9 三角プリズム

1 名前:9 三角プリズム 投稿日:2004/06/20(日) 16:13
9 三角プリズム
2 名前:9 三角プリズム 投稿日:2004/06/20(日) 16:14
二人の間をボールが行ったり来たり。
ボールを打つ音と、シューズが床に擦れる音が響く。

ほんの1時間ほど前までは、大勢の人がいて、喧騒に包まれていたこの空間も、今は私とさゆだけのもの。
たった二人だけの体育館は、妙にツンとした空気が漂っていた。

「今日は、もうやめよっか」

シャツの袖で額の汗をぬぐい、私は言った。

「うん」

私の真似をして、汗をぬぐい、さゆは答えた。
コートの隅に脱ぎ捨てたジャージを肩に、ボールは右手で抱いて、私達は倉庫に向かった。

「さゆさ、もうちょっと両手、しぼった方がいいんじゃない?」

ボールを籠に投げ入れ、倉庫の鍵を閉めながら私は言った。
さゆはすぐに「こんな感じ?」と私の前で両手を組んだ。

「うん、もうちょっとこうかな」

さゆの両肘をぐっと押した。

「疲れてくるとさ、どうしても広がってくるから」
「うん、わかった。ありがと、れいな」
3 名前:9 三角プリズム 投稿日:2004/06/20(日) 16:15
私とさゆが、こうして部活の後に居残り練習を始めたのは、いつからだろう。
さゆは、昔から運動神経がよくない子だった。
逆に私は運動神経がよかったから、小学生の時からいろんなスポーツをやるたびに、いつも私が教えていた。
もちろん、それは二人で入ったバレー部でも同じことで。
私はさゆの先生みたいなものだった。

「れいなと二人でレギュラーなりたいね」

さゆは、それを口癖のように言ってきた。

「うん、絶対一緒に試合に出ようね。約束だよ」

その度に、私達はゆびきりをした。
それが、私とさゆの原動力であったし、さゆがいたから私もつらい練習に耐えていけた。
もちろん、さゆもそれは同じだったと私は思っていた。

一年間は。そう、一年間だけは……
4 名前:9 三角プリズム 投稿日:2004/06/20(日) 16:15
その関係が崩れるのは、意外にあっけなかった。
中学二年生になってから、さゆの身長が伸びた。
どんどん、どんどん。
最初は気にならなかったけど、そのうちさゆを見上げている自分がいた。

もちろん、それはバレーにも影響しないわけはなくて。
同じことをするにしても、体が小さいことは大きなハンディで。
同じ力でサーブを打っても、手の長いさゆの方が早くて。
同じだけ飛んでも、さゆの方が断然高くて。

でも、さゆは変わらず私と一緒に居残り練習をした。
変わらず私の言うとおりに練習していた。
5 名前:9 三角プリズム 投稿日:2004/06/20(日) 16:16
そして、その日はやってきた。
秋の大会に向けてのレギュラー発表。

3年生が抜けてから、初めての公式戦。
3年生がいたときから、常にベンチに入っていた私は、当然自分が選ばれるものだと思っていた。

先生が一人ずつ名前を読み上げる。
真っ先に呼ばれたのは、さゆ。
本人は驚いた顔をしてたけど、さゆは選ばれるんじゃないかなと私は思っていた。
3年生が抜けた今、一番背が高いのはさゆだったから。

「やった、れいな、これで約束守れるね」

さゆは笑顔でそう言った。
私が選ばれるのが当然のように。
私もそう思ってた。
6 名前:9 三角プリズム 投稿日:2004/06/20(日) 16:16
だけど、だけど、私が呼ばれたのは8番目で。
いつもの位置に私はいた。

レギュラー組がコートに散る。
さゆは、私に何か言いたげだったけど、私は逃げるようにコートから出た。
フォーメーションとサイン練習が行われている中、私はコートの外でボールを集めていた。
さゆが打ったボール。
さゆがミスしたボール。
私はそれを両手に抱え、運んでいた。

嫌でもさゆに目がいく自分がいて、そして、さゆのミスを喜ぶ自分がいた。
最低だった。
本当に。本当に最低な奴だった。


7 名前:9 三角プリズム 投稿日:2004/06/20(日) 16:17
練習が終わり、コートをモップがけしていると、さゆが私のところにやってきた。

「さゆは、いいよね」

私はさゆが何か言う前に、口を開いた。

「私と同じ練習してるのにさ。レギュラーになれて。そうよね、体、おっきいもんね。れいなは、チビだもんね」

さゆは大きな目を開いて、私を見ていた。
私は尚も続けた。

「ざまぁみろって思ってるでしょ?そうだよね、あれだけ偉そうに自分に教えてた奴が、控えだもんね」
「れいな!」

さゆが叫ぶ。
私は俯いた。
さゆの目を見れなかった。
他の部員も私とさゆのやり取りに気付いたようで、みんな手を止め、私達を見ていた。

「私、帰る」

私はモップから手を放し、逃げるように体育館を出た。
後ろから自分を呼ぶ声が聞こえたが、無視して走った。
8 名前:9 三角プリズム 投稿日:2004/06/20(日) 16:17


神様は、不公平だ。
れいなも、さゆと同じだけ練習したのに。
不公平だ。
どうして私の背は伸びないの?
どうしてさゆだけなの!

私は走った。やたらめったらに走った。
9 名前:9 三角プリズム 投稿日:2004/06/20(日) 16:21
「田中、どうしたの?廊下を走っちゃ駄目でしょ」

ゆっくりとした声だけど、はっきりと届く声。
私は足を止めた。

「は、はい。すいません……」

3年の石川先輩。
私の家の近所に住んでいる、この学校の生徒会長。

「何かあった?」
「え?」
「だってさ、シューズ履いたままだよ?ジャージのままだし……それに……目…」

その言葉に私は、目元をこする。
濡れていた。
私は泣いていた。
そして、それを自覚すると、余計に涙が止まらなくなった。

「よかったら、私に話してみない?」

石川先輩はそう言って、私の肩を抱き、生徒会室に連れて行った。
10 名前:9 三角プリズム 投稿日:2004/06/20(日) 16:22
誰もいない生徒会室。
夕暮れ時で、閉められたカーテンは真っ赤に染まっていた。
机の上に散らかったプリントを、手早く片付ける石川先輩。
私はその机に向かい合うように座った。

座ってから、石川先輩は黙っていた。
私が話し始めるのを待っているようで。

私が、ゆっくりと今日のことを話す。
石川先輩は何も言わず、聞いてくれた。
私を怒ることもせず、私を励ますこともせず、淡々と頷いて聞いているだけだった。

全てを話し終わっても、石川先輩はしばらく何も言わなかった。
静寂に包まれた生徒会室で、いつからか外で響くボン、ボンという鈍い音が規則正しく、耳に入ってきた。
11 名前:9 三角プリズム 投稿日:2004/06/20(日) 16:22
「田中さ、これ知ってる?」

石川先輩は、透明な三角形を私の前に出した。
きらきら光るそれは綺麗で。
私はしばし、それに見とれていた。

「これはさ、プリズムって言って、ガラスなんだけどさ。
こうして光を当てるとね…」

そう前置きして、石川先輩は机の引き出しから取り出したライトをそれに当てる。
すると、虹が私の前に広がった。
赤、青、黄、緑…
七色の光が、真っ白な机の上に広がった。

感動。
いや、それ以上。
私は、ただただ、見とれていた。
プリズムという不思議なものと、それが放つ七色の光を。

「分散っていうんだって。こういうの。私も難しいことわかんないんだけど」

石川先輩が光を止めた。
七色の光はすぐに消える。
プリズムは変わらずきらきらと光ったままだった。
12 名前:9 三角プリズム 投稿日:2004/06/20(日) 16:23
「光ってさ、こうやっていろんな色の光が合わさって出来てるんだよ?普段、見ててもわかんないけどさ。でも、本当はそうなんだよ。
人もそうじゃないのかな?目に見えてるものだけじゃなくって、本当はいろんなことがその中に隠れてるんじゃないのかな?」

意味はわかった。
でも、意図がわからなかった。
なぜ石川先輩が私にそんな話をしているのか、私にはわからなかった。

「私さ…」

石川先輩が立ち上がり、窓の方へとゆっくり歩いた。

「私は、ずっと生徒会で遅かったから、知ってるんだけどさ……
道重さ、毎日あなたと別れてからも、練習してたんだよ?
一人で。田中の足を引っ張りたくないからって。田中の練習相手になれるようにって」

突然の話に、私の脳はそれを処理するために時間を要した。
13 名前:9 三角プリズム 投稿日:2004/06/20(日) 16:24

「ほら、見て」

石川先輩はカーテンを開ける。
窓から覗く先には、さゆがボールを校舎にぶつけていた。
ボン、ボンと鈍い音を立てながら。

「バカ……さゆ……もう……あんた、バカすぎだよ……」

私は言った。

「ほら、道重もあなたを待ってるんだよ」
「はい……ありがとうございます」
「いいから、行ってあげなきゃ」
「はい!」

窓を開け、私はそこから飛び出した。
それから、さゆに向かって叫んだ。

「さゆ、ごめん!私、絶対レギュラーなるから!」
14 名前:9 三角プリズム 投稿日:2004/06/20(日) 16:25
プリンセス
15 名前:9 三角プリズム 投稿日:2004/06/20(日) 16:25
さゆ
16 名前:9 三角プリズム 投稿日:2004/06/20(日) 16:26
从*・ 。.・从
17 名前:9 三角プリズム 投稿日:2004/06/20(日) 16:26
18 名前:9 三角プリズム 投稿日:2004/06/20(日) 16:26
19 名前:9 三角プリズム 投稿日:2004/06/20(日) 16:26

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