29 from a Window

1 名前:. 投稿日:2004/06/27(日) 11:29
29 from a Window
2 名前:29 from a Window 投稿日:2004/06/27(日) 11:44
「あいぼーん見て!ちょっとヤバイの、早く来て!」

ほとんど悲鳴のような叫び声を聴いた亜依は、脱いだばかりのカットソーを適当に畳んでベッドに投げると、バスルームに向かって首を伸ばす。
ヤバイのは本当にヤバイ訳ではなく何かが嬉しくて「ヤバイ」のだと希美の声でわかるから、慌てることはない。
ドアの隙間から見える洗面台は大理石柄のタイルで覆われ、白く輝くのが見えた。

初めて泊まるホテルでは必ず最初に隅々まで部屋の中を見て回る希美の、はしゃいだ声は久しぶりに聴く。
知り合った頃…まだコドモだったあの頃であれば脱いだ服なんて投げ捨てて、きっとすぐに駆け出していただろうと亜依は思う。

「どしたの?」

キャミソールのねじれた肩紐を直しながら空いた手でドアを掴み、中を覗き込む。
まぶしい、そう思った一瞬、その空間の不自然な輝きの理由が亜依には理解出来た。
逆光の中を振り向く希美の顔と負けないくらい、自分の顔も輝いているのがわかる。
3 名前:29 from a Window 投稿日:2004/06/27(日) 11:44
「すっごーい。外見えるんだーここ!」

希美が張りついている窓辺に亜依も飛びつく。
仕事柄たくさんのホテルに泊まってきたけれど、外が見えるバスルームは今まで経験したことがない。
天井まである大きな窓いっぱいに、雨上がりの白い空が広がる。

空の大きなバスタブの中は綺麗に清掃され、乾いていた。
膝をついて、希美と肩を並べる。

「海しか見えないから隠さなくても大丈夫かな」

「夜なら平気じゃん?」

実際にはホテルの駐車場の一部も見えていたのだけれど2人とも、昼間でもブラインドなんてきっと下ろさないだろうと亜依にはわかっていた。
4 名前:29 from a Window 投稿日:2004/06/27(日) 11:45
「こんなの初めてだよねー早く入りたい」

満面の笑みを浮かべて間近に亜依の顔を見る希美の瞳には、いつもと同じように亜依が映っていた。
思えば何度見つめ合ったかもわからないくらいに長い付き合いの相棒と、最後に一緒にお風呂に入ったのはいつだったろうか。

「入っちゃおうか」

「マジ?入っちゃう?」

答えた瞬間にバスタブを飛び出した希美の背中を見送って亜依は何故、ヒトコトが今、言えないのだろうと苦笑する。
一緒に入ろうよ、入らない?
以前ならもっと気軽に言えたはずなのに、そして言えば希美は断らずにむしろ面白がって喜ぶだろうと思っているのに。

前よりも絆を感じる今だからこそ、言えないのかもしれない。
はるか遠くに見えるレインボーブリッジを見つめながらため息をつくと、磨かれた窓ガラスが小さく、白く曇った。
5 名前:29 from a Window 投稿日:2004/06/27(日) 11:45
いつもと同じように希美が先に入り、亜依が後に入るだろう。
長風呂が苦手な希美と、のんびりしたい亜依。
当たり前のように決まっている順番。

「のんー?もうお湯溜めとくよ?」

灰色の海を見つめたまま振り向かずに叫んだ亜依の耳に、ごきげんな希美の返事がぐぐもって聴こえる。
お気に入りの歌を口ずさんで、着替えを用意しているのであろう希美はすぐに、やってくるだろう。

立ち上がる前に亜依はもう一度、窓に息を吐きかけた。
今度は深く、広く。

きゅっきゅっと音をたててその場所を指でなぞる。
書かれた字は外側からだんだんと、消えかかっていく。
もう一度息を吐く。

冷たいガラスの触感が亜依の指先に伝わる。
最後まで書いて満足した亜依は1人、数分後にそれに気づくはずの希美の顔を想像して笑みを浮かべた。
文字はじわじわと、透明な窓ガラスに侵食されるかのように静かに姿を消した。
6 名前:29 from a Window 投稿日:2004/06/27(日) 11:46
「溜まったー?あいぼん」

「ごめんまだ、今から」

慌てて立ち上がった亜依の目に飛び込んできたのは、あられもない希美の姿である。

「のん、親しき仲にもって知ってる?」

「知らなーい」

バスタブを出て蛇口をひねると勢い良くお湯が流れ出す。
この調子だとすぐにお湯は溜まるだろう。
温度を見ながら亜依は、栓を底に沈めた。
7 名前:29 from a Window 投稿日:2004/06/27(日) 11:46
「今日はコレ持って来たんだ」

自慢気に希美が見せる固形の入浴剤は、2人がお気に入りの店の物だ。
タオルで手を拭いた亜依は、でかした、そう答えてすれ違いざまに希美のお尻をぺちりと叩く。

ぎゃあぎゃあと騒ぐ希美の声を背中で聴きながら亜衣はベッドルームに戻り、デスクの上にある希美の飲みかけのペットボトルから一口、水を飲んだ。
ベッドに腰掛け、厚手のカーテンの隙間から光を入れた。
そっと外を覗いてみると、さっきと同じレインボーブリッジが遠くに見える。

バスルームからは、派手な水音が聴こえている。
ご丁寧に物真似付きで歌われているエコーがかった大声に合わせて亜衣も、小声で口ずさむ。

立ち上がって亜依は、いい加減に畳んだ自分の服を、隣のベッドの希美の服を、ゆっくりと畳み直した。
瞬間、希美の歌声が止んだ。
8 名前:29 from a Window 投稿日:2004/06/27(日) 11:47
沈黙。

しばらく間があって、歌の続きが聴こえてきた。
亜依が入る時にはきっと、何か別な文字が書かれているのだろうと思う。

一緒に入ってもいい?
今、この瞬間になら言えそうなそのコトバを飲み込んで亜依は静かにベッドに身体を横たえ、カーテンの隙間から差し込む光を眺めていた。
9 名前:29 from a Window 投稿日:2004/06/27(日) 11:48
10 名前:29 from a Window 投稿日:2004/06/27(日) 11:48
。。
11 名前:29 from a Window 投稿日:2004/06/27(日) 11:49
。。。

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