4 知らない場所へ

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 07:59
4 知らない場所へ
2 名前:4 知らない場所へ 投稿日:2004/06/19(土) 08:00
レッスン中に3度怒鳴られて、嫌になった。
逃げるように手ぶらで建物を飛び出してきた。
夕方の風が漂ってきて頬を撫でると冷たかった。
涙が乾いて冷たくなったのだ。

気分はこれまでにないくらい沈んでいる。
自分の頑張らなかったのを悪いと思う気持ちがあった。
しかしそれでも自分ばかりを責める気にならなかった。
私じゃない。誰かが無理やり私をここまで追い込んだのだと思った。

しばらくは冷たい風にあたっていた。
だれかが迎えに来るだろうと思った。
だれかが来てくれるだろうと決め込んで
それで待っていた。

「……まぁ」

声がしたので振り返るとももがいた。
私は応えなかった。
泣いた顔を見られたのが悔しかった。
ももは戻らなかった。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 08:00
ももは自分の鞄と私の鞄を持って追いかけてきた。
私は表情で
なぜ鞄を持ってきたのかたずねた。
ももは答えなかったが理由は知れた。

私は精一杯のカラ元気で笑った振りをしてからももを見た。
ももは私を、精一杯のつくり笑顔で見上げた。

「一緒に来る?」

今度は口に出して聞くと
ももは無言でうなづいた。

辛い感じが少し緩やかになった気がした。
2人は駅に向かって歩き出した。
手をつないだ方がいい雰囲気だったが
そこまで近づかなかった。
近づかない位置で並んで歩いていた。
目的はわからなかった。
4 名前:4 知らない場所へ 投稿日:2004/06/19(土) 08:01
ミニモニ。の映画に出演したことがある。
そのときにダンスをやってみたが
どうにも上手くいかなかった。
そもそも苦手な方だったのだ。

雪の日にPVを撮った。
藤本さんの後ろで踊ったときだ。
そのときもやはり上手くいかなかった。
焦ってはみたものの、どうにもならない。
そのとき一緒に焦っていたのがももだった。
私は動きがまずかった。
ももはそこまでまずくはなかったが
とにかく一緒に焦っていた。

仲良くなったという自覚はほとんどない。
それでも2人は湯をそそいだすぐあとのお茶漬けみたいに
自然と寄り添うようになっていた。

いいコンビかも知れなかった。
○書いてその中に「す」と書けば須藤のす。
でっかく漢字で桃と書けば桃子の桃。
だからふたりで李だった。
す×もも。これからのカップリングだと思った。
5 名前:4 知らない場所へ 投稿日:2004/06/19(土) 08:01
ホームに立っていた。
雑音が考え事に調度良くて困った。
さっきのことが頭に浮かんできた。

私は部屋を飛び出したとき
先生かスタッフか、
メンバー以外の大人が追いかけてくるのだと思っていた。
そうでなければ佐紀ちゃんが
連れ戻しに来ると思っていた。

ももが来たと知ったとき、
そしてももが私の鞄を持っていると知ったとき
戻りにくくなったなと思った。
どこかに逃げていかなくてはすまないのだと思い込んだ。

そんなふうに流されてばかりでは
いけないのだということはよくわかる。
しかし、こうしてはいけない、という考えは大人の考えだった。
こうしたい、というのもやはり大人の考えだ。
自分で決めたら自分に責任を持たなくてはならない。
私はそういうふうに責任を持ちたくないと思っていた。

ホームにがらごろと入ってきた電車に乗った。
どこ行きの電車かは確かめなかった。
私たちが中に入ると電車はがらごろと出発した。
6 名前:4 知らない場所へ 投稿日:2004/06/19(土) 08:01
車内は混んではいなかったが座ることはできなかった。
私たちは閉じたドアにもたれかかって向かい合っていた。
ももが私を見上げる。

「まぁってさ、そういうところ相変わらずだよね」

私は、ももが何を言おうとしているのかがわからなかった。

「幼稚に振舞って、自分と外界とは関係ないんだって決めつけてるでしょ」

ももは中学生らしい難しいことを言った。
私にはわからなかった。

「見えないガラスで自分を囲んじゃってるみたい」

ガラスに囲まれているのがどういう気分なのか想像してみる。
外の往来は見えているのに、自分の声は届かないで、
それでも叫んでいるだろうという気がした。
それは寂しい気分だった。
しかしそこから出ようなどとは思えないくらい
居心地がいいのかも知れないとも考えている。

ももの言っていることはよくわからなかった。
私は自分がしらけているのだと思っている。
7 名前:4 知らない場所へ 投稿日:2004/06/19(土) 08:01
「閉じこもってるわけじゃないよ」

私は言った。
そんなふうに頑張っているわけじゃないと思う。
ただ、自分からなにかをしようとは思えないのだった。

私はももを見下ろす。
不思議な気がした。
私は自分がしらけていると思っている。
流されるならそれでいいし巻き込まれるならそれでいい。
こうしてももと逃げているのも
自分が流されるか巻き込まれるかした結果である。
そこにはうしろめたい気持ちはないはずだった。
それでも暗くなってから知らない電車に乗っているのは
やはりいけないことをしているのだという気もする。
うしろめたいのとワクワクするのとで多少元気になった。
やはり不思議な気がした。
8 名前:4 知らない場所へ 投稿日:2004/06/19(土) 08:01
ももがおでこをドアのガラスにべたぁとくっつけて外を見ている。
私も真似をしてガラスにおでこをくっつけた。
ひんやりとしたものがおでこから顔全体にひろがっていくのを感じた。
夜景がきれいだった。
遠くの方ではぼおとした灯りがゆっくり流れている。
近くはまぶしくてやかましい。
私は遠くに目をやった。
薄いキラキラがゆるゆる流れているのを眺めた。

私は自分たちが変わるのも
あのくらいゆっくりならいいのにと考えている。
友理奈は強いから急展開にもついていけそうだった。
梨沙子は苦しいのだろうが頑張っていた。
ももは余裕だと私は決めている。
佐紀ちゃんはもともと先を行っていると思った。
私は遠くでゆらめくライトをじっと見ながら
それをうらやましいと思っていた。
9 名前:4 知らない場所へ 投稿日:2004/06/19(土) 08:02
「まぁ……」

ももがしゃべりだしたので私はそっちを向いた。
急に電車のがらごろという音が大きくなったような気がした。
錯覚だった。

「まだ行く?」
「うん」
「どんどん進んでいくのって……怖くない?」
「……」

私はももを見下ろした。
ももが外を見ているので私も見た。

知らない駅が勢いよく通り過ぎて行った。
通過駅だった。
流れているのは知らない風景だった。

ふいにももを小さく感じた。
もともと私の方が大きかったが
それよりも小さく見えた。
一つ年上でもう中学生のももはいかにも頼りなさそうだった。
10 名前:4 知らない場所へ 投稿日:2004/06/19(土) 08:02
「どこまで来ちゃったんだろね……」

かすれ気味の声が
ふるえているように聴こえた。

ももを見下ろした。
ももが見上げた。

2人は近くにいた。
ももの顔は、私がちょっと屈めば調度いい位置にあって
もものツンとした鼻に私の唇が当たるくらいの高さだった。

ふいに鼻にキスをしたくなった。
人目があるので無理だったがももの鼻にキスしたい。
嫌われるかなと不安になると実行できそうになかったが
ももに近づきたい気持ちだけはずっと残った。

私はなぜ鼻なのかと考えている。
考えてみると答えは簡単だった。
あまりに簡単だったので私は急に恥ずかしくなって俯いてしまった。
11 名前:4 知らない場所へ 投稿日:2004/06/19(土) 08:02
ももが降りようというので電車を降りた。
降りた電車はすぐにがらごろとホームを出て行った。
やはり知らない駅だった。

電車の出たばかりでホームはがらんとしていた。
私たちはベンチに座った。
あたりはもう暗かったが
ホームは蛍光灯が点っているので明るかった。
それでも人はいなかった。
風も冷たかった。

何度か電車がとまっては人を吐き出してまた出て行く。
それが繰り返された。
私たちは止まった様に動かなかった。
2人に関心を払う大人は1人もいなかった。
12 名前:4 知らない場所へ 投稿日:2004/06/19(土) 08:02
ももが何をしているのかわからなかったが
私は自分が何をしているのか知っていた。

時計を見た。8時を過ぎている。
あと2時間こうしていれば
誰か大人に連れて行かれるはずだと思った。

電車が来るのが次第に少なくなってくる。
しかし私たちはあいかわらずだった。
降りてくるなかには普通の人もいたが
次第に酔っ払っている人の数が多くなっていた。
平日だった。

腰が痛くなってきた。
お腹が空いてきた。

声をかけてくれる大人は1人もいなかった。
13 名前:4 知らない場所へ 投稿日:2004/06/19(土) 08:02
いよいよ10時になった。
よく2時間もこうしていたものだと自分に呆れると同時に
なんと無駄なことをしたのだろうと思い、また呆れた。

もう少し小さかったころはこんなことはなかった。
ウザいくらいに人から声をかけられた。
今は誰も振り向かない。

「もも……誰も何も言わないんだね……」
「……まぁ」

私の視界に映っていたものが滲んだ。

「もうそうなっちゃったんだね。
 自分でなんとかしなきゃいけないんだね」

私は自分の声とは思えない自分の声を聞いていた。
情けない声だと思った。
腹が立った。

「誰も、決めてくれないんだ……」

とうとう涙がこぼれてしまった。

「不安?」
「……うん」
14 名前:4 知らない場所へ 投稿日:2004/06/19(土) 08:03
私は目をごしごしとこする。
こするとまた涙が出てきた。
またこすった。
また出てきた。

「そんなの……しょうがないじゃん」
「だって……」

そういって泣き続けた。
それでも人は無関心だった。

「まぁも大人になったってことなんだよ」
「それは……わかるけど」

それは仕方のないことだった。
成長するために頑張っているのを思えば
当たり前のことだった。
それでも私は今のままで昔のままでいたいと思っている。
しかし止まっているわけではない。
しょうがない。
15 名前:4 知らない場所へ 投稿日:2004/06/19(土) 08:03
ふと
隣が涼しくなった。
ももが立ち上がったのだ。

ももは私の前に立った。
私はももを見上げた。

「あの……さ。まぁ……」

目を伏せながら言う。
私は見上げたままだった。

「大人なんだし……いいよね?」

ももは
ちょいと身をかがめると
唇を私の鼻の頭へとくっつけた。

鼻先に
もものやわらかいあたたかい部分を感じた。
16 名前:4 知らない場所へ 投稿日:2004/06/19(土) 08:03
こんな大胆なことをするなんて思わなかった。
ももが信じられなかった。
ももが遠くに感じられた。
ももを近くに感じたい。

私の鼻の先がとけて
ももとくっついたらいい。

もも……


……好き。


17 名前:4 知らない場所へ 投稿日:2004/06/19(土) 08:03
キスはすぐだった。
すぐに離れてもとの位置に戻った。
ももがまた座った。

湿った鼻の先に
風が当たって急に冷えた。
こころは反対に熱いままだった。

ももの手が私の手を握る。
涙は止まっていた。
ドキドキは止まらなかった。

「まぁ……一緒だよ」
「え?」
「まぁと一緒に、大人になっていくんだ」

その言葉で
私は帰ることにした。
ももと帰りたいと思った。

立つと
意識が朦朧としてふわふわした感じがした。
血が体中を流れているのがわかるくらいだった。
18 名前:4 知らない場所へ 投稿日:2004/06/19(土) 08:04
帰りの電車は空いていたから
座ることができた。

椅子から見ると近くで流れる灯りにも
嫌な気がしなかった。

電車は動いている。
私は動いている。
となりにはももがいる。

今日はたっぷり怒られそうだった。
それでいい気がした。

私は体の熱いのを感じている。
芯から熱を持っていた。
そうして、その熱が段々冷めていくのをどうしようもなく寂しく思っている。

私は後ろを向くと窓ガラスを開け
外の空気を取り込んだ。
19 名前:4 知らない場所へ 投稿日:2004/06/19(土) 08:04
終わり

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