14 硝子の少女

1 名前:14 硝子の少女 投稿日:2004/06/21(月) 22:27
硝子の少女
2 名前:14 硝子の少女 投稿日:2004/06/21(月) 22:28



          ジリリリリリリリリリッ

目覚し時計の、いたって無味乾燥な不快音でワタシは目が覚めました。
何か気持ちのよい夢を見ていたはずですが、思い出せませんでした。絵里ガッカリです。
ワタシが軽くへこんでいるのを尻目に、目覚ましはジリジリと産声を上げ続けています。
もぉ、うるさいなぁ。

          ジリリリリ――ガシャン

布団に包まって二度寝しようかと思いましたが、ワタシの頭はすっきりと覚めてしまったので
起きることにしました。鳴るのを今か今かと待ちわびている残り四個の目覚しの頭をガシャン
ガシャンと叩き、ワタシは両足を地に下しました。

んーっと思いっきり伸びをすると、パリパリと乾いた音が鳴りました。
ん? パリパリ? いつもはパキポキと背骨が鳴るのになんかヘンだな?
ワタシは腰を捻りました。またパリパリという音が鳴りました。
あれぇ、おかしいなぁ? と首を傾げると、やっぱりパリパリ。ますますおかしいなぁ。
歩いてみると、今度はガシャガシャ。なんだかヘンテコな気分です。
それに、寝起きにも関わらずとてもクリアな視界を保っているのもヘンテコです。
……まぁいっか、とオプティミストのワタシはさほど気にすることもなく、ガシャガシャと洗面所へ
向いました。

蛇口を捻り、水で顔を洗います。キャー冷たいなぁ。思わず身震いしてしまいました。当り前の
ようにパリパリと鳴ります。タオルで顔を拭くと、今度はキュッキュと鳴りました。とてもキレイに
なった気分です。早起きは三文の得って言うけど、分る気がするなぁ。

さて、一晩でどれほどカワイクなっているのかな?
ワタシは鏡に映ったワタシを見ました。今朝はなんだか輝いているように見えました。
あ、なんかキラキラしてる。わぁ、これメチャクチャカワイイんじゃない?
ワタシはおもわず顔に手をやりました。
そしてある異変に気付きました。今日はおかしなことばかりです。
……あれ? なんか顔、硬くない?
3 名前:14 硝子の少女 投稿日:2004/06/21(月) 22:28
指先で顔を叩くと、コンコン≠ニいう音が響きました。もう一度叩きます。やっぱりコンコン、
と高い音がなりました。
え? え? 何コレ? ワタシの顔どうなってんの?
ワタシは身を乗り出し、顔をもっと鏡に近づけました。そして三つのことに気付きました。
一つめ。ワタシの顔がキラキラしていたのは、蛍光灯の光が顔に反射していたからでした。
二つめ。ワタシの顔は、絵の具でベタッと塗ったみたいにどこも同じ肌色でした。
三つめ。これは注意して見ないと分らないのですが、ワタシの顔がうっすらと透けて、後ろの
壁の模様が見えてしまっていました。

ワタシはビックリして思わず手を鏡にベタッと(音的にはガシャンでしたが)つけてしまいました。
あ、イッケナイ汚れちゃう、と思って手を離しましたが、鏡は綺麗なままでした。
普段だと鏡に指紋の跡がベットリつく筈です。手の平に視線を落とすと、ツルツルして透き通っ
ていました。蛍光灯の前にかざすと光が通り過ぎました。
手の平を太陽に透かしてみると、血潮じゃなくて太陽光線がもろに見えるんだろーな、なんて
関係のないことを思いついてみたりして。

結果はなんとなく分っていましたが、一応ワタシは服を脱いでみました。胸もお腹も腕も脚も、
身体全部が硬く、そして透き通っていました。もう認めざるを得ません。

ワタシの身体は硝子になっていたのです。

硝子かぁ。ひょっとして硝子人間? バケモノみたいだなぁ。よし、硝子細工だ。うんうん。
カワイイ女の子だったワタシは、一晩のうちにカワイイ硝子細工サンになってしまいました。
世の中は絵里も予想できないような、不思議なことがいっぱいです。
どうしようかなぁ。今日午後から収録あるんだけど、休んだほうがいいのかなぁ。
うーん……。
とりあえず身だしなみをきちんとすることにしました。オシャレは大切ですから。
4 名前:14 硝子の少女 投稿日:2004/06/21(月) 22:29
まず寝癖を直すことにしました。
ピコピコはねた硝子の髪の毛を、どうやってサラサラストレートに戻せばいいんだろぅ?
最初にお水をつけてみました。硝子なので、お水は弾かれてしまいました。
ムムムッ、手強いゾ。
考えた挙句、ドライヤーを当ててみました。なるべく頭皮に当てないように気を付けます。
ぶぉーという熱風の勢いとは裏腹に、寝癖の勢いはクネクネと弱っていきます。
さっすが絵里、頭イイ! ……それにしても、硝子ってこんなに熱に弱かったかな?
疑問点をすぐに解消するべく、熱風をお風呂場へのドア(全面曇り硝子)に当ててみました。
無意味でした。再び髪に専念します。

髪の毛が全てクネクネになりました。指通りはとても良いのですが、まとまりがなく、こんなに
クネクネですと風が吹くたび爆発してしまいそうで困ってしまいます。もう少し硬さを得るため、
今度は冷やしてみようと思いました。
しかし、問題がありました。急激な温度変化によって、割れてしまうかもしれません。
まぁモノは試しだ、思い切ってやってみよう、とは思うものの、髪の毛は女の命です。
特に新垣さんと、黒髪同盟≠結んでしまうほど気に入っている美しい黒髪を、易々と失う
わけにはいきません。ワタシは二、三本を適当に選び、それに冷水を恐る恐る垂らしました。
ピチョッ。きゃぁ。

……髪の毛は元通りの硬い硝子に戻ってしまいました。
やっぱりふつーの髪みたいには成らないか。そんなに世間は甘くないなぁ。それでも硝子の
髪のセットの仕方を覚えただけでも上出来だと思うようにしよう。
ワタシは残りの髪の毛をカチカチストレートにしました。もう風に負けることはないでしょう。
5 名前:14 硝子の少女 投稿日:2004/06/21(月) 22:29
次に歯を磨きました。芸能人は歯が命なのです。シャカシャカシャカシャカ。
ハミガキの味も臭いもしませんでした。硝子だからかな?
口をゆすいだ後にふと、お水飲んだらどうなるんだろ、と思ったので、試してみました。
コップに水道水を注いで、ゴクリ。
冷たい水道水は食道をコクコクと通っていきます。体が内部から冷されていくようです。
その冷たい感じは、下腹の辺りで移動するのを止めてしまいました。どうやら小腸や大腸
等のクネクネした付近に溜まってしまったようです。

お腹が段々冷えていきます。硝子だから風邪はひかないよね、とは思うものの、下っ腹が
チャプチャプしているのは気持ちワルイものです。
ワタシは何とかお水を外に出そうと考えました。今日はよく頭を使います。
そして、次のような計画を思いつきました。

   一、まず三点倒立する。
   二、その後横に倒れて大腸内を移動させる。
   三、立ち上がったら排出OK! ちゃいこーです。
   (注 一、二において、慎重にそぉ〜っとすること。割れたりしたら大変!)

絵里ってばいつも以上に冴えてるぅ。えっへん。
早速ワタシはお風呂場に座布団を持っていきました。流石にトイレの床に頭はチョット……。
それに排出とはいえ、只の水だもんね。でもお尻の穴から出るのか。ヘンな感じ。

頭と手をタイルにつけ、おりゃっと気合を入れてゆっくりと壁に向って倒れていきます。
ガッシャンと音がしましたが、割れませんでした。よかった、よかった。
しかし、ここで計算違いのことが起きてしまいました。お水は大腸のほうへ流れていかずに
逆流してきてしまいました。小腸から胃、そして食道へ。
あ、ヤバイ。ワタシは思わず口をギュッと閉じました。
しかし、相手はワタシの思惑を外れ、鼻から出てきてしまいました。
てぃらりー鼻からお水ー、というメロディが頭に流れました。なんだか悲しくなりました。
まだ少しお水が残っているようでしたが、暇な時に陽に当って蒸発させることにしました。
6 名前:14 硝子の少女 投稿日:2004/06/21(月) 22:30
その後も色々と試した結果、硝子の体について少し分ってきました。

   ・ 絵里の身体は特殊な硝子から成立っている。
   ・ 五感のうち、嗅覚、味覚、そして触角の一部が失われている。
   ・ 関節は上手いこと出来ている。(動くと音がするのは仕方がない)
   ・ 髪の毛は熱風でクネクネになる。その後水でセット可能。
   ・ 飲食には不都合。(消化出来ない? それともその必要がない?)
   ・ 熱伝導性はかなり良い。(夏や冬は厄介だ)
   ・ 呼吸しなくても平気。(意識して呼吸しようとすると、横隔膜がペコペコ鳴る)
   ・ 歌声が高く美しくなった。(そのかわりに横隔膜がペコペコ鳴る。歌手として致命的だ)
   ・ ずっと目を開けていられる。(目はずっと乾いたまま、でも痛くも痒くもない)
   ・ 汗も涙も多分出ない。(硝子は水を通さない)
   ・ 心臓が動いていない。(あるかどうかも分らない。血も通っているのか分らない)
   ・ おそらく脳味噌もない。(あってもピンク色の透明な硝子の塊)
   ・ 体温は二十二度。(気温によって変化する?)

まあこんなもんかな? 基本的には市販のコーキューな硝子細工と同じでした。
それにしても、味覚がないのは結構キツイなぁ……。

家を出る時間まで、まだ一時間程度の余裕があります。(ワタシはもう、世界初の硝子細工
アイドルになる決意を固めていました)
何もすることがないような時は、隙間に挟まることが一番です。ワタシは足早にガチャガチャ
自分の部屋へと戻っていきました。
世の中に隙間というものは数多く存在しますが、やはりホームコートがちゃいこーです。
ワタシは箪笥と壁の、まいふぇいばりっとの隙間に身体を入れようとしました。

          ……ガチッ
7 名前:14 硝子の少女 投稿日:2004/06/21(月) 22:30

……気にせずにもう一度。

          ……ガガッ、キキィー

よーし、落ち着け絵里。もっと身体を壁に限界まで寄せて、こうググッといけば――。


                                           ……ピシッ

ピシッ!? へ、ナニナニ、もしかして割れちゃった? ネェ、割れちゃったの?
ワタシはガシャンガシャンと洗面所に戻りました。服を脱いで確認すると、背中とお尻にちょっ
とした亀裂が入っていました。硝子になったことで、ワタシの身体の弾力性は失われていたの
です。
あぁ、どうしよう、このままじゃ隙間に入れないよぉ……。
ワタシにとってこの出来事は、さゆから鏡を奪うことと等しいのです。
隙間に入れない人生なんて、何の意味があるのでしょう?
よーし、考えろー考えろー、今日の絵里はとてもクリアに頭が働いているんだ。何か良い案が
浮かんでくるはず――あっ。
ふっふっふ。そうだよ。良いモノがあるじゃない。ワタシはさっそく台所へと向いました。
クネリストになるための必需品、そして料理の「さしすせそ」の一つであり、醤油ラーメンを食べ
る時に入れると食が進むチョー便利なアレ。

そう、お酢≠ナす。
8 名前:14 硝子の少女 投稿日:2004/06/21(月) 22:30
早速ワタシはお酢をコップに注ぎ、飲もうとしました――が、ここであることを思い出しました。
ジャンプしてみると、ガチャガチャという音に混じって微かに「チャポチャポ」と聞こえます。
硝子は液体を通さないのです。
……お酢は諦めたほうが良いのかなぁ。いや、きっと柔かく――もとい、軟らかくなる。ワタシ、
お酢パワーを信じる! やぁっ、とワタシは気合を入れてゴクゴクと飲み干しました。



                                           ……チャポン、ポチャポチャ。

左腕を叩いてみました。ガシャン。ワタシは次の案を練り直しました。
といっても残る選択肢は一つしかありません。駄目で元々ですが、どうにかなるでしょう。
ワタシはドライヤーを手に取り、スイッチを入れました。ぶぉー。


その十分後、ワタシはものの見事に隙間に挟まっていました。

9 名前:14 硝子の少女 投稿日:2004/06/21(月) 22:31
ワタシの身体はクネクネの一歩手前まで硬度が軟らかくなっています。
それでも頭や胴体なんかは硬めなので、ギシギシとした圧迫感を感じることが出来ました。
あぁ……なんて……気持ち……良いんだろう……この……押し潰される……感覚……やっ
ぱり……絵里は……愛されて……るなぁ……。
恍惚、忘我、歓喜、法悦、トリップ、エクスタシー。どれもこれも、ワタシのこの溢れんばかりの
想いを表現するには弱すぎる語ばかりです。やはりここはあの言葉しかありません。ワタシは
無意識のうちに声を漏らしていました。

……ちゃいこーです。


ふと我に帰りました。残念ですが、そろそろ出発する時間のはずです。
仕事は逃げちゃうけど、隙間は逃げないんだから、絵里ガンバレ! そう自分に言い聞かせ、
泣く泣く隙間から這出ました。隙間の残り香が身体全体に残っていました。
ケイタイを見ると、出発五分前でした。今から大急ぎで身体を硬くし、服を着ないと間に合いま
せん。ワタシは駆け出しました。ガシャ、クネッ、ポチャン。ガシャ、クネッ、ポチャン。

髪の毛は熱風でクネクネに、お水でカチカチになったんだから、熱風でクネクネになった身体
をカチカチにするには、やっぱりお水が必要だよね。
ワタシはそう考えて、蛇口を捻りました。でも捻れませんでした。蛇口を捻るには、ワタシの手
はあまりにもクネクネで、非力だったのです。
これは困った、どこかに水はないかなぁ。あと四分以内で名案を思いつかないといけません。
10 名前:14 硝子の少女 投稿日:2004/06/21(月) 22:31
そうだ、シャワーだ! シャワーはレバーを上げ下げすればお水出るんだから(ワタシの家は
そういう仕組みでした)何とかなりそうだし、それに頭から被れば一発じゃない。
クルッと振り返り、お風呂場へ行こうとしました。そのドアノブは回すタイプのものでした。一応
トライしてみましたが、結果は言うまでもないと思います。
何処かにお水はないか、お水、おみずぅ〜と、まるで砂漠で遭難した人のようにワタシは家の
中を彷徨いました。そうだ、トイレが……だめだ、入れない。ペットボトルのお茶……も蓋が開
かない。あーどうしよぅ。キョロキョロ、キョロキョロ。

と、ワタシの目に花瓶が映りました。これだ! とワタシは慌てて駆寄ります。お花をそーっと
抜いて側に置き、ワタシは腕を花瓶の中に突っ込みました。とりあえず腕さえ戻れば、あとは
ドアノブを回してシャワーを浴びればいいのですから。
しかし、やっぱり今日はおかしなことばかりです。

ピシッ、パシッという音が聞こえたかと思うと、ワタシの視界は少し浮遊し、次の瞬間には急激
に下がってしまいました。ドンガラガッシャーン。ハムスターとか、きっとそれぐらいの低さです。
あれ? ワタシどうしちゃったんだろう?
辺りを見回すと、何やら肌色の破片が散乱しています。後ろのほうには黒色の破片がチラチ
ラ見受けられます。いくつかは、窓から差し込む光を反射してキラキラと輝いていました。
あぁ、割れちゃったのかぁ、と思いました。他人事のように素っ気無い感想ですが、そう思った
のですから仕方がありません。それにしてもどうして割れたのでしょうか。髪の毛と腕は違うも
のですが、同じ硝子だったはずなのに。
11 名前:14 硝子の少女 投稿日:2004/06/21(月) 22:32
過ぎてしまったことにクヨクヨせず、ワタシはこれからのことを考えようとしました。
しかし、不意に聞えた足音で、その考えは中断されてしまいました。
てくてくてくてくという足音はワタシのほうへ近づいてきます。誰の足音だろうかと記憶を探っ
てみましたが、家族のものではないようです。じゃあ一体誰がワタシの家にいるの?

足音の主はワタシの側へとやって来ましたが、どうしても見ることが出来ません。得体の知れ
ない何かの力が働いているような気がしました。
目の前にぬっと茶色の毛のようなものが現れました。次の瞬間、世界がガシャガシャと回り、
その後、ワタシは黒い闇へと投出されました。どうやら、ワタシはワタシだったものと共に箒で
掃かれ、ゴミ袋に入れてられてしまったようです。確かに硝子の破片がその辺に散ばってたら
危ないもんなぁ、などとやけに現実的なことを思いました。
足音の主がゴミ袋の口を閉じるときに、見覚えのあるストレートヘア―が見えた気がしました。

足音の主はゴミ袋を掴むと、よたよたと歩き出し、時折引きずりながらも(それはそうでしょう、
なにせ人一人分の硝子の破片なのですから)、ゴミ捨て場に辿り着きました。
ゴミ袋を放置すると、足音は遠ざかっていきました。

徐々に眠気が襲ってきました。
周りは目を開けていても真っ暗でしたし、ワタシだったものがガシャガシャと音色を奏でるのを
聞いているとついウトウト、ウトウトとしてしまうものです。起きたときにはもしかしたら元の人間
に戻ってるかも、と淡い願望を抱きつつ、ワタシは眠りの世界へと旅立ちました。



そしてワタシの脳味噌はマンゴープリンになりました。……嘘です。ごめんなさい。

12 名前:14 硝子の少女 投稿日:2004/06/21(月) 22:32



あの後目を覚ますと、何やらとても熱い場所にいました。
ココは何処? ワタシは誰……って亀井絵里だよぉ、なんて思っていると、ワタシは急にぐいっ
と引張られました。チョコチョコと弄られた後、また熱い中へと戻ります。それを何回か繰り返
していましたが、ワタシはこの熱さのせいか、さっきまで寝ていたにも関わらず眠たくなってし
まいました。我ながら呑気な物です。

なんだか身体がチクチクするなと思い、ワタシは目を覚ましました。何も聞えません。目を凝ら
してみても、真っ暗で分りません。もしかして、死んじゃったのかなぁ……。
するとパカッと蓋が開いたような感じがして(本当に蓋が開いたのですがその頃は分りません
でした)、知らない女の人に覗き込まれました。その女の人はワタシを摘み出しました。すると
聴覚も少し戻ってきた感じがしました。なんとなく、なんとなく聞えるのです。どうやらこの人の
他にもう一人いるようです。
下を見ると木箱の中にグラスみたいなものが何個も入っていて、その間には、恐らく衝撃吸収
材のようなものが敷かれていました。そして、一箇所だけ空白の部分がありました。

絵里はグラス(みたいなお皿)になっていたのでした。人間の形も留めず、本格的に硝子です。

ガッカリしていると、ワタシは他の人にひょいと手渡されてしまいました。視線を上げると、ワタ
シを値踏みでもするかのようにじろじろと見ているその人と目が合いました。その瞬間、ワタシ
は思わずあっと叫びそうになりました。(もちろん叫べませんが)
その人は、花花緑緑の店長の衣川サンだったのです。ハロモニの母の日の企画のときには、
お世話になりました。チョー不味いパパイヤ寒天食べさせちゃってごめんなさい。だってレシピ
ないんだもん。ほんとは、もぉ〜っとおいしい料理、作れるはずなんですよ。
……そういえば父の日の企画はしてないよね。なんでかな?
13 名前:14 硝子の少女 投稿日:2004/06/21(月) 22:33
衣川サンはグラス(みたいなお皿)になった絵里を見て、なんだか驚いているように感じました。
ワタシがモーニング娘。の亀井絵里であることを見抜いているのでしょうか。それとも……ワタ
シの気のせいかなぁ?
とにかくワタシは花花緑緑のグラスとして、頭にマンゴープリンを入れるという大役を果たすこ
とになりました。第二の人生の幕開けです。


ワタシは一生懸命働きました……といっても何もしていないように思われそうですが、ちゃんと
グラス(みたいなお皿)としての役割をワタシなりに果していました。
例えば、マンゴープリンに、おいしくな〜れ〜もっとおいしくな〜れ〜と暗示をかけてみたり、食
べてる人に向っておいしいでしょ、ね、ね、と話し掛けてみたり(もちろんお客さんには聞えませ
んが)、なんだか難しそうな顔をしている人にはもっと気楽に行こうよと励ましてみたり、それは
もう色々です。
そのお陰かどうかは分りませんが、ワタシのグラス(のようなお皿)でマンゴープリンを食べて
くれたお客さんは、みんな幸せそうな笑みを浮べてくれました。こういうときにワタシは、あぁ、
グラス(のようなお皿)になってよかったなと思うのです。
しかし、幸せはそう長く続きませんでした。
14 名前:14 硝子の少女 投稿日:2004/06/21(月) 22:33
ワタシはバイトの子に割られてしまいました。花花緑緑にやって来て一年程した日のことです。
バイトの子の不注意でしたが、その子を責める気にはなりませんでした。同僚が割れたのを、
何回か目の当りにしたこともあったのでそれなりの覚悟はできていました。硝子はいつか割れ
てしまうものなのです。

バイトの子が右往左往しているのを冷静に見つめていると、衣川サンがやって来ました。衣川
サンは、ワタシが割れているのを見ると、この二年間で一度も見たこともないような厳しい表情
でバイトの子を叱り出しました。ビックリしてしまいました。他のお皿が割れたときはそこまで怒
りはしなかったのです。他の店員さんも唖然としていました。
衣川サンが、塵取と箒と吐き捨てるように言うと、店員さん達は飛んで行ってしまいました。

ワタシはじっと衣川サンを見つめていました。その視線に気付いたのか、衣川サンはこっちを
向くと、悲しそうな表情をしてしゃがみ込みました。
この表情……前にも見たことがあるなぁ。
15 名前:14 硝子の少女 投稿日:2004/06/21(月) 22:33

――あれは、花花緑緑で働き出して何週間か経った頃のことでした。
その頃のワタシは、最近頭がスッキリしてきたことに悩まされていました。このスッキリは、頭
が冴えているということではなく、例えば部屋に置いてある家具なんかをドンドンと取っ払って
いく感じに似ていました。記憶喪失みたいなものです。

ワタシの名前は絵里で、東京のマル亀硝子工場で生産されてここにやってきたはずですが、
今の形になる前に、何か違った物だった気がします。その何かがあって、今のワタシになっ
たはずです。
でもそれが思い出せませんでした。なんだったかな? 蝶々のお面を被って、ピストルを持っ
たカワイイ女の子はワタシの妄想の産物だろうしなぁ……。

うーんうーんと唸っていると、ひょいっと摘まれました。衣川サンでした。
衣川サンはワタシの頭にマンゴープリンを入れ、同僚の二皿と一緒にワタシを連れて行きま
した。ワタシが向ったテーブルには三人の女の子がいました。鬼のTシャツを着た女の子と、
鏡ばっかり見ている女の子、そしてサラサラストレートヘアーの幸薄そうな女の子でした。
三人とも何処かで見たことがあるような気がしたのですが、やはり思い出せませんでした。
16 名前:14 硝子の少女 投稿日:2004/06/21(月) 22:34
ストレートヘアーの子は衣川サンと顔見知りなのか、こんにちはぁと挨拶をしていました。ワタ
シはその子の前に出されました。その子は一瞬、えっ? とまるでレシピも見ずにマンゴープ
リンを作れといわれた時のような顔をしましたが(それにしても、どうしてこんなヘンな例を思い
つくんだろう?)、「エリ、どないしたと?」と話し掛けられると(どうやらワタシと同じ名前のよう
です。漢字は分りませんが、こんなことってあるんですね)、「え、何でもないよぉ」と笑って答え
ていました。その横で、「これ、すっごく美味しいの」と鏡を見ていた子が先に食べています。
「こら、サユ、ちょっと待ち」と怒鳴られていました。仲の良さそうな三人です。

三人はお喋りしながら、マンゴープリンを食べていました。なかでもエリちゃんはすごく美味し
そうに食べていました。グラス(のようなお皿)冥利に尽きます。
途中、後ろのほうから視線を感じたので振り返ってみると、衣川サンが少し困った顔をしてい
ました。どうしたんだろうと不思議に思っていると、すぐに衣川サンは笑顔になったので、大し
た事じゃなかったのかな?

女の子達が帰ったあと、ワタシは初めて衣川サンに洗われました。バイトのお姉さんが、私が
やりますからと言っても、偶には洗物したくなるのよと譲りませんでした。先に三皿が洗われて、
最後にワタシが洗われました。洗剤でピカピカになっていくのは気持ちのいいもんです。ワタシ
は目を瞑ってとてもご機嫌でした。
……それにしても今日はヤケに長いなぁと思い、目を開けてみました。泡がジャマしてよく見え
ませんでしたが、衣川サンが悲しそうな顔をしていました。
ワタシは何か見てはいけないものを見てしまったような気がして、咄嗟に目を伏せました――


その時の表情と、同じなのです。

17 名前:14 硝子の少女 投稿日:2004/06/21(月) 22:34
衣川サンはワタシの一欠片を撫で、何かを呟きました。ワタシの目には、ゴメンネの口の形を
しているように思えました。しかし、何故謝られるのか分りません。
ワタシが粉々になったからでしょうか? そうならば、ワタシは逆に嬉しく思います。
やがて店員さんが箒と塵取を持って来ました。衣川サンはワタシを丁寧に掃き、そっとゴミ袋
の中に入れました。これまでありがとうございました。ワタシは声にならない声で言いました。

ワタシは役目を終え、捨てられました。前にもワタシはこうして捨てられた気がします。
次はどうなるんだろう……、ワタシはそっと目を閉じました。


その後、ワタシは色々な物になりました。まず、家の窓ガラスになりました。新築の家だそうで、
お父さんやお母さん、お兄さんそして妹さんが仲むつまじく暮らしていました。
ワタシはご家族の幸せのために一生懸命働きました。雨風を防いだり、外の景色(春には満
開の桜が見えました)を映したり、それはもう色々です。

しかし、半年ほど経ったある昼のこと、ご家族もみんな外出していて、ワタシがぼーっとしてい
ると、腰の辺りにヘンな違和感を感じました。どうしたんだろうと思って見てみると、ガムテー
プが貼られていて、今正に知らない人がワタシを叩き割ろうとしていたところでした。
ワタシは、あまりにも無力でした。こんな最後になってしまうなんて……。ワタシは申し訳無さ
でいっぱいでした。
18 名前:14 硝子の少女 投稿日:2004/06/21(月) 22:35
次に目が覚めると、ワタシはアヒルの硝子細工として店頭で売られていました。その右横には
ライオンの、左横にはお姫様の硝子細工がいました。話し掛けてみたいなーと思いましたが、
ライオンは恐そうだし、お姫様は自分の世界に没頭してそうだったので止めました。

ワタシはそこでとある男の人に買われ、その後女の人に贈られました。
机の上の、写真立て(その中には、あの男の人と彼女が浜辺で仲良く座っている写真が入っ
ていました)の横に置かれました。さすがに働くことは出来ませんでしたが、お二人の幸せを
陰ながら応援していました。

残念なことに、お二人の愛は半年程度で終ってしまいました。ワタシは彼女に連れられ、ドライ
ブに出かけました。行き先は浜辺でした。お二人が初めて出会った場所でした。
彼女はワタシを掴むと、海の中に投げ捨てようと振り被りました。しかしまだ男の人のことを諦
め切れないのか、そのまま停止してしまいました。彼女の目から一粒の涙が零れ落ちます。
ワタシは彼女に話し掛けてみました。絵里のことなんか捨てちゃって、新しい男の人に、もっと
良い物買ってもらって下さい。彼女はワタシの声が聞えたのか、うんと頷くと、ワタシを思いっ
きり投げ捨てました。ざっぶーん。

あぁ、もうこれで絵里は終っちゃうんだろうなと思いましたが、仕方がありません。
ワタシは引潮に乗ってどんどんと沖へと流されていきました。海底は暗く濁り、何も見えません。


ワタシは静かに目を閉じました。もう目覚めることもないでしょう――。

19 名前:14 硝子の少女 投稿日:2004/06/21(月) 22:35




≪ドックン、ドックン、ドックン≫


何かが流れるような震動を感じ、ワタシは目を開きました。
真っ暗で、何も見えませんでした。目を閉じて寝ようとしましたが、どんなに頑張っても閉じるこ
とは出来ませんでした。

≪ドックン、ドックン、ドックン≫

ワタシはこの震動を感じたことがある、ふとそう思いました。なんだか懐かしい気がする……。

≪ドックン、ドックン、ドックン≫

ワタシは自分が何になったのかを調べてみました。どうやら今回は固体ではなく、九十九パー
セントがお水で出来ているようです。わずかな繊維成分を含んでいるため、ゲル状を呈してい
ます。辺りは球状の壁(と言うよりも膜)に包まれていて、一部分だけ硝子のようになっていま
す。しかし、それはワタシではありませんでした。

と、その硝子のような所から、うっすらと光が射し始めました。目を凝らしてみたものの、何か
が邪魔をしているのか、あまりよく見えません。そして先程までとはまた違った、何かヘンな震
動を下のほうから感じます。空気が動いているような震動と、何やら乾いた震動です。

不意に光が遮られました。が、それはすぐに元に戻り、また先程よりもよく見えているようにな
っていました。硝子のような所から送られてくる映像は、輪郭はイマイチはっきりしないものの、
色の変化が顕著でした。てくてくてくてくという振動もするので、おそらく移動しているのでしょう。

また光が遮られました。今度は完全に遮断されていて、真っ暗になりました。そして、今度はお
水でも浴びているかのような震動を感じました。

光が射し込み、映像が入ってきました。

目の前にはとてもカワイイ女の子が居ました。
黒い髪の毛は寝癖がついて、ピコピコ跳ねています。
女の子は頬っぺたをムギュッと摘んでみたり、アヒル口になったり、顎をペチペチと叩いたりし
たあと、不思議そうな顔をしました。


どうやら、ワタシはあと六、七十年、目を開け続けなければならないようです。

20 名前:14 硝子の少女 投稿日:2004/06/21(月) 22:36
おしまい
21 名前:14 硝子の少女 投稿日:2004/06/21(月) 22:36
 | 〜♪〜♪
22 名前:14 硝子の少女 投稿日:2004/06/21(月) 22:36
 |<ステー
23 名前:14 硝子の少女 投稿日:2004/06/21(月) 22:36
 |^) <ウィーズ
24 名前:14 硝子の少女 投稿日:2004/06/21(月) 22:37
 |*^ー^) <ミー♪
25 名前:14 硝子の少女 投稿日:2004/06/21(月) 22:37
 | ノノ;^ー^)Σ   ガラスノショーネンジーダーイノー♪>(^ー^*从
26 名前:Max 投稿日:Over Max Thread
このスレッドは最大記事数を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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