22 ブラック・ジャック・キッズ
- 1 名前:ブラック・ジャック・キッズ 投稿日:2004/06/26(土) 07:09
- 快晴の大洋を横断中の豪家客船・クイーンユリナ号の金庫室はベリーズ公国から
ジックス王国への友好の品として献上されるガラス細工ドール『クリスタル・サキ』を
一目見ようとする見物客五人と船長一人にひしめいていた。
== ブラック・ジャック・キッズ ==
「可愛い」
人よりちょっと小さいくらいのガラスドールと、その手に輝くガラスのロッドと盾。
緩やかな弧を描くフォルムにリシャコはほぅとため息をついた。
「皇室顔が素敵だわ」
つん、とほっぺたをつつきながらマーサ。こんなに可愛らしいもの、生まれて初めて
見た気がするわ。
「お客様、お手を触れないでくださいね」
「あっ、ご、ごめんなさい」
船長のチナミに言われて、マーサはそっと手を引っ込めた。
「ベリーズ公国も良く手放したわね」
ベレー帽の傾きを直しながらミヤヴィがつぶやくと、モモコがくすと笑う。
「ばかね、ミヤヴィ。ジックス国王マリー様直々のご指名ですもの。弱小国である
ベリーズ公国が逆らったらどうなるか、想像つくでしょ?」
ミヤヴィがモモコをにらんで、モモコは「あっ」と口を抑える。
「どうなりますの?」
幼い声で訊くのはマイハ。きょとんとしている。ミヤヴィは手でピストルを作ると、
マイハめがけて「ぱん」と撃つふり。
「こうなっちゃうの」
船長がぱんぱん、と手をはたいた。
「さぁ皆様。そろそろ海が荒れ始めます。自室にお戻りください」
言われてリシャコは思い出す。そう言えばこの部屋に来る前に見た空は、一面黒雲に
包まれてたっけ。金庫室は船の一番底にあり、窓は存在していなかった。
そろそろねぇ。ミヤヴィは腕時計を見た。
- 2 名前:ブラック・ジャック・キッズ 投稿日:2004/06/26(土) 07:10
- 「えっ?」
「きゃっ」
突然の停電。漆黒が皆の視界を染める。
「落ち着いてください。すぐ予備発電装置に・・・あぁ!」
「船長?」
しばらくして明かりの灯った金庫室は、水を打ったように静まり返っていた。
ガラスドール『クリスタル・サキ』は忽然と姿を消し、そのロッドだけが船長チナミの
胸に刺さっていた。船長はぴくりとも動かず、床に血でメッセージを残していた。
「M」と・・・。
「嘘でしょ・・・」
リシャコがかすれた声で問うけど、誰も答えない。マイハは呆然と血文字を見つめて
動かず、マーサはぺたりと床に座り込んでいる。腰を抜かしたようだ。
「M・・・?」
この状況でミヤヴィとモモコだけが冷静だった。さっと視線を走らせお互いの目を
合わせると、他の誰にも気付かれないほど小さく、顎を引いた。
「だ、誰か呼ばなきゃ。警察!」
マーサが這って金庫室を出て行こうとする。それをモモコは「待って」と制した。
「だって!死んでるのよ。殺されたんだわ!」
「その通り。そして犯人は、この中に居る」
よく通る声でミヤヴィが言うと、金庫室の空気はより鋭く重く五人に肩にのしかかった。
「探偵ブラックジャックに解けない謎はなくてよ!」
ミヤヴィとモモコはくすりと笑みを浮かべた。
「ブラックジャック・・・あなた達が・・・」
サキが羨望の眼差しを向ける。無理もない。ベリーズ公国では探偵ブラックジャックと
言えば、警察さえ行き詰まった事件の真相を次々と解き明かし、それでありながら
マスコミに一切姿を現わさない謎の人であったのだから。
「まさかこんな若くて、しかも二人組だったなんて」
独り言のようなリシャコに、ミヤヴィは口に手を添えあはっと笑う。
「世の中は裏切りに満ちているものよ」
そんな言い方、嫌だな。マイハは眉をしかめた。
- 3 名前:ブラック・ジャック・キッズ 投稿日:2004/06/26(土) 07:11
- 「日焼けした肌の色よりついたコードネーム・ブラックがこちら」
モモコの紹介にミヤヴィはちょっとむっとする。
「少年のような顔立ちよりついたコードネーム・ジャックはこちら」
ミヤヴィも負けてない。モモコは舌打ちをしたりする。
寄り添い立つミヤヴィとモモコ。マーサ、リシャコ、マイハはそれぞれ距離を置いていて、
ちょうど正方形の頂点の位置を描いている。正方形の中心には、船長チナミの死体。
「停電は時間にして一分程よ。この短い時間で船長を殺し、『クリスタル・サキ』の像を
盗むとなると至難の技だわ」
モモコの言葉にマイハとマーサはうんうんと頷く。
「出来てもどちらか一方くらいよね」
「・・・となると考えられる可能性はひとつ。私達が見た『クリスタル・サキ』は本物
の『クリスタル・サキ』じゃなかった」
「で、でも。リシャコってばちゃんと見たもん!」
「私も見ましたわ。おふたりも見たでしょ?」
反論にミヤヴィは眉ひとつ動かさない。
「見たけど。実はあれが氷やドライアイス製だとしたら?」
「あっ・・・」
「一瞬で消すことも可能だよね」
「じゃあ本物のクリスタル・サキはどこなの?」
「知らない」とモモコ。「でもクリスタル・サキが無いと解るとマリー王はきっと怒る
でしょうね。カッとしてベリーズ公国に戦争でもしかけるかも」
「せんそう・・・」
マーサが繰り返す。現実感がまったくわかない。戦争?本当に?ガラスドールひとつで?
- 4 名前:ブラック・ジャック・キッズ 投稿日:2004/06/26(土) 07:12
- 「そこで船長は考える。盗まれた事にしたらどうか?戦争は避けられるんじゃないか?」
マイハとマーサは何かひらめいたような顔つきをする。
ただリシャコだけは首をひねっている。
「リシャコにも解るように説明してよぉ!」
「はいはい。アフォの子にも解りやすくしまちゅからね」
リシャコの頬がぷくっと膨れた。
「そして船長はひらめく。像が消えた責任を取りつつ自分のプライドと地位を守る方法」
「じ・・・さつ・・・?」
つかえながらマーサが吐き出した答えに、モモコは頷きで返す。
「船長の残したMの意味は?」
「きっと他殺に見せるための、人生最後の仕事だと、思う」
ミヤヴィがつぶやくと、金庫室にそっと静寂が訪れた。
「犯人はこの中に居た。でも害はない。警察に連絡するわ。こんな海の真ん中にすぐ
来る訳ないだろうけど」
モモコが部屋を出て行く。「待って、あたしも」とミヤヴィが後を追う。
マーサとリシャコは呆然と視線だけで追う。マイハは自分が船に乗っていたとふいに
思い出したりした。この部屋に通されてから今までたぶん五分か十分。なのにまるで
一夜を明かしたかのように疲れてしまった。
さすがはブラックジャックね。あっと言う間の解決だったわ。でも、とマーサは自分の
指を見つめる。触った感じだと氷やドライアイスには思えなかったけれど・・・?
警察への連絡を知らせたブラックジャックのふたりはそのまま救命ボート置き場へ
向かうと、着くなりひとつを海面へと降ろした。まずミヤヴィが乗り込み、続いて
モモコが乗り込み、そして最後に人が入りそうな程大きなバッグを乗せて出発した。
「大成功!」モモコが微笑む。
「そうかなぁ」ミヤヴィはベレー帽の位置を正す。「いいとこ小成功だと思うけど」
- 5 名前:ブラック・ジャック・キッズ 投稿日:2004/06/26(土) 07:13
- 荒れ始めの波をふたりの乗ったボートがかき分ける。少女ふたりが力を会わせ重い
オールを動かして、少しずつ、少しずつ進む。
「でも、Mの血文字を見つけた時は心臓止まるかと思ったぞ」
ミヤヴィがにらむ。モモコはぺろっと舌を出した。
「あれきっと、あたしがミヤヴィの名前を言っちゃったからだよね。ゴメン」
「まぁ上手くいったから良しとしますけどね」
「あと、出来てもどちらか一方くらいよね、って言われた時もヒヤっとしなかった?」
「したした。ブラックジャックだって嘘ついたのがバレるかと思ったもの」
「確かにふたりだったら簡単だったしね。ドアの後ろに隠すのも、ロッドを刺すのも」
ミヤヴィは口に手を添える。あはっと笑った。
「さぁ、荒れが本格的になる前に。急ぎましょ」
「そうね」
モモコがそっと振り返る。船長を亡くしたクイーンユリナ号は、何事もなかったかの
ように航海を続け、だんだんと遠ざかって行った。モモコは瞳を細める。
「これでしっかり学んでちょうだい。世の中は裏切りに満ちているものだってね」
ブラック:ナツヤキミヤビ/ジャック:ツグナガモモコ
=== ブラック・ジャック・キッズ ===
耐えきれなかったようで、ミヤヴィはボートをこぐ手を止めてバッグを開けた。
中にはもちろん『クリスタル・サキ』が入っている。
「あぁん!可愛い。サキちゃんあいしてゆ。やっぱり渡すのもったいないなぁ」
「ちょっとダメだよ。アァ公国のレイナ公子と約束したでしょ?」
「でもぉ」
突然の高波。
ボートがぐらりと揺れてミヤヴィとモモコは慌てて『クリスタル・サキ』を抑えようと
して、同時に立ち上がった。目が合う。同時にって?
「こ、こら!お前は立つな!あ、え、あ、ああっ。あぁぁ!」
・・・ドボン。
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