18 おでん

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/23(水) 22:48

18 おでん
 
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/23(水) 22:49

ある夏の日、希美は16歳だった。7月の2週目の日曜日だったその日は夏休みまであと少しで、希美は
金曜に約束していた友人と市民プールへ出かけた。その帰りだ。日も落ちていないどころか空は青い。
気の早い日暮がかなかなと鳴く。真昼は越していたが昼の時分だった。
 
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/23(水) 22:49

一軒のおでん屋があった。使い込まれた風体の屋台。引き手のついた、ありふれた屋台。見た覚えは
なかった。この道はいつも通る道。希美は近くの公立に通っている。あまり遅くまでかからない。たまに
遅くに通りはしても、見つけるのは犬の糞くらいだった。
 
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/23(水) 22:50

今日初めてここに来たのか。にしてもなんだか変な話だ。希美は思う。もう夏だと言うのにおでんだなん
て。どうせ出すならカキ氷にすればいいのに。そんなことを考え屋台を見る。案の定客はいない。いや、
いる、一人だけ、ぽつん。
 
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/23(水) 22:50

そう、ぽつん、の表現がこれ以上なく合う背中。男性の客が座っている。希美はそこを通り過ぎるつもり
だった。やっぱり夏におでん屋なんて気味が悪い。とてもお腹は減っていたが、希美は足を速める。
あれ?希美の口から声が出る。
 
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/23(水) 22:50

気が付くと希美はカウンターに向かい丸椅子に腰掛けている。きょろきょろ目を動かすが、希美の体に
も、周囲にも、全く変わりがない。店主も。客も。希美が突然現れたことに驚きもしていない。なら、あん
まりお腹が空いたから独りでに来ちゃったのかな。希美はそう思った。
 
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/23(水) 22:51

と、店主が何も言わずにおでんがのった皿を出す。希美がまだ頼んでませんけど、と言うと、いいから、
と皿の隅にカラシをのっけた。店主の顔は六平直政のそれにそっくりだ。希美は仕方なくそれを受け取
る。今度は隣の客が割り箸を差し出す。希美はそれを黙って受け取りぱきんと割って、大根を切る。
 
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/23(水) 22:51

店主は希美と客の中間くらいに硝子製のコップを置いて、日本酒を注いだ。飲んでもいいぞ。店主が希
美に言う。希美は首を振り大根を平らげた。おいしいかい、と隣の客が聞いてくる。ええ、まあ、と希美は
答える。実際、その程度の味だった。不味いってよ大将。隣の客は店主に言う。うるせ、と店主は返し、
まあ、この人おでん屋副業でやってるしね。隣の客が言った。希美はゲソを食べた。
 
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/23(水) 22:51

希美はもくもくと口を動かし歯で玉子をすり潰す。この人普段何やってるか聞きたい?隣の客が言った。
ええまあ。希美は曖昧に返事する。天使、と客が言う。ふぅん。希美ははんぺんを頬張った。座っている
丸椅子が足の長さが揃っていないのか、ガタガタと鳴った。
 
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/23(水) 22:52

おっちゃんは小説家?希美はさつま揚げを飲み込むとそんなことを言った。隣の客は違うよ、なんで?
と聞き返した。んじゃ、無職だね。希美は断言する。隣の客は困ったような顔をして、なんで?もう一度
聞いた。そんな下らないコト平気で言うのは小説家か失業した人くらいだよ。希美は客の顔も見ずにそ
う言うと、こんにゃくに箸を伸ばした。なるほど。客は言った。
 
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/23(水) 22:52

希美が餅入り巾着にかぶりついた所で隣の客は、でも。違うね。似てるけど。そう言った。じゃあ何?
希美は巾着を噛み切って飲み込んでから言う。ボインを変えてごらん。客は言った。エロ親父。希美が
言うと、客は黙ってしまった。希美は牛スジを串から外した。食べる。客は黙っている。
 
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/23(水) 22:52

いよいよ最後に残ったがんもどきにはべったりとカラシが付いていて、希美は箸を置きご馳走様、おい
くら?と店主に尋ねる。いいよお代は。店主が言う。そう、ありがと。希美は立ちあがり、あれ?と声を
上げた。なみなみと注がれていた日本酒が殆どなくなっている。おっちゃん、これ、飲んだっけ?希美が
隣の客に聞くと、いいや?客は返してくる。変だね。希美は言った。客は可笑しそうに笑った。
 
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/23(水) 22:53

何が可笑しいの?希美が聞くと、面白いものを見せてあげる。そう言って客はコップを手に取り希美に
持たせた。目をつぶって。言われるままに希美は目をつぶる。おっちゃん手品師?目をつぶったまま、
わくわくした声で希美は聞く。違うけど、そのコップのお酒を消してみせるよ。客は数を数えだした。いー
ち、にー、さーん、しー、ごー、ろー。声が途切れて希美は目を開ける。おでん屋は消えていた。
 
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/23(水) 22:53

あれ?おっちゃん?希美はさっきまでそこにいたはずの客を呼ぶが、その姿は何処にもない。顔に六
平直政のそれのついた、いかつい店主の姿もない。足の揃ってない丸椅子もない。片手に持った硝子
のコップと、カラシのついたがんもどきと、そろえて置かれた割り箸以外、皿も、コップの中身も、なんも
かんもが消えている。かぁ、とカラスがやって来て、カラシのついたがんもどきをさらっていった。空は夕
焼けていた。りりりと鈴虫が鳴いていた。日暮の声も増えていた。風鈴の音が聞こえた。
 
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/23(水) 22:53

夢でも見てたのかな。希美は割り箸を拾い上げる。斜めに割れていた。とぼとぼ歩いて家に帰ると、希
美の母が玄関先で薪を燃していた。ただいま。おかえり。希美はそこに割り箸を投げ込む。ぱちん、と
火の粉が爆ぜる。
 
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/23(水) 22:54

これはどうしよう。希美はコップを見る。まさか燃やすわけに行かないし。希美はそれを持ったまま家に
上がる。靴を脱ぐとバッグを投げ込む。居間へ。希美は仏間へ向かう。割れないようにそっと、仏壇に
硝子のコップを置いて、希美は一本の線香に火をつけ、物心つく前に死んでしまった父の、位牌の前に
それを捧げる。三日後には、コップも何処へなく消えていた。


おわり
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/23(水) 22:54

18 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/23(水) 22:54

 
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/23(水) 22:55

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