8 サ店ユニゾン

1 名前:8 サ店ユニゾン 投稿日:2004/06/20(日) 01:47
8 サ店ユニゾン
2 名前:8 サ店ユニゾン 投稿日:2004/06/20(日) 01:47
目には見えない力の存在を信じる?
3 名前:8 サ店ユニゾン 投稿日:2004/06/20(日) 01:47
昔さ、ほんと小さい頃にね、好きなコがいたんだよね。
すっごいカッコいいコでさぁ、もーなんつーか、みんなのアイドル?
まあ、もちろん、ちっちゃい頃だからね、
コクったり付き合ったりチューしたり〜、なぁーんて考えまではいかないんだけど。
両思いだったよ、いっつもラブラブって感じ。
でもそのコといる時いっつもさ、なんでか知んないけど、ヘンなことが起こるんだよね。
割れるの。
コップとか、空き瓶とか、窓とか、ビー玉とか。
ほんと、なぁーんでだか知んないんだけど、触ってもないのにビシビシビシーって、ひびとか入っちゃってさー。
最初は、適当なこと言って誤魔化してたんだけどね、
やっぱさー、そう何回も何回も続くとおかしいって思うじゃん?
ある日ね、そのコ、ガタガタ震えて泣き出しちゃってね。
『こっち来ないで、怖い…』とか言って、バケモノでも見てるような顔でさぁ。
それでジ・エンド。
もーほんと、あれ、ちょーショックだったなぁー。
あん時から、決めてたんだよね、もう誰も好きになんかならないって。
…え?何?
ああ、お茶碗とか湯呑みとか皿とか大丈夫なんだよね、なぜか。
あ、あとすりガラスとか。ギリギリせーふ。
うん、割れるのは透明のガラスだけ。
…ん?さあ?知らないよ、そんなの。
4 名前:8 サ店ユニゾン 投稿日:2004/06/20(日) 01:48
なんでだろ。怖いよね。ヘンだよね。
多分、あれだよ、透けちゃうんだろうね。
何って…、
心が、だよ。

で、あのね……
5 名前:8 サ店ユニゾン 投稿日:2004/06/20(日) 01:48
と、言いかけたところで車から降ろされた。
運転手はご丁寧に『馬鹿にすんなっ、このヤリマン!』と捨て台詞まで吐いた。
げっ、なによ、なんだよ、てめー。
何でもオレに話してくれ、っつったじゃん。まじムカつく。
まだ、話の途中だったのに…。
美貴は感情の赴くまま眉間に力を込め、小さくなっていくテールランプをきつく睨んだ。
付き合い始めて三ヵ月半。
多分、これで終わりな気がする。
結局、『お前のために買った』らしい彼の新車の窓ガラスは、一度たりとも割れなかった。

もう、底が見えたのだと思う。
不可思議な力の小さな泉は、年齢という太陽に照らされ、焼かれ、じりじりと焦がされ、そしてとうとう枯れてしまったのだと思う。
『”それ”は歳とともに少しずつ衰えるからね、大丈夫、何も心配しなくていいのよ』
母はそう言って笑っていた。
だけど、美貴は困惑していた。
自分の心を測る物差しが、少しずつ短くなっていくことが不安だった。
6 名前:8 サ店ユニゾン 投稿日:2004/06/20(日) 01:48
「ちくしょー…」
深く息を吐く。内臓さえ押し出しそうなほどに、深く深く。
「ヤリマンじゃないもん…」
言ったじゃん。もう誰も好きになんかならないって。
割れても割れなくても。
もういいや。これでいい。
やっぱり、この人も違かった。

車が去っていった方に背を向け、美貴は勢いよく歩き出した。
アスファルトを踏みにじりながら、大股で駅に向かう。
ここから、そう遠くないはず。
スカートの裾が翻る。
へんぴな場所に降ろされなかっただけ、関係はマシだったと考える。
少しだけ、お腹が空いた。
7 名前:8 サ店ユニゾン 投稿日:2004/06/20(日) 01:49
◇ ◇ ◇

駅前の五階建てのビルの入り口に、小さなホワイトボードが見えた。
本日のランチ、きのこカレー+ドリンク、焼肉ピラフ+ドリンク……、
そこに書かれた文字を口の中で読みながら、あまり見栄えのよくない、小さな喫茶店のドアを開ける。
店内は驚くほど空いていた。というより、客は美貴の他に誰もいないようだった。
やはり、向かい側の小洒落たカフェにしなくて正解だったと、ひとり頷く。
土曜のランチタイムに落ち着いて食事をするには、切り捨てなければならないものがあるのだ。
8 名前:8 サ店ユニゾン 投稿日:2004/06/20(日) 01:49
美貴は一番奥の四人がけの席に陣取った。
すると、カウンターの奥から、店員と思われる女が弾けたように飛び出して来た。
「いらっしゃいませ!ようこそ!カフェミレドへ!」
これまた弾けたような笑顔と、弾けたデザインな黄色エプロンが眩しい。
その雰囲気に同調するように、ショートボブの左側の毛先がぴょんと跳ねていた。
「ご注文はお決まりですか?」
女はニコニコ〜とやって伝票を構える。
「んーっと、焼肉ピラフ」
「はい、お飲み物は何になさいますか?」
「アイスレモンティー」
「はい、当カフェミレドは独自の栽培法で育った豆からさらにマスターが厳選し、さらにさらに独自の方法で香りたか〜くドリップしておりますので、どのコーヒーも他店では味わえない深みのある味わいをお楽しみいただけますよ」
「え…」
女が一気にまくしたてたので、美貴は一瞬何が起こったのかわからなかった。
「……いや、アイスレモンティーだってば」
「うちの店、コーヒーがちょーおいしいんだよぉ。なっちのおすすめはブルーマウンテンっ」
「え…」
何、この店…。っていうか、この人…。
美貴は溜息をつく。
「じゃ…、ブルーマウンテン…」
「はい、かしこまりましたー!」
女は踵を返し、踊るようなステップでカウンターの奥へと戻って行った。
なるほど。それで、ね。
納得しながら、ガランとしている店内を見まわす。
ちょっと、おかしな人なんだろう。
でも、もういいや。めんどくせーから。
9 名前:8 サ店ユニゾン 投稿日:2004/06/20(日) 01:50
美貴は頬杖をついて窓の外を見た。
降りしきる太陽。夏の日差しは見るからに暑い。
眩しさに目を細めた時、後頭部から声が飛んできた。
「ごめん!」
なにが?
と、振り向くと、丁度胸の名札が目に入る。
安倍…っと。
「今日焼肉ピラフ切らしてたんだった」
少し目線を上げると、先ほどの店員が悪戯っぽく舌を出していた。
彼女は「カレーでいい?」とウインクして顔の前に手刀を立てる。
「きのこ?」
と美貴が訊くと、
「ククレ」
と返ってきた。悪びれる様子もなく、「甘口でいい?えへっ」なんて言っている。
いささか、腹がたった。
このやろう…。
ちょっとばかりムっとして、泣く子も黙る目力できつく睨む。……瞬間、

カシャン。

なぜか背中の方から、甲高い悲鳴が聞こえた。
10 名前:8 サ店ユニゾン 投稿日:2004/06/20(日) 01:50
◇ ◇ ◇

「ね、どうよ?」
彼女は挑むようにこちらを覗き込んだ。その瞳は、自信ありげな黒色。
美貴はキリマンジャロを一口すする。
「あ…」
確かに。
「おいしい…です」
苦笑しながら呟いた。
彼女は、心底嬉しそうにはしゃぐ。
「でっしょー?だよねー、こっちも捨てがたいっしょ?おいしいよね〜。藤本ならそう言うと思ったんだぁ」

美貴は、ここ二週間ほど、毎日、自慢のグァテマラやら特選のモカマタリやらを口に運んでいる。
弁償代のつもりで通うことにしたこの『カフェミレド』は、
料理こそ色んな意味でひどいものの、コーヒーはおいしいらしかった。
美貴にとっては、ひたすら苦ったらしいばかりなのだが、まあ、缶やインスタントよりマシなことぐらいはわかった。
11 名前:8 サ店ユニゾン 投稿日:2004/06/20(日) 01:50
すっかり指定席となったこの場所から、いつものようにボンヤリ外の風景を眺める。
あの時割れた窓ガラスは、いまだ修理されておらず、ビニールとガムテープがその隙間を埋めていた。
経営、苦しいのかな、この店…。だよね、客いないし…。
そう思うと暗い気持ちになる。
悪かったな…、
あんまし気が進まないけど、ゴハンも頼もう…。

「安倍さーん!焼肉ピラフ、今日はありますかー?」
カウンターの奥に見える小さな厨房へ声を掛ける。
「あ、ごめーん」
と、洗い物をしていた彼女が、パタパタという足音と共にやって来た。
「今日もないんだ」
「えー…?またですか?っていうか、最初から用意するつもりないでしょ?」
だったらメニューに書くなよ、信じらんない、意味わかんないし…、
などとブツクサやっている横で、彼女は思い出したようにポンっと手を打った。
「そーだ、藤本、シチュー好き?クリームの」
ちょーおいしいよぉ〜、昨日晩ごはんに作ったんだけどぉ〜、作りすぎちゃってさぁ。
極上の笑顔で言われたので、むげに断れない。
「好き、…かも」
美貴は、少々引き攣り気味の笑いを返す。
「じゃ、ちょっと待っててね、あっためるから」
彼女は、慌しく厨房に戻っていった。
12 名前:8 サ店ユニゾン 投稿日:2004/06/20(日) 01:51
窓の外では、ジージーと蝉がないていた。
目も眩むような、強い日差しと照り返しが、ガラスの向こうでトグロを巻いていた。
一瞥して、がっくりと肩を落とす。
こ、こんな日にシチュー…。しかも、クリーム…。
あつい、あづい…。っていうか、てめーの晩飯かよ。
もー、マジ、変な人…。
でも、変な人で助かったと、美貴は思う。
そうめんとか冷麺とかじゃなくてよかった。アイスとかカキ氷とか言われなくてよかった。
冷たい食べ物や飲み物は注文できない。ガラスの器に盛られる可能性がある。
窓であれば多少の言い訳はきく。だけど、それ以外は遠ざけなければならない。
怖いから。
存在し得ないバケモノのように見られるのが。
怖いから。
13 名前:8 サ店ユニゾン 投稿日:2004/06/20(日) 01:51
「おかーさんから習った特製シチューだべさ〜」
呑気な声が聴こえる。呑気だけど、どこか弾んだ声。

おかーさん、ね。
厨房で動く彼女の後ろ姿を見ながら、
美貴は、自分の母が台所に立つ姿を思い出していた。
しかし彼女の背中は、母とは重ならない。
何故か。
そう、例えば、
あの皿が、シチューを盛られて、食器棚からテーブルへのルートを辿るとすると……。
私のおかーさんなら、指先をちょいと動かすだけの造作もない作業。
目の前の彼女は、「あちち、ぎゃ、こぼしちゃった」なんて大騒動。
やっぱり違うんだよな。私たち親子と、普通の人とは。
本やテレビではありふれているけれど、
誰も信じないくらいありえない、母と私の持ち物。
美貴は溜息をついた。
14 名前:8 サ店ユニゾン 投稿日:2004/06/20(日) 01:51
美貴の母は、いわゆる超能力者であった。しかも、おそろしく強大な。
予知能力めいたものも持っていたし、数十センチ程度なら瞬間移動さえできるほどであった。
特に突出していたのは、念じるだけで物を動かす力。
そして、『家事が楽でいいわよ〜』なんてほがらかに笑う人であった。
こういう力に、遺伝が作用するのかは計りかねるが、美貴にも、不可思議な力の遺産は受け継がれていた。
ただ、美貴のそれはとても弱く、自らの意思でどうこうできるレベルではなかった。
ひどく動揺したとき、ひどく高揚したとき、ひどく、ドキドキしたとき…、
特に、恋のときめきに引っぱられて、現れる。
どういうわけか、透明なガラスの上にだけ。
15 名前:8 サ店ユニゾン 投稿日:2004/06/20(日) 01:52
怖がられたら困る。怖い。
でも、確かめたい。なぜ、あの時、窓ガラスは割れたのか。
私の中に、”それ”はまだあるの?
ミキ、あの人に惚れちゃったの?
彼女の顔を盗み見る。
まさか。
確かに、悪い人ではないけれど。
顔も、実はかなりかわいいんだけど。
何だかんだいって、喋ってると楽しいけど。
こんなすっとぼけたカマトト女に、惚れてるはず、ないと思う…。

二週間通い詰めては見たものの、あれから何も起こらない。
どうやら筋金入りのドジ娘であるらしい彼女が、洗い物の途中にコーヒーカップを落っことしたくらいで、何も割れない。
見当違いか?
車が小石でも跳ねたか?勢い余った馬鹿な鳥がぶつかりでもしたのか?
16 名前:8 サ店ユニゾン 投稿日:2004/06/20(日) 01:52
「おまたせ〜」
「あ、どーも」

しかめっ面でシチューを口に運ぶ。
んー…、イマイチ味がわかんない。っていうか熱い。
……熱いじゃん、熱いし!
「あぢぢっ」
アツアツを無造作に放り込んだのがいけなかった。
シチューが口の中で跳ね回る。
美貴は慌てる。
吐き出すわけにも行かず、かといって留めておくのも無理。
「水!」
流し込むしかない。
痛い痛い。
「水下さいよ、安倍さん!突っ立ってないで!」
思わずちょっと怒鳴ってしまい、それから気が付いた。
彼女はためらっていた。そして、表情は泣き出しそうに歪んでいた。
17 名前:8 サ店ユニゾン 投稿日:2004/06/20(日) 01:53
「いったー…」
呟きながらべろんと舌を出す。
なんとか飲み込んだものの、ヒリヒリとした痛みが、口の中を這い回っていた。
仕方がない。
立ちすくんでいる彼女の脇をすり抜けて、自ら厨房に向かう。
手近にあったグラスを掴み、水を汲んで飲み干した。
グラスは、割れなかった。
ふーっと息をついて、振り返る。
カウンターに並ぶサイフォン越しに、彼女を見た。……瞬間、

カシャン。

サイフォンが、二つほど綺麗に崩れた。
思わず目を見開いてしまう。
様々な感情が、彼女の顔に浮かんでいた。
戸惑い、ためらい、困惑、そして恐怖。
出口の見えない悩みに怯えているような、痛ましい表情だった。

そういえば…。
ふと、思いついた。
ミキ、この店でお水飲むの、初めてだ…。
18 名前:8 サ店ユニゾン 投稿日:2004/06/20(日) 01:53
◇ ◇ ◇

何故、この店は最初に水を持ってこない?
何故、この人はアイスレモンティーを断った?
何故、辛いものや喉の渇きそうな食べ物を出そうとしなかった?
何故、彼女は……。
疑問は尽きない。
でも、今思えば、天然ボケで誤魔化されていた真実。
誤魔化せてないボケも、あったみたいだけど…。

バラバラのピースが、形を成していく。
ぐちゃぐちゃに絡んだ糸が、あっさりと解けていく。
雲の切れ間に覗いた太陽の光のように、明るく浮かび上がる答え。

「どうして…?」
なんて訊いてみたけど、実はなんとなくわかってる。
もしかして。ホントもしかしてなんだけど。ありえないけど。可能性は限りなく低いけど。
なんとなく、そんな気がする。
野生の勘っていうか、女の勘っていうか、
同じモノを持つ者同士の、共感、連帯感。
多分、あたしと、同じ…………。
19 名前:8 サ店ユニゾン 投稿日:2004/06/20(日) 01:54
「どういうこと、ですか…?」
質問に、彼女は少しおどけた仕草を返す。
「……目には見えない力の存在を信じる?」
なんでだろ。怖いよね。ヘンだよね。
多分、あれだよ、透けちゃうんだろうね。
何って…、
心が、だよ。

で、あのね……、

「好きになっちゃったんだ、あなたのこと」

不覚にも、少し、
少しだけ、ドキドキした。

カシャン。

その証拠に、手の中のガラスが、砕けてこぼれた。
20 名前:8 サ店ユニゾン 投稿日:2004/06/20(日) 01:54
終わり
21 名前:8 サ店ユニゾン 投稿日:2004/06/20(日) 01:55
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22 名前:8 サ店ユニゾン 投稿日:2004/06/20(日) 01:55
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23 名前:8 サ店ユニゾン 投稿日:2004/06/20(日) 01:55
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24 名前:8 サ店ユニゾン 投稿日:2004/06/20(日) 01:55
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25 名前:8 サ店ユニゾン 投稿日:2004/06/20(日) 01:55
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26 名前:Max 投稿日:Over Max Thread
このスレッドは最大記事数を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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