34 そこにあるのに透明だから

1 名前:34 そこにあるのに透明だから 投稿日:2004/06/27(日) 20:56
34 そこにあるのに透明だから
2 名前:34 そこにあるのに透明だから 投稿日:2004/06/27(日) 20:57
藤本さんは松浦さんとこ

そういったらさゆは、ええええーとバカみたいな声でさけび、首をがくんと曲げた。
パイプ椅子にあぐらをかいて、紺野さんがくれた芋けんぴをかじっていたあたしは、
オーバーアクションに、ちょっと引いてしまった。

準備もひとしきり終わり、わりと静かにみんな好きなことをしてる、リハーサル前
の楽屋。
3 名前:34 そこにあるのに透明だから 投稿日:2004/06/27(日) 20:58
なんか用事? と聞くと、
「昨日藤本さんに借りたマンガ、もう読み終わったの。5巻まで一気に読んでさ、も、
 最後すっごい納得いかなくて。語り合おうと思ってたのにー。あー、リハ直前まで
 帰ってこないだろうなー。しくったー」
まくしたてる。
れいなも人のことは言えないけど、さゆは早口だ。もう慣れた。
「いつでもいいじゃん、感想なんてさ」
「忘れるモン」
「覚えとけ」
さゆはふくれた。

まったく、みきねえの競争率が高いのは知っているはずだ。目つきが怖くて、話しか
けられないときだって多いし。(本人的には、眠かったり考えごとしたりしてるだけ
らしいけど)
しかも、松浦さんといっしょの仕事の時なんて、あの人が楽屋に行かないわけがない。
4 名前:34 そこにあるのに透明だから 投稿日:2004/06/27(日) 20:59
あたしはちょちょいと親指で廊下をさした。

「行ってくれば」
「そんなつまんない用事でワザワザ行けるわけないし」
「わかってんじゃん」

さゆの目がちらちらと膝の上の芋けんぴを見てるのに気づいて、あたしは袋をさしだした。
嬉しそうに目を輝かせて、さゆは手を伸ばす。
一本しかとらないから「もっと」と言うと素直にさゆは、ごそっと芋のスティックを引き
だした。
「苦手なんだよねえ」
ばりばりかじる。
「だったら食べんなー、もったいないけん」
「お芋じゃないの」
「なんね」
さゆは考えるような顔をした。口をもごもご動かしつつ。
口の端にお菓子のカケラがついている。
5 名前:34 そこにあるのに透明だから 投稿日:2004/06/27(日) 21:00
「まさか、松浦さん?」
ちょっと意外な気分で聞くと、さゆは首を振った。
「大好き。カワイイ。あた――」
「さゆほどじゃないけど、でしょ?」
さゆは満足そうにうなずいた。

そうだよね、関わることは少ないけど、嫌がるようなこと、何ひとつされてない。
なによりカワイイし。さゆにとっては重要なことだ。

「じゃ、藤本さん?」
「めちゃめちゃ好きー。れいなも好きでしょ」
深く深くあたしはうなずくと、さっきから気になってたさゆの口もとのお菓子のカケラを、
指を伸ばしてとった。
れいなが食べようとしたのに、さゆはパクッと魚みたいに指ごとカケラを食べてしまう。
「なにが気に入らんと?」
あたしの疑問に、さゆはちょっと間を置いた。考える、というより言うかどうかを迷ってる
みたいな顔だった。
6 名前:34 そこにあるのに透明だから 投稿日:2004/06/27(日) 21:01
「あのね――藤本さんと松浦さん」
「え? どういう……」
「あのねあのね、あの二人ってさ、バラだと全然ヤじゃないんだけど、ていうかむしろ超好
 きなんだけど、二人でいると、なんか苦手なんだ。なんかヤな感じしちゃう――わかる?」

あたしはぽかんとした。正直ぜんぜんわからん。

「わかってないよねー。れいな、たぶんわかんないね」
確信を持って、バカにしています、と言わんばかりの口調。
「な……」
「あ、えり!」
さゆはあたしの反論を待たないで、楽屋に戻ってきた絵里の所に行ってしまった。
どうやらあたしは、絵里が帰ってくるまでの暇つぶしらしかった。

――なんね、あれ。

腹立ち紛れに芋けんぴをごっそり口につっこむと、上あごの裏に刺さって痛かった。
7 名前:34 そこにあるのに透明だから 投稿日:2004/06/27(日) 21:01

* * *
8 名前:34 そこにあるのに透明だから 投稿日:2004/06/27(日) 21:02
二人セットになると、なんか苦手。

さゆの言葉の意味は、よくわからなかった。
わからないから気になって、あたしは今日の仕事中、藤本さんと松浦さんをちらちら
うかがってしまっていた。

この二人はよく相手の方を見てるな、とかお互いが見られてるのわかってたりするな、
とかそういったことに気がつく。だけどそれだけ。
二人で話してると、ちょっとまわりが見えてない感じで、他の人としゃべってるとき
と明らかにテンションちがってる。それもそれだけだし。

さゆは何が嫌なんだろう。
9 名前:34 そこにあるのに透明だから 投稿日:2004/06/27(日) 21:02
わからないまま収録は終わり、楽屋に戻る。みんなはぎゃーぎゃー騒ぎながら着替え、
今日はこれで解散。

着替えるのが早いあたしは、みんなより一足先に楽屋を出た。
人が多いから、終わった人間はさっさと出ないと邪魔になる。

なんとなくまだ帰りたくない気分で、ジュースコーナーのソファに陣取った。
ペットボトルのお茶を買って、ごくごく飲んで、一息つく。

と。
10 名前:34 そこにあるのに透明だから 投稿日:2004/06/27(日) 21:02
「れーな何してんの」
後ろから肩をつつかれた。絵里だった。いつもと同じ笑ってるみたいな顔。
こんな風に笑ってばっかりいたら、本当にいつがおもしろくていつがつまんないのか
わかんなくなんないかな、とあたしは思ったりする。

「お茶しとる」
ペットボトルをさしだす。絵里は立ったまま飲みくちに口をつけた。
遠慮のない角度でかなりの量を飲むと、ぷはー、とマンガみたいな息をつく。
「おいしい」
「飲み過ぎ」
えへへ、と笑ってるだけで許される。あたしの同期は得な子だらけだ。

絵里はあたしの隣に座った。
二人でなんとなくぼうっとしていた。仕事疲れでちょっとゆっくりになってる声で、
交互にお茶を飲みながら、ぽつりぽつりと世間話をした。
絵里と話してると、なんだかまったりする。穏やかな子だ。
そのくせ絵里は周りをものすごく見てて、ときどき鋭いことを言う。
11 名前:34 そこにあるのに透明だから 投稿日:2004/06/27(日) 21:03
ふと思いついて、さゆが言ってた、藤本さんと松浦さん、二人でいるとなんか苦手、
という話を絵里にしてみた。
絵里はふんふんと聞いたあと、ああとうなずいた。

「そういうの、あるかもね」
「えり、わかるんだ」
「なんとなくだけど。さゆのいってる意味、たぶんえりが考えてることと同じかなあ」
「え、どういう意味?」
「れいなには、たぶんわかんない」
さゆと同じセリフ。わざとみたいに意地悪な顔で絵里は笑った。
「なんでみんな、そんなことばっか言うと」
あたしは情けない顔になった。

置いてけぼりをくらった気分。ちょっぴり泣きそうだ。
自分だけわからないのって、とてもイヤだなあ、とあたしは思う。
さゆのバカ、えりのバカ。
12 名前:34 そこにあるのに透明だから 投稿日:2004/06/27(日) 21:06
「えりえりえり、れいなれいなー」

ピンク色の袖なしワンピース、メルヘンチックな走り方。
小走りでやってきたさゆは嬉しそうに、しょんぼりしてるあたしと、にこにこで立ち上が
った絵里に笑いかけた。

 なに話してんのー、なんでもないよ、なに、なんでもないよ、さゆかわいいピンク、
 コレかわいいよね、ウソだけど、ホントのくせに、うふふ、へへへ、帰るの、あそこだよ
 あそこ、あそこかぁもう遅くない?、だいじょうぶ余裕余裕、今の藤本さんっぽい、長い、
 今のは似てない、あはは、もう

あたしを置きざりに転がりだす会話、どこまでも。
笑いあい、つつきあい、そこはまるであたしのいない世界みたいだった。
いつものこと、いつもの二人。なのに、なのに、なのに――。

あぁ! とあたしの頭にひらめいたものがあった。
13 名前:34 そこにあるのに透明だから 投稿日:2004/06/27(日) 21:06
目の前の二人を眺めた。見るというより眺める。

あたしと二人の間には、いつの間にか透明なガラスが置かれていた。
たぶんいつも、二人が二人になると現れてたんだ、れいなには見えてなかった。
透明なだけに。れいなの気持ちもたぶんそうで。
なんの気なしに、さゆが角度を変えたせいで、あたしの目にはじめて映った透明ガラス。
魔法をかけられたみたいに、魔法が解けたみたいに、今はっきりと感じる。
知らなかっただけで、あたしにもおんなじ感覚、あったんだ。
14 名前:34 そこにあるのに透明だから 投稿日:2004/06/27(日) 21:06
さゆが言ってたこと。
これだ、と思い、わかんなくても良かったかも、と思った。
15 名前:34 そこにあるのに透明だから 投稿日:2004/06/27(日) 21:07
「じゃあね、れいな」
「バイバイ、れいな」

さゆと絵里は腕を組んで、組んでない方の手をあたしにめいっぱい振って帰っていった。
あたしも普通に手を振って、ソファに背中をあずけてみた。
天を仰ぐ。首の筋が伸びて気持ちいい。

天井はヤニで汚かった。
16 名前:34 そこにあるのに透明だから 投稿日:2004/06/27(日) 21:07
「れいな、何してんの?」
顔を正面に戻すと、帰り支度をした紺野さんが立っていた。
れいなって呼んでくださいと言って以来、律儀にそう呼んでくれるおっとりやの先輩。

――紺野さんかー。

なんとなく、今ここに来て欲しい種類の人だったような気がして、あたしは嬉しかった。

あたしは両手を握ってファイティングポーズを作ってみる。
「れいなはちょっとオトナになりました」
「なんだそれー?」
ちょっと反応が遅いけど、あわせて空手の構えをしてくれる紺野さん。

「なんでもないですっ」

あたしは勢いをつけてソファから飛び上がった。
冗談ぽくおりゃーとパンチのマネをすると、紺野さんはとう、と腕をクロスさせてガードした。
って、顔を狙ってんのにそのバッテンは頭の上。
おかしくなって、ふにゃふにゃのパンチといっしょにもたれかかった。
17 名前:34 そこにあるのに透明だから 投稿日:2004/06/27(日) 21:08
「元気だねえ」
「そうでもないです」
紺野さんはあいまいに笑った。こういう笑い方が似合うなあ、と思った。

「ポンちゃん」
慣れない呼び名で話しかけてみる。
「なに?」
「今日ヒマですか?」
「うん。とくに」
「ゴハン食べに行きません? イモのお礼です」
紺野さんは沈黙した。
ダメかな、ともじもじしていると、
「れいなってわたしの後輩でしょ」
と紺野さんは、やけにのんびりと言った。
「はい」
「だからおごってもらうのはちょっとダメだよね。ワリカンだったらいい」
「やった!」

あたしは一回転した。
18 名前:34 そこにあるのに透明だから 投稿日:2004/06/27(日) 21:09
ポンちゃんじゃないかもしれない。誰かまだわかんない。
あんな風なのは、あたしには出来ないのかもしれない、だけど。
誰かの心にガラスの壁をつくっちゃうようなのと、ちがってて全然かまわない。
れいなはそんなんじゃない方がいい。

ただ、だけど。

おんなじくらい特別なひとくみ、いつか誰かとなれるといい。

あたしは唇をとがらせて、見えないガラスを蹴飛ばした。
19 名前:34 そこにあるのに透明だから 投稿日:2004/06/27(日) 21:10
20 名前:34 そこにあるのに透明だから 投稿日:2004/06/27(日) 21:10
21 名前:34 そこにあるのに透明だから 投稿日:2004/06/27(日) 21:11
こころ

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