1 びぃどろ

1 名前:1 びぃどろ 投稿日:2004/06/19(土) 00:40
1 びぃどろ
2 名前:1 びぃどろ 投稿日:2004/06/19(土) 00:48
 この学校で、ビー玉泥棒が出る、という噂話が出たのは皆さんもご承知の通り、今月の、つまり6月の初めのことでした。
 ビー玉というのはガラスで出来た透明な球形のもので、メンコもスーパーボールもキン消しもチョロQもゲームボーイもケータイも、つまり何もかもが休み時間に遊ぶことを禁じられたこの学校で流行はじめた、新しい玩具です。遊び方は皆さんもよくご承知のとおり、机の上に並べて、ビリヤードのように指で弾き、机の上から自分の玉を落とさずに友だちの玉を落っことすのです。1回ごとに落としたビー玉が手に入るのと、ゲームが全部終わってから最終的に勝った人がゲームに参加したすべてのビー玉を手に入れるのと、遊び方は2種類ありました。休み時間のあいだに、とてもばく大な数のビー玉がやりとりされるようになり、6月のおわりには、室はあたかもいかがわしい場末の賭博場のようになっていたのです。
3 名前:1 びぃどろ 投稿日:2004/06/19(土) 00:54
 しまいには学校の前には怪しい風体の女が、うすら笑いを浮かべながら、粗末な木製のテーブルの上にきらきらのビー玉を並べて、1盛り300円で売り歩くようになってました。皆さんたちは、少し高いなという不平を漏らしながら、この女からビー玉を買うよりほかはありませんでした。なぜなら、この付近の玩具屋さんや駄菓子屋さんで売られていたビー玉はあらかた買い尽くされていたからです。
「はい、300円」
 女は、蜜柑を入れるような真っ赤な網目の袋にビー玉をさらりと入れて、皆さんの貴重なお小遣いを巻き上げていました。
 教室のなかでは、ビー玉を沢山手に入れたビー玉富豪と、何度ゲームをしてもポケットの底まで全部を巻き上げられるビー玉乞食と、極端な貧富の差が生まれていました。
 安倍なつみ先生がにっちもさっちもいかないそんな事態に気がついたときには、もうどうしようもない状態でした。
4 名前:1 びぃどろ 投稿日:2004/06/19(土) 01:02
 職員会議にかけてみようかしら。なつみ先生はそう考えて首を振りました。いけません。そうするとビー玉が禁止になるだけで、子どもたちが悲しみます。しかし、そもそもビー玉なんて危ないもの(なぜって、ビー玉は割れるのです。ガラス製なので高いところから落としたらいちころなのです)を学校に持ち込むのはいかがなものかしら。
 なつみ先生は2週間ほど深く自分の考えに沈みこみ、事態を放置しているあいだ、聞こえが良い言葉で言うと手をこまねいているあいだに、今度はビー玉泥棒です。
 ポケットの中をビー玉で膨らませていたビー玉富豪たちもベソをかいて、なつみ先生のところにやってきて、ビー玉泥棒に自分のビー玉が全部盗られたのだと悲しげに訴えました。
「だれか姿を見たひとはいないの?」
 なつみ先生の質問に皆さんは口々に答えました。
「真っ黒だった」
「スカートをはいていた」
「にやにやしてた」
「セミロングの髪だった」
「どこかで見たことがある顔だった」
「中学生か高校生ぐらいだった」
「こんな顔をしていた」
 皆さんのうちの一人が、校門のすぐそばで商いをしていたビー玉売りの顔を指差しました。
5 名前:1 びぃどろ 投稿日:2004/06/19(土) 01:07
「あなたはビー玉を盗みましたか?」
 なつみ先生は単刀直入にそう切り出しました。ビー玉売りはぎょっとしたように身じろぎすると、身体を翻して校内に逃げ込みました。
 なんと、ビー玉泥棒は、ビー玉売りだったのです。
「ちょっ、待っ!」
 なつみ先生は教師らしからぬ奇声を上げて、ビー玉泥棒のあとを追いました。泥棒はさっと校舎に飛び込んでぐんぐん階段を駆け上がります。なつみ先生は生真面目に彼女の背中を追いかけます。なつみ先生は鈍足ですが、生真面目さでは誰にも負けないのです。皆さんいいですか、生真面目さは時に短距離走の才能をもしのぐことがあるのです。例えば今がそんなときでした。
 ビー玉泥棒の行く先は屋上でした。
 さあもう逃げ場がありません。
6 名前:1 びぃどろ 投稿日:2004/06/19(土) 01:13
「どうしてこんなことを…」
 よれよれになったなつみ先生は、まだまだ余裕のある笑みを浮かべているビー玉泥棒に迫ります。ビー玉泥棒は笑顔のままで、いやいやするように首を振りました。もしかしたら笑顔は彼女の地顔なのかもしれません。
「だって…」
「だって?」
「だって、ビー玉がなくなっちゃったんだもの!」
「は?」
 なつみ先生が問いただすと、ビー玉泥棒はしくしくと泣きながら、でも口元にはあの両端をキュッと上にあげたようなアヒルのような笑みを浮かべたままで、折からの不況で父親の会社が倒産し、生活に困り果ててビー玉売りに手を出したはいいが、あっという間に仕入れが尽きて、いけないと判ってはいても、ビー玉富豪の生徒が持つビー玉に手を出したとのことでした。そして盗んだビー玉をまた売っていたのです。はなはだ呆れた話でした。
7 名前:1 びぃどろ 投稿日:2004/06/19(土) 01:17
「とにかく、それはみんなに返そ? ね?」
 なつみ先生が、ビー玉泥棒の持っている袋に手を伸ばしました。ビー玉売りは抵抗するように身をよじりました。二人の間で、あの脆く儚い赤い網目の袋は、脆弱にもちぎれ、おそろしいほど沢山詰め込まれたビー玉はきらきらと屋上の金網をくぐりぬけて校庭にビー玉の雨を降らせました。
 まぁるい硝子玉がきらきらと梅雨の中休みの陽光に弾けました。皆さんが見たなかで一番美しい雨でした。

 校庭に飛び散ったビー玉は粉々に砕けて、危険だからとビー玉が禁止されたのは、その翌日の話でした。
8 名前:1 びぃどろ 投稿日:2004/06/19(土) 01:17
9 名前:1 びぃどろ 投稿日:2004/06/19(土) 01:18
10 名前:1 びぃどろ 投稿日:2004/06/19(土) 01:18
11 名前:1 びぃどろ 投稿日:2004/06/19(土) 01:18
12 名前:1 びぃどろ 投稿日:2004/06/19(土) 01:18
13 名前:1 びぃどろ 投稿日:2004/06/19(土) 01:19
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