25 prison without bars

1 名前:25 prison without bars 投稿日:2004/06/26(土) 16:34
25 prison without bars
2 名前:25 prison without bars 投稿日:2004/06/26(土) 16:35




 見上げる空は、どこまでも蒼く。
 そして、どこまでも限りなく。
 その限りなさがあたしたちのちっぽけさを嘲笑っているような気がして。

 だからあたしは空に向けて、ライターの火を翳す。
3 名前:25 prison without bars 投稿日:2004/06/26(土) 16:39

 小さなオレンジ色が、揺らめく。屋上のドアが開いたらしい。
「たーんっ」
 背後から、柔らかい感触。それだけで、あたしは彼女が誰だかを認識した。
「今日もサボリ? あんまりサボってばっかだと先生に叱られちゃうよ」
 あたしの肩を掴んで揺らしながら、彼女はそう言った。頬に、甘い吐息が
かかる。
「別に」
「あー、美貴たん不良なんだあ」
 さっきまで空に向けて炎を放っていた100円ライターが、手のひらにな
い。どうやらいつの間にか奪われていたようだ。略奪者の方に目をやると、
まるで火遊びをする子供のようにライターの火をつけたり消したりしていた。
「ねえ、たんは煙草吸うの?」
「ううん、何で?」
「いっつもいじってるからさ、これ」
 あたしは、表情を変えずにそれを奪い返す。ライターの温もりは灯してい
た炎のせいか、それとも彼女自身のものか。
4 名前:25 prison without bars 投稿日:2004/06/26(土) 16:40

「先行きの暗い日本の未来を照らすための灯りとか」
「いや別に美貴のすることじゃないし」
「じゃあ、遠い宇宙への、わたしはここにいますよって言うサイン?」
「何で宇宙? て言うか亜弥ちゃん飯田先生の影響受け過ぎだから」
 まるで漫才のような掛け合い。優等生は何でも出来ちゃうんだね、なんて
言う棘のある言葉は呑み込みつつ。
「えーっ、じゃあ何で? 教えて教えて?」
 目の前の少女が、上目遣いであたしを見る。
「そうだね…」
 あたしは少し考え込む真似をしつつ、答える。
「自分自身の、自由のためかな」
「たんは自由という名の航路を照らす、灯台だったのです」
「あたしは自由の女神か」
 おどけながらも、思う。
 もしも女神になれるのなら、あたしは破壊の女神になりたい、と。
5 名前:25 prison without bars 投稿日:2004/06/26(土) 16:42

 頭上のスピーカーから、授業の終了を告げる鐘の音が鳴り響く。
 こうやって無為に時を過ごせば、いつの間にか時間は過ぎてゆく。一つ一つ
は小さなことでも、積み重ねることで永遠に近い時を費やすことができるかも
しれない。けれど。
「ねえ、たん」
「何?」
「もしも悩みごとがあるんだったらさ、真っ先にあたしに相談してね。絶対だよ」
 彼女は真面目な表情を作り、人差し指を立てて言った。
「うん、そうするよ」
「じゃあ、次の授業体育だから。たんもちゃんと授業に出るんだよ」
 そう言って、駆け足でその場を去る彼女。屋上は、再び静寂に覆われた。
 あたしの心に、苦々しい何かが広がっていた。
 ひどく、窮屈だった。何もかもが。
6 名前:25 prison without bars 投稿日:2004/06/26(土) 16:43


 小さな炎を、透き通った硝子のコップに灯す。
 クリアーな視界に、鋭い音とともにひびが入った。
 硝子を破壊するのはこんなにも簡単なのに、どうしてあの空にひびを入れ
ることができないのだろう。答えは簡単だ。

 空は、あたしにはあまりにも遠すぎる。

 小さな頃からだ。
 理由もなく、空を憎んでいた。
 多分、宇宙の青さすら透き通して見させるのに、そのくせドームのような
形をしてこの世界を圧迫しているせいだと思った。
 この世界は、まるで蓋を閉じられた水槽のように思えた。
 こんなに息苦しいのに、何故誰もそれを訴えたりしないのだろう。あたし
はこんなに窮屈な思いをしているというのに。
7 名前:25 prison without bars 投稿日:2004/06/26(土) 16:44

 いつからだろう。
 空に向かって炎を翳し、それを割ることを試みるようになったのは。
 馬鹿げている、と自分でも思った。風車に立ち向かったドン・キホーテですらこんな
無謀なことは思いつかないだろう。それでも。
 あの空を壊さない限り、あたしはあたしでは、ないのだと。
 空に圧迫されたあたしは、とてつもなく虚無な存在だ。限りない存在によって拘束さ
れていることが、全てのものを奪ってゆく。そんな場所で自分らしく生きようだなんて、
不可能に近いことなのだ。
 彼女を、思う。
 同じクラスの、優等生。成績優秀で、クラスメイトにも受けがいい。リーダーにも、
ムードメーカーにも、トリックスターにもなれる、存在。
 そんな彼女が、どうしてあたしのことを気に入ってくれているのか。
 最初に出会った日から、彼女はあたしの理解の範疇を裕に超えていた。
8 名前:25 prison without bars 投稿日:2004/06/26(土) 16:46


 特に理由なんて、なかった。
 強いて言うなら、良く磨かれた曲面に外から見える空が綺麗に映し込まれていたからだろうか。
 小物を売っている今時のお店であたしは、硝子で作られた林檎を万引きした。
 つるりとした表面に手を伸ばし、そして手にぶら下げていた学生鞄に仕舞い込む。
 店番らしき若い男は雑誌を熱心に読んでいて、こちらの様子に気付く風も無い。スリルや興奮
などこれっぽっちもなかったけれど、青空の下でこの林檎を地面に叩きつけたら面白そうだなと
は思っていた。
「不良だなあ、美貴たんは」
 店を出て少しした所で、声をかけられた。耳なじみのない声だったから、最初は誰だろうと思
って振り返りもしなかった。けど、声はこう続けるのだった。
「硝子の、林檎」
 はっとして、振り返る。それが、彼女だった。
9 名前:25 prison without bars 投稿日:2004/06/26(土) 16:47

「あんた確かうちのクラスの」
「松浦亜弥でぇす」
 独特のイントネーションで自己紹介を始める彼女。
「硝子の林檎って何? て言うか美貴たんって何?」
 突っ込みたかったところをあたしは一気にまくし立てる。確か店の中には
店員しかいなかったはず。だから彼女に現場を見られているはずがなかった。
けれど、見られたところで特に問題などなかった。
 でも彼女は、あたしの問いなどまるで無視してこう言うのだった。
「ねえ美貴たん。あたしたち、友達になろうよ」
 耳を疑った。どういうつもりなのだろう、そう思った。弱みを握って、何
かをさせるつもりなのだろうか。
「別に硝子の林檎のことなら、チクってもいいよ。停学とか退学とか、別に…」
 道路脇の街路樹の葉が、風に揺れた。彼女は、あたしの手を握ってこう言
うのだった。
「いいからさあ、あたしと友達になろうよ」
 満面の笑みの中に、ある種の畏れのようなものを感じていたことを、あたし
は否定しない。
10 名前:25 prison without bars 投稿日:2004/06/26(土) 16:49


 彼女と接するようになってから、いつしか彼女と空の存在をだぶらせるように
なっていた。何もかも受け入れてくれるように見えて、その実どこかであたしの
ことを束縛している。彼女に対して空と同じような感情を抱くのは、ごく自然な
ことのように思えた。
 遠い空に近づくためには、大きな代償を払わなければならない。そう思うよう
になったのは、ある夢を見るようになってからだった。
 いつもの屋上で彼女は、歌う。
 そしてその歌声はあたしの手には届かない空にいとも容易く伝わり、そして無
限の破片を撒き散らすのだ。
 昂ぶる興奮を抑えることができずに、その夢を見た夜は何度も自分で慰めた。

 そしてあたしはついに願いを叶えることのできる、魔法の液体を手にしたのだった。
11 名前:25 prison without bars 投稿日:2004/06/26(土) 16:50


 液体の入った小瓶を、太陽に透かしてみる。
 光が瓶の中で拡散し、そしてきらきらと瞬いていた。
 まるで夢の中で空が砕け散った時のようだ、と思った。
 屋上のドアが開く。彼女が、来た。
「たん、またさぼって。先生、カンカンだったよ?」
 あたしはその言葉には答えず、つい今しがたまで眺めていた小瓶を彼女に見せた。
「…何それ?」
「魔法の、液体」
 心臓が、気持ちいいくらいに撥ねあがった。
 親指で小瓶の蓋を回し、小瓶の中身を彼女の顔に振りかけた。はじめてあたしに
見せる、戸惑いの顔。それを確かめてから、もう片方の手に握っていた100円ラ
イターを点火しながら投げつける。

 美しい、真っ赤な炎が上がった。
12 名前:25 prison without bars 投稿日:2004/06/26(土) 16:52

 歌が聞こえる。

 彼女が紅のヴェールを纏いながら、空に向かって歌い続ける。
 でも、空のレンズは割れてくれなかった。
 どうして。
 こんなに綺麗な炎が上がっているのに、何故空は割れてくれないんだろう。
 そうだ。炎の量が足りないんだ。
 あたしは予め用意しておいたポリタンクの中の液体を、彼女に浴びせた。
炎はますます赤みを増し、高らかに炎は舞いあがった。彼女の歌が、さら
に透き通る。
 それでも空には、皹一つ入らなかった。
 顔色一つ変えない為政者を、思いきり睨みつける。どうして、どうして、
どうして。
 炎は歌う。ちっぽけなライターじゃ作り出すことのできない、素晴らし
い歌を。それでもあなたは、何も感じないと言うのだろうか。
13 名前:25 prison without bars 投稿日:2004/06/26(土) 16:53

 いつの間にか、彼女はすぐ側まで来ていた。めらめらと燃える両腕を
あたしに絡ませながら。
 すぐに鋭い痛みが体を伝わったけれど、やがて痛みは熱となり、体中
に拡散していく。
 あたしもまた、歌を歌っていた。
 不思議とそれは、彼女の歌に似ていた。
 皮膚を焼き、肉を焦がす音。それは彼女のものかあたしのものかもう
区別はつかなかったけれど、妙にいとおしく思えた。
 不意に、妙な重みを感じたかと思うと、あたしたちはアスファルトの
上に倒れ込んだ。仰向けになったあたしの瞳には、はっきりと黒くひび
の入った蒼い空が映っていた。

 空が、割れた。
14 名前:25 prison without bars 投稿日:2004/06/26(土) 16:55




 もう、何も要らなかった。そんな感情を察知するかのように、
ひび割れた空から一枚、また一枚と破片が剥がれ落ち、やがて
全ては黒に染められた。



15 名前:25 prison without bars 投稿日:2004/06/26(土) 16:55
そして
16 名前:25 prison without bars 投稿日:2004/06/26(土) 16:56
あなたとあたしは
17 名前:25 prison without bars 投稿日:2004/06/26(土) 16:56
遠い世界へ

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