6 私達硝子はこうして一生を終えるのです
- 1 名前:6 私達硝子はこうして一生を終えるのです 投稿日:2004/06/19(土) 20:06
- 6 私達硝子はこうして一生を終えるのです
- 2 名前:6 私達硝子はこうして一生を終えるのです 投稿日:2004/06/19(土) 20:07
- 1.生成
先生は良く言う。動脈注射と鼻から吸引するのが一番不可ない。経口摂取もまずまず不可ない。と。
しかし、そう言われるとむずむずとやってみたくなるのが人というモノで、
私は短く切ったストローを鼻に突き刺して、その薬包紙の上に広がる破片を、思い切って吸引した。
先生は驚いて止せ止せと言って私の頭を激しく打ち付けたが、時は既に遅く。
鼻から頭に抜けるツンとした痛み、まるで水中でターンして鼻の穴に水が勢いよく入った時のような痛み、の、
掛けることの100倍の痛み、それが私の中を駆け巡った。一瞬、草原が見えた。
そして、その草原はチカチカとざわめいた。
私は目を見開く。先生はギョッとした顔のまま私を見つめている。私は言う。
「お水を」
先生はハッとしたような感じで、慌てて傍にあった急須の先を、
私の鼻の穴に突き立てた。そしてやや熱いお茶は私の鼻の穴に。また私は草原を見た。
今度は薄ぼんやりとしていた。チラチラとした怒りを感じた。
鼻汁と涎をダラダラと垂らしながら、むせる私に先生は言った。
「鼻から吸引するのが一番不可ない」
私の右手は自然、その薬包紙に広がった硝子の破片を取り、先生の大きな鼻の穴へと投与していた。
- 3 名前:6 私達硝子はこうして一生を終えるのです 投稿日:2004/06/19(土) 20:07
- 2.加工
あついのれすあついのれすと叫ぶ先生の声で目が覚めた。もうっとした熱気が立ち込めている。
先生の周りは殊に暑いようで、陽炎で揺らいで見える。先生は長い棒を持っている。
棒の先にはおそらく硝子の溶けたモノであろう塊がついている。先生はそれをぶるぶると振り回す。
危ない危ないと私がいくら言っても、先生は聞く耳をもたず、あついのれすあついのれすと連呼する。
22偏ほどその応答を繰り返すと、棒を持ってる先生の右手が燃え始めた。
矢張り先生は、あついのれすあつのれすと繰り返して、それを全く離そうとしない。
もうお止しになったらいかがですかと言ったら、先生はふいに真面目な顔になって言った。
「なきっつらにはちとはこのことれす」
先生は燃え盛る右手を気にする風でもなく、棒の先に口をつけてその先にある硝子をふくらませ始めた。
最初は思い切り、力強く、膨らんで来たら棒を回して形を整えつつ、優しく、息を吹き込んで。
先生の右手が完全に炭になってしまう頃には、長身である私の背丈を越えるぐらいの、
バカに大きな硝子の球体が出来上がった。私はこれを一体どうされるんですか、と尋ねた。
先生は血走った目で涎を垂らしながら、こうするのれすと言って、それを舐めまわした。
私は500円を握りしめて、丁度やって来たトラックへ、先生のために、新しい右手を買いに走った。
- 4 名前:6 私達硝子はこうして一生を終えるのです 投稿日:2004/06/19(土) 20:08
- 3.促進
寄ってらっしゃい見てらっしゃい――騒がしい街の中で一際通る声を聞いた。
話には聞いていたが、バナナの叩き売りというものを初めてみた私は、一緒にいた先生を止めて、
一寸見て行きましょうと言った。先生はなんだか面倒臭いよな顔をして、
あんなのみてもおなかがふくれるわけでもなし、フユカイなだけなのれすと妙に力を込めて断言する。
こういう世間の活動を見て何か得るものがあるのではないでしょうかと訊くと、
そんなものはまったくないからアンシンするのれすと今までにないぐらい先生みたいな口をきく。
そしてまた歩き出そうとして、一寸立ち止まると、私の方を向いて言った。
あんなもの、せんせいのほうがよっぽどうまくできるのれす、と。
私はなんだか少し腹が立って、じゃあ実際にやって御覧なさいと言ってバナナの叩き売りを指差した。
先生はまずバナナの叩き売り業者の鳩尾を4度殴って気絶させた。
続けて、それではばななのたたきうりをはじめるのれすと大声で3度言った。
街を歩く人たちはなんだなんだと言いながら、徐々に集まり始める。
そこで先生はおもむろに一本のバナナの皮を剥く。またもう一本を剥く。そしてまた――。
そしてとうとうそこにある全てのバナナの皮を剥ききると深呼吸を始めた。
私をはじめ、そこに集まっている人は全て固唾を飲んで先生の行動を見守っている。
先生の動きが止まった。辺りに緊張が走る。と、先生はばなな、ばななはいかがれすかと言いながら、
バナナを片っ端から食べ始めた。そして全てを食べ終わると、バナナのたたきうりこれでおわりれすと言って、
私の横に戻って来た。先生がどうれしたかすごかったれしょうと尋ねてくるのを私は無視して、
この街の雑踏に紛れ込むべく駆け出した。
がらす、がらすざいくはいかがれすか――雑踏に紛れながら、先生のその声を聞いていると、
さっきのバナナのことが思い出されて、なんとなく私は背筋が寒くなるような気がした。
- 5 名前:6 私達硝子はこうして一生を終えるのです 投稿日:2004/06/19(土) 20:10
- 4.販売
先生はお金を持っていない。ゆえに私がいつもいつも先生のためにお金を工面している。
なのに先生は私の苦労を顧みず、いつもいつも食い物ばかりを買っては、
おなかがすいたのれすすいたのれすと子どもみたいな文句を言う。
私は先生にチクリと言ってみた。先生たまには何か身になるものを買ってはいかがですか、と。
すると先生はすこぶる不機嫌そうにあほかほげなすと言った。
私はなんだかとても申し訳ないことをしてしまったような心地がして、
いつもの3倍はある大きなビフテキを買って先生の家に行った。
家についてみると先生はもうすでに涎を垂らして鉄板を用意していた。
私はそこで気が付いた。そして先生あなたは誰ですかと尋ねる。
先生は一瞬身体をびくっとさせて俯きがちに、先生は先生れすと答える。
私はさらにお名前はなんとおっしゃいますかと追及する。
先生は、先生は辻希美れすと爆発する。
そこで私は言ってやる。やあ、あいぼん、髪の毛また薄くなったんじゃない、と。
先生は、もとい、先生の振りをしていた加護亜衣は、慌てながらも泣きじゃくる。
本物の先生は私と加護がそうしている間に勝手にビフテキを食べ始めている。
食べ終わった先生はどこから手に入れたものか、100円を取り出して机の上に置いた。
おつりはいらないのれすと言って書斎に下がる先生がいつもと違って都会的で格好良く思えた。
先生の後ろ姿の余韻を暫く襖に求めていると、加護がそれじゃおおきにと言い残して帰っていった。
私は何も言わなかった。一寸机に目をやると、先生が置いた100円は無くなっていた。
但し、それの代わりに涼しげな硝子の器が置いてあった。底にあいぼん専用と書いてある。
私はそれを手に取ると水を入れ、庭に出て犬のマロンを呼んだ。
マロンが嬉しそうに舌を出して駆け寄ってきたところに、その器の水を掛けてみた。
マロンはなんだか困ったような嬉しいような顔をして、クゥンクゥンと何度も鳴いた。
なんだかそれがひどく可笑しくて、私はアハハと声を挙げて笑った。
先生はそれを書斎からみてまた機嫌が悪くなったようだった。
- 6 名前:6 私達硝子はこうして一生を終えるのです 投稿日:2004/06/19(土) 20:11
- 5.使用
いいらさんいいらさんと私を呼ぶ先生の声で目が覚めた。先生は困った顔をしていた。
何ですかと尋ねると、らーじえっくすいこーるにじゅうごれすとたどたどしく言ってにこりと笑った。
先生はよく意味の分からないことを言う。そういう時私ははぁ、と返事するより他に仕方が無い。
先生は続ける。
「らーじわいはいくられすか」
私は矢張り良く意味が分からなかったので、1980円(税込)なら買いますと言った。
先生はますますにこにこと笑った。
「よくれきました」
そう言って、私に硝子製の中身入りの尿瓶を突き出した。少し臭った。
私がそれを一寸つき返すと、どういう加減だか、先生は派手に三回転した。
生は尿瓶の中に入っていた液体をざぶざぶとかぶって、むーんさるとれすとケタケタ笑っていた。
私はどうにも気の利いた返事を思いつきかねて、結構なことですとだけ言って席を外した。
先生のケタケタとした笑い声は表に出ても聞こえていた。
- 7 名前:6 私達硝子はこうして一生を終えるのです 投稿日:2004/06/19(土) 20:11
- 6.破壊
ぜんもんどうこそきゅうきょくのがくもんなのれすと先生は急にそんなことを言い出した。
私はそれはつまり具体的にはどういったところが究極なのでしょうかと尋ねた。
先生はちょっと口篭もって、そうれす、しんりれす、しんりにとうたつできるのれすと言った。
私は真理というものに実に精通していなかったので、更に先生真理とは何ですかと尋ねた。
しんりはしんりれす、かんじでかくといわゆるマリれすと先生は良く分からない事を言った。
私が押し黙っていると、先生は何か思い出したらしく、書斎の方で、ドカドカと探し物をしている。
私はふと先日のらーじえっくすはにじゅうごれす、らーじわいはいつられすか、という先生の問いかけは、
実は禅問答だったのだろうかと思い始めた。
しかしそれにしても解せない、そもそもらーじわいとは一体何なのだろうか、と思っていると、
先生がほこりまみれになりながら書斎から出てきた。手には分厚い辞書みたいなものを持っている。
なるほど辞書を探していたのか、と思い見てみると、先生がここれすここれすと言って指差す先には、
矢口真里、の文字があった。横の説明と思われる文章を読む。
「中澤との組み合わせ、”やぐちゅー”は人気があったが、最近は廃れてきている。
ただ、他のカップリングと同時に存在して話が進むおもしろさがある―――」
先生の顔を一寸見る。先生は実に満足そうに、そうれすマリれす、ヤグチマリれすと連呼している。
私はなんだか馬鹿みたいな気がして、その辞書を閉じた。そして先程の疑問を尋ねてみた。
先生、先日のらーじわいとは一体何のことなのでしょうか、と。先生は事も無げに、
そんなこといったおぼえはねーのれすと言って、急須から直接をお茶を飲んで、
あついのれすあついのれすとやっている。しかしそう言いながらもお茶を飲み続ける。
なんだかその光景はどこかで見たような気がする。私が先生右手の調子はいかがですかと訊くと、
先生はすこぶるかいちょうれすと言って、そこらへんに転がっていたあいぼん専用と書かれた、
涼しげな硝子の器を右手だけでこなごなに割って見せた。
私は自分で尋ねておきながら、良い挨拶が浮かばなかったので、また、それは結構なことです、
とだけ言って、その日は早々に先生の家を後にした。
- 8 名前:6 私達硝子はこうして一生を終えるのです 投稿日:2004/06/19(土) 20:13
- 7.回収
ガタンガタンと雨戸が揺れる音で目が覚めた。今日は風でも強いのだろうと思って、
放っておくと、どうやら定期的にガタンガタンと音がする。猫か何かだろうと思って雨戸を開けると、
大きな台車を牽いているのか、牽かれているのか、判然としない小柄な男が立っていた。
男は慇懃に朝早くにすみませんと言いながら、ずかずかと私の家に上がり込んできた。
お茶は無いんですか、お菓子はないんですか、お一人ですか、彼氏なんかはいるんですか、
昨日の夜は何をなさっていたんですかと続けざまにどうでもいい事を並べ立てられて、
私はいささか気分が悪くなった。自然、顔がこわばる。男はその気配を察したのか、
今日お伺いしたのは他でもありません、廃品回収です、とこれまたどうでもいい事を言う。
廃品ならばそこに死んでいるのら猫やら、アリやら、私が昨日殺した蚊でもなんでも、
勝手に持っていけばよろしかろうと言うと、男はそういう訳にも参りませんと言う。
何故と訊くと、それはお話出来ませんと言う。やはりちゃんとした許可が要りますと言う。
それならば許可するから、さっさと勝手に持って行け、2度と来るなと言うと、
男は言い難そうに、実は私はただの廃品回収ではなくて、不必要な人間を回収する者なんですと言う。
私は一瞬黙った後に、それは――と言おうとしたところ、男は遮るように御覧なさいと言って、
私を雨戸のところまで引っ張って行く。そして先程引いてきた台車の中を私に見せる。
中には手の無い者、足の無い者、目の無い者、鼻の無い者、耳の無い者、気の触れた者、
そこらに居る不具の者達を斬りつける目の血走った者――所謂、地獄というものが広がっていた。
私は、こんなことが許されるのかと尋ねると、男は仕方の無いことですと言った。
それならば私はあなたがいらないと言うと、男はそういうことをおっしゃっては聞き分けが無いと言って、
無理矢理にその台車の中へ押し込もうとする。私は抵抗したが、遂にはその中へ落とされてしまった。
その台車の中に落ちるとガシャンと物が割れる音がした。
見回すと周りはすべて壊れた硝子製品だった。私が回収されるのも最もだと思った。
台車の中から空を見上げるとどういうわけか先生が居た。手を差し伸べていた。
私はその手を掴んだ。先生に引っ張り挙げられる時に下を見ると、皆恨めしそうに私を見ていた。
私は、先生に助けて欲しくは無かったかもしれない。
- 9 名前:6 私達硝子はこうして一生を終えるのです 投稿日:2004/06/19(土) 20:14
- 8.消滅
薬包紙に包まれた硝子の破片を手にして、先生は私に同じ訓戒を何度も何度も垂れる。
動脈注射と鼻から吸引するのが一番不可ない。経口摂取もまずまず不可ない。と。
それでも矢張り不可ないと言われたことはやりたくなるのが人間の性というもので、
私は何度でも同じ過ちを繰り返す。鼻から破片を吸引する。その度に先生は、
止せ止せと言って私の頭を打ち付け、私が水を求めると、急須に残るほどほどに熱いお茶を、
私の鼻の穴に注入する。私はそんな先生の仕打ちに腹が立ち、先生の鼻の穴へ、硝子の破片を投与する。
そんなことを繰り返している内、私はあることに気が付いた。
私は先生に向かって、その悟りを打ち明ける。先生は鼻糞をほじくって食っている。
――先生、先生の鼻の穴へ投与された硝子たちは、そこで一生を終えるのではないですか。
――Yes,I did.
先生は頭を掻いて苦笑いをしながら、君はもう免許皆伝だと言った。
そして先生の鼻糞を手渡された。これが辻流免許皆伝の証、名付けてゴリラノハナクソだという。
その鼻糞を両手に乗せると、免許皆伝された喜びよりも、ただただ先生と別れる悲しさが込み上げて来た。
悲しくて悲しくてほろほろと涙を流す私の頬に、先生は顔を寄せた。
――飯田君、君のことはいつまでも忘れないよ。
次の瞬間、私は先生の鼻の穴にもの凄い勢いで吸い込まれていった。
そこにはもう悲しみは無く、ただ、次に生まれてくる時は、宝石でなくっても、
せめて道端に転がるただの石に生まれたいと思った。
- 10 名前:6 私達硝子はこうして一生を終えるのです 投稿日:2004/06/19(土) 20:14
- −了−
- 11 名前:6 私達硝子はこうして一生を終えるのです 投稿日:2004/06/19(土) 20:17
- ライク
- 12 名前:6 私達硝子はこうして一生を終えるのです 投稿日:2004/06/19(土) 20:17
- ア
- 13 名前:6 私達硝子はこうして一生を終えるのです 投稿日:2004/06/19(土) 20:17
- ローリング
- 14 名前:6 私達硝子はこうして一生を終えるのです 投稿日:2004/06/19(土) 20:18
- ストーン
- 15 名前:6 私達硝子はこうして一生を終えるのです 投稿日:2004/06/19(土) 20:20
- 川‘〜‘)||人(´D` )
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