しいところがあるから」
「それわかる。梨華ちゃん、そうだもん。だからよっすぃがまた気ぃ遣うんだもん」
「よっすぃ?」
「うん」
矢口は相変わらずグラスを傾けつつ、自らの手料理を平らげて舌鼓を打つ。
- 11 名前:41.おったンたチンくえ 投稿日:2004/06/28(月) 00:50
- 「よっすぃもさ、おいらに相談してくるわけよ。『矢口さん、私、小川としばらく会わない方がいいですかね』ってさ」
「何それ?別れ話切り出してんじゃないんだからさ、なんか、最近、本当におかしいよ、モーニング」
「いや、それはわかるんだけどさ、よっすぃは真剣なわけよ。自分が小川と会うとさ、せっかく梨華ちゃんが努力しても水の泡だって」
「いやあ、吉澤らしいねえ」
感慨深げに「うん、うん」と深くうなずきながらワインを呷り、矢口の手料理に「あ、これいけるじゃん」と反応する保田。
「そうでしょ?もう、あの辺の85年組っていうの?あの子らの気配りというかなんと言うか、痛々しくってさ」
「85年組って言えばミキティも加入した当初は戸惑いつつもソロでやってきた自負があるからなかなか素直に弱みを見せられないみたいなこと言ってたなあ」
「圭ちゃんの卒業の前だっけ?あれ聞いて藤本もなんか可愛くなっちゃってさ。あの子も気ぃ遣いだよね、ホント」
「85年は当たり年なんだよ、ワインと一緒でね」
矢口はほぅという表情を浮かべて保田に尋ねた。
「で、このワインって何年モノだっけ?」
保田はよくぞ聞いてくれましたとばかりに喜色満面で応える。
「オッタンタチンクエ、85年もののバルバレスコよ!」
「おったった、って…圭ちゃん、そんな嬉しそうに言わなくてもさ」
半ば呆れつつ、半ば感心しつつ。
矢口はなんとなく、保田らしいと思った。
何が保田らしいのかよくわからないが、ともかく言葉の響きとか何とか。
「当たり年の葡萄はね、若造りせずに長期熟成させないと美味しくないんだってさ。人間も一緒なんじゃないの?」
「長期熟成ね……なんだかよくわかんないけど。でも確かにあの子たち熟成してきたって気はするよ」
「まあ、だからあんまり心配はしてないけどね」
「ふーん」
矢口はグラスを通して黒々とした液体の力強さに目を見張った。
「おったったチンくえ、か……」
「おったンた、だけどね」
「おったてたチンくえか……」
「矢口……」
飲み干したグラスに再びとくとくとヴィンテージもののワインを注ぐ心地よい音に耳を傾けながら、矢口はもう一度乾杯しようと思った。
素晴らしいワインに。
そしてモーニングという樽の中で熟成しつつある彼女らの前途に。
- 12 名前:41.おったンたチンくえ 投稿日:2004/06/28(月) 00:52
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おったンたチンくえ
―終―
- 13 名前:41.おったンたチンくえ 投稿日:2004/06/28(月) 00:52
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- 14 名前:41.おったンたチンくえ 投稿日:2004/06/28(月) 00:53
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- 15 名前:41.おったンたチンくえ 投稿日:2004/06/28(月) 00:53
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