3 迷宮

1 名前:3 迷宮 投稿日:2004/06/19(土) 05:35
3 迷宮
2 名前:3 迷宮 投稿日:2004/06/19(土) 05:35
気が付くと愛はそこに立っていた。

巨大な迷路のようであった。ただし、すべてガラス張りだった。
天井もガラス張りで、その向こうに、何か途方もなく巨大な
ガラス造りの城のようなものが見えている。
そしてその横に、ぽっかりと青白い月が浮いていた。

その景色がこの迷路のあまりに大きな構造を思わせて
愛の背筋には冷たい何かが一筋伝った。
なんでこんな場所にいるのか。いったいここは何処なのか。
まるで検討もつかない。
ただ、恐ろしかった。
一秒もここに居てはいけないという衝動だけが、愛の脳裏に横たわっていた。

夜であるはずなのに、月は薄気味悪く暗いはずなのに
何故か愛の周りは仄明るかった。
左右を見れば、延々とガラス張りで、何処までも見通せるようなのに
尽きる場所が見当たらない。
ただその途方も無い広さを知らしめるだけだった。

とにかく、抜け出さなければならない。
一人ぼっち。それがなお愛に耐え難い苦痛を与える。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 05:36

愛は歩き出した。
恐る恐る。
壁に手をつくと、ひんやりと冷たい。
足元を見ながら、ゆっくりと進んだ。
足の下もやはりガラス張りだったが、その下は遥かな深淵まで見通せているようで
夜空よりも黒い闇だった。
迷路はぐにゃぐにゃと入り組んでいて、四方の容はあまりにも複雑だった。

微妙な光が、絶えず乱反射していて
見える光景が真にそこにあるのかも疑わしい。

恐ろしいほど静かだった。
自身の足音は、眼下の暗黒に吸い取られるように全く響きを立てなかった。
息遣いと鼓動だけが不気味に体内に響いてくる以外には
頭の奥に響く奇妙な耳鳴りばかり。

愛は天井から見える城を目指して、ゆっくりと歩いていった。

暫く歩くうち、迷路は入り組んではいるが路は多く
確実に城への距離を縮められていることに気付いた。

相変わらず辺りはシンカンとしていたがそのことに気付くと愛は少し勇んで
歩く速さをちょっぴり速めた。

愛は足元を見ることをやめた。
城の方を見ながら、透明な壁の向こうに見える空を見ていた。
足の下の闇はあまりに暗すぎた。
左右の向こうはあまりにも遠すぎた。
いつも無限の広遠と信じていた空が一番手の届きそうな場所に思えた。

4 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 05:37


更にしばらく歩くと、いよいよ城は巨大になり
愛の頭上は平らな屋根から斜めに傾いたガラス張りにかわっていた。
いよいよ、城の中に入った。

行くあても分からなくて、ただ城の中に入ったのはいいが
ここからどうすればいいのか、愛はまた不安に襲われた。
抜け出す術がまるで無いのではないか、そんな考えを必死に頭を振り振り、拭った。

城の中には階段があった。
不規則に、やはりガラス細工の階段が至る所にあった。
それは果てしなく高い城の中を上へ上へと続いているようだった。

愛は、何かは分からないがずんずんとその階段を上った。
愛の位置は段々と高くなっているはずなのに、どうしても周りの景色は変わらなかった。
城の中に居るために、天井からは空も城も見えなくなった。
どの方角を見てもただガラスが連なるばかりだった。
本当に城の中にいるのかさえも分からない。

5 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 05:37



暫く歩いていると、不意と今までと違う形が見えた気がした。
遥か遠くに、ガラス以外の何かの形があるらしい。
愛はそのことに心躍らせた。
もうこの透明な、何もかも見通せるはずなのに何も見えない世界は嫌だった。
愛の心はもう狂いそうだった。
弾かれたように愛はその影を求めて進んだ。
次第に近づくにつれて、人影に違いないという確信が芽生えてきた。
愛はただひたすら喜んだ。

「里沙ちゃん!!」

はっきりとその人の面影を捉えたとき愛は叫んだ。
新垣里沙はゆっくりと顔を上げると愛に向かって微笑んだ。
愛は泣き出さんばかりに顔をくしゃくしゃにして喜び、ぐにゃぐにゃと入り組む迷路を縫って
ぐんぐんと距離を縮めた。

とうとうガラス一枚を隔てたところまで辿りついた。

「里沙ちゃん!!」
もう一度愛は叫んだ。

「どうしたの、愛ちゃん?」
ガラス一枚の向こうから理沙は微笑を浮かべて言った。
声はくぐもって聴こえたが、愛にとっては人の声ほどに嬉しいものは無かった。

「里沙ちゃん!理沙ちゃん、そんなところでなにやってるの?」
愛は興奮して尋ねた。

「何って、別に何もしないよ?愛ちゃんこそ、何してるの?」
理沙は相変わらず穏やかに、愛の必死な顔が可笑しいとでもいうみたいに
含み笑いをしながら応えた。

「ちょっと待ってて、今そっちに行くから!」
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 05:38

理沙に会えた喜びと興奮から、ガラス一枚の距離すらももどかしくて
愛はその向こうへ行く路を探した。
しかし、里沙の所まで行く路は見つからない。

「それは無理だよ」

地団駄を踏みそうな愛に、落ち着いた声で里沙が言った。

「どうして?」
愛は興奮したまま、心外そうに目を見開いた。

「みちなんて無いもん。私はここから出られないし、愛ちゃんも入れないよ」

愛には里沙の言葉の意味が理解できなかった。
城の外からここまで、すいすいと来たのだ。多少入り組んでいても道なら
いくらでもあった。
この一枚のガラスの向こうにいくのくらい、わけは無い。
愛は頑なにそう信じて、理沙の周りをぐるぐると探し回った。

しかしいくら探しても道は無かった。

「ね?」
理沙がなお笑いを含んだ無邪気な声で言った。
愛はがっくりと肩を落として、再び理沙とガラス一枚隔てて対峙する場所に戻った。
何か方法はあるはずだ。何か…。
愛はどうしても大切な、この城の中で唯一出会うことが出来た友達と
ガラス一枚に隔てられていることが我慢できなかった。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 05:39

「そうだ、こんなガラス、割っちゃおうよ!そしたらそっちに行ける」
名案を思いついたという風に手を打った愛の顔はまた喜色に溢れた。
しかし、今度は理沙が慌てて遮った。

「駄目だよ」
「どうして?」
愛は自分の名案がすぐさま否定されたことに些か腹を立てて
仏頂面のまま問い返した。

「そんなことしたら怪我しちゃうでしょ?」
ちょっとぐらい、と息もうとした愛に、理沙はなお穏やかに続けた。

「愛ちゃんも、私も、ね?」
愛の肩からはへなへなと力が抜けた。
確かに自分だけならよくても、向こう側にいる理沙に怪我をさせるのでは
このガラスを割るわけにはいかない。こちら側だけに破片が飛ぶ道理はないのだ。

「じゃあ、私もうちょっと遠くを探してみる、ね?
 もしかして迂回してそこにいける道があるかもしれないし…」
愛はそう理沙に告げてその場を離れた。
理沙を視界の外にするのは堪らなく寂しかったのだけれど、それよりも
理沙と同じ空間に行きたかった。
理沙は何も言わず愛の背を見送った。

やがて愛は離れて行き、また一人ぼっちになった。
里沙の居る方向だけしっかりと記憶して、入り組んだ迷路を別のルートを探して
歩き回った。
しかし、いくらか行くともうどっちがどっちやら判らなくなってしまった。
四方は全く同じ景色に見えた。
愛は悲嘆に暮れた。
とにかくまた理沙を探して歩き回るしかなかった。
壁は冷たく、辺りは身震いするほど寒かった。
何故か疲労を感じない代わりに、心ばかりがどんどんと曇っていった。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 05:39

また、微かに人影を捉えた。
里沙のところに何とか戻ってこれた。そう思った愛は緊張の解けた汗を浮かべて
その人影に向かっていった。
向かって行くにしたがって、その人影が里沙でないことがわかった。
とにかく、誰かに会えたことに愛は喜んだ。
それは矢口真理だった。

「矢口さん!」

「おう、高橋、何やってんだ?こんな所で」
真理はやはり壁一枚を隔てた所にいて、ガラス細工の椅子に腰掛けていた。

「矢口さん!矢口さん!」

「何だよ、どうしたの…?」
愛はまた、その壁を越える道を探したがどこにも見つからなかった。

「矢口さん、どうしたらそっちに行けるんでしょうか…?」

「こっち?ここ?無理だよそれは。ここはおいらの場所だもん」

「…どういうことですか?」
愛には真理の言葉の意味もよくわからなかった。
ただ、真理の側に行きたかった。

「どういうって…そのままの意味なんだけどな。ほら道なんて無いだろ?」

愛は一生懸命に道を探したがやはり何処にも無かった。

「他のみんなもどっかその辺にいるんじゃない?
 暇だったら探してみたら?」
真理はゆったりと椅子の背に身体を持たせながら愛に告げた。

「みんな、いるんですか?」

「そりゃ、どっかにはいるだろ」

9 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 05:40

再び愛は真理の前を離れた。
真理の言葉を半分信じて他のみんなを探すことにしたのと同時に
まだ真理や里沙のところに行く道があるのではないかという思いがあって
再び歩き出した。

次第と高く上っていくにつれて、真理の言葉が本当だったことがわかってきた。
確かに、みんないた。
歩き回っていれば、きっと誰かと会うことができた。
なつみにも、香織にも、ひとみにも、真希にも。
それに親や学校の友達、事務所関係者まで、愛の知っている限りの人は
みんなそこにいた。見渡せば幾重にも折り重なったガラスの向こうに
何人もの人影が見えた。
本当に沢山の人がそこにいた。
しかし、誰一人としてその側に寄ることはできない。
必ず一枚のガラスが邪魔をした。
そのガラスは分厚かったり薄かったり、ばらばらだったけれど
どれも愛とその相手を隔てる壁であった。
あまり分厚いガラスに隔たれた相手には愛の声すら届かなくて、愛の姿に気付きもしない人も
少なくは無かった。
愛は一人ひとりと会うたびに仄かな期待を抱き
悉く絶望して先に進んだ。
愛に気付かない人はいつも決まって手前勝手な独り言を呟いていた。
それが、愛にとってはあまり嬉しくない内容であることが多かった。

10 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 05:40


愛はどんどん高くに上っていった。
高ければ高いほど人の居るのが見渡せた。
けれど愛はもう殆どの人を無視するようになっていた。

やがて頭上には何十枚かのガラスを透かした向こうに微かに夜空が望めるほどに
たかくまで上っていた。

「さゆみちゃん」

愛の視界に道重さゆみが目に入った。
愛はやはり一枚のガラスで隔てられた場所まで近寄った。
しかし相手は他のほうを向いて、愛のことに気付いていない様子だった。
さゆみは壁の一枚の鏡に映った自分をしげしげと見ていた。
愛が近づいても声をかけても一向に気付かなかった。
ただ鏡に向かって独り言を呟いているのが
ガラスの奥から聞こえてきた。

「あぁあ、私が一番可愛いと思うのにな。
 なんでセンターはいっつも高橋さんなんだろう」

愛はさゆみの口から自分の名前が発せられたことにドキリとして口を噤んだ。
さゆみはまったく気付かず、なおも独り言を続けた。

「高橋さんって、あんまし可愛くないと思うな。昔はちょっと可愛いかなって思ってたけど。
 なんか老けてきたし、それに猿に似てるし」

愛は耳を覆った。
耳を覆うとなお、さゆみの言葉が直接脳に響くみたいに
大音響となって愛の中に入ってきた。

「普段とかかなり寒いし、はみ出してるし、絶対事務所の高橋さんおしは間違ってる」
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 05:42

愛はいやいや、と首を振って後ずさりをした。
耳をふさいでも離れてもさゆみの声は愛の頭の中に響いてきた。

『高橋さんって、馬鹿だし。馬鹿だし。馬鹿だし。馬鹿だし。死んじゃった方がいいと思うのにな』

愛は駆け出した。
全身に夥しい冷や汗が溢れた。
頭はずきずきして痛んだ。
瞼が熱くなったと思った時には既に大量の涙が溢れていた。
とにかく走った。
入りくねった道を、無我夢中で走った。

また、見覚えのある影を見つけた。
縋るような気持ちで駆け寄った。

「あさ美ちゃん…」

紺野あさ美はガラス細工の椅子に腰掛け、ガラス細工のテーブルに何かを載せて食べている所だった。
愛の泣声に直ぐに気付いたあさ美は椅子から立ち上がった。
愛の泣きはらした顔を見て驚きながらも、なるたけ宥めるような声で尋ねた。

「愛ちゃん…どうしたの?」

やはりあさ美もガラス一枚の向こうに居て
それ以上近づくことは出来なかった。
愛はめいいっぱいガラスに近づいて泣いた。
あさ美もガラスのぎりぎりまで近づいて、愛が泣き止むのを待った。

天井の向こうからはくっきりと月が見えた。
もう最上階に近いようだった。

なんとか落ち着きを戻した愛は
今日、気が付くとこの城にいたことからを仔細漏らさずあさ美に告げた。
いろんな人がいたこと。さゆみのことも全部。
あさ美は黙って話を聞いた。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 05:42

「愛ちゃん、とりあえずさゆみちゃんの言葉は途中から愛ちゃんの妄想だよ
 だって耳をふさいでも聴こえたんでしょ?」
あさ美はじっくりと話を聞いた上でそう結論を出した。
それを聞くと、愛にもそうなのかもしれないと思えてきた。
それで些か心が軽くなった、がしかしまた直ぐに表情を暗くしてうつむいた。

「そうかもしれないけど…でも、最初は確かにさゆみちゃんの口から出たんだよ…」
あさ美はゆっくりと間を置いてから、それに応じた。
「仕方ないよ。そりゃあ、誰だってねたんだりすることはあるし。
 愛ちゃんだってあるでしょ?自分しかいない部屋なんだから
 本音が顔を出したりもするよ」

あさ美の声は小さいはずなのによく愛の耳に届いた。
二人の間にあるガラスはとても薄いらしかった。

「本音…かぁ…。ねえ、あさ美ちゃん、どうして皆一人っきりの部屋に閉じこもってるのかな…?」
愛はいよいよ疑問に思っていたことを尋ねた。
あさ美はかわらずゆっくりと口を開いた。

「それは自分の場所だからでしょ?それよりも、どうして愛ちゃんはそんな所にいるの?」

愛はそう言われてはっとなった。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 05:43
そういえば真理も言っていた。みんな言っていた。『自分の場所』
私は、一体何なんだろう。どうして「自分の場所」が無いの?
どうして私はふらふらと歩き回ってるの?
私の場所は…何処…?

ふいと足元を見た。
自分の立っている足の先。
何十枚も、何百枚ものガラスの連なり。
その先に、ぽっかりと暗黒が口を開いている。
その間に自分の知る人たちの『場所』


また、恐ろしさが沸々と襲ってきた。
寒気がして、そう思うと周りにあるガラスがすべて氷細工のようにすら思えてきた。
ガタガタと指先が震える。
思考が、ぐらぐらと混ざって何が何だか判らなくなる。
自分が、絶対的な孤独に追いやられた気がしてくる。

見通せる、ということが、これほど恐ろしいことだとは
いつかまでも愛には考えも付かなかった。
歯がカチカチと音を立てて震えた。


「あさ美ちゃん!!」
ふいに愛が顔を上げた。
その目が血走って、悲痛な恐怖の訴えている。
それ以上の狂気とも思える色が愛の目の中に燃えていた。
あさ美も恐怖を覚えずにはいられなかった。

「私をそこに入れて」
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 05:44

「駄目だよ。出入り口なんて、無い…」

あさ美は一歩、ガラスから離れた。

「大丈夫、このガラスならてんで薄いんだから…簡単に破れるよ
 ちょっとぐらい怪我するかも知れないけど、ごめんね。離れてて」

「駄目だよ!愛ちゃん!」

あさ美の言うのも無視して愛は渾身の力を込めてガラスに体当たりした。
激しい衝撃とともに、辺りにガラスの砕ける音が響いた。
そして愛とあさ美を隔てていたガラスは粉みじんに砕けた。

愛はようやく、あさ美のもとに辿り付けた安堵に、しばしぐったりと腰を下ろしていた。

そのとき、何処からか氷の軋むような音が響いてきた。
と思うまもなく、あたりのガラスに次々ちヒビが入っていく。
次の瞬間には、この世とも思われない大轟音とともに二人の足場が崩れ落ちた。
そして城全体のガラスが悉く割れていく。
巨大な城が、どんどんとその形を崩していく。
愛の目の前であさ美はガラス片の地獄の中へ墜ちていった。
思う間もなく愛自身もまた暗黒のガラス片の中に落ち込んだ。


15 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 05:44



16 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 05:45

気が付くとベッドに横たわっていた。
愛が目を開けたのを見てすぐさま側にいた誰かが口を開いた。

「高橋さん、大丈夫ですか!?」
口々に声が掛けられる。それでどうやらメンバーに囲まれているらしいことが判った。

ぼんやりとした頭がだんだんとはっきりしてくる。
そういえば、番組の撮影中だったっけ…。
愛の頭にふと疑問符が浮かぶ。
あれ、じゃあどうして私はこんなところで寝てるの?

「愛ちゃん」
あさ美の声が聞こえる。
直ぐ横で、愛を看ていてくれたらしい。

「あさ美ちゃん…私、どうしたの?」
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 05:46

あさ美は判りやすく愛にことの成り行きを説明した。
曰く、番組の撮影の途中で過って愛がセットから転倒したということ。
それで、愛は脳震盪で気を失ったということ。
そのときセットのガラスが割れて愛にふりかかり、一時は騒然となったが
運よく愛には傷一つ付かなかったこと。
その後撮影は中止して愛が医務室に運ばれたこと。
愛はほんの数分で目を覚ましたということ。

そこまであさ美の話を聞いて、ようやく愛もその出来事の委細を思い出した。

「どうせ中止だから、あんたはゆっくり休みなさい」
横からマネージャーの声が聞こえた。

ふと、あさ美の方を見ると、指にバンドエイドを貼ってある。
「あさ美ちゃん、その指、どうしたの?」

「ああ、これ。さっき飛んできた破片で切っちゃって…
 別にぜんぜんどうってことないよ。それより、愛ちゃんが無事で本当によかった」

そう言ってあさ美はにっこり笑った。
どこかしら、その笑顔に含みがあるような気がしたが、愛にはそれが何かわからなかった。
ただ、あさ美の言葉が純粋に嬉しかった。
メンバーも口々に「よかった」と言った。
その言葉から、誰の本心も見えなかった。
見えないことに、何故か安心して愛は

「ありがとう」

と言ってまた目を閉じた。
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 05:46

終わり

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