16 なんか明日はガラスになる
- 1 名前:16 なんか明日はガラスになる 投稿日:2004/06/22(火) 01:15
- なんか明日はガラスになる
- 2 名前:16 なんか明日はガラスになる 投稿日:2004/06/22(火) 01:15
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ダンスレッスンの後は、真冬でもティーシャツが肌にべっとりついてしまうほど汗まみれになる。
基本的に女の子は汗かくのキライだし、それはあたし、田中れいなだって例外じゃない。
でも、シャワーで汗を流すときの爽快感はキライじゃない。
業界のダンスチームが多く利用するこの施設のシャワールームは広くて、
タイル貼りの床の上に板で区切られた個室がずらりと20ばかり並んでいる光景はちょっと見ものだ。
天井のスピーカーからはヒーリングミュージックが流れてる。
あたしは鼻歌をうたいながらお気に入りのバスタオルを肩に引っ掛け、一番手前の個室をあけた。
ザーザーと、水が床を打つ音がしている。
シャワーから水が出っぱなしになっていた。だらしがない。こういう横着をするのは誰だろう。
あたしは何人かの顔を思い浮かべながら、水をいったん止めようとコックに手を延ばした。
その手が、なにかに当たる。
「やん」
- 3 名前:16 なんか明日はガラスになる 投稿日:2004/06/22(火) 01:16
- 空耳だと思った。それか、水音を聞き間違えただけだ。
気を取り直して一度引っ込めた手をもう一度伸ばすと、今度は間違いなく柔らかい感触に触った。
「いやん」
聞こえるその声は、毎日聞いている声に似ていた。
あたしはちょっと近視気味の目をこすって、目の前をようっく見た。
そういえば、シャワーの水の落ち方がちょっと変だ。
なんか障害物でもあるみたいに水が分かれて、中央にぽっかりと空白を作っている。
いや、よく見るとそれは完全な空白じゃない。
ゆっくりと伝う水の筋や丸い滴をまとわりつかせて、透明ななにかがそこにいる。
「あのね、ここ、さゆが使ってるから」
あたしは引っくり返らんばかりの悲鳴をあげた。
- 4 名前:16 なんか明日はガラスになる 投稿日:2004/06/22(火) 01:17
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「ちょっと、なにい?」
そういって隣の個室から顔を出したのは、石川さんだった。
美白ファンデも落とし、髪から水をぽたぽた落としているその姿は、
『ああこの人ホントに地黒なんだ』と納得させるには充分だった。
でも、黒色だろうと緑色だろうと、透明よりはずっとマトモだ。
「あの、これ、さゆ、とーめいっで、マジありえないくらいトーメイ…」
「なにいってるの?」石川さんは眉毛で八の字を作って首をかしげる。
「あのね、れいながさゆの腕の肉、ぷにぷにしたの」
「ああ、あのさ道重。衣装で出ちゃう部分のお肉は絞っといた方がいいよ」
「なにフツーに日常会話してるんですか!?」
あたしが怒鳴ると、石川さんは目をパチパチやって、それから手で口をおさえてププッと噴き出した。
その仕草は、なんかフツーにキモくて、正直ムカついた。
- 5 名前:16 なんか明日はガラスになる 投稿日:2004/06/22(火) 01:17
- 「なんですか!」
「そっかあ、田中って『まだ』なんだあ」
「ハア?」
「あのね、さゆ、今ガラスなの」
「なにいってんの?」
声のしてるところをよく見ると、さゆは完全に透明ってわけじゃなかった。
薄く水の膜が張った表面に、ぐにゃりと歪んだあたしの顔が映っている。
それはちょうど、雨の日のガラス窓みたいだった。
「ガラス」
言い含めるようなさゆの声が、静かにシャワールームの中に響いた。
- 6 名前:16 なんか明日はガラスになる 投稿日:2004/06/22(火) 01:17
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ガラスのように繊細とか、ガラスのようにもろいとか、壊れそうなものばかり集めてしまうとか、
十代の女の子をそんな風に呼ぶことがあるっていうのは知っていた。
でも、だからってホントにガラスそのものになるこたないんじゃないかと、なんだかあたしは無性にムカついた。
「田中って中一の三学期にこっち来たんだっけ?
それじゃしょうがないよねえ。コレって確か中一の2月ころ習う内容だもん」
シャワールームの前のベンチに座ったあたしたちに缶ジュースを配り、
しっかりお代を徴収してから、高額納税者のセンパイは訳知り顔でいった。
「性教育の授業とかで習うでしょ?
女性は年頃になると胸やお尻がこう、ふくよかになって、そんで毛があっちこっちに…」
「その内容はデマだ!」
シャワールームのドアから首だけにゅっと突き出して怒鳴ったのは藤本さんだった。
まあ、気持ちはあたしにもわかるんだけど。
「で、それが小学校までに習う内容。中学に上がるともうちょっと進んで、
女性が第二次成長にさしかかる一時期に肉体の構成物質から光を反射する力が弱くなって、
個人差はあるけど、ひとによってはほとんど光を素通ししちゃう。
つまり透明になっちゃうのね。なんか日本民族特有の現象らしいけど」
「日本民族なんて幻想だ! 単一民族国家だなんて、戦後民主主義教育の作り出したゆがんだ神話だ!
謝れ! アイヌの祖先とウチナンチュの先人たちに謝れ!」
「ごめんミキティー、ちょっとうるさい」
- 7 名前:16 なんか明日はガラスになる 投稿日:2004/06/22(火) 01:18
- 石川さんはバタンとドアを閉めたけど、藤本さんはしばらく中でなんか喚いていた。
「そんなこと、保健体育の教科書に載ってなかったとね」
「あ、やだあ、田中ってば保体の教科書、家でじっくり読んだりなんかしてるんだ」
「茶化さんで欲しか!」
「ちゃんちゃかチャーミーだもぉん」
「キモッ!」
「あのね、コレ、縄文時代のころから女の間だけの秘密ってことになってるの。
なんかね、当時の女性は謎めいてミステリアスで、そしてポジティブなほど
魅力的とされてたんだって。
やっぱさ、近代化したっていっても古きよき伝統は守んなきゃいけないって石川は思うの」
「すっげえうさんくさいんですけど」
「でも、日本人がまだミジンコのころからある習性なんだよ?」
「すっごいさかのぼった!」
「だからね、心配しなくても、田中もその内ガラスになるから」
「別になりたくないんですけど」
「わかるよ、いつまでも子供のままでいたいっていうのはあるよね。
でもね、大丈夫! あわてなくっても、田中の体だってしっかりゆっくりのっそりと、
そりゃあひとより遅くても、なんとなくそれとなくじんわりと大人の体に近づいてるんだから」
- 8 名前:16 なんか明日はガラスになる 投稿日:2004/06/22(火) 01:20
- 「なんでいつまでも初潮の来ない女の子にするみたいな話してるとね!
透明ですよ、透明!
透明になっちゃったら、そんな、すっごい困るっていうか、
さゆだって写真撮影だって透明じゃ、って、ええ!?」
いつの間にかさゆがあたしの隣に座って、両手で缶ジュースを抱えてコクコクやっていた。
なにをどうやったのか、その肌はもう透明じゃない。
「シャワー、おしまいなの」
「ええ!?」
「だからいってるでしょ? 縄文時代からある秘密だって。
ちゃんと反射率とか透過率とか安定させる秘薬があるの」
ぐらぐらと揺れる頭の中で、キャンキャンと響く石川さんの声はかん高くて、マジであり得ないくらいムカついた。
- 9 名前:16 なんか明日はガラスになる 投稿日:2004/06/22(火) 01:21
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――恥ずかしいけど、石川もまだなんだ。キャ♪
あのひとにはいっぺん本気でチョーパンくらわさなきゃいけないと、固く決意してあたしは家路に着いた。
学生やサラリーマンの帰宅時間もすっかり過ぎて、夜の電車の中はガラガラだった。
空席はたくさんあったけど、なんとなく居つかなくて、あたしはドアの前に立っていた。
真っ暗になった窓ガラスに映るあたしの姿を透かして、夜の街の景色が後ろに流れていく。
ガラスになるっていうのは、どういう気分なんだろう。
別に、石川さんのいうことを全部信じたわけじゃない。
でもさゆが透明になってたっていうのは、この目で見た事実だ。
あたしの体も、そんな風に変わるんだろうか。
窓ガラスにそっと手を合わせる。その感触はひどく頼りない。
うすっぺらなガラス一枚に映ったあたしの姿は、
ちょっとちからを入れただけで粉々に砕け散ってしまいそうだ。
心もとないっていうのは、こんな感じなんだろうか。
日本の女はみんな一度はガラスになるって石川さんはいってた。
そう聞くと、車内にまばらに見える女性全員を見る目に、ちょっと猜疑心が入る。
みんな、あんなとんでもない経験をして大人になってるんだろうか。
あたしには耐えられるんだろうか。
- 10 名前:16 なんか明日はガラスになる 投稿日:2004/06/22(火) 01:22
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次の日のレッスンは散々だった。
どのくらい散々だったかというと、こともあろうに石川さんに歌のアドバイスをもらうくらいだ。
ひどく自尊心の傷つけられる一日だ。
お昼休み。あたしはひとり屋上にのぼって沈んだ気分でパックの牛乳をジュルジュルやっていた。
「れいなちゃん」
振り返ると、そこにいたのはさゆだった。
レッスン用のジャージにティーシャツを着ている。もちろん肌は透明じゃない。
でも、クスリの効き目が切れれば透明になるんだ。
そう考えると、自然と体がこわばった。
「眉間にシワ寄ってる」
そういって、ちょんとあたしの顔をつつくさゆの顔は、あんまりにもいつも通りだった。
「さゆはさ」
「うん?」
「怖くなかった?」
「なにが」
「ガラスになるって、フツーじゃない」
さゆのほっぺが、ぴくりと動いた。
ああひどいこといったって、無神経なあたしだってそのくらいはわかった。
- 11 名前:16 なんか明日はガラスになる 投稿日:2004/06/22(火) 01:23
- 「ゴメン」
「ううん」
「あたしだって、そのうちなるんだよね」
「ならないよ」
「うん?」
あたしはまじまじとさゆの顔を見つめた。さゆは、相変わらず笑顔のまま。
「だって石川さんは」
「あれウソ」
「じゃ、さゆは!?」
「旧日本軍の秘密へーき」
「ハア?」
「ウチって、ずっと昔からお医者さんでしょ?
でね、さゆのひいおじいちゃん、スパイに使う用に透明になる研究してたの。
そんでお薬作って、自分の体使って何度も人体実験したんだって。
その効き目がいまでも残ってて、ウチの人間は若いうちのちょこっとだけガラスになるんだって」
「ちょこっとだけって、あんた」
「なに?」
「そんなの、いい迷惑じゃなかとね! ムカつかんの!?」
- 12 名前:16 なんか明日はガラスになる 投稿日:2004/06/22(火) 01:24
- 「ちゃんと中和剤があるよ?
さゆはわざと薄くしてるから、たまにガラスになれるんだ」
「なんでそんなこと」
さゆは答えないで、その代わりにするりとティーシャツを脱ぎ捨てた。
あたしが目をおさえる暇もない。
まるで空気に溶けるように、さゆの体がするすると消えていく。
いや、消えていない。
降り注ぐ陽光がさゆの体の中に飛び込んで、そのまま反射を繰り返す。
誇らしげにぐんと背を反らしたさゆを彩るように光の筋が出来上がっていく。
さゆの輪郭の中に閉じ込められた光線は何重にも重なって、やがてまばゆいばかりの七色に輝き始めた。
こりゃあ、スパイには使えないだろう。
「ねえ」
光り輝くさゆの姿はあまりにも目立ったし、キレイすぎた。
「ぴかぴかのさゆは、かわいいでしょう?」
かわいくてピカピカでキラキラしたものが大好き。
さゆがこういう子だって、なんであたしはもっと早く気付かなかったんだろう。
- 13 名前:16 なんか明日はガラスになる 投稿日:2004/06/22(火) 01:26
- **
もちろん、それだけで話が終わるわけじゃない。
「そんで、なんで石川さんはあんなウソつきよったとね」
「れいなちゃんだったら信じると思ったんじゃないかなあ」
「ほんと、あのひとにはいっぺんチョーパン食らわさなきゃいかんとね!」
「チョーパンとパチキって、どう違うのかな」
「実地で教えてやるとね!」
決心も新たにずんずんと廊下を歩くあたしたちの前で、するりと出てきた影があった。
「あ、れな」
そういって手を上げたのは絵里だった。
いや、ちょっと変だ。出てきた先は自動販売機の陰。
あそこと壁の隙間は、確か5センチくらいしかなかったはずだ。
- 14 名前:16 なんか明日はガラスになる 投稿日:2004/06/22(火) 01:26
- 「ええ!?」
近づいてくる絵里は、なんか紙みたいにペラペラしてた。
「なにコレ!?」
「ああ、れな知らなかったっけ?
女の子は成長する過程である一時期に細胞分裂に変調を起こして体がペラペラに…」
「そんなヨタ話、もう二度と信じんとねぇ!」
結局、明日あたしの体がどんな風に変わってしまうのか、
その不安は今も消えないままあたしの心の中でわだかまっている。
でも、それはそれでいいんじゃないかと、コイツら見てるとそう思った。
- 15 名前:16 なんか明日はガラスになる 投稿日:2004/06/22(火) 01:27
- ア
- 16 名前:16 なんか明日はガラスになる 投稿日:2004/06/22(火) 01:28
- テンテン
- 17 名前:16 なんか明日はガラスになる 投稿日:2004/06/22(火) 01:29
- ポンポン
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