5 ガラスの靴の謎

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 14:45
5 ガラスの靴の謎
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 14:46
この世の中には二種類の人間がいる。与える側の人間と、もらう側の人間だ。

……なんてカッコいい台詞を思いついたりしたけど、あまりカッコいい話なんて出来そうもない。
ただ確かなのは、わたしのクラスの道重さゆみは、確実にもらう側の人間だってこと。
そういう星のもとに生まれついたんだろう。全くかなわない。

3 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 14:46
2月も終わりのある日。朝、あくびをかみ殺しながら窓際で携帯をいじっていると、
突然あーっという声が教室に響いた。
さゆの声だ。わたしより遅れるとは、いつも朝早いのに、珍しい。
みな一斉に顔を上げる。鞄をぶら下げて登校してきたばかりだっていうのに、いきなり
騒々しい娘だ。
クラスのみなも心得たもので、適当におはよーなどと返しながらまたそれぞれの作業に
戻っていった。

わたしも一瞬そうしかけたけど、ふとさゆが手に持っているものが目に留まってしまった。
透明でつるっとしてて、窓から差し込んでくる朝日を反射してキラキラと光を放っている。
小さな頃から話には聴いていたが、実物を見るのはこれははじめて……でもないか。コンビニ
の向かいにある雑貨店にあるのを見たような気がする。
とがったつま先とヒールのついた、美しいガラスの靴。女の子の部屋のインテリアには最適の
可愛らしい逸品。シンデレラ姫の童話でもおなじみのあれだ。

4 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 14:46
「さゆ、それ」
「れいなの?」
わたしが声をかけると、さゆはクツを手に持ったまま訊いてきた。
「違う違う」
わたしは手を振った。
「今来たら、机の上にあったの。誰かが忘れていったのかなあ」

周囲を見回しながらさゆが言う。が、みんな首を横に振っていた。
「ていうか、普通に学校とか持ってこないから、ガラスの靴……」
わたしは呆れて言った。さゆはぷっと頬を膨らませると、
「けどさー」
「あれだよ、ほら。きっと、ナイショの贈り物みたいな」
大して考えずに言ったら、パッとさゆの表情が変わった。
スイッチの入ったときの表情だ。からかい半分にかわいいかわいいと言ってあげたときに、
いつもこんな表情を浮かべる。
天然でこんな風に振る舞えるっていうのも才能なんだろう。……きっと。

5 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 14:47

「ガラスの靴ってシンデレラのでしょ? じゃあ、これって愛の告白なのかな? きゃー」
あっという間に話は飛躍してしまった。さすがプリンセスさゆ、すごいジャンプ力。
「告白って……。けどなんか気持ち悪くない?」
わたしは苦笑しながら言った。
「そうかなー。なんかロマンチックだと思わない?」
……思わない。だけど、さゆは普通にモテるし、ありえないことではないか。
しかし、いったい誰がそんなキモい……や、ロマンチックな告白なんてするんだろう?
少なくとも、うちのクラスの顔ぶれを見渡しても、どこにもそんなやつはいなさそうだ。

そんなわたしの思惑なんて気付いていないように、さゆはふわふわした口調で呟いていた。
「寺田くん(仮)か山崎くん(仮)だったらいいなー」
ええ……。さゆの趣味が分からない……。


6 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 14:47

 ▽


そんなわけで、午前中はなんだか浮ついた気分ですごす羽目になってしまった。
しかし、肝心の相手は結局見つからなかった。興味本位でいろんな男子に遠回しに訊いて
見たんだけど、当然そんな素振りを見せる子はいなかった。
こうなってくるとやっぱり、はじめの仮定が間違っているということになる。

「きっとなにか別の理由があるんだよ」
「そうなのかなあ」
わたしがいうのにも、さゆは不満げだった。
窓の光にすかしたりして、靴をいろいろとあらためてみた。隠しメッセージみたいなのも、特に
見あたらない。
透明だから、奥になにかが隠してあるなんてこともありえない。踵とヒールの繋がってる部分
はちょっと白っぽくなってたけど、メッセージスペースとしては狭いか。

靴をいじくりまわしているわたしに、さゆは腕を伸ばした。
「れいな、あんまり乱暴に扱わないでよー」
「大体さあ」
元から疑問に思っていたことを、さゆにぶつけてみる。
「普通、靴の相手を捜すのって男の人のほうじゃないの?」

7 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 14:47
さゆはきょとんとした顔で首を傾げると、
「そうだっけ?」
「そうだよ。お姫様が靴を落としていって、それを拾った王子様が捜して歩くんだって」
「じゃあ、わたしがこの靴を忘れていけばいいんだ」
グッドアイディア、とでも言いたげな口調のさゆに、わたしはため息をついた。
「や、……そういう問題じゃないと思うんだけど」
「だってシンデレラの細かい話なんて覚えてないもーん」

頬を膨らませて抗議する。
「さゆが言い出したんじゃん」
「だって、普通机の上にキレイな置物があったらそういうふうに思わない?」
思わないだろ。そんなに普段からプレゼントなれしてるのか。
「飾っておいただけじゃないの?」
わたしは机の上に、ハンカチを広げて置いてあるガラスの靴を見て言った。
部屋に飾っておいたらいいインテリアになりそうな感じがした。ちょうどキャビネットの上に
あいたスペースがあるから、ちょっと欲しいような。
サイズは靴にしたら22センチくらいかな。つま先が尖っているのでもっと大きく見えるけど。
靴にしたら、というか靴なんだけど。

8 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 14:48
「そういえば、さゆって足のサイズどれくらいだっけ」
「なんで?」
「や、履けるのかなーって思って」
さゆはムッとした表情になる。
ここ最近、どんどん巨大化しているのを自分でも気にしているのだ。

「履けるもん」
「ホントにー?」
意地悪く笑いながら言う。さゆは上目遣いで睨んだまま、上履きと靴下を脱ぐと、素足を
持ち上げた。わたしは慌てて彼女のスカートを押さえた。
「危ない危ない」
「ほら、ぴったり」

そうは言うものの、いきなり指が引っかかってるし。
「無理しない方がいいよー。割れちゃうよ」
「してないってば」
というか、確実に無理だ。
無茶して割れたガラスで血まみれスプラッタになっても困る。わたしは素早く手を伸ばすと
さゆの足より1サイズ小さな靴を奪い取った。
「ダメだって。マジで壊れるから」
「んー……」
まだ納得行かない表情で、さゆは恨めしげに靴を見つめている。
さゆのこういう顔を見ると、どうしてもからかいたくなってしまう。

9 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 14:48
「靴入らないんじゃ、シンデレラ失格だねー」
「いいもん」
さゆは頬を膨らませてわたしを睨むと、すっと席を立って出ていってしまった。
やれやれ。まあ昼休みになるころには機嫌も治ってるだろう。

ハンカチで、曇ったガラスの表面を磨きながら、わたしはしげしげと靴を見つめた。
あまり履き心地はよさそうではなかったけど、実際どんな感じなのかちょっと気になる。
わたしは上履きを脱ぐと、靴下ははいたままで足を通してみた。わたしには大きすぎるみたいだ。
となると……、わたしとさゆの中間くらいの子に、ぴったりの靴ってことか。
誰かいるかな。


10 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 14:48


 ▽


「なにこれ?」
不思議そうな表情で、亀井絵里はガラスの靴を眺め回している。
「ちょっとね」
一から説明するのもめんどくさかったので、適当にごまかしておいた。
「たぶん絵里にぴったりのサイズだと思うから、履いてみて」

なんとなく釈然としない表情だった絵里だが、わたしが言うのに上履きを脱ぐと右足をすっと
靴へ差し入れた。予想したとおり、キレイにフィットした。
「でも、あんまり歩きやすそうじゃないね」
「そりゃそうだよ。これ飾りものだもん」
「ねえ、痛いからもう取っていい?」
絵里はそういいながら踵を外そうとしたが、小指の辺りがひっかかっているのか、そこから先が
抜けてくれないようだ。

11 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 14:49
「ちょっと、これ取れないんだけど」
「大丈夫?」
「もう、どうなってるの」
椅子の上で身をよじりながら、絵里は転げ落ちそうになっている。
わたしはヒールの部分を押さえたまま、引っかかっている部分をひねって引っ張った。靴は
うまく外れて、足を抜くことが出来たが、その拍子にヒールの部分が乾いた音を立てて
取れてしまった。

「あっ」
「壊したー」
靴とヒールを持ったまま、わたしは困惑気味に肩を竦めた。
「どうしよう」
「どうしようって……知らないよお」
絵里は泣きそうな表情で言う。
「絵里の足が悪いんだよ」
言ってから、我ながら理不尽だと思った。絵里は口を尖らせると、わたしの持っている靴を
指さした。
「だってそれ左じゃん。最初にいってよー」

12 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 14:49
そういわれて、わたしは不思議そうに靴へ目を向けた。
「左なの?」
「そうだよ。履いたとき変だなって思ったもん」
「これって右左あったんだ」
ものすごい大発見をしたみたいにわたしが呟くのに、絵里は笑った。
「当たり前だよ。靴だもん」
「そっか……。靴だよね」
なにも不思議なことはない。絵里に言われてはじめて気付いたのだけど、わたしはなぜか
ずっと、靴の形をしているけどこれは靴じゃなくて飾り物なんだって、思いこんでいた。

「あ、授業始まっちゃう」
チャイムの音を聴いて、絵里はあたふたと立ち上がると教室へ戻っていった。
わたしは二つに分かれてしまった靴を見つめて、肩を落とした。

13 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 14:49


 ▽


昼前の最後の授業。わたしはずっと上の空で、ガラスの靴のことを考えていた。
机の下で、取れてしまったヒールをぶらぶらと振ってみる。確かに強引に引っ張ったのは
よくなかったけど、そう簡単に壊れてしまっていいものだろうか。
もとより実用的な靴であるはずはなかったが、しかし実際に履くことは出来るし、ちょっと
履いてみて写真に撮ったりとか、その程度の実用性はあるみたいだった。

となると……絵里が言ってたようにこれが左だったら、右はどこにあるんだろうか?
今までそのことに思い当たらなかったのが、自分でも不思議だった。靴なんだから、左右
が揃ってないと確かに不自然だ。
そう思わなかったのは、わたしがこれを靴だって思ってなかったからかもしれない。
なぜか? 今朝、最初にさゆがわたしにこれを見せてくれたときのことを思い出す。……

あっ。そうだ。思いあたるふしはあった。
ちょうどそのとき、昼休みのチャイムがなった。クラス全体が待ちかねたように喧噪に
包まれる中、わたしは足早に教室から出ていった。

14 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 14:49


 ▽


裏門を抜けて住宅街を抜けると、駅に向かう商店街に出る。いつも通っている道だ。早朝の
喧噪に慣れていたので、昼過ぎのこの時間は人気がなく妙に穏やかに見える。
飲食街へ曲がる交差点にいつも昼ご飯を買っているコンビニがある。けど今は、気になる
件を確認するのが先決なので、素通りして向かいにある雑貨店へ直行した。考えてみれば、
いつも横目に見ているのに入ったことはない店だった。

店内は狭く、注意して歩かないと棚をまるごと崩してしまいそうなくらいごちゃごちゃしていた。
よっぽど暇なのか、バイトっぽい若い女の店員は、カウンターにつっぷして爆睡していた。

15 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 14:50
わたしは構わずに表で確認した場所へ向かう。やっぱり。ガラスの靴は今朝見たときと同じ
ように、片割れだけが展示されていた。見ただけでは分からなかったけど、これがおそらく
右の靴なんだろう。
今朝、横目でこれを見た記憶が残っていたので、わたしは、ガラスの靴を元々片方だけの
インテリアだと思いこんでいたのだ。

値札を見る。18000円! うわあ……。
「すいませーん」
無反応。トーンをあげてもういっぺん呼んでみると、店員は目を擦りながらめんどくさそうに
やってきた。
「……はい、なんですか」
「これ、片方だけなんですか?」
わたしが靴を示しながら言うと、店員はハッとした表情になり、
「あ、ええと、……」

明らかに動揺してるし。
店員はすっと背伸びをすると、カウンターの奥を一瞥してからまた展示品へ目を戻した。
「おかしいな。今朝掃除したときはちゃんと二つあったような気がしたんだけど……」
「今朝?」
そんなことはないはず。わたしは今朝見てるんだから。
「今朝じゃなかったかも。昨日かも……」
尖った顎に手を当てて考えるポーズをしている。
ていうか、昨日から掃除してないのか。

16 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 14:50
「盗まれたとか?」
あまり時間もないので、わたしはストレートに訊いてみた。
店員はちょっと困ったように眉をひそめると、小声で呟いた。
「いや、ていうか……」
「?」
一瞬言いよどんだが、今の時間の店員は彼女しかいないのだろう。彼女は耳元に口を
寄せて、ひそひそと真相をあかしてくれた。
「こないだ掃除してたときにね、片方……左の方、落っことして壊しちゃったんだ。
ヒールが取れただけだったから、うまく飾ってごまかしておいたんだけど。バレないと思った
んだけどなあ」

おいおい。パッと見、鋭そうな人だと思ったけど、案外天然なのかこの人は。
「いや、バレますよ普通に……」
「だって給料からさっぴかれちゃうのヤだし」
なんてヒトだ。まあ18000円もするんならしょうがないか……。
「高いですからね」
「ん?」
「これ、ビックリしました」
値札を示して言う。店員はまた、やっちゃったという表情を浮かべて、
「あ、ごめんこれ間違い」
そういうと値札を一つ上の棚にずらした。それから、一つ下の棚の値札を取って、付け替えた。
値札には、2000円とあった。

17 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 14:51
「あ、でも高い値札つけておけば誰も触らないから、バレないですんだのかも」
真顔でぶつぶつとそんなことを言っている。この人、遠からずバイト首になるだろうな……。

「あの、わたしこれ買います」
「え、マジで?」
「片方だから、1000円でいいですよね」
昼ご飯代が飛んでしまうけど、この際しょうがない。


18 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 14:51


 ▽


というわけで、わたしはちゃんとペアの揃ったガラスの靴を手に入れた。
左側は壊れちゃってるけど、接着剤でつけておけば問題ないだろう。
右側は全体がキレイに透明なガラスで、どこも透き通っている。わたしが最初に見たときに、
踵が白く濁って見えたのは、接着剤でくっつけた跡が残ってたんだろう。

さゆはいつもみたいに、ポーッとした様子で午後の授業を受けている。その後ろ姿を見ながら、
わたしはなんだか彼女の見方が変わってしまったように感じた。

今朝、いつものように早起きしたさゆは、登校途中にあの雑貨店に寄り道した。狭い店内に
でかいさゆのことだ。不注意でものを落としてしまったとしても不思議じゃない。
ドジな店員が適当に取り繕っておいたガラスの靴が落ちて、踵が取れた。さゆは泡を食って
しまって、その靴を反射的に隠してしまったんだろう。
あの不注意な店員のことだ。そのときも居眠りでもしていて、見逃したんじゃないだろうか。

19 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 14:51
どこでだか分からないが、さゆは靴を修復しようとした。しかし、どうにも思うようにいかない。
それに、いくら完璧に直したとしても、自分がそれを勝手に持ってきてしまったという事実は、
否定できない。
さゆみたいなタイプだったら、それはやっぱりきついことなんだろう。……わたしならともかく。
そんなわけで、さゆは一世一代の演技に出たっていうわけだ。

シャーペンをぶらぶらと振りながら数学の授業を聞き流しているさゆを見て、いや、実際それは
大したことでもなかったんじゃないか、なんてことを思った。
さゆにとっては、あの程度の演技をしてみせるなんて、日常の延長なのかも……なんて。
多分さゆじゃなかったら、プレゼントだなんて考えつかなかっただろうし。

20 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 14:51
……この世の中には二種類の人間がいる。与える側の人間と、もらう側の人間。
わたしはやっぱり、もらう側にはいけそうにない。
くやしいから種明かしはしばらくお預け。来月のあれまで。そつ……そつ……。

21 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 14:52
オワリ
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 14:52
23 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 14:52
24 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 14:53
25 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 14:53
26 名前:Max 投稿日:Over Max Thread
このスレッドは最大記事数を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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